『薫子の懸想文』5
と、統夜の私室の扉がコンコンとノックされて、
「統夜様、よろしいでしょうか?」
そんな声が聞こえてくる。
「構わんぞ」
あっさりと言う統夜に向けて、
「失礼します」
と答え使用人が入ってきた。
手には御盆。
御盆の上には湯呑が二つ。
おそらく統夜が言った緑茶なのだろう。
それくらいは察せられた。
テーブルに一つ。
デスクに一つ。
湯呑をそれぞれ置いて使用人は、
「失礼しました」
と退場した。
僕はズズと茶をすする。
「うん。美味しい」
「意味のないことに力を入れたがるんだよ。ウチの使用人は」
統夜の皮肉。
「でも裏返せば全力で僕と統夜をもてなそうって意志の表れじゃない?」
「そりゃそうだけどよ……」
納得いかないらしかった。
「ま、真白はお客様だしこういうのもいいか」
僕を言い訳にするのか。
別に腹を立てることでも忌々しげに愚痴ることでもないけどね。
「それで?」
パソコンデスクに備わっている椅子に前後逆に座って背もたれに肘をついて統夜は意味不明な言葉を吐いた。
「それでとは?」
「とぼけんな」
「そんなつもりはないけど」
「懸想文だよ。まだ鞄に入ったままだろ?」
「…………」
しばし沈黙。
「ああ……!」
僕はやっとのことで思い出す。
そういえば懸想文をもらったんだっけ。
統夜とゲーセンで遊んでいた頃にはすっかり忘れていた。
「こうなると真白……今日お前を誘ったのは幸運だったな。華黒ちゃんに知られると……」
「想像したくないなぁ……」
と言いたいところだけど、
「華黒は華黒でちょっぴりだけど大人の階段を上ってるよ?」
僕は反論した。
「少なくとも現在の華黒ならラブレターくらいじゃ激昂しないと思うな」
「へえ?」
興味深げに統夜。
「世界を許せないのが華黒ちゃんじゃなかったか?」
「それを克服するために僕が傍にいるんじゃないか」
「なるほどね」
一定の理解は得られたらしい。
「で、懸想文の件だが」
「興味あるの?」
「無論」
素直なことで。
「人の色恋に差し出口を挟むつもり?」
「いいから開封しろよ。それ以外に状況の変化は有り得んぞ」
さいですか。
僕は鞄から封筒を取り出す。
ハートマークのシールをはがして封筒から手紙を取り出す。
ついでに自分の心から自制心を取り出す。
三つのモノを取り出して、それから僕は懸想文を読む。
読み終わって、
「なるほどね」
僕は納得した。
「何がなるほどだ?」
「ん」
僕は懸想文を統夜に渡す。
統夜が受け取り、それから声に出して読む。
「お初お目にかかります真白先輩。このような不意打ちをして手紙を渡すこと……まずは申し訳ありません。しかしてこの想いをどうしようもなく懸想文を綴らせていただきます。真白先輩を一目見て私は惚れこんでしまいました。乙女回路大暴走です。これは愛を綴った懸想文であり愛の告白でもあるのですが……とはいえ決して真白先輩に愛の返事を強要するモノではありません。真白先輩が既に恋人を持っていらっしゃることも重々承知しております。ですからこれは私の一方的なわがままです。真白先輩をお慕いしております。ですからこのような手紙を書くに至りました。ただそれだけを言いたくてこの手紙を書いたのです。決して恋愛関係になりたいなどと言う代物ではありません。真白先輩は華黒先輩を愛しているのは……しょうがないことでしょう。ですから私は私のためにこの手紙を綴ることにしました。真白先輩と交際する気はありません。ただ真白先輩に『とある人物が先輩をお慕いしている』と認識させるための手紙です。これからも隙を見ては真白先輩に思いの丈をぶつける懸想文を書こうと思います。迷惑は百も承知です。ですが私が私の想いを真白先輩にぶつけることを許してもらえれば幸いです。薫子(仮名)より」
よどみなくつらつらと薫子(仮名)の懸想文を口にする統夜だった。
「泣かせるねぇ」
何が?
「この薫子ちゃん……真白が自分のモノにならないと知ったうえで自身の想いをのべつたてまつっている。自分が真白を愛していればそれ十分だということだろう? こんな純情……他では見られんぜ」
……否定はしない。
ズズと茶を飲む。
「この薫子ちゃん。また手紙を書くそうだが……お前はそれでいいのか?」
「僕が愛しているのは華黒だけだよ」
それだけは譲れない
だからこそ……この懸想文なんだろうけどさ。
「因果だな」
「否定はしないけどね」
そして僕と統夜はアレコレと懸想文の相手を推理してひと時の時間を過ごすのだった。
薫子が誰かもわからないままに。




