勝利の余韻
大会が終わって、まだそれほど時間は経っていなかった。
三族大会は、斬市において最も重要な行事だ。
三大有力氏族の若者たちが集い、将来有望な人材を見極める場であると同時に、周家がどの一族をより重く見るかを示す機会でもある。
周家は、小大陸全土に勢力を広げる名門中の名門だ。
その影響力と威光は計り知れず、歴史を通して見ても屈指の強大な一族と言っていい。
そんな周家から目をかけてもらえること――
斬市の外にはほとんど影響力を持たない我が呉家にとって、それはまさに夢のような話だった。
そして、その三族大会で――
俺は優勝した。
闘技場を後にする道すがら、俺はずっと地に足がついていないような感覚だった。
背中を叩かれ、口々に祝福され、
「よくやったぞ」
「すごかった」
「さすがだな」
そんな言葉を、家に戻るまでずっと浴び続けた。
……正直、少し鬱陶しかった。
美影や静淑と話す暇すらなく、次から次へと人に囲まれてしまったからだ。
だが同時に――胸の奥が、どうしようもなく高鳴っていたのも事実だった。
これは、俺がずっと欲していたものじゃなかったのか?
俺が、必死に積み重ねてきた努力の結果じゃなかったのか?
――俺だって、まだ子供だ。
褒められて、悪い気がするはずがない。
屋敷へ戻ると、俺は自分の住まいではなく、父の居所へと向かうことになった。
美影と静淑とはそこで別れ、
父、母、そして桃花と共に歩く。
父と桃花は終始無言だったが、
その分、母は三人分喋っているんじゃないかと思うほど、よく口が動いていた。
……どうやら、今日の勝利は、家族にとっても相当嬉しい出来事だったらしい。
「本当に立派だったわ、剣児」
母は満面の笑みを浮かべながら、そう言った。
「あなたが強くなったのは分かっていたけれど、実際に戦う姿を見るまで、ここまでだとは思っていなかったわ。……でもね、それでも言わせてちょうだい」
そこで、彼女は少しだけ声を落とす。
「周麗華との戦いで、自分の腕を犠牲にしたでしょう? あれ、本当に怖かったのよ。家族がどんな気持ちで見ているか、少しは考えてちょうだい。あなたが傷つくたびに、私の心臓が止まりそうになるんだから!」
……母上、本当に喋るのが好きだ。
「え、えっと……ご、ごめんなさい。次からは、もう少し気をつけます」
「それならいいのよ。まったく……それでね、あなたが優勝したってことは――」
そして、また話が再開される。
正直、ここまでよく喋れるものだと感心してしまう。
母は昔から、どんな相手でも、どんな話題でも、延々と話し続けられる人だった。
ふと、昔のことを思い出す。
美影の未来視の噂が斬市に広まり、周家から使者が訪れた時のことだ。
あの時は本当に気の毒だった。
相手は一言も自分の用件を切り出せないまま、完全に話の波に飲み込まれ、結局、何をしに来たのか分からないまま帰っていったのだから。
……理由を知っていなければ、同情していたかもしれない。
よくやったよ、母上。
美影を守るために、俺と一緒にいてくれて本当に助かってる。
本人は、呉美影と周家の誰かとの縁談を阻止しようなんて、微塵も考えていなかっただろう。
いや、そんな発想自体、頭になかったはずだ。
それでも――俺は感謝していた。
美影は、俺のものだ。
そして俺は、彼女を誰にも渡すつもりはない。
ほどなくして、俺たちは父の屋敷へと到着した。
玄関で履物を脱ぎ、そのまま奥へ進むと、父は俺たちを応接の間へと導いた。
父は、玉座のような椅子に腰を下ろす。
その椅子は、最高級の黒檀で作られており、威厳を誇示するかのように高くそびえていた。背もたれには龍の彫刻が施され、縁には金の装飾があしらわれている。蝋燭の揺れる灯りを受けて、金の縁取りが柔らかく輝き、その椅子に座る者を王のように照らし出していた。
この椅子も、この屋敷そのものも――
すべては、一族を率いる者の地位を誇示するためのものだ。
父の左右には、母と桃花が立っている。
母は相変わらず満面の笑みを浮かべ、桃花は柔らかく穏やかな表情をしていた。
……その表情は、昔の俺には決して向けられなかったものだ。
俺は父の前に膝をつき、背筋を伸ばして座る。
両手を太腿の上に置き、何も言わず、ただ静かに待った。
「……よくやったな」
しばらくの沈黙の後、父が口を開いた。
「大会での働き、見事だった」
「ありがとうございます、父上」
俺はそう答え、深く頭を下げた。
再び、沈黙。
「……はぁぁ……それだけ?」
母が、見るからに呆れた表情で口を挟んだ。
俺は思わず顔を上げた。
母は、完全に我慢の限界といった様子で父を睨みつけている。
そして父は――
……赤くなっていた。
俺は瞬きをする。
そして、目を擦った。
……いや、見間違いじゃない。
父の耳の先と頬の一部が、はっきりと赤く染まっている。
……父上が、照れている?
その光景に、俺はしばし言葉を失った。
父上が……赤面している。
九天の彼方で、一体何が起きているんだ!?
俺は、こんな父上を見たことが一度もない。
あの父上が、こんなにも気まずそうにしているなんて。
……これが、母上の力なのか?
以前、誰かが「母上はとても危険な女性だ」と言っていたことがある。
その時は冗談だと思っていたが――今なら分かる。
あれは、冗談なんかじゃなかった。
「……こほん」
父上は何度か咳払いをし、視線を逸らした。
「そ、その……だな。私は……その……お前を誇りに思っている。
……成長した、その……よくやった」
……え?
俺は、目の前で起きている光景と、耳に入ってきた言葉が信じられなかった。
父上が――
俺を、褒めた?
しかもだ。
前回の筋力測定で六千五百を超えた時ですら、何も言わなかった父上がだ。
それだけじゃない。
父上の顔は、髪の生え際に至るまで、完全に赤くなっている。
……本当に、この人が、
幼い頃の俺が畏れ、敬い、そして恐怖していた、あの父上なのか?
父上は、俺にとって長い間、尊敬と恐怖が同居する存在だった。
山のように動かず、極寒の冬のように冷たく、魔獣よりも強大な人。
接する機会は少なく、いつも遠い存在だった。
空に浮かぶ島のように、手の届かない場所にいる人。
期待に応えられなかった時に向けられた、あの冷たい視線。
胸を刺す刃のようで、今でも忘れられない。
最近は会話も増えたが、それでも――
父上は、常に恐ろしい存在だった。
それが今はどうだ。
……まるで、台所で菓子を盗もうとして見つかった少年みたいじゃないか。
正直、どう受け止めればいいのか分からない。
「まあ、いいでしょう」
母上が、どこか諦めたように微笑んだ。
「あなたは昔から、感情を言葉にするのが苦手なんですもの」
「……と、とにかくだ」
父上は、ようやく威厳を取り戻そうと背筋を伸ばした。
「今夜、お前のために宴を開く。
使用人たちには、すでに衣装の準備をさせてある」
……宴?
「特別な場だ。侯静淑にも、それに相応しい装いをさせる必要があるだろう」
少し間を置いてから、父上は咳払いをした。
「……それと、呉美影もだ。どうせ、お前はあの娘を連れずに行動しないだろうからな」
……やっぱり、全部お見通しなのか。
俺は小さく息を吐き、
赤面したまま威厳を保とうとする父上を見つめながら、
胸の奥に、これまで感じたことのない温かさを覚えていた。
俺の勝利は、単なる個人の成果ではなかった。
それは、そのまま呉一族の力を示す証でもある。
一族に属する者が強くなればなるほど、一族そのものも強くなる。
そして影響力は、自然と斬市へと広がっていく。
今回の勝利は、呉一族の実力を示す結果だった。
だからこそ俺は、その功績に相応しい装いを求められる。
そして――俺と常に行動を共にしている呉美影と侯静淑もまた、それに見合った格好をする必要があった。
父上が美影の名を口にする時、まだどこかに躊躇いが残っているのは分かった。
だが、彼女はすでに一族にとって有用な存在であることを証明している。
どうやら父上も、少しずつではあるが、美影を俺の伴侶、そして将来の妻として受け入れ始めているようだった。
……それは、正直ありがたい。
母上と結ばれる時のように、父上と真正面から争う羽目になるのは、できれば避けたい。
あれは……色々と精神に悪い。
それに、今なら理由も分かる。
俺自身が、以前とは比べものにならないほど強くなったからだ。
いずれ、俺が族長の座を継ぐ可能性が高いのは、もはや誰の目にも明らかだろう。
その俺に美影が嫁げば、彼女はより強く一族と結びつく。
それは長い目で見れば、呉一族にとって確実な利益になる。
「承知しました、父上」
俺は再び頭を下げた。
「ふふ……」
くぐもった笑い声に、俺は思わず母上を見る。
そこには――今まで見たことのない、少し“怖い”笑顔が浮かんでいた。
……嫌な予感がする。
背筋に寒気を覚える俺をよそに、母上は呉桃花へと向き直る。
「では、私は剣児の衣装を見繕ってくるわね」
そう言ってから、楽しげに続けた。
「桃花、あなたは美影ちゃんと静淑ちゃんの準備をお願いできる? 女性の装いについては、私よりあなたのほうがずっと感覚がいいもの」
……ああ。
今夜は、どうやら色々と覚悟が必要そうだ。
「引き受けましょう」
呉桃花は、いつも通り落ち着いた声音でそう言った。
声色自体は変わっていないのに、はっきりと分かる笑みがその顔に浮かんでいる。
それも――最近見慣れてきた、あの穏やかな微笑みとは違う。
……正直、少し同情した。
美影と静淑の二人に。
「誰かがやらなければなりませんし」
父上は溜息をつき、後頭部を掻いた。
「……二人とも、あまりやり過ぎるなよ」
「もちろんよ、あなた」
「ご安心ください、良人。私は常に、そしてこれからも慎重に行動いたしますわ」
……え?
母上と桃花が、こんなふうに息を合わせて話す姿を見るのは初めてだった。
いや、もしかしたら俺の記憶違いだろうか。
俺の中では、この二人は決して仲が良い関係ではなかったはずだ。
少なくとも――桃花は、母上の“第一夫人”という立場を狙っているのだと、ずっと思っていた。
……違ったのか?
理由は分からない。
だが、二人が並んで何かを企んでいるように見えた、その光景を目にした瞬間――
なぜか、俺の心は一気に凍りついた。
……嫌な予感しかしない。
俺はただ、祈るしかなかった。
俺と美影、そして静淑が――
この二人の手中から、無事に生還できることを。




