カレーの巫女はカレーパンを作ることにした
通院してる病院に焼き立てパンを売っている店があって、そこのカレーパンがとても美味しかったので、カレーパンの話を書きたいと思って……。基本的にコメディなシリーズです。
ここはカレー村。
そして私は、この村の村長の娘で、カレーの巫女で始祖と呼ばれてる。
……自分でも訳の分かんない属性てんこ盛りだとは思う。
私はリナ。
前世の仕事中の事故で死んで、この世界へ『料理(カレー限定)』のスキルを握りしめて生まれ変わってきた。
そしてなんやかんやあって、この国にカレーを定着させることができた。
今では、この国ではカレーは国民食となり、この村はカレーの始祖の村として、寒村だったころとは比べ物にならないくらい賑やかな村になった。村の通りに石畳が敷かれた時には、村中で大宴会をした。もちろんカレーで。
カレーが普及したのは本当に喜ばしいし、嬉しい。
だが最近、少し問題ができた。
この村にカレーの材料を仕入れに来る商人さんから「出来立てのカレーを持ち運ぶ手段はないものか」と相談を受けていた。それも複数。
村長である父のところに届く陳情は日に日に増えていき、「リナ、どうにかならないか?」と泣きつかれている最中だ。
そう言われてもねえ……。
だいたい、この村でしか食べられない!なんてことにならないように、国にレシピも渡してるんだから、材料さえあればどこでも作れるようになってる今の状況で納得してほしいもんだわ。
という問題に追われていた時、久しぶりに村へ来たのは、王宮の調査官クラウス卿だった。
一番最初にこの村に来て、私のカレーに陥落した第一号の王都在住の犠牲者、もといカレー信者である。
「お久しぶりです、リナ殿」
「はい。2年ぶり、ですか?」
「ええ。リナ殿がこの村へ帰ってそれくらいですな」
「今日はどうしたんですか?」
「ええ。少し相談がありまして……」
クラウス卿が、一枚の紙を差し出してきた。
「読んでください」
「はい」
それは、隣国からのカレーを自分の国でも販売させてほしい、という嘆願だった。
「隣国だけではありません、他の国からも同じような嘆願が押し寄せてます」
「……別にレシピを渡してしまえばいいのでは?材料だって、栽培方法は確立してますし」
別に秘密にしているわけではないのだし。
「そういうわけにはいきません。いいですか、リナ殿。カレーはすでに政治的に我が国の大事な武器なのです。ですから、カレーにまつわる外交について、リナ殿を保護する必要ができたのです」
「保護?」
「はい。リナ殿を拉致し、カレーの知識を奪おうという動きも他国にはあると報告が上がっています。この村では、リナ殿を守りきれません。どうか、王都へ来てください」
「……何それ」
たかがカレーだよ?
ちょっと話が大きすぎて……。
「クラウス殿。リナを連れて行ってください」
後ろからそう言ったのは村長である父だった。
「この村では、リナ一人を守ることは不可能です。しかもこの村は国境に近いこともあり、人の出入りも多くなってきていて知らない人間も多くなってきました。ここにいたら危険だと思います」
「お父さん……」
「リナ。おまえが安全に過ごせる場所へ行きなさい」
ええと……これ、行くしかないやつだ。
「……分かった。クラウス卿、いつ行く?」
「できればすぐにでも」
「じゃあ、支度してくるから待っててください」
「分かりました」
自分の部屋に戻り、着替え、カレーのアレコレをまとめたノートを入れる。
ここ二年ほど村から出てないし、どんなアレンジされたカレーが今の王都にはあるんだろうと、準備が終わるころには、それが楽しみになってきていた。
「お待たせしました」
カバンを手に、帽子をかぶって戻ると、クラウス卿が立ち上がる。
「急がせて申し訳ない」
「まあ大して荷物もないですから……」
「では参りましょうか」
私の像がある村の大広場で待っていてくれた馬車に乗り込む。
え、めっちゃ乗り心地良くなってる!お尻が痛くならない!
「乗り心地が良いでしょう?」
「はい。すごいですね。まるでグリーン車みたい!」
「ぐりーん……しゃ?」
あ、しまった、つい前世のことが……。
「何でもないです。そうですね、まるで柔らかな新緑の季節の緑の草原のような座り心地だな、と思って……」
苦し紛れの言い訳にクラウス卿は納得したみたいだった。良かった。
「気に入っていただけたのなら良かったです」
道中は平和そのものだった。時々、道にカレーの専門の食堂や材料を売っている店もあって、順調にこの国に広まっているカレーの景色が嬉しかった。
「見ての通り、少しずつこういった大きな街道にカレーの店も増えてきています。おかげで、我が国には他国からの商人も入るようになり、活気にあふれてます」
嬉しそうなクラウス卿。
「でもそうしたら、他国はカレーの作り方まで分かってしまうのでは?」
「それは仕方ないことです。正式なレシピはあくまで王宮管理にしてますので外には漏らしません。もっとも我が国のカレー料理人にも最近は食指を伸ばしてきている国もあるようで、他国へ行かれないように給金を上げたり、色々してます」
「なるほどね……。まあ料理人を連れていかれても、すべてが同じ味になるわけではないし……」
「まさにそこなのですよ、リナ殿。どのカレーも違う味であり、それがまた良いと評判になる。今はそれにより、カレーのすそ野がまた広がっていっている段階なのです」
こちらに身を乗り出してくるクラウス卿。
「しかし、困ったこともありまして……」
「何ですか?」
「カレーは店に入って食べるか、自宅で作って食べるしかない。移動に忙しい商人たちには不向きなのです」
「ああ、なるほどね……。それは確かに」
カレーは席について食べるもの。そうやって広がってきた。
それ以外の食べ方は今はない。でも……確かにそれも必要だな……。
そして何より私はお米でカレーを食べたいのだ。
この国にはお米がない。
この国にもっと商人が入ってきてくれたら、どこかからそのうちお米が入ってくるかもしれない。
そうしたら、カレーライスを食べられる。
なら、もっと他国の商人さんたちがこの国にカレーを仕入れに来てくれるようにすればいい?
そのためにできることは……。
「クラウス卿」
「はい」
「私、お米が食べたいんです」
「米……?とは?」
「穀物です。私、お米で、カレーを食べたいんです。この国に他国の商人の方々がもっとたくさんくるようにしたい、というのが国の方針と言うことでいいですか?そうなると他の国からお米が入ってくる可能性もありますか?」
「そうですね……。未知の食材も入ってくるようになると思いますよ。そして、今は商人たちの行き来が速やかになるように、道の整備が国の大きな事業になっているのです」
確かに、ずいぶんと道が滑らかになってるのは、馬車の揺れで分かる。
「しかし、問題は、いかにカレーを他国に売り込むために商人へ何をどう渡すかと言うことです。出来上がったカレーを鍋ごと渡すわけにもいかないし、材料とレシピだけでは我が国のカレーとは違うものが出来上がった時に、この国のカレーの評価が落ちてしまいかねない」
「レシピ通りに作って違うものができることはないと思うけど……」
「甘いですぞ、リナ殿」
「え?」
「料理人と言うのは、自分の味を追求したくなるものです。実際、リナ殿のレシピを改造したりしている料理人もおります」
「……」
「ですから改めてリナ殿のレシピで、他国の商人たちに持ち運んでもらえるようなカレーの考案をお願いしたいのです」
ううーん……。持ち運ぶ……カレーを持ち運ぶ……。
カレールーが作れたら一番いいのかな……。あれだったら長期間保存できるし。
でもいきなりそれは難しい。作り方知らないし。
なら……。こうやって馬車に乗って移動中に食べるのなら……。
「カレーパン……」
ぼそりと呟いた私の言葉にクラウス卿が身を乗り出してくる。
「リナ殿、何かいいアイデアが!?」
「ええ。パンの中にカレーを入れるんです。揚げたり焼いたりすれば日持ちもします」
「……パンの中に?カレーを?」
「はい」
「パンですぞ?」
「はい」
「パンとカレーは別々に食べるものでは?」
「今はそうです」
「…………」
「…………」
「それは……美味しいのですか?」
「美味しいです」
「本当に?」
「本当に」
「なぜカレーとパンなのですか?混ぜていいものですか?」
「混ぜていいんです。なにより私が食べたいのです」
「…………」
「…………」
「それは、非常に重要な理由ですな」
「でしょう?」
思いついたら、猛烈にカレーパンが食べたくなってきた……!
ただ私のスキルはあくまでカレー限定の為、パン焼きに関しては普通の知識と技術しかない……ならば……。
「クラウス卿、王都に着いたら、王都で一番人気のパン屋の職人を紹介してください」
「分かりました」
そして、今私の目の前にいるのは、王都で一番人気のパン屋、オートクチュールのパン職人のオデットだ。
「はじめまして、リナ様」
「様はやめて、リナでいいから」
「はい」
「それでオデット。カレーパンに挑戦したんだって?」
そう、この話を聞いていたから、彼女を選んだのだ。挑戦したことがあるのなら、私の意図をちゃんとくみ取ってくれるはず!
「ええ。でもうまくいきませんでした」
「何が問題だったの?」
「生地の中に入れて焼くと爆発したりしみ出したりでうまくいかなかったんです。リナ……様の考案したナンみたいな感じの生地が一番カレーには合うと思ったので、ナンの生地に入れるイメージで作ってみたんですが……」
あーなるほど……。まあ確かにナンは一番カレーには合うとは思うけど、カレーパンは違うんだよなぁ……。
まず、ナンの生地だと薄くて柔らかすぎるのでカレーパンには向かない。と、言っても、カレーを食べるならナン!が定着してしまっているこの国じゃ、それ以外を考えるのは難しいのは分かる……。
「あのね、オデット」
「はい」
「まず、ナンの生地じゃ、薄くて柔らかすぎてカレーパンには向かないわ」
「そう……ですか」
「あと、カレーも少し工夫しましょう」
「工夫、ですか?」
「そう。今のカレーは多少のとろみはあるけど、スープに近いでしょう?それを塊にするくらい硬い状態にしたものを使うの」
「カレーの塊ですか!?」
「そうよ。私がそういうカレーを作ってみるから、オデットは油で揚げても大丈夫なパン生地を作ってもらえる?共同作業といきましょう!」
カレーパンが食べたい。
ただその想いで私は、現在主流になっているとろみが薄いカレーを、塊に近いとろみをつけたカレーにするために鍋と向かい合った。スパイスの香りが体に染みつくレベルで作り上げたカレーは鍋の中で固まった状態だった。だけどこれで終わりじゃない。
「オデット。このカレーをスプーン一杯くらい生地の中に入れて、生地が爆発しないように、厚めに包んで、しっかり閉じて。その上から溶き卵を全体にぬって、それからパン粉をつけて」
「パン粉、とは?」
ああ、そうか、パン粉がないんだ。
「ええと……。乾いて固くなったパンある?何でもいいから」
「あ、はい!これでいいですか?」
オデットが差し出してきたのは乾いて固くなったロールパンだ。うん、これくらいならいい。
擦りおろしのために使うおろし金は、私が考案して広めたもの。何せ、スパイスの材料って多いからね……。少しでも楽に作業できるようにするのが目的で、前に王都に来た時に、王都の鍛冶屋を紹介してもらって作ったんだ。
乾いて固くなったロールパンをすり下ろし、パン粉を作ると、オデットに使ってもらってカレーパン(仮)にまぶしてもらうと、ぱちぱち弾ける油の中へ投入。きつね色になって浮かんで来たらできあがり。
「できた!」
「これが……カレーのパン、ですか?」
「そうだよ。さあ、作った人間の特権で、味見味見!」
オデットが恐る恐るカレーパンを手に取る。
「熱いので気をつけて」
「はい」
ふうふうと息を吹きかけてから、オデットが一口かじった。
サクッ。
小気味のいい音がした。
「……!」
オデットの目が見開かれる。
「どう?」
「……外側が、こんなにサクサクなのに、中は柔らかい……。それに……カレーの味がする」
「でしょう?」
私も一口かじる。
サクッ。
揚げたパンの香ばしさ。そのすぐ後から、濃厚なカレーの香りが口いっぱいに広がった。
「…………」
「リナさま?」
「……おいしい」
「え?」
「おいしい……!」
そうだ。
これだ。
これが食べたかったんだ!
カレーとパンが一緒になっている。
しかも、手で持って食べられる。
私は思わず両手でカレーパンを握りしめた。
「これなら馬車の中でも食べられる!」
「馬車の中……?」
「そう! お皿もスプーンもいらない。パンだから手で持てる!」
「なるほど……」
オデットが、もう一度カレーパンを見る。
「ですが、これ……」
「何?」
「売れます」
「……!」
「これは売れますよ、リナ様!」
オデットの顔が、パン職人の顔に変わった。
「むしろ、どうして今まで誰も作らなかったんでしょう!」
「それは……オデットも試した通り、爆発したりしみ出したりでできなかったから?」
「やはり、リナ様はカレーの巫女ですね。まだこのように新しい美味しいものを作り出してくださった……」
うん、その崇めるような視線やめて。あと、様付けやめる気ないね?
それから、カレーパンの試作品を多めに作ったところ、クラウス卿がいたく気に入ってしまった。
「これはぜひ、今王都にいる隣国の商隊に持たせましょう!」
「え?」
「三日分お願いします。隣国までが三日の距離なので」
「三日分!?」
それから、慌ててオデットと10人のキャラバンに三日分のカレーパンを作って持って行ってもらった。
揚げたものだけでなく、オデットの提案で同じ生地を使って焼いたカレーパンも。
揚げたものは初日のみ、それから焼いたカレーパンは二日目以降に食べてほしいと注意をして。
また次にこの国に来た時に味や風味について教えてほしいとお願いもした。
そして、この後、カレーパンはオデットが中心になって作り、王都ではあっという間にカレーパンは市民権を得る食べ物になった。店に入らなくても外の屋台やパン屋で買って外で食べられる手軽さが受けたのだ。
カレー修道会は、カレーの神に祈るときのお供え物をカレーパンに変えたらしい。なんでや。
と、突っ込むことも疲れ、私はとにかくカレーパンのレシピをオデットと一緒に作りまくった。
普通のカレーパン、キーマカレーのカレーパン、野菜カレーのカレーパン、たっぷりのマッシュポテトのカレーパン、チーズカレーのカレーパン、卵を入れて少し味をまろやかにしたカレーパン……。
とにかく種類を作りまくって、毎日オデットの店ではカレーパンは完売だった。
そんな毎日を過ごしていた時、クラウス卿がオデットの店にやってきた。
ちなみに私はオデットの店の二階に間借りをして住んでいる。毎日王宮からここまで通うにも面倒だったし、クラウス卿がこの店の周りに護衛を配置してくれているのは分かっていたから。
「リナ殿。隣国から知らせです。先日のキャラバンに持たせたカレーパンの試作品ですが、大好評かつ、自国でも作れるようにしたいと言う申し入れです」
「じゃあ気に入ってもらえたんだ?」
「はい。カレーをこんなに手軽に食べられる手段があったとは!と大変喜ばれたそうです」
「じゃあ、カレー外交は成功……?」
「大成功です。隣国からだけでなく他国からもカレーを学びたいと言う留学を受け入れることになりました。ついてはリナ殿」
「嫌な予感」
「カレー学校を開校しますので、講師をお願いしたく」
「え、無理」
「そこを何とか!」
「無理です」
「リナ殿ならできます!。ああ、そうだ、そういえば、東の国からのキャラバンがこの国にはない穀物を持ってくると信書に書いてありました、コメ、とか」
何ですと!?
「それ……私が断れないように情報抑えてました?」
「そのようなことは」
「目を逸らさないでください」
「……コメとやらのカレーは私も気になります」
わかったわかった。カレーライスの為ならもうひと踏ん張りしてやろうじゃないの。
元日本人にとってカレーライスは心のふるさとなんだから!
終




