05話 勝手に落ち込まないで下さい
言い訳タイムその1
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巷で噂の巫女様が《酒場・オータムボーン》に現れたらしい―――そんな噂を聞きつけて、今日のオータムボーンはいつも以上に盛況でした。
普段は昼過ぎには一度店を閉めるのですが、今日は一向に客足が途切れる気配ががなく、結局収穫祭の日と同じ勢いで夕方近くまで営業してしまいました。
…夜の営業を休みにして正確だったな。
「……ふう、」
わいわいがやがや、夕日が差し込む窓の向こう側から、帰路に就く労働者達の話し声や荷車の音が聞こえてきます。
私は一つ、小さな息を吐くと、ぐいっと背筋を伸ばしました。
「んー…今日は働いたなー。」仕事が一段落した後の、この何とも言えない気怠さが好きです。
今日は綺麗な夕日を見ながらだから、なお充実感があります。
十年前、母を亡くした直後から賭博に父が浸ってしまい、膨大に膨れ上がった借金を返済するべく爵位も屋敷も領地も全てを売り払い、この店で再スタートをきって。
初めは前店主の見習いで、慣れない仕事に戸惑いながら日々を過ごしていましたが――前店主を始め、今より少し荒くれ気味だった常連さん方や更正した父、宰相様達に叱咤激励されながら何とかここまでやってきました。
二年前、父と前店主が再婚を機に諸外国へ周遊しに旅立つ事になり私がいきなり店主に抜擢された日には、『無理だミジンコレベルのコイツにはまだ早い』と宰相様に散々ダメ出しを頂く事もありましたが。
それでも何とか踏ん張って、ようやく最近『自分の店』と言う自覚が持てる様になりました。
「独り立ちの準備が出来たって事なのかな…。」
今は私以外誰もいない店のカウンター席から、ぼんやりと夕日を眺めながらポツリと呟く。
そう。私も今年で27です。
何も知らない元貴族のお嬢さんな時期はとうに過ぎています。
何時までも宰相様や常連さん達の好意に甘えていては駄目なのです。
「これからは積極的に店を宣伝して…あ、他店との差別化も大事だな……それから…」
ポツリポツリとこれからの事を考えたままに呟きいて、ノートに記す。
今は余計な事を考えたくなかった分熱中しすぎて、日が暮れる頃にはカウンターの上でうつ伏せになり意識を手放していました。
***
「……い、……おい…」
「………ん…?」
ふと、誰かに呼ばれた気がして顔を上げる、と。
「やっと起きたか粗忽者。」
「!」
すっかり夜になり暗い店内で唯一、ゆらゆらと光るランプに照らされながら、相変わらずの無愛想顔で宰相様が此方を見ていらっしゃいました。
…カウンター越しに、先程までの私と向き合う形で顔を横にしていたらしく、思いのほか至近距離な事に驚いた私は先程よりも更に勢い良く仰け反りました。
「う、わ」
「あっ、バカ…」
ガッターン!と、椅子が倒れる音が店内に響きます。
私はというと、何とか近くのテーブルに掴まり負傷を免れる事が出来ました。
「……はあ、相変わらずドジだな。」
「…不可抗力です…。」
間近で久々に宰相様のその整ったお顔を拝見して、心拍数を上げるなというのが難しいです。
「その椅子、俺の特等席なんだから丁重に扱えよな。」
「はい…。」
そう応えつつ、倒してしまった椅子を元に戻して、再び座ります。
その頃には宰相様も身体を起こして、店主用の縦長椅子に姿勢正しく座っていらっしゃいました。
「ふふ、何だかいつもと立場が逆転してますね。」
「そうだな。」
「………。」
暫しの沈黙。
…それを破ったのは宰相様でした。
「悪かったな。」
「?」
「…今日、あの後。店、すげぇ大変だったって聞いた。」
「……ああ、大丈夫です。もともと夜はお休みさせて頂く予定だったので、良い口実になりました。」
そう軽い調子で答えながら、ふにゃりと笑顔を作ってみせると、宰相様の無愛想顔が心配顔に切り替わりました。
「……そうなのか?」
「はい。流石に噂の片鱗を見せ付けられた日くらいは、私だって落ち込みます。」
「誤解だ。」
ダン!…と、力強くカウンターを叩きながら、宰相様が真っ直ぐ私に視線をぶつける。
突然の変調に驚いた私にすまん、と小さく謝った後、ぶつぶつとこう付け足されました。
「……いや、そう見せている部分は確かにあるが、好きでやってる訳じゃない。」
「ですが、口付けなされたと言う噂を聞きました。」
「あのガキがすっ転んだ拍子に、俺の頬に口が付いただけだ。」
「……一晩、共に明かされたと。」
「第三王子お手製の城の防犯用トラップとかいう訳の分からん装置に、巻沿いくらって閉じ込められていただけだ。因みに、今日の件については後で話す。……他にはどんな噂が?」
「いえ、もう結構です。」
「…じゃあもう怒る理由もないだろ。その宰相様呼びも止めろ。…今回は本当に、悪かった。」
「はい、ジーク様。」
そうして、私は呼称を元に戻しました。
――本当は酒場に流れてきた噂は他にもまだまだ沢山ありましたが、これだけ説明して頂ければ他も大体似た様なものと言う事くらいは想像つきます。
昼間の件で実はやはり――と、噂を信じてしまいそうになりましたが、何やら事情があるという読みは外れていなかったみたいです。
「次は俺の番だな。」
呼称が戻った事で若干機嫌が治ったのか、ジーク様は先程よりも幾分落ち着いた様子で、今日に至までの経緯をお話し始めました――。
ジークさんはシャロンさんから宰相様呼びされるのが嫌いです。
ささやかな嫌がらせ大成功といった感じなシャロンさんでした。
次回はジークさんのターンです。