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【連載版あり】「俺の告白を信じたお前の顔、最高だったよ」

作者: あいあメル
掲載日:2026/07/07

 チューリップの蕾が膨らみ始めた、まだ肌寒い春の日。

 貴族の子女が通うことになっている王立学院にて。


 レイシア・フローリア子爵令嬢は、大きく伸びをしていた。


 お昼を告げる鐘が鳴っている。

 長かった礼儀作法の授業もやっと終わりだ。

 待ちに待ったご飯の時間!


 レイシアがルンルン気分で食堂に行こうと立ち上がった時だった。


「レイシア!」


 声のする方には、蜂蜜色の金髪に、薄い空色の瞳をした青年が立っていた。


「ルシアン、どうしたの?」


 レイシアは、弾む胸の調子を表に出しすぎないように気をつけながら、答えた。


 ルシアン・ランベール侯爵令息は、レイシアの五歳からの幼馴染だ。

 領地が隣同士で家同士の付き合いも深く、幼い頃から何度も顔を合わせてきた。


「……話があるんだ」

「え、なに? 怖いんだけど」

「ここじゃ言えない。大切な話だ。放課後、サロンの裏に一人で来てほしい」


 ルシアンはそう言いながら、恥ずかしいのかレイシアから目を逸らし、そっと教室の奥の方を見た。一瞬、その口元が歪む。けれど、その歪みはすぐに消えた。


 ルシアンは顔を少し赤くして、俯きながら言った。


「二人の将来について、話したい……」


 その瞬間、レイシアの胸の鼓動がひと回り大きくなった。

 顔が熱い。指先が震える。

 バカでも、ルシアンが何を言いたいのか分かる。


「わ、わかったわ」


 レイシアはなんとか声を絞り出した。

 そして、同じ側の手足をぎこちなく動かしながら、そそくさと教室を出ていった。


 教室中が静かな歓声を上げていたのには、気づかないふりをした。


 ♦︎


 昼食は味がしなかった。

 友人の話は右耳から左耳に通り過ぎた。


 そして放課後がきた。


 レイシアは授業が終わるや否や、早足でサロンの裏側に向かった。


 胸がずっとうるさかった。まるで胸の鼓動のせいで、全校生徒に居場所がバレてしまうんじゃないか。

 そんな不安を隠すように、足を早めた。


 サロンの裏側は、校舎と渡り廊下に囲まれた、人目につきにくい場所だった。


 ルシアンはまだいなかった。


 どっちから来るだろうか?


 まだ来ないことを確認して、手鏡で身なりを再度チェックする。

 髪に艶が出るよう、何度も櫛を通す。

 少しでも可愛く見えるように。そう願いながら。


 その時だった。


「レイシア」


 肩がビクッと上下する。

 恐る恐る振り向くと、そこには太陽のように笑うルシアンがいた。


 胸の音がまた大きくなる。

 今までに感じたことがないほど、顔が熱い。


 呼吸の音が妙にざらざらする。

 喉がカラカラだ。


「な、何よ」


 ルシアンがゆっくりとこちらに歩いてきた。

 そしてレイシアの目の前で止まった。


 レイシアはルシアンの目をじっと見る。

 ルシアンも見返してきた。けど恥ずかしいのだろう、ルシアンは目をわずかにレイシアの目から逸らしていた。


 ルシアンが口を開いた。

 レイシアは、ごくりと唾を飲んだ。


「レイシア。今まで言えなかったんだけど、好きだ」


 時間が止まった気がした。


 五歳で初めて会った日、転んで泣いていたのを慰めてくれたのはルシアンだった。

 十歳の誕生日、誰よりも立派な花束を送ってくれたのもルシアンだった。


 ずっとずっとルシアンのことだけを見ていた。


 学院に入って他の令嬢に囲まれる彼を見て、この恋が叶わないことに絶望して泣いた夜は何度もあった。


 全部、報われるのだと思った。


 うまく息ができない。


 また一歩ルシアンが近づく。


 ルシアンのまつ毛がはっきりと見えた。

 なんでこんなに長いのかしら。


 その様子を見たからだろう、ルシアンが不安げにしているようにレイシアには見えた。


「家のことなんて関係ない。君が好きだ。明日の舞踏会、俺の婚約者として踊ってくれないか?」


 婚約者。

 ずっと夢見てた。


 子爵家と侯爵家だと家格が違う。ましてルシアンは侯爵家の令息だ。

 レイシアが正式な婚約者として選ばれることなど、夢のまた夢だと思っていた。


 叶わない夢。

 そう思ってずっと何年も心の奥底にしまっていた願い。


 体に温かな熱がゆっくりと広がっていく。


「……私でいいの?」


 レイシアは、震える声で目の前で起こっていることが現実なのか確認する。


 ルシアンはその質問を聞いて、ほっとした顔をした。

 そしてすぐに、にっこりと笑った。


「君がいいんだ」


 君がいい。どれほどその言葉を望んでいただろうか。


 ぎゅっと手を握りしめる。

 痛い。


 ちゃんと現実だった。


 レイシアは握りしめた力を緩めた。


 そして、軽く息を吐いた。


 ルシアンの目を見つめる。

 ルシアンが緊張するのが分かった。


 レイシアは口を開いた。


「私もあなたのことが好きです。婚約者にしてください」


 ルシアンの目を見てゆっくりと言った。

 ずっと隠していた想いが全部届くように。


 ルシアンが顔をクシャクシャにして頷いた。


 次の瞬間だった。


 建物の裏から、何人もの隠しきれない歓声が聞こえた。


 レイシアは慌てて振り返る。


「誰っ! そこにいるのは!」


 体が強張る。


 数人の男たちが出てきた。ルシアンの友人たちだった。


 今までのやりとりを聞かれていたなんて。レイシアは顔が熱くなる。


 思わず下を向く。


 きっと、ルシアンも怒ってくれる。見られていたなんて恥ずかしいけど、ルシアンなら「覗き見するな」と追い払ってくれるはず。


 そう思って、ルシアンを見た。


 ルシアンの友人の一人が笑いながら、嘲る調子で言った。


「ルシアン、良かったな」


 良かった友達も祝福してくれてる。

 恥ずかしいけど、嬉しいわ。


 そう思った次の瞬間。


「これでお前の負けだ」


 レイシアは思わず顔を上げて、固まった。


 この人たちは何を言っているの?


「ルシアン、負けたんだし、賭け金を払ってもらおうか」


 レイシアは目の前で起きていることが理解できなかった。

 いや、理解することを拒んだ。


 何かの間違いかもしれない。


 そう思ってレイシアは、ゆっくりとルシアンの方を振り向いた。


「はあ。まさかレイシアが本気にするなんてな。ったく、有り金持ってけ!」


 そこには頭をかきながら、困ったような顔をするルシアンがいた。


「ど、どういうこと?」


 声が震える。目がチカチカする。

 指先がうまく動かない。

 聞くのが怖かった。けど、聞かずにはいられなかった。


「わからないの? さっきの全部、嘘だから」


 そう言ってルシアンは、友人の方を向いて笑った。


 嘘。


 その一言が、耳の中で反響していた。


 全部。さっきの告白が。あの声が。あの顔が。


 嘘。


「いや〜、侯爵と子爵なのにまさか本気にするとはね」

「俺はレイシア嬢を信じていたぜ。ふっふっふ。おかげで一儲けできた」

「だから言っただろ。レイシア嬢なら、侯爵家に入れると思って本気にするって」


 周囲の声が遠くから聞こえる。

 胸ポケットから財布を取り出して、金貨をやり取りするルシアンの姿が見えた。


 呆然とするレイシア。

 ルシアンが振り向くと、笑いながら言った。


「まさか、本気にするとは思わなかったよ。子爵家と侯爵家じゃ家格が違うし、まさか信じるとは思わなかった」


 そう言って、レイシアの肩を軽く叩く。


「でも、俺の告白を信じた顔、最高だったよ。レイシア、女優の才能あるよ。今度もう一回やってよ」


 息ができない。

 喉が渇いた。

 掠れた声をなんとか引っ掻き出す。


「……全部、嘘だったの?」


 ルシアンが笑った。いつもの太陽のような笑顔。

 でも、なぜかいつもと同じに見えなかった。

 誰か知らない他人が笑っていた。


「そう言っているじゃん。いや、俺とお前の仲じゃん? こういうの怒らないと思ったし、ちょうどいいなって」


 ちょうどいい。

 何がちょうど良かったのだろう。


「……そうなんだ」

「おいおい、怒るなよ。俺が悪者みたいじゃん?」


 そう言って、おどけたように笑うルシアン。


 いつもなら、その笑顔を見たら、どんな時でも元気になれた。

 心臓の音が一段上がった。

 世界が色づいた。


 けど、全部過去の話だ。


「……そう」

「おいおい、マジになるなって。ただの冗談だろ?」


 そう言って肩に触れようとしてくるルシアンの手を、レイシアは払った。


「……レイシア?」

「触らないで」


 自分でも驚くほど、冷たい声が出た。


「ルシアン、これからは二度と必要な時以外で話しかけないでちょうだい」

「二度とって大袈裟な! どうしちゃったんだよ」


 目を丸くするルシアン。いつの間にか、ルシアンの友人たちも黙っていた。


「あなたとは、もう話したくないわ。これからは、一線を引いて付き合いましょう」

「話したくないって。子供じゃないんだから。ったく。これくらいの冗談、笑って受け入れろよ」


 ああ、話が通じない。


 さっきまで体を満たしていた熱が消えていた。

 あれほど苦しかった鼓動も、今は聞こえない。


「これくらい、の認識に齟齬がありそうですね。ランベール侯爵令息様」


 他人行儀な言葉に、ルシアンが顔を顰める。


「なんだよ、その言葉。嫌味か?」

「いえ。私なりの覚悟です」

「勝手にしろよ」

「そうさせていただきます」


 レイシアはくるりと後ろを向いて歩き出した。


 ルシアンはぎゅっと拳を握って、レイシアをじっと見ていた。


 けど、何も言わなかった。


 ♦︎


 翌日。

 学院では大舞踏会が開かれた。


 レイシアは父のエスコートのもと、舞踏会に来場していた。


 いつも通り、挨拶をしていく。


 その様子は普段と変わらなかった。


 その時だった。


「レイシア」


 レイシアは振り向かない。

 ……つもりだったが、保護者の貴族もいる前で、流石に無視はできなかった。


「……何でしょうか。ランベール侯爵令息様」


 できるだけ冷たい声を出す。


 傷ついた顔をするルシアン。

 しかしすぐにルシアンは首を振り、にっこりと微笑んだ。


「レイシア、ファーストダンスを踊ってくれないか?」


 ファーストダンスは恋人や婚約者と踊るのが通例だ。


 まだ婚約者のいないルシアンは、同じく婚約者のいないレイシアと、それまではよく踊っていた。


 レイシアが今まで恋していたから受け入れられていたとは考えずに。


「お断りします」


 レイシアは、とおる声ではっきりと断った。


 周囲がざわつく。侯爵令息の誘いを子爵家の令嬢が断った。


 視線が二人に集まる。


「……なあ、まだ気にしているのか? わかった、謝る。ごめんな」

「あなたと踊るのは、嫌だと申しているのです」


 レイシアの答えに、ルシアンは息をのんだ。


「……ただの冗談だろ?」

「何がただの冗談なのですか?」


 固まるルシアン。


「やはり、あの噂は本当だったのか」

「そうみたいね、この様子を見る限り」


 二人に何があったかの噂は、とっくに広まっていた。

 漏れ聞こえてくる声。


「おい、そんな強情になることないだろ!」


 その時だった。


「嫌がっているだろう。そこまでにしたらどうですか?」


 レイシアが振り向くと、そこにはレイシアのもう一人の幼馴染のアレン・ウィンフィールド男爵令息がいた。


 深い闇のような黒髪に、アメジストのような紫の瞳を持つ、穏やかな物腰の青年である。


 その佇まいは男爵令息にしては気品にあふれており、なぜか教師達も彼には敬語を使う。


 ルシアンは、他の男に邪魔された苛立ちが隠せなかった。


「黙れ、男爵風情が口を出すな」

「学園では礼節さえあれば身分の違いは不問のはずですよね? 身分を傘に命じるのは、学園の方針、ひいては王家に反することになりますが、どうなのですか?」

「貴様……」


 ルシアンは顔を真っ赤にした。

 アレンはそんなルシアンを無視して、レイシアの方を向いた。


「レイシア、一曲踊ってくださいませんか?」

「はい、喜んで」


 レイシアは笑顔を浮かべた。


「なっ! おい! そいつとは俺が踊るんだ!」


 ルシアンが叫ぶ。


「なぜあなたが踊るのですか? 断られていますよね」

「……今までそうだったからだ!」

「それは、今回と何の関係もありませんが……」


 アレンの答えに、周囲から笑いが漏れる。

 ルシアンは怒りで拳を握りしめた。


 その時だった。


「どうしたのだ?」


 場が騒がしいことを不審に思ったルシアンの父親ハインリヒ・ランベール侯爵がやって来た。


「ルシアン、何があったのだ?」

「レイシアにファーストダンスを断られました。それについて、今話しています」


 そう言ってルシアンはアレンを睨みつけた。

 ただ事ではないと察知し、訝しげな表情になるランベール侯爵。


 ランベール侯爵は、まずはレイシアに聞いてみることにした。


「レイシア嬢。息子とはいつも踊っていただろう。理由を教えてもらえないだろうか?」

「理由なら、ランベール侯爵令息様が一番知っているはずですが」


 その冷たく淡々とした調子に、ランベール侯爵はすぐに何かがおかしいと感じる。


「お前、何かしたのか?」

「いや、その……」


 口ごもるルシアン。


「はっきり言えばいいじゃないですか。私に嘘の愛の告白をして、その様子を友人に見せて、私を笑い者にしたと。」

「なん……だと……」


 思わず周りを見渡すランベール侯爵。

 しかし、みんな黙っている。


「まさか、本当に、そうなのか?」


 ランベール侯爵がルシアンのことを見る。

 ルシアンはその目を直視できず俯いた。


 次の瞬間。


 ルシアンが吹っ飛んだ。


「な。何をするのですか! 父上!」


 殴られた頬に手を当て、呆然とするルシアン。


「黙れ! お前、何をやったのかわかっているか?」

「いや、それは冗談で……」

「何が冗談だ!」


 ルシアンが友人達に助けを求める視線を送る。


 しかし、誰一人目を合わせようとしなかった。


「なんてことを……」


 手を額に当て、天を仰ぐランベール侯爵。


「愚息がすまない」


 周囲がざわめく。侯爵が頭を下げたのだ。たかが子爵家の娘に。


「お顔を上げてください。侯爵に非はありません」


 慌ててレイシアは言う。


「そうです、父上。ただの冗談にここまで熱くなる方が悪いのです」

「お前は黙っていろ!」


 ルシアンは悔しそうに黙り込んだ。


「……まともに育つように教育できなかったのは、こちらの非だ」

「……侯爵の謝罪は受け入れさせていただきます。ですが、令息様との関係を戻すつもりはございません」


 沈黙する侯爵。

 どうしよう……。

 気まずい時間が流れる。


 その時、音楽が流れ始めた。


 レイシアはほっとした。


「すみません、ダンスがあるので」

「……承知した。愚息はこちらで処分する。また追って話をさせてくれ」


 そう言ってお互いに礼をする。


「この馬鹿息子! さっさとこい!」


 ランベール侯爵がルシアンを連れて、庭園の方に歩いていく。


 レイシアはその様子をしばらく見ていた。


「レイシア、私と踊っていただけますか?」


 気がつくと、アレンがにっこりと微笑みながら、手を差し伸べていた。

 レイシアも笑みを浮かべた。


「喜んで」


 ♦︎


 後日ランベール邸にて。


 ルシアンは父の執務室に呼ばれた。


 扉を開けて入る。そこには、大量の書類を次から次へと処理するランベール侯爵がいた。


 ランベール侯爵はルシアンのことをチラリと見ると、すぐに手元の書類に視線を戻した。


「何のご用でしょうか? 父上」

「縁談は全て白紙になった。把握しておけ。以上だ」

「なっ。なぜですか」


 一歩前に詰め寄るルシアン。

 喉がカラカラだった。

 なぜ。


「向こうの家から、申し出があった。我が家と婚姻することを、賭けの対象にされては叶わないとのことだった」


 賭け。その一言がルシアンの耳で響いていた。


 ただの冗談ではないか。そうルシアンが言い返そうとした時だった。


「結婚できないものに後継者の資格はない。お前の後継者資格は凍結する」


 視界が真っ暗になった気がした。

 喉がかわく。指が震えていた。


「なっ。なぜそこまで! たかが遊びではないですか!」


 机の上の書類が、机が叩かれた衝撃で舞った。


「そんなことも分からないから、お前の後継者資格を凍結したのだ。いいか、たかが遊びと言って一線を越えるような馬鹿には、家を継ぐ資格はない。一緒になって遊んだお前の友人も、同じように罰を受けているだろう」


 父の剣幕にルシアンは何も言えなかった。


「……わかったらさっさとこの部屋から出て行け。学院以外は、しばらく謹慎しろ」

「……承知しました」


 唇を噛み締め、なんとか声を絞り出すルシアン。

 握りしめた拳からは、血が出そうだった。


 何とか後ろを振り向くと、扉から出て行こうとした。


「忘れていた。お前が夜会で“男爵風情”と侮辱した相手だがな」


 なんだ。ただの男爵家の令息について、知っておくべきことなんてあるのか?

 ルシアンは怪訝な顔をする。


「アレン・ウィンフィールド卿は、やんごとなき血筋の方だ。事情があって男爵家に籍を置いているが、高貴な血を引いている。お前ごときが、侮辱して良い相手ではない」

「……は?」

「以上だ。ではさっさと出て行け」


 ランベール侯爵は最後まで顔を上げなかった。


 執事によって扉が閉められた後も、ルシアンはしばらくそのまま、呆然と立っていた。


 ♦︎


 学院にて。

 授業が終わり、帰り支度をする頃。


「レイシア!」


 レイシアは自分を呼ぶその声に、思わず顔をしかめた。

 声のする方を見ると、焦ったように立つルシアンがいた。


「……何でしょうか。ランベール侯爵令息様」


 そういうと、すぐに手元の荷物に視線を戻した。

 荷物をまとめなければ。


「君からも、説明してくれ! これがただの冗談だってことを!」


 レイシアは一瞬、荷物をまとめる手を止めた。

 そしてまた、動かし始めた。


「嫌です」

「なんでだ! 君と僕の仲じゃないか! 頼む!」

「嫌ですと申し上げました」


 教室中が静かになっていた。

 荷物をまとめる手は止まらない。


「頼む……レイシア」


 よし、まとめ終わった。あとは帰るだけだ。


「このままじゃ後継者資格も剥奪されてしまう! レイシア、君だけが頼りなんだ」


 君だけが頼り。

 少し前だったら、舞い踊るほど喜んでいただろう。


 でも、今は何も感じない。


 胸の鼓動は大きくならないし。顔も熱くならない。声が上ずることもない。


 レイシアはゆっくりと深呼吸をして、ルシアンの方を見た。


「レイシア……」

「わかりました」

「レイシア!」


 そこには目を輝かせるルシアンがいた。


「わかってくれると信じていたよ。君なら……」

「何を勘違いしているのか分かりませんが、私がわかったと言ったのは、あなたに何を言っても無駄だと理解した、という意味です。」


 ルシアンの顔が絶望に染まる。


「正式に侯爵家に抗議します。あなたに付き纏われて迷惑だと」

「なっ。頼む。それだけはしないでくれ! これ以上父上に見放されたくないんだ。俺の事情も察してくれ!」


 必死な形相で、頼み込むルシアン。


 それを見て、レイシアはにっこりと笑った。


「それなら、私の気持ちも察するべきでしたね」


 ルシアンは思わず手を伸ばした。

 しかし、その手は悲しく空を切るだけだった。


「どいてくれないかい?」


 ルシアンが振り向くと、そこにはアレンがいた。


「アレン!」

「レイシア、迎えに来たよ」


 アレンの元に駆け寄るレイシア。


「じゃあ帰りましょう」

「待て! 話は終わっていないだろう?」

「終わりですわ。それとも、これも誰かと賭けているのですか?」


 ルシアンは今度こそ何も言えなくなった。


 その様子を見て、レイシアは歩き出した。

 慌てて、アレンが後を追う。


 ルシアンはそれをただ、黙って見ていた。


「いいの、助けなくて?」

「……ええ。もう、私が追いかけることはないわ」

「そっか」


 庭園ではチューリップの蕾が開いていた。

 季節が少しだけ進んだことを、静かに告げていた。


たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。

最後まで読んでいただけたこと、とても嬉しいです。


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好評につき、「俺の告白を信じたお前の顔、最高だったよ」の連載版開始しました。


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