『雨に唄えば』4
そんなわけで放課後はルシールの部屋のダイニングでお茶の時間と相成った。
出されたお茶はミルクティー。
ぶきっちょのルシールがそんな繊細な作業をできるはずもなく……当然ではあるけど市販品である。
午後ティーのロイヤルミルクティー味だ。
それをティーカップに注いでレンジで一分半温めた代物。
うん。
甘ったるい。
「………………ごめんなさい」
いきなりなルシールの謝罪に、
「何が?」
僕は本気で意図を計りかねていた。
「………………私……うまくお茶とかコーヒーとか……淹れられなくて……出来合いのものしか出せないの」
「負い目を感じるほどのことかなぁ?」
チラリと華黒に視線をやる。
「何とかして」
そんな思いとともに。
華黒は甘ったるいミルクティーを一口飲んだ後、
「ふ」
と吐息をついてティーカップをダイニングテーブルに置く。
「まぁ精進することですね」
誰が追い詰めろと言った?
「………………あう」
案の定気負うルシール。
「大丈夫。僕だってそんなに美味く淹れられないから。華黒や黛が異常なだけだよ。いやぁ……ルシールとお仲間で嬉しいなぁ。あ、おかわり」
空々しくフォローする僕。
「………………あう」
ルシールはとてとてとダイニングとキッチンを往復して温めたロイヤルミルクティーのお代わりを僕に差し出すのだった。
それから他愛ない話をする。
今一番ホットな話題と言えば……当然この場にいない黛についてだ。
「………………黛ちゃんは……告白受けるかな?」
「どうだろうね」
茶を一口。
「多分ないと思います」
「何で華黒がそう言えるのさ」
「いやあくまでなんとなくではあるのですが……」
と前置きをする華黒。
「黛からは同類の匂いがします」
さすがに僕は目を見開く。
「冗談でしょ?」
「だから、なんとなく……と言いました」
そりゃまぁそうだけど……。
「同一とは言っていません。おそらく私や兄さんのように派手に壊れている人間なんてそうそういるものではありませんし……」
「あくまで近似だと?」
「多分……ですけどね」
茶を一口。
そんなこんなで話題は黛の相手に対する肯定否定から黛に惚れた人間の様相の予測まで広がった。
そんなこんなで三十分後。
「ただいま」
と黛の声が玄関の開けられる音とともに聞こえてきた。
「………………おかえり黛ちゃん……って……どうしたの?」
迎えに出たルシールが困惑する。
ヒョイとダイニングテーブルに着席したままキッチン兼玄関を覗いて黛を見ると……びしょ濡れだった。
「………………黛ちゃん……傘は?」
「ああ、他者に貸したよ。傘を忘れて昇降口で右往左往している美少女がいたもので。どうも黛さんはその手の人間に弱いらしく……」
あははと笑う。
「………………だからって……ずぶ濡れになってまで帰ってこなくたって」
「たまには雨に濡れるのもいいものだよ。ジーン=ケリーの気分になれたし」
「………………とりあえずシャワー浴びて。……タオルと着替えはこっちで用意するから」
「あいあい」
そう言ってキッチンから直接繋がる浴場へと服を脱いで入る黛だった。
サービスシーンだけどカットで。
華黒が恐いからね。
シャワーを浴びている黛の入っている浴場から名曲「雨に唄えば」の口ずさみが聞こえてきた。
陽気な声だ。
陽気な歌だ。
少なくとも名作だ。
それから寝間着姿かつタオルで髪を拭きながら黛がダイニングに現れた。
「雨に唄えば……好きなの?」
「名曲とは思いませんか?」
「レイプ願望でもあるのかな?」
「おや……お姉さん話せますね」
……通じるんだ。
茶を一口。
ガシガシとタオルで髪を拭きながら黛が言う。
「ま、困った美少女に何かを施せるなら黛さんとしてはそれに越したことはありませんし」
否定はしないけどね。
「でも携帯でルシールに傘持ってきてもらうように頼めば済む話じゃないかな?」
「わかってませんね、お姉さん」
何が?
「美少女に傘を押し付けて自分自身はずぶ濡れ覚悟で走り出すのがロマンなんじゃありませんか」
「…………」
少女の発想じゃないね。
言わないけどさ。
「………………黛ちゃんは……格好つけだから」
さすがにルシールも呆れていた。
黛はタオルを肩にかけると言った。
「温まるホットコーヒーでも淹れましょうか。お姉さん……お姉様……黛さんの淹れるコーヒーは飲まれますか?」
飲みます飲みます。




