武剣の初戦
「……武威は、明翰と手を組んで大会を潰そうとしている」
俺は低く言った。
「しかも、今回が初めてじゃない。だから前回も、あんなことになったんだ」
「周氏族の長老まで買収していたってことね」
武美影が、険しい表情で付け加えた。
侯静姝は拳をぎゅっと握りしめ、歯を食いしばりながら言った。
「……許せない。大会にこんな形で介入するなんて、絶対に許されないわ!」
「どうする?」俺は尋ねた。
「父上に話すべきか?」
「それが一番いいと思うわ」
武美影は顎に指を当て、何度か軽く叩いてから肩をすくめた。
「勇氏叔叔にも知らせて、大人たちに任せましょう。
それに――たとえ明翰と、あの嫌な長老が大会を不正に操ろうとしても、私が優勝するのは変わらないしね」
「それは違うな。優勝するのは俺だ」
俺は笑みを浮かべて言った。
武美影も負けじと笑い返す。
「はいはい。よく言うわね」
「……本当に、二人は仲がいいわね」
侯静姝が小さく呟いた。
その落ち込んだ表情を見て、俺と武美影は顔を見合わせ、苦笑しながら同時に彼女を抱き寄せた。
左右から挟み込むような抱擁に、侯静姝の顔が一気に真っ赤になる。
「そんな顔しないで。私たち、ちゃんとあなたのことも大好きなんだから」
武美影がそう言った。
「わ、わかった! わかったから!
もう落ち込んでないし……だ、だから、抱きしめるのはやめて! 恥ずかしいのよ!」
俺と武美影は顔を見合わせて笑い、照れまくっている侯静姝から手を離した。
そして三人で、俺の父のもとへ向かう。
武氏族の観覧席に戻ると、父はアリーナの様子を見下ろしていた。
こちらに気づくと、振り返って俺たちを見る。
「どうした、お前たち。
何か言いたそうな顔をしているな。……ほら、話してみろ」
「父上、大長老の武偉について、お話ししたいことがあります」
俺はそう切り出した。
一度、言葉を区切る。
「俺たちは、武偉が使われていない部屋に入っていくのを見ました。何をしているのか分からなかったので、様子をうかがうことにしたんです。
すると……中で明翰と話していました。周氏族の長老の一人に賄賂を渡した、という話もしていて……」
そこまで話したところで、俺は言葉を失った。
俺が武偉の不正について語っている間の父の表情が――どこか妙だったからだ。
驚いている様子が、ほとんどなかった。
「なるほどな」
父は静かに言った。
「敵対する氏族の族長と、白昼堂々と密会とは……武偉も、ずいぶん大胆になったものだ」
一拍、間を置く。
「今回の件を自分たちで処理しようとせず、私に報告したのは正しい判断だ。
お前たちは自分の試合に集中しろ。この問題は、私が引き受ける」
「はい、父上」
「了解だ、叔父上」
「この件は、勇氏宗主にお任せします」
三人がそれぞれ答え、一歩ずつ下がる。
父はそのまま母のもとへ歩み寄り、低い声で何かを話し始めた。時折こちらを指さす仕草を見せ、そのたびに母の視線が俺たちへ向く。
そのとき、俺はすぐに気づいた。
武桃花の姿が、どこにもない。
ここへ向かう前までは確かに一緒だったはずだ。
――どこへ行ったんだ?
ほどなくして、周祖が出場者全員を再び闘技場へ呼び戻した。
集まった後、俺たちはそれぞれ指定された闘技台へ向かい、ここで一度別れる。
各闘技台には、周氏族の長老が一人ずつ待機していた。
第四闘技台を担当していたのは、白髪が混じり、目元に深い皺を刻んだ男だった。
その立ち姿には、どこか誇り高く、少しばかり尊大な雰囲気がある。
俺の周囲には、ほかにも十一人の出場者が立っていた。
「対戦表はすでに決まっている」
長老はそう言って、掲げられた板を指さした。そこには出場者の名前が並んでいる。
「ここに書かれているのが、お前たちの対戦相手と試合順だ」
俺――**武剣**の名前は、最初の枠にあった。
そして、同じ枠に書かれていたもう一つの名前は――武景。
(……最初から、同じ一族同士か)
思わず目を細める。
大会の序盤で同族と当たるのは珍しい。これまで周氏族は、意図的にそうした組み合わせを避けてきたはずだ。
参加人数が少なかった過去とは事情が違うとはいえ……。
(それとも、これは明翰の差し金か?
俺に同族を削らせるつもりなのかもしれないな)
だが、考えたところで意味はない。
俺は気持ちを切り替え、相手が反対側から上がるのと同時に、闘技台へと跳び乗った。
**武景**は十五歳。年長組の中では三番手に位置する実力者だ。
俺たちと同じ黒髪に黒い瞳をしているが、肌の色はやや褐色がかっている。
彼の母――**武俊は、灼熱の太陽と果てしない砂丘で知られる青州**出身だと聞いている。
「こんなに早く当たるとは思わなかったな」
武景がそう言った。
「俺もだ。でも……せっかくなら、いい試合にしよう」
俺は肩の力を抜いて微笑み、拳を突き出した。
彼は一瞬その手を見つめ、やがて同じように拳を握り、軽くぶつけてきた。
「そうだな。やろう」
「両名、準備はいいか?」
**周氏族**の長老が問いかける。俺たちは同時にうなずいた。
「よろしい。――私に礼。祖先に礼。そして、互いに礼を」
俺――**武剣と武景**は、指示された通りに礼を行い、それぞれ構えを取って向かい合った。
長老が手を上げる。
一拍。
そして――手が振り下ろされた。
「始め!」
合図と同時に、俺は地を蹴った。
今回は様子見などしない。開始と同時に距離を詰め、**武景**の顔面へと素早い突きを連続で放つ。狙いはダメージではなく、反射と反応速度の確認だ。
彼は一歩下がり、手の甲で俺の拳を次々と逸らしてくる。
――反射神経、間合いの取り方、そして手と目の連動。
どれも申し分ない。
足を擦るように前へ出て、二歩踏み込む。
左足のつま先を軸に回転し、そのまま腹部へ蹴りを放った。
だが、完全にかわされた。
**武景**は横へ跳び、すぐさま反撃に転じようとする。
俺は即座に足を引き、距離を取って後退した。
その後も、互いに何度も打ち合う。
俺は右掌で渾身の一撃を胴体から逸らし、返す刀で頭部を狙った蹴りを放った。
**武景**は上体を反らして回避する。
――だが、俺はそこで止めなかった。
空中で蹴りを止め、そのまま踏み下ろす。
(もらった――!)
そう確信した瞬間、
**武景**は咄嗟に後方へ倒れ込み、床を転がり、そのまま跳ね起きた。
……なるほど。
判断力も、相当なものだ。
「お前、かなり速いな」
**武景**が感心したように言った。
「修練場でも気づいてはいたが……まさか、ここまでとは思わなかった。あの蹴りを途中で止めるには、見た目以上の力が要る。六千の筋力値ってのも、伊達じゃないってわけだ」
俺は軽く笑う。
「そっちも大したもんだ。**武宏**がいなくなった今、族内じゃ最強クラスだろ」
「いや……俺が、お前よりずっと強いとは思えないな」
**武景**は正直にそう認めた。
前回の筋力試験での彼の数値は、確かに見事だった。
あれからさらに鍛え上げている可能性も高い。
俺自身も確実に強くなっているという自負はあるが――年齢と経験、その点では彼に分がある。
(これは……楽な戦いじゃないな)
**武美影**の予知が広く知られるようになってから、俺たち一族は全体的に力を伸ばしてきた。
彼女が見た“修練資源に恵まれた土地”のおかげで、多くの族人が成長できたのだ。
もちろん、最も恩恵を受けたのは俺と武美影、そして**侯静姝**だ。
だが――**武景**のように、その中で頭一つ抜け出した者もいる。
俺は目を細め、一歩踏み出した。
攻めに転じようとした、その瞬間――
**武景**のほうが速かった。
胴に引き絞られていた拳が、一直線に放たれる。
鋭く、重い一撃。
俺は身体を左へ傾け、間一髪でそれをかわした。
そのまま上体を起こさず、さらに沈み込み、片手を地につけて体勢を安定させる。
そして――踵蹴り。
**武景**は両前腕で受け止めた。
だが、完全に止めきれたわけじゃない。
衝撃に押され、彼の身体が数歩分、後ろへ弾かれた。
(……効いたな)
**武景**は腕をぶらぶらと振りながら、低く息を吐いた。
「……やっぱり強いな。これ以上まともに食らったら、勝ち目がなくなる」
「悪いけど、勝たせるつもりはない」
俺は正直に答えた。
「決勝で、**武美影と侯静姝**に会う約束があるからな」
「ははっ。婚約者二人と決勝で戦うつもりか。分かるぜ」
**武景**は肩をすくめた。
「だが、本当に二人が勝ち上がれると思ってるのか?
**武美影は周麗華と巨石美鈴**と当たる。
**侯静姝は明慎と巨石尊**だ。
どいつも各一族の最上位だぞ」
「二人の実力は信じてる」
俺は即答した。
「それに、仮に決勝に来られなかったとしても――今年は俺が勝つ」
「なら、その前に俺を倒さないとな」
「そのつもりだ」
軽口を叩き合いながらも、俺たちは同時に笑った。
同じ**武**一族で、言葉を交わす機会は多くなくとも、互いの実力を認め合っている。
そんな関係だった。
俺は左手の甲で拳を払い落とし、そのまま手首を返して伸びた腕を掴む。
身体を軸に回転し、てこの原理で――
**武景**の身体が宙を舞った。
だが、さすがだ。
彼は空中で体勢を立て直し、着地と同時に低く構える。
――だが、回復する暇は与えない。
俺は踏み込み、全力の蹴りを放った。
胸元に直撃――
腕で受けたものの、衝撃を殺しきれず、**武景**の身体はそのまま場外へと吹き飛ばされた。
地面に転がり、息を整えながら彼は俺を見上げる。
「なるほどな……投げでリング際まで運んで、立て直す前に蹴り飛ばしたってわけか」
俺は肩をすくめる。
「どっちも怪我しないで済む方法を考えたら、それしか思いつかなかった」
「賢いな」
**武景**は、悔しさよりも清々しさを帯びた笑みを浮かべた。
その時、**周**一族の長老が手を挙げる。
「勝者が決まりました!
――勝利者、武剣!」




