ポイ捨て
ふぅ……カナコと別れて、これからどうすっかなあ。新しい女、サキに紹介してもらうか。けど、カナコのやつ、別れようって言ったとき、あんなに泣くとは思わなかったなあ……。何がそんなに悲しかったのか。これってもしかして俺、カナコを捨てたことになってんのかなあ。
サキを探して大学の構内をうろつく。昨日まではカナコと歩いていたけれど、今日は1人でとぼとぼと歩いている。ううむ、1人で歩くっていうのって結構さびしいもんだな。早くサキを見つけないと。
「……はぁ、ここにもタバコの吸殻が……ほんとに、大学の構内、そこら中でタバコの吸殻ばっかり。何でタバコ吸う人って道端で、簡単にポイ捨てが出来るんだろ?」
「あ、いたいた! おーい、サキサキ!」
文学部の建屋の近くで、おっきなゴミ袋を持って、ごみを拾っているサキを発見した俺は、手を振りながら、サキを呼んだ。
「あ、ヨウスケ? どうかした?」
「いや、ちょっとさ……なあサキ、ちょっと相談があるんだけど……」
ううん、そういやカナコも3か月前にサキに紹介してもらったんよなあ。カナコにいきなりこんな話したら、怒ったりするかなあ……ちょっとサキがいい機嫌になった時にさらっと声をかけてみるか。
「ま、まあまあサキ、ジュースでも飲まない?」
「は? まあくれるって言うならもらうけど、そういう時、なんか変なこと考えてるんだよね。ヨウスケって」
うっ……何でサキってこう鋭いんだよ。
「あ、あはは、そんな訳ないじゃん。ほい、コーラでよかった?」
「うん、ありがと」
自動販売機で買ったコーラをサキに渡して、自分もサイダーを買う。
ぷしゅっとアルミ缶を開けて、ごくっと一口飲む。
「そういえばさ、俺が声をかける前、さっき何をぶつぶつ言ってたんだ?」
「あ、ヨウスケ……。もうさ、ほんっとポイ捨てする人って最悪だよね」
「ぶふっ!」
やっばー!? もも、もしかして、カナコと別れたこと言ってんのか!?
ち、ちがうよな。別にカナコ、怒ってるようなそぶり全くないもんな。
「ど、どうしたの? 突然ジュース吹き出したりして」
「な、なんでもないなんでもない! サイダーがちょっと気管に入りそうになってむせただけ!」
「そ、そうなんだ? それならいいけど」
よ、よかった。サキのやつ、まだ何か怒ってるとかそういう訳じゃないみたいだ。
さっきの言葉の意味がなんだったのか、上手く聞き出さないと。
「な、なんかあった?」
「別にいつもの事なんだけどさ。ポイ捨てってホントひどいよね。こういう事するっていったい何考えてそういう事するんだろ?」
「ごほごほっ!」
やばい、こいつ、実は絶対怒ってる。嫌味を言いながら、俺をチクチクといじめる作戦だろ。
「な、なに!? またむせた?」
「あ、ああ……や、でもさ、こう、した側にも、言い分ってものもあるんじゃないかなあと思うんだけどどうだろう?」
例えば、待ち合わせの時なんて俺が3分遅刻するだけでカナコは激怒するのに、カナコは1時間とか遅刻させても平気な顔だったり、服の買い物とか、2時間も延々と悩み続けた結果、結局他の店のも見てみたいとか言って何にも買わずに出てきて、結局ぐるぐる振り回された挙句、最初の店に戻って買ったりさ。
「あるわけないじゃん! ヨウスケってば何言ってんの!」
ええっ!? 俺!? 俺がそんなに悪いの!?
「大体さ、こうやってポイ捨てする人って、後から処理する人の気持ち考えたことあるの? めんどくさいったらないんだよ!? そうやって火をつけるだけつけて、ちゃんと消さないままぽいっとして、それがもしも大炎上になったりしたらどうすんの!?」
「だ、だだ、大炎上になんてなったりすんの?」
「なるにきまってんでしょ!? くすぶってる状態でもすごく危ないんだよ!」
そ、そうなのか? も、もしかしてカナコってものすごい危険な状態か? このままほっとくと大炎上って……い、いや、まさかストーカー化とかそういうことになる事はないよな……い、いやでも。
お、落ち着け落ち着け俺、落ち着くんだ。まずはちょっとタバコでも一服して落ち着くんだ……。そう思い、俺はけつポケットからセブンスターとジッポライターを取り出した。
かちゃりと火をつけて、タバコに火をつける。
「ふぅ……もう、タバコ吸う人なんて死ねばいいのに」
「げほがほごほっ……あちちっ! あばやばっ!」
な、なな、な、なんてタイミングでこいつはそんなことを言うんだよ!?
急いでけつポケットにタバコとライターを隠す。つけた煙草は地面に落として靴の下に隠す。
「な、何慌ててんの?」
「な、なんでもないなんでもない! 気にするな気にするな!」
「そ、そう?」
「そうそうそう! 気にするな気にするな!」
サキってば、ど、どこまで俺の行動を読んでんだ。そ、そんなにカナコを振ったことがまずかったんだろうか。
で、でもなあ、毎度毎度デートのたびに、ものすごく軽くなっていく自分の財布が嫌だったしなあ。
「な、なあサキ。け、けどさ。泥棒にも三分の理って言うじゃん。す、少しくらいさ……」
大体、デートは全部男持ちっていうのが変なんだよ。まだ100歩譲って俺が出すでもさ、こう、俺が払って当たり前なんて顔をカナコがしてたら、やっぱりイラってくるじゃん。
飲みかけのサイダーを再度、飲んで気持ちを落ち着かせようとする。
「ああ、そうそう、そういう人に限って絶対に言うんだよ。自分たちはこれの為に高いお金納めてんだーって。馬鹿じゃないっていっつも思うけどね。その分もっとお金がかかってるんだって思う」
「ぶっ!? げっげっ……ごほごほっ」
お、思ってることを全否定された……。絶対にサキはわかってる。わかりながら、自分をいたぶって楽しんでるんだ。
「……ねえ、さっきから挙動不審すぎだよ? 何かあった?」
くっ、こ、これはいいからもう白状しろということか。そ、そっか……。
「ご、ごめんなさい! じ、実はサキに紹介してもらったカナコと別れちゃいました!」
「ふぅん。ん? それだけ? それで落ち込んでたの?」
「……え? あ、あれ? お、怒ってないの?」
「別に? ちょっと残念かなーって思うけど。その辺は相性もあるしね。それに、カナコって結構わがままだし、もしかするとそうなるかなってちょっと思ってたし」
「あ、そ、そうなの!? じゃ、じゃあサキは全く俺の事怒ってないんだ!? よ、よかったあ……ほんとよかったよお……」
なんだあ、全部おれの勘違いだったんかあ。あ、それならもしかして、だれか新しく紹介してくれないか聞いたら、OKもらえないかな。
そう思い俺はサキのほうに一歩身を乗り出し、聞いてみた。
「なあなあサキ、それだったらさ、もしよかったらまた――」
……その後の言葉を俺は言えなかった。サキの掌底に吹っ飛ばされたからだ。
「タバコ、ポイ捨てすんなあ!!」