09話 この件はどうぞ内密に
ラスボス様降格のお知らせ。
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巫女様の行動パターンは、ほぼ同じ内容を毎日繰り返していると言っても過言ではない。
朝、らじお体操と言う謎の運動を数分した後、王宮中を散策。
昼時までの半端な時間は特定の誰か――主に男性。この所は宰相・ジークフリートの可能性が極めて高い――を訪ね、過ごす。
昼時、王宮食堂(最近はやたら王族の出没率が高い。)で食事。たまに手料理を振る舞う事もある。
午後、特定のd(以下略)
数日に一度何かしらのしょーもない事件が発生する。
夜、バルコニーで特定の誰か――日中帯とは異なり、何故かジークフリートの目撃情報はないが――と会話後、就寝。
そんな巫女様の生活サイクルが崩れる事はなかった、らしい。
の、ですが――――。
「………巫女が呪詛に…って、何を皆さん…言ってるんですか…?」
「―――――!」
月光が窓から差し込む《酒場・オータムボーン》。
いつもであれば大いに賑わっている筈のその場所に衝撃が走りました。
「…オイオイ、まさかのご本人様登場かよ。」
一気に静まり返った店内に響いた呟きはキースさんのもの。
「……っ。」
そんなキースさんの一言に、目の前の、異界の衣服を纏った少女がピクリと反応する。
――そう。現在店の入り口にいらっしゃるのは、紛れもなくつい先程まで私達の会話で取り上げられていた巫女様ご本人。ちらりと周りを確認しましたが、どうやら護衛も付けずお一人でやって来られたみたいでした。
「………何てこったい。」
拝啓、ジークフリート様。
まさかのイレギュラー、ラスボス様が舞い込んでまいりました―――。
* * *
ひとまず入り口に立たせっぱなしも辛いだろうと言う事で、巫女様を私達が使用していたテーブル席の隣の席へ案内し。
まず初めに口を開いたのは、情報屋のエレノアさんでした。
「巫女の嬢ちゃんがこんな夜遅くに一人歩きかい?世間知らずとは聞いてたが、此処まで非常識とはねぇ。」
「……エレノアさん。」
お客様に直球すぎる言葉ダメ、絶対。
上級者向け毒舌家なエレノアさんの一言で、巫女様若干半泣き状態に陥ってしまったじゃないですか。…と、視線で抗議しますが、マイペースな常連さんに反省の色は見えません。
「ああ、すまないね。大抵の客はこれで悦ぶんだけどねぇ。」
「どんだけドMなんだよお前ンとこの客…。」
相変わらず、情報屋にしてはお色気全開なエレノアさんにドン引きしているのは、昔馴染みらしいアーノルドさん。
……非常事態と言うのにこの余裕っぷり。私はある意味感動してしまいました。
「にしても、シュールだよなぁ…この図。」
そう呟いたのはロッジさん。
その言葉の内容通り、今この場に居る巫女様以外のメンバー―――エレノアさん、ロッジさん、アーノルドさん、そして何故か居るキースさん…と私は、全員でテーブル席の中央にある呪詛除けの御守りを全員で触れていると言う、何とも言い難い姿勢で巫女様と対峙していました。
あ、因みに実働班のキースさんには本日召集はかかっていませんでしたが――何でも昼間、王宮にてジーク様をからかい過ぎて追い出されてしまったらしく。
『ジークの奴に捨てられた!アイツ俺より若い男に走りやがって…ッ!』…などと、つい最近似た様な事を考えていた私にしてみれば少々複雑な台詞と共に、オータムボーンへ駆け込まれて来ました。
…まあ、此方には御守りのストックがなかったので、結果オーライなのですが。
「……で、何でこんな夜遅くに巫女様みたいなお嬢ちゃんが城下町の、しかも酒場に来る事になってんだ?」
エレノアさんに負けず劣らず直球なアーノルドさんの質問に、巫女様が一瞬ビクリと怯えました。
…どうやら用心のために店内の灯りをランプのみにしてしまっていた事が、三十路後半のガタイのよすぎる男性にいつも以上の迫力を与えてしまったみたいです。
すみません、巫女様。王宮の様に繊細な見た目の方は男性陣にはいらっしゃいませんが、暫く我慢して下さい―――と、また脱線してしまいましたね。
兎にも角にも、何故巫女様がお一人でわざわざオータムボーンに?―――その答えは、何とも乙女チックな内容でした。
「…あ、お昼時もなんですけど、毎晩ジークさんよく姿を消されているみたいなので、気になっていて。ひょっとしたら、此処に来ているのかな……って。」
ああ、成る程。やっぱりな―――その場に居る全員が、予想通りの回答に納得します。
先日の昼間もそうでしたが、現在巫女様の頭の中はジーク様でいっぱいの様です。
「宰相様は此処にゃ来てないよ。…にしても、巫女様はあんなヘタレ野郎のどこが良いんだい?」
そう言ったのはエレノアさん。ちなみに、あのジーク様をヘタレと呼んで今まで無事だったのは、この城下町で彼女位です。
「えっ…ヘタレ…?……貴女はジークさんと親しくされているんですか?」
「今、質問しているのはあたしだよ。」
エレノアさんのジーク様に対する評価に若干驚きつつも関係を気にされる巫女様を、バッサリ一刀両断するエレノアさん。…あああ、巫女様また半泣きに。エレノアさん、一回り以上年下相手に容赦なさ過ぎです。
「あー、そうだな。俺もちょい気になってた。嬢ちゃん、アンタ何でそんなにジークに固執してんだ?」
一瞬のうちにギスギス感が増した空気を和らげる様に、気の抜けた調子でキースさんが聞き直す。
珍しく空気を読んだキースさんの対応のお陰か、巫女様は何とか持ち直した様でポツリポツリと話始めました。
「私、これまでずっと不安だったんです。…この世界に来てから、ずっと皆さんには良くして貰っていたんですけど、どこか空々しく感じてしまってて。――でも、ジークさんは違ったんです。何と言うか、最初から私自身を見てくれているというか。…それが、嬉しかったんです。」
「………。」
―――“巫女とは、国の贄となるべくして呼ばれた存在。”
昼間の、レインとの会話の後から何度も頭の中でリフレインしている言葉がまた浮かび上がりました。
…巫女様は、どうやら本能的に周囲の方々の態度に違和感を感じ取っていた様です。
恐らく多くの殿方との噂が立ってしまっていたのも、そう。無意識の内に、呪詛に囚われていない誰かに助けを求めていたのでしょう。
そして呪詛除けの御守りを所持するジーク様の、呪詛に惑わされないありのままの態度に気付き、安堵して――惹かれた。
「……。」
でも、少し待って下さい。
「なあ、それって別にジークじゃなくても良かったんじゃね?」
「え?」
予想外の切り返しだったのか、巫女様が動揺する。
「要は―――呪詛にあてられない奴だったら、誰でも良かったって…事だろ?」
それを気にせず、まるで私の考えを代弁するかの様に切り出したのは本日最年長のロッジさん。
そう。今の巫女様の話を聞いて感じた違和感。
彼女の話の中には――“ジーク様自身”についての言及が一切ありませんでした。
「そんな…でも、だって。」
それでも尚、納得いかず食い下がろうとする彼女にロッジさんが言葉を続ける。
「じゃあ、物は試しだ。ジークの良いとこ何でも良いから挙げてみな。」
「えっ…。……。…ジークさんは、他の皆さんと違って私をきちんと叱ってくれます。」
「それだけなら今目の前にいる俺等だって出来るぜ。実際もうしてるしな。――って言うかだな、嬢ちゃんも本当は気付いてるんだろ?何しても叱りもしねェ“他の皆さん”のが異常なんだって。」
「――――。」
ロッジさんに対する反論が出てこないのか、巫女様はぐっ、っと自身のスカートを掴む。
…流石に、短時間で追い詰め過ぎた気がします。
「――巫女様、先程“呪詛とは何か”とお聞きになられましたね。」
「えっ、…あ、はい。」
突然口を開いた私に、俯いていた巫女様の顔がパッと上がる。
私は努めて――自分の言葉が彼女の中へ届く様に、声のトーンを柔らかくしながら。
「これからお話しする内容は、私達も――ジーク様も、本来巫女様へは知らせるつもりはなかった内容です。…ですが、本当に貴女の事を思うのならば、お伝えした方が良いと判断しました。」
「…………。」
真剣に、ありったけの誠実さを持って、彼女を見つめる。
そんな私の想定外の動きを、常連の皆さんは止める事無く静かに見守る。
そして、眼前の彼女が澄んだ瞳を真っ直ぐ此方に向けてくれている事を確認し、私は言葉を続ける。
「この情報如何でこの国の将来が決まるといっても過言ではありません。巫女様―――いいえ、マドカ様。この件はどうぞご内密に――。」
そうして私は、彼女に今この国で起きている事、そして今後起きると思われる事をありのまま伝えたのでした。
モヤモヤした展開が続いてすみません。
早くギューンさんに会いたいです。