『隠密親衛隊の変遷』5
今日もまた学業を終える。
ウェストミンスターの鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
そんなわけでホームルームを終えて放課後に移る。
華黒が寄ってきて、それから僕たちは肩を並べて教室を出た……ところで、
「百墨真白」
僕のフルネームが呼ばれる。
敵意満点で。
声のした方に視線をやれば三人の男子が僕を睨みつけていた。
「…………」
華黒の眼がスッと細くなったのを僕は見逃さなかった。
これはやばい。
僕はグイと華黒を別の方向へと押しやる。
「兄さん?」
戸惑う華黒に、
「先に帰ってて。ルシールと黛と一緒に」
「ですが……っ」
「いい子だから、ね?」
華黒の頭を撫でて微笑んであげる。
「あう」
紅潮して言葉を失う華黒。
華黒に言うことを聞かせるには優しくしてあげるのが一番効く。
けれど今回は、
「ではルシールたちと合流した後、兄さんを待ちます」
珍しく華黒が反抗した。
「別に大層な用事じゃないよ。待っててくれなくていいって」
「待ってます。ずっと……」
このパターンか。
愛らしいと言えば愛らしい。
「うん。じゃ……手早く済ませるから」
華黒の頭上から手を離して僕は三人の男子に視線をやった。
「で、何の用?」
「面を貸してほしいのであーる」
「ここじゃ話せない内容だ」
「つ、ついてくるんだな」
「あいあい」
そう答えて僕は男子トリオについていった。
グルグルメガネが特徴的な男子と針金のように細っこい男子とふくよかな男子の三人だ。
どこかで見たような気もするのだけど……記憶を掘り返してみても該当者には辿りつかなかった。
男子トリオについていった先は空き教室だった。
教卓を前方とするならば後方に詰めるように机と椅子が並べられている……典型的な空き教室だ。
人目は……ない。
もしかして集団でボコる腹なのだろうか?
そんなことも思ったけどメガネと針金とデーブの三人を見るにそんな印象は感じられなかった。
統夜が気をつけろと言った矢先だ。
自身に対する害意の存在に鈍感ではあるけれど、警戒くらいは僕もする。
必要とあらば発症もするだろう。
無論そんなことにならないのが一番なんだけど。
メガネと針金に続いて僕が空き教室に入ると、最後にデーブがガチャリと鍵を閉めた。
おや……。
不穏な空気。
「で、用件は?」
僕が聞くと、
「ルシールちゃんに対する付き纏いを止めて欲しいのであーる」
「お前のやってることは無粋であるだ」
「ぶっちゃけ不快なんだな」
男子トリオはそう言った。
そんなところだろうね。
納得する僕。
つまり百墨親衛隊のルシール派閥なのだろう。
「ルシールちゃんまで毒牙にかけないでほしいのであーる」
「僕らの純情を穢さないでほしいだ」
「ま、まったくなんだな」
男子トリオの言ってることはよくわかる。
僕とて立場が逆なら似たような意見を持つだろう。
「既に華黒という美少女を持っていながらルシールにまでちょっかいをかける男」
事実はどうあれ男子トリオの真実はそういうことだ。
「あー……」
僕は言葉を探した。
言いたいことはよくわかる。
言ってる意味もよくわかる。
その上でルシールを悪者にしないで説明できる自信が僕には無かった。
ルシールの、
「自分は意志薄弱だから真白お兄ちゃんに助けてもらいたい」
という事情をここで話すわけにはいかないのだ。
少なくともルシールの面目を保つためには。
「それについては断るけどルシールのことが好きなら勝手にアタックして構わないよ。僕のことは気にしない方向で」
「それが無粋であーる!」
「無粋であるだ!」
「ぶ、無粋なんだな!」
メガネと針金とデーブは抗議してきた。
「うーん……」
何と言ったものか……。
「別に僕が居ようと居まいと真にルシールの心を奪ったのなら相応の結果が得られるとは思わない?」
「むぅ……」
男子トリオが沈黙する。
「それが出来れば苦労しないのであーる」
「だからルシールちゃんに宛てた詩を書いたりして自身を慰めているだ」
「おいたちはこんなだから……なんだな」
「そりゃご愁傷様」
他に言い様もない。
百墨隠密親衛隊ルシール派閥の急先鋒に同情しながら僕は教室の鍵を開けて外に出る。
そしてかしまし娘と昇降口で合流するのだった。
華黒にアレコレ腹を探られたけど、まぁ気にするこっちゃない……。




