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謎のユエとの戦い

俺は分かっていた。

ユエが大会規定の年齢を超えていると告発しても、失格にはできない。

彼女の言う通り、証拠がない。

「本人がそう言った」というだけでは通用しない。

そもそも、不正参加している者が自分の罪を認めるはずがないのだから。

――だが、それは彼女にとっても諸刃の剣だった。

一瞬、どうやって検査を通過したのか考え、俺は一つの結論に至る。

おそらく、修為を抑える宝具を身につけている。

そういう道具は存在する。

だが非常に希少だ。

――どうやって、そんなものを手に入れた?

「……証拠はない。でもな」

俺はユエを睨み据える。

「大会中にを使えば失格だ。

つまり――俺には、まだ勝ち目がある!」

「……えっ!?」

ユエの声が驚愕に変わった、その瞬間。

俺は脚を割り込ませ、膝を胸元まで引き寄せ――

一気に蹴り出した。

ドンッ!!

爆竹が弾けたかのような衝撃音が響く。

ユエの身体が宙に舞い、

美しい放物線を描いて――地面に激突した。

俺はすぐさま跳ね起き、間合いを詰める。

だが、彼女もすでに立ち上がっていた。

拳がぶつかる。

ゴォン――!

接触点から衝撃波が走り、俺は顔を歪めながら押し戻される。

――やっぱりだ。

――この力……普通じゃない。

今ならはっきり分かる。

彼女の膂力は、単なる身体能力じゃない。

飢餓境ハンガー・レルムに到達した者の――

で強化された力だ。

――彼女が露骨にを使えないのは、俺にとって幸運だ。

もし全力で使えたなら、この戦いはもう終わっている。

考えろ。

頭を使え。

立ち回り次第で、まだ勝てる。

だが、戦いが続くにつれ、俺は次第に追い詰められていった。

ユエの拳が突き出される。

紙一重でかわした――その直後。

蹴り。

足元を刈られ、俺は地面に叩きつけられる。

転がった先へ、踏み潰すような追撃。

俺は慌てて転がり、回避する。

彼女の攻撃が叩きつけられるたび、闘技場の床石にひびが走った。

――これが……飢餓境ハンガー・レルムに到達した者の力か。

俺はラン教官と何度も手合わせをしてきた。

だが、あの人はいつも手加減していた。

――こんな殺気を向けられたことは、一度もない。

この女からは、はっきりとした血の匂いがする。

頭皮がざわつき、背筋に寒気が走る。

認めたくはないが――

俺の身体は、恐怖で震えていた。

彼女が、俺より圧倒的に強い。

もし害意がなければ、まだ耐えられたかもしれない。

だが――この女は違う。

悪意が、はっきりと伝わってくる。

「……俺を、殺す気か?」

俺が問いかけると、ユエは楽しそうに笑った。

「まさか」

次の瞬間、彼女は一気に距離を詰めた。

速すぎる。

反射的に腕を上げる。

だが――攻撃は来なかった。

彼女は俺の腕を外へ弾き、身を寄せる。

耳元で、囁いた。

「壊すだけよ。

あなたを再起不能にしろって言われてるの」

息がかかるほど近くで――

丹田たんでんを潰せば、報酬が増えるってね」

――ぞくり、と背筋が凍った。

丹田たんでん――

それは、人の体内でが集まる場所。

言い換えれば、修行者の力の源だ。

丹田を壊されれば、どれほど強大な修行者であっても、二度と戦えなくなる。

たとえ俺の丹田がまだ活性化していなくても、それが存在しないわけじゃない。

誰にでも丹田はある。

ただ、飢餓境ハンガー・レルムに到達して初めて、本格的に目覚めるだけだ。

――未活性であっても、破壊は可能。

その事実に気づいた瞬間、背筋が冷えた。

俺は咄嗟に膝を叩き込もうとしたが、ユエは軽やかに後方へ跳び退き、それをかわした。

そして、楽しそうに笑う。

「……何も言わないの?

審判に、私が反則してるって告げてもいいのよ?」

彼女の声は小さく、観客の怒号に紛れて、俺にしか届かない。

俺は視線を巡らせる。

壇上に立つ審判。

貴賓席にいる父上と母上。

ユエは、そのどちらからも見えない位置に立っていた。

重要な人物に口の動きを読まれず、声も届かない角度。

気を使わず、聞かれもしなければ――

彼女が飢餓境に達していると、誰も疑わない。

それに……

――彼女は、俺に敵意がないことを示している。

金で雇われたと言ったのは、黒幕が別にいると伝えるため。

糸を引いているのは、おそらく明翰ミン・ハン大長老だいちょうろう

――この情報を、必要なら使え、と。

……皮肉なことに、この女はかなり親切だ。

そう思ってしまった自分に、俺は苦笑した。

彼女の言葉が本心であるように感じられたとはいえ、

同時に――恩を売るために打ち明けた可能性も、俺は否定しなかった。

それでも……

否定したくても、感謝してしまっている自分がいた。

これが甘さだと言われるかもしれない。

だが、俺は彼女をトラブルに巻き込みたくなかった。

それに――

俺が何も言わない理由は、もう一つある。

「証拠がない以上、俺が何か言えるわけがない。

それに……正直、どうして告げ口なんてする必要がある?」

俺は静かに言った。

「お前は、俺がこれまで戦った中で一番強い相手だ。

自分を試すには、これ以上ない機会だと思ってる。

その力に、どこまで通用するのか……俺は確かめたい。

そして――勝ちたい」

逆境こそが、人を強くする。

大きな壁に挑み、それを越えてこそ、真の力は得られる。

もし俺が、ユエが飢餓境ハンガー・レルムだと暴露したら――

仮に証明できたとして、彼女は失格になるだろう。

そして俺は、何事もなく次の試合へ進む。

……だが、それで満足できるのか?

本当に強くなれるのか?

答えは、分かりきっている。

「さあ、来い。

持てる力をすべて見せてみろ。

俺はここで、お前を倒す」

深く息を吸い、俺は型に囚われない構えを取った。

「ふん……認めてやるわ。

あんた、なかなかやるじゃない。正直、見くびってた」

だが次の瞬間、彼女の表情が冷たく歪む。

「でもね……本気で勝てると思ってるの?

井の中のいのなかのかわずが。

――身の程を知りなさい!」

ユエは、俺の身体を壊すつもりで突っ込んできた。

心臓が激しく脈打つ。

彼女の接近速度は、鍛体境ボディ・フォージングの限界を明らかに超えている。

――いや、ギリギリ抑えている。

次の瞬間、放たれたのは強烈な蹴り。

俺は回避したが、衝撃だけで吹き飛ばされ、床を転がった。

すぐに体勢を立て直す。

だがユエはすでに宙へ跳び、反転しながら落下してきた。

――踵落とし!

俺は両腕を交差させ、頭上で受け止める。

床がひび割れ、腕が悲鳴を上げる。

骨が砕けそうな痛みが走ったが、なんとか耐えた。

俺は歯を食いしばり、声を殺す。

「まさか、受け止めるなんて!

……でも、もう終わりよ!」

ユエの叫びが、闘技場に響き渡った。

「……そうだな。終わりだ。

――お前の、な」

「……は?」

残っていた力をすべて振り絞り、俺はユエの脚を掴んだ。

そのまま身体を回転させ、投げ飛ばす。

この投げは、彼女を傷つけるものじゃない。

威力も、決定打にはほど遠い。

だが――

俺は最初から、力で彼女を倒そうとしていたわけじゃなかった。

戦いの中で、俺たちはいつの間にか闘技場の端まで追い詰められていた。

だから俺は、ただ――

彼女を、場外へ投げ出しただけだ。

ユエは目を瞬かせながら、闘技場の外の地面に着地した。

それを確認し、審判を務めていた周氏一族の長老が手を挙げる。

「場外勝ち!

勝者――呉剣!」

歓声と拍手が闘技場を包み込む。

その中で、ユエは腰に手を当て、大声で笑った。

「あっはっはっはっは!

やるじゃない、坊や!

まさか正面からじゃなく、策と判断で勝ちに来るとは思わなかったわ!」

俺は肩をすくめ、できるだけ平静を装った。

「他に手がなかっただけだ。

正面からやってたら、勝てる相手じゃなかった」

「それは事実ね。

ま、負けた以上、私はこれで退場よ。

……また、どこかで会うかもね?」

意味深な笑みを浮かべ、ユエは背を向ける。

振り返りざまに軽く手を振ると、そのまま闘技場を後にした。

……なんて、妙な女だ。

勝利が確定し、俺は闘技台から降りた。

着地した瞬間、身体がびくりと震える。

筋肉が悲鳴を上げ、思わず顔をしかめた。

ユエの最後の一撃で、両腕も脚もかなりやられている。

腕にはひびが入っていてもおかしくないし、脚の筋肉は明らかに痛めていた。

丹田を壊す――

という彼女の目的は果たされなかったが、

俺は確実に、大きく消耗していた。

「やったわね!」

そう叫びながら、武美影が駆け寄ってきた。

俺は彼女を受け止めた瞬間、思わず顔をしかめる。

興奮した彼女が勢いよく抱きついてきたせいで、痛めた身体に響いた。

少し遅れて、侯静姝も落ち着いた足取りで近づいてくる。

「ああ、やったよ」

そう言って、俺は武美影の頭をぽんぽんと撫でた。

「次は美影の試合ね」

侯静姝が言う。

「二人とも、ちゃんと見ててくれるよね?」

武美影が振り返って聞いてきた。

「もちろんだ」

俺は笑って答える。

「お前の試合を見逃すわけないだろ」

武美影の相手は、周璃華だった。

俺たちが闘技台に着いた時には、すでに彼女は上に立ち、軽く身体をほぐしていた。

くるりと振り向いた武美影が、にやりと笑う。

「ねえ、幸運のおまじないにキスしてくれない?」

「必要ないとは思うけど……まあ、いいか」

頬を赤らめる侯静姝の視線を感じながら、俺は武美影の頬に軽くキスをした。

「頑張れ、美影」

「はぁ……本当は唇がよかったんだけどなぁ。まあ、今回はこれで許してあげる」

そう言って頬を膨らませたあと、武美影は舌を出し、くるりと背を向けて闘技台へ跳び上がった。

四尺近い高さを軽々と飛び越えるその動きだけでも、彼女の強さが分かる。

前回の筋力測定では、確か六千二百ほど。

餓狼境に踏み込むための基準を、すでに千以上も上回っていた。

「いけるぞ、美影!」

俺は声を張り上げた。

隣で静かに立っていた侯静姝の脇腹を、軽くつつく。

「お前も応援してやれ」

「ひゃっ……!

え、えっと……が、頑張って! 信じてるわ、武美影!」

そう叫ぶ彼女の頬は、まだ赤く染まったままだった。


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