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超妹理論  作者: 揚羽常時
二年生編
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『生まれ出でた日に祝福を』4


 アパートを追い出された僕は、


「やれやれ」


 と呟いて頬を掻く。


 ツイと視線を横にやる。


 同じく追い出されたルシールと目が合った。


「…………」


「………………ふえ」


 ルシールは赤面して視線を逸らす。


 うーん。


 抱きしめたい。


 やらないけどね。


「さて……」


 自分に言い聞かせるようにそう呟いて、


「ルシール」


 と呼んでみる。


「………………何でしょう? ……お兄ちゃん」


 ルシールは赤面するばかりだ。


 胸の前で両手の指を絡ませては解き、解いては絡ませるという行為に終始している。


「とりあえずショッピングモールにでも行ってみようか」


「………………一緒して……いいの?」


「大歓迎」


「………………ですか」


 もじもじするルシールは小柄で可愛らしく適度な高さにおでこがあるためそこにキスの一つでもしてみたくなる。


 やっぱりやらないけどね。


 代わりにルシールの右手を自身の左手で握って先導する。


「………………ふえ」


 と狼狽することしきりなルシール。


「あれ? 手を握っちゃ駄目だった?」


「………………そんなこと……ないです」


「ん。なら良かった」


 半分はわざとだけどニッコリ笑ってルシールを更に紅潮させてみる。


「………………ふえ」


 それだけ言って黙り込むルシール。


 ルシール。


 百墨ルシール。


 金色のセミロングの髪。


 碧眼。


 ハーフ。


 華黒が日本人形のような美しさならルシールは西洋人形のソレだ。


 総じて臆病で自分に自信を持てない謙虚な性格。


 謙虚というか自己否定的というか。


 積極的な華黒とは対照的に慎み深い女の子。


 僕としては態度だけを見るならルシールに軍配があがる。


 これは別に浮気心とかそういうものではなく……純粋に慎ましやかな小動物的なルシールが好意的だというだけの話だ。


 僕の心のメモリは大部分を華黒に蚕食されている。


 華黒の場合はしょうがない。


 僕を好きになる以外に逃げ道……というか捌け口がなかったのだから。


 だがルシールは違う。


 趣味が悪いと言わざるをえない。


 蓼食う虫も……と言えばそれで議論は終わるけど。


 中略。


 僕とルシールはショッピングモールの百貨繚乱に赴いた。


 そこで喫茶店を見つけてティータイムとしゃれ込む。


 僕はコーヒーを、ルシールは紅茶を頼んだ。


 ルシールは手を握って喫茶店まで無言を通した。


 僕は沈黙を愛する人間だったからそのことに対して何かしらの負の感情なぞ持ち合わせようもなかったけどルシールは違ったらしい。


「………………ごめんなさい」


 そう謝ってきた。


 カチンとティーカップと受け皿が打ち鳴らされる。


「何が?」


 すっ呆ける僕。


「………………私……華黒お姉ちゃんや……黛ちゃんみたいに……上手くお喋りができなくて」


「黙っていたのはお互い様だよ」


 僕はくつくつと笑う。


「沈黙は嫌いじゃないから。ルシールの手の温もりを感じられるだけで幸せだった」


「………………でも」


「ルシールみたいな可愛い子とデートできるだけで十分だよ。別に会話を盛り上げるだけがデートじゃないしね」


「………………デ……デート」


「最高の誕生日プレゼントだよ」


 そう言って安心させるために笑ってあげると、


「………………ふえ」


 と赤面して紅茶を飲むことで誤魔化すルシール。


 テイクアウトしたい。


 されどもやらないけどね。


 コーヒーを飲む。


「………………お兄ちゃんは……」


「何?」


「………………優しいね」


「そう?」


「………………うん」


 おずおずと……しかして確固たる感情を瞳に乗せてルシールは頷いた。


「自覚は無いけどなぁ……」


「………………だから……すごいよ」


「そんなもの?」


「………………そんなもの」


 そして紅茶を飲むルシール。


 何が優しかったんだろう?


 僕にはまったく理解できない。


 ルシールがおべっかを言っているわけじゃないのはわかるけど……さりとて自覚できないものを認識できるように人間の構造は出来ていない。


 僕はコーヒーを飲み、ルシールは紅茶を飲む。


 ほんわかした空気が流れた。


 何だかなぁ……。


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