第9話 兄の敵意
食堂に入ると、すでに多くの一族が朝食を取っていた。
とはいえ、前方の席にはまだいくつか空きがある。
少し早めに来られたようだ。
通路を歩きながら、みんなが食べている料理に目をやる。
湯気の立つ白い粥――今日もやっぱりお粥だった。
お粥は、米をやわらかく煮込んだ料理だ。
そのままでも食べられるが、普通は副菜や具を加えて味を変える。
醤や果物、ナッツ、木の実。
あるいは鶏肉や魚、牛肉などを入れて食べる人も多い。
入れるものによって、甘くも塩辛くもなる。
……つまり、いつも通りだな。
ウー一族ではお粥が朝食の定番だ。
商王国全体でも広く食べられているらしい。
授業で聞いた話では、他国では夕食にお粥を食べるところもあるそうだが、俺にはちょっと想像できなかった。
お粥は“朝食の味”って感じがする。
俺とメイインは空いている席に並んで座った。
すぐに給仕の娘が二つの盆を運んできてくれる。
それぞれの椀には、刻んだ青ねぎ、揚げたエシャロット、そして生卵が添えられていた。
俺はさっそく卵を割り入れ、かき混ぜる。
熱々の粥の中で卵がとろりと溶け、舌触りが滑らかになった。
香りは派手ではないが、腹を空かせた体にはたまらない。
メイインは青ねぎを加えて、嬉しそうに湯気を吸い込んでいた。
食堂のあちこちから、ちらちらと視線が向けられる。
そして、ひそひそと囁く声。
……どうせ、メイインの話だろう。
一族の中では、彼女は「綺麗」だと言われる一方で、「変わってる」とも言われている。
そのどちらを話しているのかは分からなかったが――
俺には、どちらでも大して違いはなかった。
食事をしていると、食堂の入り口がざわめいた。
視線を向けると、ウー・ヨン、ウー・フェイ、ウー・ミンの三人が入ってきたところだった。
その瞬間、まるで磁石のように――ウー・ヨンの視線が真っすぐ俺に向けられた。
軽く唇を歪める。
あの、いつもの軽蔑の表情だ。
そのあと、俺の隣に座るメイインに視線を移し、眉をひそめたかと思うと、ふいっと顔を背けた。
「……何かあったの?」
メイインが小声で尋ねる。
「いや、ウー・ヨンが睨んできただけ。でもいつものことだから、大したことじゃないよ」
できるだけ平然を装って笑ってみせた。
けれど、テーブルの下では両手が小刻みに震えていた。
メイインは人混みの中からウー・ヨンを見つけ、しばらくその様子をじっと見てから、俺に向き直る。
「嫉妬してるのよ。気にしないで」
「……努力してみるけど、訓練の時は無理かもな」
「大丈夫。私がスパーリング相手になってあげる」
その言葉に、胸の奥がふっと軽くなった。
「ありがとう、メイ」
「ふふん、当然でしょ? 妻って、そういうものだもの」
得意げに胸を張るメイインの姿に、思わず笑みがこぼれた。
◆◆◆
朝食を終えると、俺たち子どもたちは訓練場へと向かうよう指示された。
訓練場は広々としていて、床は磨き上げられた木の板張り。
周囲には岩や木々が並び、四方を渡り廊下が囲っている。
どの方向を見ても、一定間隔で立てられた木製の訓練柱があり、
その外側にはウー一族の建物や庭が続いていた。
中央には何枚もの組手用の畳が敷かれている。
その向こう側――俺の父上と同じくらいの年頃の男が立っていた。
黒髪に黒い瞳。いかにもウー一族の男といった風貌だ。
背が高く、広い肩幅と厚い胸板。短く逆立った髪が彼の精悍さを際立たせる。
左頬には一本の傷跡。
その顔立ちに、さらに鋭さを加えていた。
橙色の訓練着の下で、鍛え上げられた筋肉がしなやかに動く。
……見るからに、怖そうな人だ。
「全員そろっているな。よし、それでは整列!」
「はい、先生!」
掛け声とともに、子供たちは素早く動いて四列五行に並ぶ。
生徒は全部で二十人。
そのうち六人が女子で、メイインもその中にいた。
残りの十四人は男子だ。
俺とメイインは最前列の端に立ち、隣には三人の男子――ウー・ナイ、ウー・タオ、ウー・ブーが並んでいる。
彼らは分家の子で、兄のように俺たちに敵意を向けることはない。
だからといって特別仲がいいわけでもないが、少なくとも気まずくはなかった。
「よし。今では号令をかければすぐ整列できるようになったな。
では今日の訓練を始める。まずは準備運動からだ。
その後、一族の武術の型を復習し、最後に二人一組になって受け身の練習を行う」
「ラン叔父って、相変わらず無駄がないわね」
メイインが小声でつぶやく。
「そういう人だから」
俺も苦笑しながら答えた。
訓練場で行うストレッチは、図書館の巻物に書かれていたものほど難しくはない。
けれど、体を温めるには十分だ。
激しい運動の前に筋を伸ばしておかないと、怪我をする可能性がある。
それは、昨日の鍛錬で身をもって学んだ。
準備運動を終えると、ラン叔父――ウー・ランが声を張る。
「基本の構えを取れ!」
全員が一斉に姿勢を整え、一族伝統の武術の型を始めた。
床板の上に足音が揃って響き、訓練場の空気が引き締まる。
……昨日、メイインが言っていた言葉が頭に残っていたせいかもしれない。
型を繰り返しているうちに、ウー一族の武術がどうにも自分に合わない気がしてきた。
うまく説明はできない。
ただ、動きが体に馴染まない。
右へ動くより左へ動いたほうが自然なのに、型はその逆を要求してくる――そんな感覚だ。
けれど、皆と同じように動かないわけにはいかない。
不器用ながらも、最後まで型をやり遂げた。
終わった頃には、全身がうっすらと汗ばんでいた。
隣のメイインも同じように息を整えている。
「よし、いいぞ! 全員、よくできたな!」
ウー・ランが大きな声で告げる。
「では次に、二人一組になって“受け身”の練習を行う!」
“受け身”といっても、ただ転ぶだけじゃない。
相手に軽く打たれた時、その衝撃を逃がすように後方へ倒れる練習だ。
そうすることで痛みを和らげ、息を詰まらせるのを防ぐ。
どこを打たれたかによって受け身の取り方も変わる――それを、俺たちはすでに何度も習っていた。
いつも通りメイインと組もうとした、その時だった。
「なあ、ジエン。今日は俺と組まないか?」
振り返ると、ウー・ヨンが立っていた。
口元には柔らかな笑み――だが、その奥に潜む意図の鋭さは隠せていない。
「いつもメイインとばかり組んでるけど、それじゃ強くなれないだろ?
女の助けばかり借りてるようじゃ、族長の跡継ぎとして情けないんじゃないか?」
まるで穏やかな提案のように聞こえるその声に、背筋が冷たくなった。




