「貴様との婚約を破棄する!」「はい、よろこんで! 婚約破棄一丁!」
「アイリーン・スターレン! 貴様との婚約を破棄する!」
「はい、よろこんで! 婚約破棄一丁!」
私は思わず某居酒屋チェーン店のようなかけ声を出してしまった。
舞台は婚約パーティーの会場。
多くの貴族たちが集まっている。
そしてそのパーティーの主役であるロドリゲス王太子殿下が私のかけ声に目をシパシパさせていた。
「おい、ちょっと待て。どういうことだ、それは」
「申し訳ございません、条件反射でつい……」
「なんだ条件反射って! オレとの婚約破棄が嬉しいということなのか?」
「いえ、そういうわけではないようなあるような……」
「ここは必死で許しを乞う貴様に婚約破棄の理由を告げる場面だろう!」
「あ、婚約破棄の理由の説明をしてくださるんですね? はい、よろこんで!」
「だからなんだそれは!」
私は転生者だ。
貧乏学生だった私は、生前いろんなバイトを掛け持ちしていた。
朝はスーパー、昼はコンビニ、夜は居酒屋。
大学の授業がないときは朝から晩まで働いていた。
大学の授業がある時も、夜の居酒屋だけは働かせてもらった。
それが仇となったのか、学生でありながら過労死という無念な死に方をしてしまった。
だからだろう。
婚約破棄を突きつけられた瞬間、嬉しさが爆発した。
これで過酷な王妃教育を受けなくてすむ。
前世は本当に苦労したから今世ではのんびりまったり過ごそうと思っていたのに、それ以上に過酷なスケジュールだった。
また過労死するんじゃないかと思った矢先に婚約破棄を告げられたのだ。
まさに僥倖。
私はルンルン気分で殿下に問いかけた。
「それで? 私との婚約を破棄する理由はなんですか?」
「貴様がゲスい女だからだ!」
「ゲスい女いただきましたー! はい、よろこんでー!」
「だからなんだそれは!」
いけないいけない。
夜のお店のクセまで出てきてしまった。
私はコホンと咳をして改めて尋ねた。
「……私がゲスい女ですか? とんだ言いがかりですね」
「ふん、とぼけおって。聞いたぞ。貴様、ここにいるエミリーに陰湿な嫌がらせをしていたそうだな」
殿下の言葉に「待ってました」とばかりに可愛らしい令嬢が登場した。
金色の長い髪にくるくる睫毛。
目なんかパッチリしててお人形さんみたい。
そんな彼女が殿下の腕を取ってシクシクと泣き出した。
「そうなんですぅ、ロドリゲス様ぁ。アイリーン様ったらぁ、私にばっかりいろんな嫌がらせをしてくるんですぅ」
おおう……。
絵に描いたようなぶりっ子ちゃんだ。
そういえばバイト先にいたな、こういうヤツ。
嫌な仕事は私に押しつけてくるクセに、男に媚びを売ることだけは長けてるんだよね。
この世界にもいるんだ、こういうの。
「この前なんてぇ、私のドレスに泥をかけてきたんですよぉ?」
「なんてひどい! 可愛いエミリーにそんなことをするなんて!」
「それにぃ、階段から突き落とそうともしたんですぅ。エミリー、本当に怖くて泣いちゃいましたぁ」
「ああ、可哀想に。ケガがなくて本当によかった。エミリーがケガをしたら大変だから今のうちにポーションを買いだめしておこう」
「癒やしのネックレスと守りの指輪も欲しいですぅ」
「もちろんだ。明日すぐに買いに行かせよう」
……女にたくさん貢ぐ男の典型がここにいるわ。
どう見ても利用されてるだけなのに、どうしてコロッと騙されるんだろう。
「これでわかったろう? アイリーン・スターレン、貴様はクズだ! エミリーに陰湿な嫌がらせばかりする貴様はオレの婚約者にふさわしくない!」
「だから婚約破棄というわけですね。はい、よろこんで!」
こんな男なんてこちらから願い下げだ。
もともとこの婚約はこちらから願い出たものではない。
ロドリゲス殿下の父、つまり国王陛下とうちの父が交わした口約束みたいなものだ。
私たちの間に愛なんてまったくない。
「ふん、余裕ぶってるつもりか。貴様の所業が明るみになったのだ、婚約破棄だけで終わるわけがないだろう」
「どうなさるおつもりで?」
「国外追放だ! スターレン家は全員この国から追放する!」
「国外追放ですって!? はい、よろこんで!」
思わず言ってしまった。
スターレン家は表向きは地味な伯爵家だが、裏ではスパイ活動や暗殺任務を行っている。
父含め、母も兄も妹も皆優秀なスパイだ。
そんな父たちの情報をまとめると、どうやら近々大きな戦が起こるらしい。
それも大きな国同士の争いだ。
その足がかりとしてこの国が狙われるという。
2つの大国から狙われたら、この国は終わりだろう。
父たちはそれを阻止すべく近隣の国に援助を求めたり破壊工作などしながら日夜走り回ってるそうだが、それも限界を迎えてきている。
ここいらで国を離れる口実ができるなら喜んで従うに違いない。
「ちょっと待て。国外追放だぞ!? なぜ喜ぶ必要がある!」
「あ、すいません。条件反射でつい……」
「だから条件反射ってなんだ!」
居酒屋でバイトしてたもんで……なんて言えるわけがない。
「ちなみに国王陛下はこのことをご存じで?」
「ふん。父にはオレのほうから言っておく。貴様は自分の心配だけしていればいい」
「かしこまりました。ではすぐに国外に出る準備をしてまいります」
「数日以内にとっとと失せろ」
「はい、よろこんで!」
数日後。
私を含めスターレン家は屋敷の使用人たちとともに国外に避難した。
その直後、父たちの妨害工作がなくなった2つの大国が一気に押し寄せてきた。
王城は抵抗する間もなく陥落。
物見の報告によると国王陛下は最後までスターレン家を呼んでいたそうだが、国外に追放されていたためどうすることもできず、すぐに捕らえられて処刑された。
恨むなら国外追放した息子を恨んで欲しい。
そしてロドリゲス殿下も捕まり、エミリーともども処刑されたという。
エミリーも「自分は王族ではない」と絶えず主張していたらしいが、ロドリゲス殿下の婚約者ということで子どもを身籠もってる可能性があり、処刑の対象にされたそうだ。
一足遅ければ私がその立場だったと思うとゾッとする。
そして。
我がスターレン家は誰も知らない新たな土地で居酒屋経営を始めた。
父や兄たちが情報収集が主な任務だったこともあり、地域の特性を活かした経営は順調。
すぐに支店を持つほどの大企業になった。
「生ビールひとつください」
「はい、よろこんで! 生ビール一丁!」
異世界でも私は居酒屋店員として働いているのだった。
おわり
お読みいただきありがとうございました。
居酒屋の「はい、よろこんで」とはまったく違いますが、こっちのけんとさんの「はい、よろこんで」を聴いてたらこの情景が浮かんでしまいました。
こっちのけんとさん、すいません。




