『船頭一人にして以下略』1
「ん……むに……」
まろやかな目覚め。
瞬き。
現実に位相を合わせる。
認識。
了解。
僕は覚醒した。
「くあ……」
欠伸を一つ。
それから右腕に重みを感じる。
意識せずともわかった。
華黒が僕の腕に抱きついて寝ているのだ。
ムニュウ。
その感触は心地よいけど……まだ責任をとれる立場に僕はいない。
ので、華黒を振りほどく。
同時に華黒がパチリと目を覚ました。
黒真珠にも例えられる澄んだ瞳が僕を捉える。
せわしなく華黒の瞳孔が動き、それから、
「おはようございます兄さん」
状況を察したのだろう華黒がそう言った。
「おはよう華黒」
脊髄反射で返す僕。
「珍しいですね。兄さんが私より先に起きるなんて」
百墨真白は百墨華黒より先に寝て遅く起きる。
それは地動説くらいに当たり前のことだ。
……駄目だなぁ僕は。
ともあれ、
「ま、こういう日もあるさ」
「どうしましょう?」
疑問を口にしながら華黒はくまさんパジャマの姿で身を起こす。
「もう朝食をとられますか? なんでしたらお作りしますが」
「ん~……」
呻いた後、
「いや、いいや」
遠慮する僕。
「ではせめてコーヒーでも淹れましょうか」
「華黒はいい子だね」
よしよしと頭を撫でてやると、
「えへへぇ」
と相好を崩す華黒だった。
何これ可愛い。
「では準備をしてきます」
と言ってパタパタと寝室から出てキッチンへと向かう。
僕はその背中を見ながら、
「やれやれ」
と頭を掻くのだった。
決意は一瞬。
容易いものだ。
僕もベッドを抜け出てダイニングに向かう。
頭を振って眠気の残滓を振り払い華黒の淹れてくれたコーヒーを飲む。
二人分のコーヒー。
僕と……それから華黒の分だ。
「こんな早くに兄さんが起きるなんて……。これからどうしましょう?」
困惑する華黒。
「華黒は朝食をとってルシールと黛と一緒に学校に行くこと」
「兄さんは……」
「僕は今日はサボるよ」
「…………」
ズズとコーヒーをすすった後、
「私がついていくことは?」
哀願と躊躇の二重奏で華黒は質問した。
「許可しない」
キッパリ。
「たまには一人にさせて」
「兄さんがそう言うのなら否やはありませんが……」
どこか不満そうに華黒。
まぁ、
「いつも兄さんの隣に」
が信条の華黒だ。
僕の孤独願望と華黒の密着願望は相反する。
「今日一日だけだよ。また明日からちゃんと華黒のお兄ちゃんするから」
「兄さんの言を疑うわけではありませんが……」
それでも不満は拭い去れないらしい。
マシロニズム。
しょうがないと言えばしょうがない。
諦めろと言われれば諦めるしかない。
それは真白だけじゃなく華黒にも言えることだけど。
とはいえ華黒としては危ういことなのだろう。
僕が、
「一人になりたい」
と言うのは、
「華黒とのしがらみから解放されたい」
と同義だ。
無論僕は華黒を愛しているし華黒も同様だろう。
ただ理屈で理解しても心情で納得できるかは別の問題だ。
華黒は華黒から真白が離れるのを強烈に警戒する。
する他ないのだ。
僕らはそういう風に出来ているのだから。
だから僕は、
「大丈夫だよ」
華黒の髪をクシャクシャと撫ぜる。
安心させるように。
納得させるように。
「僕が華黒以外に心を許すことはないから」
うるっとした瞳を向ける華黒。
「本当ですか……?」
「本当です」
嘘でも肯定する場面だけど煽る必要もないだろう。
「では夕食を準備してお待ちしております」
華黒は誠心からそう言った。
ありがたいことだね。




