08話 店と親友と私と
今回は比較的大人しめな展開です。多分。
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昼の営業を終え、休憩モードのオータムボーンにて。
久しぶりに会った親友は、綺麗な長い髪をバッサリと切り―――まるで少年の様な格好をしていました。
「男として騎士団に乗り込んだ?」
「イエス!」
「どうしてそうなった。」
カウンター席で自信満々にVサインをかます親友の、その有り余る行動力に私は思わず頭を抱える。…破天荒にも程があります。
「だってエリクの奴、一切事情説明にも来ないんだもん。殴り込みに行きたくもなるよね。」
――そう、私がジーク様とそうであった様に、彼女もまた魔道騎士エリク様の婚約者です。…が。
「…そこで私に同意を求めないで下さい。伯爵が泣きますよ。」
「ああ、父上なら大丈夫!ブチ切れてほぼ冷戦中だから。」
「ああああ……」
何という泥沼。
巫女様は巫女様で、あの天然と言う言葉だけでは済まされない世間知らずっぷりはやはり問題ですが―――眼前で不敵に微笑む彼女の場合はほぼ確信犯的犯行なので、余計に始末が悪いのです。
そんな彼女――レインは、うなだれる私の様子には気も止めず話を続行する。
「そしたらエリクの奴速攻で気付きやがってね、」
ああ――伯爵様、申し訳御座いません。
彼女の口調が悪いのはもしかすると、もしかしなくとも私の店に通い詰めた所為です―――等と、横道に逸れた事をぼんやりと思いつつ、彼女の言葉に耳を傾ける。
「何て言ったと思う?『貴女の様な無鉄砲で後先考えず粗野な振る舞いをする女が居るから、巫女様の様な純真な御方が謂われのない誹謗中傷を受けるのです。』…だってさ!――あ、今のモノマネ結構似てなかった?」
「似てません。」
ピシャリと。
昔はどうあれ、今の彼女と私は貴族と平民。
本来であれば到底認められる態度ではありませんでしたが―――昔から変わらず、許されたままの親友と言うポジションに甘んじて、私は嘘偽りない心を伝えると。
だよねぇ、とレインは何故か嬉しそうにふにゃりと笑いました。
「…ですが、あの温和そうなエリク様がその様に辛辣な言葉を吐くとは意外ですね。」
一瞬、和やかな雰囲気に流れそうになりましたが、ひとまず話を本題に戻します。
今日彼女と会ったのは、雑談だけが目的ではありませんでした。
「いや、エリクはあれで結構腹黒いし、嫌いで無能な奴はバッサリ切るタイプの男だよ。―――まあ、本命にはベタ甘ってのは初めて知ったけど。キャラクター崩壊すぎて爆笑すんの抑えるのキツかったわー…。」
そう言って、ケタケタと笑う親友を私はじっと見つめる。
「…レイン、」
「………うん。呪詛の所為だ、ってその後君の旦那から聞いたけど、やっぱりキツかった。でも今回の件がなくても、いずれはきっとこうなってたと思う。」
それまでの――正直伯爵令嬢としてはどうかと思うぶっ飛んだテンションから一転。
本来の彼女から漏れた言葉は、紛れもない本音でした。
…あ、因みに彼女の旦那云々の件については毎度の事なので、もう流す事にしています。はい。
此方の都合も勿論ありましたが―――つい先日まで、似た様な事を考えていた私としては、何とか彼女の力になりたい。
…私は改めて背筋をピンと伸ばす。
そして、目の前のレインを真っ直ぐ見つめ直してから、話を切り出しました。
「レイン、協力してもらいたい事があります。」
「うん。私もそのつもりで来た。…いや、“私達も”と言った方が正しいかもしれないけれど。」
「?」
此方の話を想定していたかの様な彼女の反応に、一瞬傾げる。
そんな私の手前のカウンターに、一冊の冊子――一見する限りでは、何の変哲のない日記帳だ――が差し出された。
「……これ。私達――まあ所謂、今回の呪詛にしてやられたご令嬢達の情報網から仕入れてきた王宮の内情とか、そんなの。」
「……。」
私はその冊子を手に取り、パラパラとページを捲る。
交換日記形式で綴られたそれは、確かに彼女の言う通り、巫女様の行動パターンや呪詛にあてられた者のリスト、その他にも―――女性視点だからこそ見えてくる情報ばかりが記載されていました。
「……流石です。仕事が早い。」
「みんなノリだけは良いからね。…シャロンの事も気にしてたよ。」
「―――」
いくら我が国が陽気でフランクな国とは言え、没落した家の人間を未だに気にかけてくれる方がジーク様やレイン、伯爵様以外にもいらっしゃる事に私は軽く驚きました。
それと同時に―――まるで自分の事の様に嬉しそうに報告してくれるレインに、心が温かくなるのを感じて。
ふと思うのでした。
国の贄となるべくして喚ばれた巫女様は、今のこの状況で果たして本当に幸せなのかと。
「………。」
「シャロン?」
考え込む私を怪訝そうに窺うレイン。
「…あ、すみません。何だか、嬉しくてつい惚けてしまっていました。」
「あはは、変なの。」
思った事をありのまま彼女に話す訳にもいかず、とっさに私は誤魔化していました。
「さて、私はそろそろ王宮に戻るよ。」
「……まさか、騎士団にまた…。」
「まあね。…やっぱりさ、私は自分の目で直接確かめたいんだ。――大丈夫!前にダインの小父様から頂いた御守りも持ってるし。…ね。」
「………。」
はあ、と私は溜め息を一つ吐く。
この破天荒な親友のお願いには、昔から私も弱いのです。
「……無茶だけはしないで下さいね。」
「りょーかい!」
せめてもの要望を伝え、元気に想い人のいる王宮へと駆け出す親友を見送る。
――と、そこに入れ違いで一人の女性が店に入ってきました。
「レイン嬢は相変わらず元気だねぇ。」
「エレノアさん。」
赤毛を後ろで一つに束ねた壮年の女性は、まるで事情を全て把握しているかの様に――いや、実際把握しているのであろう。
ともかく、行く末を見つめる様な、それでいて優しい眼差しで彼女はレインが去っていった方向を見つめていました。
「――すみません、ロッジさんとアーノルドさんはまだ来てないんです。少し待っていて貰えますか?」
そうして、コップに入れたレモン水を差し出す。
「ああ、ありがとう。いつもの紅茶酒も貰えるかい?…あと、レイン嬢が置いていった“日記帳”も。―――今日はあんた達としか予定はないから、あたしゃ全然問題ないよ。」
「承りました。…やはりお見通しですね。―――今日は此方からのお誘いなので、サービスしときます。」
言いながら、私はエレノアさんへ“日記帳”を渡した。
「ありがとさん。…まあ、情報屋ってのはそんなもんだからねぇ。―――ああ、よく見てんじゃないか、ご令嬢様方も。」
上機嫌にページを捲っていく彼女が、徐々に真剣な顔付きに変わる様子を見やりながら、今夜はきっと長くなる―――私はそう、感じました。
普段のエリクさんとレインさんはお互い反発しつつも嫌いになれないとか、そんな感じなんでしょうね。(目茶苦茶他人事だな!)
なかなかサクサク進まずやきもきしますが、何とか乗り切りたいと思います。




