『薫子の懸想文』2
手紙。
そう言って差し支えないだろう。
封筒に入っているのは、だ。
「おい」
統夜が驚愕を抑えて言う。
「それって……」
「うん」
多分だけど懸想文。
あるいはラブレター。
そう呼ばれるものだろう。
「羨ましいな、おい」
「そう?」
本気でわからない。
統夜の憧憬も。
懸想文の主の意図も。
「とまれ」
僕は一息つくと、
「とりあえず保留ということで」
封筒を鞄に入れる。
「開けないのか?」
意味がわからないと統夜。
「別に今確認することでもないでしょ」
僕は言う。
「今日の放課後の時間は統夜に使うと決めてるんだ。それならば……誰であれそれを阻む者は敵だよ」
「傲岸不遜だな」
統夜は苦笑した。
「そう?」
僕には統夜の意図がわからない。
「モテるねお前は」
「わずらわしいだけだよ」
「それが傲慢だって言ってるんだよ」
七つの大罪。
そんな十字架を背負うつもりはないけれど。
ともあれ僕は懸想文のことを忘れると、
「じゃ、ゲーセンに行こうか」
心機一転。
統夜にそう言うのだった。
「ラブレターの主に応えなくていいのか?」
「それは何時だろうと取り返せるでしょ」
「恵まれた奴の傲慢だな」
「…………」
好きでこの容姿に生まれたんじゃないやい。
そう言いたかったけど止めておいた。
楽しからざる話だ。
今でも夢に見る。
実体を伴った悪夢なぞ御免だ。
少なくとも華黒の愛する僕にとっては。
そんなわけで、
「統夜」
「なんだ?」
「ゲーセンに付き合う代わりにお願いしたいことがある」
「だからそれがなんだ?」
「クレーンゲームでぬいぐるみ取って」
「そりゃ構わんが……」
ガシガシと後頭部を掻く統夜。
「自分で取った方がいいんじゃないか?」
「僕は苦手なの」
「…………」
沈黙される。
「ま、お前がそれでいいんならいいんだけどな」
苦笑される。
「…………」
この沈黙は僕。
まぁ。
「いいんだけどさ」
言葉を振り絞る僕だった。
それじゃ、
「行こっか」
僕はそう言って昇降口を出る。
天気は曇り。
分厚い水分の塊が空を覆っていた。
まぁね。
梅雨だからしょうがない。
そんなわけで僕と統夜は迎えを寄越すのだった。
主に統夜が。
携帯で一本。
それだけで酒奉寺家の使用人が車を回す。
五分後。
リンカーンが瀬野二の正門の前に現れた。
「さすが酒奉寺……」
僕は感嘆とする。
「リンカーンでお出迎えですか」
「別に俺の稼いだ金じゃないから自慢は出来んがな」
飄々と統夜。
「ロールスロイスの方がよかったか?」
「とんでも八分、歩いて十分」
僕は否定する。
「ただここまでさらっとされれば扱いに困るだけ」
「先にも言ったが俺の功績じゃないしな」
「でも酒奉寺家だ」
「後継者は姉貴だよ。どうでもいいことだ」
「…………」
この僕の沈黙は困惑故だった。
僕は昴先輩と結婚する意志はないけど……先輩の方はその気満々であるからだ。
「お前が義理の兄になるのも悪くはない」
「やめてよね」
本気で抗議する。
今はまだ華黒を想っていたい。




