明家と巨石家
「明漢。巨石峰。どうやら、ずいぶんと仲良くなったようだな」
父が二人に声をかけた。
明漢は豪快に笑い、隣に立つ巨石峰の背中をバンッと叩いた。
「当然だろう! 何せ、俺の息子がこいつの娘と結婚するんだからな! どうだ、羨ましいか? ギャハハハ! 心配するな! 武美影を俺の息子に嫁がせてくれたら、俺たちも同じくらい仲良くなれるぜ?」
「遠慮しておく」
即答だった。
「予想通りだが……残念な答えだな」
そのやり取りは一見すると軽口の応酬に見えたが、俺はもう分かっていた。
明漢は決して単純な男じゃない。
わざと粗野に振る舞い、相手の油断を誘う――そういうタイプだ。
案の定、婚姻の話題はあっさりと切り上げられ、三人はすぐに競技の話へと移っていった。
その間に、明慎が俺たちの前へと歩み寄ってきた。
彼の左右には二人の人物がいた。
一人は、巨石峰の娘――巨石美琳。
もう一人は、年の頃は俺たちより少し上だろうか。
長い髪を後ろで一つに結い、剣のように鋭い眉と整った顔立ちをした少年だった。
背は周囲よりも高く、身に纏う漢服の左胸には剣の意匠。
腰には実剣を帯びている。
(あいつが……巨石家の跡取りか。
名前は確か……)
巨石尊。
美琳の兄であり、巨石家の次期当主。
そんな俺の観察を気にする様子もなく、明慎はにやりと口元を歪めた。
「今年も負ける覚悟はできてるか?」
その笑みは、去年と同じ――いや、どこか余裕を含んだものだった。
俺が口を開く前に、隣から軽やかな声が飛んでくる。
「ねえ、ジアン。もし私が優勝したら、キスしてくれる?」
武美影が、悪戯っぽく笑いながらそう言った。
……この場でそれを言うか。
俺は思わずため息をつきながら、肩をすくめた。
「負けても、キスくらいしてやるさ」
俺がそう言うと、
「ちょ、ちょっと! 二人とも、キスの話はやめなさい!」
侯静姝が顔を真っ赤にして怒鳴った。
「おい! 無視するな!」
明慎が声を荒げる。顔も真っ赤だ。
「ん? ああ、明慎か。ごめん。
吠えてる犬の声を無視するのに夢中で、聞こえなかったみたいだ」
俺は満面の笑みを浮かべた。
どう見ても、嫌味以外の何物でもない笑顔だった。
明慎のこめかみに、赤く浮き出た血管がぴくりと脈打つ。
だが、彼は深く息を吸い込み、どうにか怒りを押し殺したらしい。
すぐに、あの見下したような笑みを貼り付け直した。
「そこまで俺を侮辱するとは、大した自信だな。
だが忘れるな。前回の大会で勝ったのは誰だったか。
今年も、きっちりお前を叩き潰してやるさ。
そうすれば、武美影も、侯静姝も……
俺の方が、よほど相応しい相手だと分かるだろう」
この世界では、見た目や身なりも重要ではあるが、
修行と力がすべてを支配している以上、
人の価値――そして魅力を決める最大の要因は、結局のところ「強さ」だった。
理由はいくつもある。
この世界は危険に満ちており、強さは生存と直結している。
力ある修行者は尊敬され、畏れられ、
仲間から一目置かれる存在になる。
そして、人は――特に女性は、
周囲から敬意を集める男に惹かれやすい。
さらに言えば、修行者には常に神秘が付きまとう。
人は謎めいた存在に弱い。
それは、女性も例外じゃない。
一族が絡んでくると、「強さ」の価値はさらに際立つ。
強い者同士が子を成せば、より強い子が生まれる可能性が高い――
そんな考えは、この世界では常識だ。
だからこそ、多くの一族や修行家の家系は、
少しでも血筋に利がある相手を求め、
子供同士の縁談を必死に取り持とうとする。
そういう意味では、
「強さを示せば女は惚れる」
という明慎の考え方は、
多くの場合、間違っていない。
――ただし、今回は違う。
「それは絶対にありえないわ」
武美影がきっぱりと言い切った。
侯静姝も頷く。
「たとえあなたが優勝しても、私はあなたと結婚なんてしない」
明慎は唇を細く結んだ。
俺は彼の反応には特に興味を持たず、
代わりに、巨石美琳へと視線を向けた。
彼女は、武美影を睨みつけていた。
その目には、隠す気もないほど露骨な憎悪が宿っている。
明慎が一歩前に出たことで、俺の意識は再び彼へ戻ったが、
その動きを止めたのは、巨石尊だった。
「これ以上言い争って、己の品位を落とす必要はない。
実力は、競技で示せばいい」
落ち着いた声だったが、有無を言わせぬ重みがあった。
明慎は小さく溜息をつき、髪をかき上げる。
「その通りだな。こんなことで自分を貶める必要はない」
そして俺を一瞥し、鼻で笑った。
「大会で会おう」
三人は足並みを揃え、そのまま立ち去っていった。
侯静姝は、去っていく彼らを睨みつけていた。
武美影も同じだったが――
侯静姝の視線は、特に苛烈だった。
まるで、道端の害虫を見るかのような、
心底嫌悪しきった目だった。
「本当に、あの子は嫌いだわ。どうしたらあそこまで人を見下した態度が取れるのか、理解できない」
侯静姝が、珍しく感情を露わにして吐き捨てるように言った。
「昔からああいう奴だよ。少なくとも、俺の知る限りはな」
俺は肩をすくめて答える。
「できるだけ気にしないほうがいい。ああいう人間は、相手が反応するほど調子に乗るから」
彼女は小さく鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わなかった。
やがて、各一族の当主たちの話し合いが終わり、
全員が観覧席へと移動し始めた。
この闘技場には、特別に設けられた観覧席が四つある。
三大氏族と、そして周氏族――
それぞれのために用意された、高所の特等席だ。
一般客が座る観客席のさらに上、
闘技場全体を見下ろす回廊へと足を踏み入れたとき、
俺は思わず、周氏族の観覧席へと視線を向けた。
すでに、そこには人だかりができていた。
誰も彼もが、豪奢な衣装に身を包んでいる。
正直に言えば、
明氏族や巨石氏族、
そして俺たち武氏族が用意できるどんな衣装よりも、
はるかに金がかかっているのが一目で分かった。
女性たちは、目が眩むほど華やかな装いで身を飾り、
宝石や刺繍が光を受けてきらめいている。
一方で、男たちの服装は一見すると質素だった。
だが、それは錯覚にすぎない。
無駄を削ぎ落とした意匠が、
かえって彼らの存在感を何倍にも増幅させていた。
――あからさまなまでの誇示。
周氏族は、こうして無言のうちに告げているのだ。
歯恩市で力を誇っている三氏族よ、
決して思い上がるな、と。




