06話 勝手に抱え込まないで下さい
言い訳タイムその2
※いつの間にかお気に入りが1300件を越えている…だと…?
※本当に皆様ありがとう御座います!
まずは話を整理しよう。
この国で現在、巫女様と呼ばれる少女は一人だ。名はマドカ。歳は17。異界人だ。
―――これはごく限られた人間しか知らない事実だが、彼女自身には何ら特殊な能力はない。
「え、でもよく噂で聞きますよ?巫女様は…えぇと、《加護の力》?で護られているから、攻撃魔法を受けても傷一つ付かないだとか…。」
「巫女は24時間体制で魔道師団から遠隔で護られていただけだ。」
「では、《浄化の光》?で一瞬にして魔獣を跡形もなく消し去る話は…。」
「巫女一行にいた魔道騎士が、あたかも巫女がやったかの様に見せかけただけだ。」
「………。」
――何故、その様な面倒な事を?
珍しく顔をしかめ、そう尋ねたシャロンに対し俺は先程までよりも更に声を潜め、問いに答えた。
「彼女が、この国の贄となる為に喚ばれたからだ。」
そう、数十年に一度、異界から習慣的に喚ばれる巫女という存在。
それは、周期的に現れては魔獣を従え各国の領土侵略を行う様になる、“魔王”と呼ばれる後天的異能者を抹殺する為に呼ばれていた。
――“後天的”と何故判るのかだって?
それは簡単だ。…過去に“魔王”と呼ばれた者達の身元は、その大半がこの大陸の何れかの国に住む、ごく普通の国民だったのだ。
『“魔王”となる者は、誰もがある日突然覚醒する。そして“魔王”は覚醒する際、力が暴発するのか必ず大きな爆発が起こる。―――それが、“魔王誕生”のサインだ。』
俺が宰相となった最初の夜、その話をしてくれたのは知識王と呼ばれていたこの国の前国王・フレデリックだった。
フレデリックは更に、この大陸に存在する、国のトップレベルでしか知らされていない暗黙のルールについても教えてくれた。
「“魔王”は“魔王を魔王たらしめんとした国”が排除する。」
「…え?」
「“魔王”ってのは、何かしら国に対して不満を持った人間がそうなるんだよ。」
―――つまり、自国民の責任は自分達で取れと言う事。
「……ああ、だから過去の討伐も毎回参加する国が異なっていたのですね。」
「金かかるしな。」
で、巫女様だ。
先程も言ったが、巫女は魔王抹殺の為の駒でしかない。
「何故、異界から喚ぶ必要があるのですか?」
「そこなんだが。」
まず過去の魔王討伐で分かった事だが、魔王は自らとその周囲―――王座から謁見者を見下ろすまでの距離――に対して、結界を張ることが非常に多い。
「様々な手を尽くしたが、結構この世界の人間では結界を破る事は出来なかった。」
「…でも、異界の人間は違った?」
「その通りだ。」
細かい経緯は省くが、とにかく異界人ならば結界の先へ辿り着ける事が分かった。
となれば、そう。
後はその異界人を介して、魔王を抹殺するだけだ。
―――巫女と言うのは、元々はその為だけに喚ばれた存在だったのだ。
「………。」
シャロンの表情が曇る。
それを俺はあえて無視して、話を続ける。
「…と、いつもならそれだけで終わる筈だったんだが、今回はこれまでと様子が違う。」
まず、第一に魔王が生きている。…正気は取り戻しているみたいだが、こうした例は過去に一度もなかった。
次に、巫女が生きている事。これも、珍しいケースだ。
最後は周囲の人間の態度。―――これが一番厄介だった。
「魔王討伐に向かう時、周囲の人間は巫女に対してどういった接し方をすると思う?」
「……駒だという事に気付かれない様に…能力の件も伏せて、持ち上げる?」
「そうだ。今回も例に漏れず、出発前はそんな感じだった。」
だがしかし、戻ってきたらどうだ。
巫女に同行したメンバーは勿論の事、何故かついて来た魔王も、戻ってきてから巫女と話した野郎どもまでもが―――色ボケして全く使い物にならなくなっていた。
「国民の税で食わせてもらってるってのに、事ある毎に巫女様巫女様……ああウザイ。仕事しろ花見なんて休日にしろ働け馬鹿野郎ども。」
思い出したらまた殺意が沸いてきた。
「仕事に支障が出るレベル……それは、凄まじいですね。」
「ああ、だがそれだけじゃない。…奴ら、巫女にかまけてばっかりで、元いた恋人や婚約者にゃフォローなんて事一切してなかったんだよ。」
「それは…修羅場の香りが…。」
「全て俺と俺の部下が対処した。…既婚者への影響が少なかったのが、せめてもの救いだな。」
当時の事を思うと、自然と目が遠くなった。
――あの頃の俺は、シャロンのオムレツがなかったら、気が狂って何をやらかしていたか分からない。
「……ですが、ジーク様方は平気だったんですか?…その、例の噂の様に、巫女様の魅力に陥落されたりは。」
「俺は見ての通り、堕ちてなんかねぇが――ウチも最近被害が出だした。…多分、巫女様が俺に目を付けて執務室に入り浸る様になったからだろうな。」
「…。」
――ピクリと、『入り浸る』と言う単語にシャロンが一瞬反応したが、念押しするのは却って信じてくれているシャロンを疑う様な気がしたため、自重する。
「大体の事情と状況は分かりました。…ですが、これでは逆に、ジーク様が巫女様に堕ちていないのが不思議です。―――何か、特殊な力が働いているのではないですか?」
「察しが良いな。」
「魔道騎士エリク様の婚約者様とは、今も交流がありますから。―――よくよく考えれば、エリク様も突然婚約者と音信不通となる様な不誠実な方ではありませんでしたね。」
……成程、そう言えばあのエリクの婚約者とシャロンは親友同士だったな。未だに交流があると言う事は、それこそ本物なのだろう。
あちらの二人も中々事情は複雑そうだが―――他の婚約者達が今とは別の縁談を検討し始める中、エリクが元に戻るまで待つと言いきった彼女については、俺も驚いたものだった。
「…エリク達は今、呪詛にかかっている。――いや、正確には、呪詛にかかった巫女様にあてられている、と言った所か。」
「呪詛、ですか……あ、ひょっとして、ジーク様に影響が出なかったのは。」
「そう。恐らくコイツのお陰だ。」
コロンと、手の平に余裕で収まるそれをカウンターの上に転がす。
―――それは、シャロンの父が異国で見つけたと言う、呪詛除けの御守りだった。
「…父のお土産も、偶には役に立つのですね。」
真顔でそう言うシャロンに思わず吹き出しそうになったが、何とか持ちこたえて話を続ける。
「ああ、コイツのお陰で、ひとまず国全体が機能しなくなる事は免れた訳だ。…こないだ、お前の連絡鳥借りただろ。あれでダインのおっさんにコイツの詳細を聞いてる所だ。」
「……そうだったのですか。……。」
そうして、シャロンが黙り込む。
右手を顎に当てるのは、彼女が考え事をする時のクセだ。
「現状、その御守り以外に打つ手は無いのですか?」
「いや、幾つか手は打ってある。…まあ、その中の一つが、昼間の―――俺が巫女の気を引き付けておく策だったんだが。……本当に悪かったな。」
「その件については、もう気にしていません。」きっぱりと言い切るシャロンの様子を窺う。…確かに、先程ほど思い詰めた雰囲気はなかった。
「…出来れば、私もジーク様のお力になりたいのですが……そもそも、この様な重要な話を一般人の私に話されて大丈夫なのでしょうか?」
と、伺うような視線でシャロンが尋ねる。
俺はカウンターに乗せられている彼女の左手に、自分の右手をそっと重ねた。
「正直な話、この件に関してはシャロンに関わって欲しくない。」
だから初めは事情も話さず突き放そうとした。
―――まあ、事態が尚更ややこしくなるだけだと思い返し(シャロンは控え目に見えてかなり行動的だ。勝手に動かれる方が怖い。)、早々に切り替えてしまった訳が。
「俺としては偶に、こうして話を聞いてくれるだけでも十分助かっているんだが―――お前はそれじゃあ満足出来ないんだろ?」
「はい。だってジーク様、何でも一人で抱え込んでしまうんですもの。そんなの、私は嫌です。…お願いします、力にならせて下さい。」
そうして、俺の右手にシャロンの右手が重なる。…温かい。
「ああ。すまないが、宜しく頼む。」
「はい。」
そうして、シャロンは優しく微笑んだ。
…彼女の両手とその気持ちが温かく、ここ最近張り詰めていたものが解れていくのが分かる。
――やはり、俺はシャロンじゃなきゃ駄目だ。
「因みに、お前はこんな話を聞いて良かったのか気にしているみたいだが―――まあ、いずれ結婚するんだ。問題ないだろ。」
「婚約は白紙にするのではなかったのですか?」
「馬鹿、それはあくまで今回の件を解決する為だろ。俺はお前しか要らん。」
きっぱり言い切ると、シャロンは一瞬目を見開いて、先程よりも更に笑顔を綻ばせながらこう言った。
「私もジーク様じゃなきゃ嫌みたいです。好きです、ジーク様。」
「―――」
ゴン!
……あまりの事態に俺は動揺して、思わずカウンターの後ろにある調理棚で頭部を打った。
正直に言おう。
幼馴染み23年、婚約者を15年やって来た俺達だったが、互いの気持ちをハッキリと伝えた事は今まで一度たりとも無かった。
(流れで、そう言う行為に及ぶ事はまあ、そこそこあったが。)
明らかに挙動不審な俺に驚いていたシャロンが、はっと気付いた様に伺う。
「ジーク様、大丈夫ですか?」
「……あ、ああ。」
明日から本当、頑張ろう―――心の底からそう思った、その時。
「「「「ヨォーッスお二人さん!乳くり合ってっかーッ!?」」」」
「…………。」
タイミングを見計らったかの如く、煩い連中が店内に入り込んで来やがった――。
俺達の戦いはこれからだ!…と言う事で、本当は此処で終了する予定でしたが、もう少し頑張ってみる事にしました。
今しばらくお付き合い頂けると嬉しいです。