立ち止まれない理由
次々と、いくつもの出来事が立て続けに起こった。
まず最初に、巨大な影が闘技場の床へと叩きつけられ、石畳に亀裂が走る。
怒りに満ちた顔をした明漢だった。
その隣には、聚石一族の年老いた族長。
ほぼ同時に、三人の姿が俺の前に現れた。
庇うように立つのは――
桃花、父、そして周祖。
さらに背後――舞台の上ではなく、
命瑛と静淑の傍らには、母の姿があった。
観客席は、水を打ったように静まり返る。
誰もが、これから何が起こるのか分からず、
ただ闘技場を見下ろしていた。
「何の用だ、明漢」
前に立った周祖が、
周一族・斬市支部の族長としての威厳を示しながら問い掛ける。
「決まっているだろう! 補償だ!!
あのガキは明らかに不正をした!!」
明漢は俺を指差し、声を荒げた。
「ははは! よく言うな。
自分の息子を決勝へ楽に進ませるため、
大会全体を不正操作していた男の台詞とは思えん」
父が、獣のような短い笑い声を上げた。
「な、何を言っている……?」
明漢の額から、冷汗が滴り落ちる。
「とぼけるな。
もう全て分かっている。
俺はすでに呉偉と対峙し、
奴はすべてを白状した」
父の声は低く、しかし確固としていた。
「お前は、呉偉が族長の座を簒奪するのを手助けする見返りとして、
この大会を不正に操らせた。
奴は命こそ助かったが、
すでに呉一族から追放されている。
殺しきれなかったのは残念だが、
少なくとも――
奴から権力を剥ぎ取ることはできた」
父親がもう呉偉を始末したのか……?
俺は思わず呟いた。
「あなたが明漢と戦っている最中に、
用士老公が呉偉と対峙しました」
桃花が静かに説明する。
「殺そうとしたのですが……あの長老――いえ、元長老は、かなり狡猾でした。
低位の霊階・玄霊防具を身につけていたのです。
どこで手に入れたのかは分かりませんが、老公の技を防ぐには十分でした。
そのおかげで……逃げられてしまいました」
防具や鼎、武器といった法宝は、
技法と同じく、地階・霊階・天階に分類される。
霊階の防具――たとえ低位であっても、
阿修羅境の修煉者の攻撃に耐えうるほどの代物だ。
さすが父だ。仕事が早い。
呉偉に逃げられたのは癪だが、
少なくとも、もう脅威ではない。
俺は父の決断力に、思わず感嘆の息をついた。
「それと――」
周祖が続ける。
「桃花から話を聞いた後、
そちらが買収した我が一族の長老から、
すでに自白を得ている。
お前は貴重な丹薬を複数与え、
見返りとして大会を操作させ、
息子が弱者とばかり戦うよう仕向けた……そうだ」
周祖の視線が鋭くなる。
「これ以上、事を難しくするな、明漢。
私の忍耐にも限界がある」
明漢は歯を食いしばり、
憎悪に満ちた視線で俺を睨みつけた。
あまりの殺気に、胸が締め付けられる。
呼吸が荒くなり、背筋に冷やりとしたものが走った。
――今なら殺せるか。
他の連中が止める前に。
そんな計算をしているのが、はっきりと分かった。
結局、明漢は引き下がるしかなかった。
「これは終わりではない。
覚えておけ……今日の屈辱、必ず後悔させてやる」
そう吐き捨てると、明漢は気絶した息子――明慎を抱え上げ、闘技場を後にした。
それを見た聚石風も、俺を囲む面々を一瞥しただけで、無言のまま後を追った。
――これで終わり、なわけがない。
俺はそう思っていた。
明漢も明慎も、恨みを忘れない性質だ。
いずれ必ず、何か仕掛けてくるだろう。
だが、少なくとも今は違う。
これだけの人に守られている状況で、無謀な真似はできないはずだ。
「立てそう?」
桃花が手を差し出してくる。
「たぶん……ありがとう」
俺はその手を借りて、どうにか立ち上がった。
すると母と、命瑛、そして侯静淑が闘技台へと駆け寄ってくる。
命瑛は迷いなく俺の手を取った。
それを見た静淑も、顔を真っ赤にしながら、もう片方の手を握る。
……ただし、その手は、さっき折れた腕のほうだったが。
一方、周祖は審判を引き継ぎ、観衆に向かって高らかに宣言した。
「今年の三族大会の優勝者は――
呉剣だ!」
歓声が爆発する。
俺は目を閉じ、胸の奥から込み上げる高揚に身を委ねた。
長い道のりだった。
誰よりも努力し、何年もかけて、ようやくここまで辿り着いた。
――最初の目標は、達成だ。
俺は、自分が変わったことを証明できた。
もう臆病じゃない。
辛いことがあるたびに、命瑛の背中に隠れていた、
あの弱い少年じゃない。
――だが、ここで止まるわけにはいかない。
もっと強くならなければならない。
俺は目を開き、命瑛を見た。
彼女もこちらを見返し、二人で笑い合う。
俺は、これからも強くなる。
それは――
自分自身への誓いであり……
そして、生まれたその日から、俺の心を掴んで離さない、
あの少女への約束でもあった。
これにて、『時空の断裁者』第一巻は完結となります。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
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物語はまだ続きます。
引き続き、次の巻も執筆していく予定ですので、これからもお付き合いいただければ幸いです。
改めて、ありがとうございました。




