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最大の屈辱

「だって、準決勝で私たちが当たったからよ」

美影は腕を組み、ぷいっとそっぽを向きながら断言した。

俺は茶碗を手に取り、梅干し入りだと気づいて思わず表情を緩めつつ、彼女の言葉を聞き続ける。

「その間に、明慎の相手はどうだった? 三手もかからず倒せるような雑魚ばかり。

 あれ、絶対に誰かが金を掴まされてたと思うわ。

 決勝のときには、あいつは元気そのもの。

 でもあなたは、私と全力で戦った直後だったでしょう?」

証拠はない。

だから俺たちは、口に出して非難することはできなかった。

それでも――

俺と美影は、今でも心のどこかで確信している。

明家が他の参加者か、あるいは審判、もしくはその両方を買収していたのではないか、と。

だが、そんなことを軽々しく口にできる相手ではなかった。

大会を主催していたのは、周家。

中立で知られ、なおかつ、牙市のどの一族よりも強大な家だ。

証拠もなく不正を疑うなど、相手の顔に唾を吐きかけるようなものだ。

大きな一族の誇りを汚す行為が、

無事に済むはずがない。

正直、周家について俺はあまり詳しくない。

知っているのは、莫大な財力を持ち、競売場を所有していること、

そして、その“公平さ”ゆえに大会の運営を任されている、ということだけだ。

そんな家に疑いの矛先を向けるなど、愚の骨頂だった。

美影は――

明慎と初めて会ったその瞬間から、彼を嫌っていた。

理由は、俺にもよく分かる。

あいつは初対面で、美影に「求婚」した。

いや、あれは求婚なんて生優しいものじゃない。

命令に近かった。

自分のものになれ、と。

拒否されると、あからさまに不機嫌になり、

力でどうにかしようとする気配さえ見せた。

……美影が、ああいう男を一番嫌うことくらい、

俺だって知っている。

だからこそ――

彼女が明慎を嫌うのは、当然だった。

そして俺にとっても、

あの大会は、今でも胸に引っかかる“最大の屈辱”として残っている。

明慎が――

あの時、潔く引き下がってくれていれば、

俺はきっと、ある程度は許せていたと思う。

だが、あいつは違った。

大会が終わってから最初の半年間、

明慎は何度も、何度も、しつこく美影に付きまとった。

恋文。

花束。

果ては修行者用の資源まで。

美影はそれらを、一切の躊躇なく処分した。

手紙は燃やし、花は埋め、資源は粉々にして破壊した。

――これで終わりだろう。

俺たちは、そう思っていた。

だが、それで終わる男ではなかった。

今度は直接だ。

明慎は明家の屋敷を訪れ、「美影に会わせてほしい」と何度も申し出てきた。

当然、美影はすべて拒否した。

それでも二ヶ月もの間、断られ続けたことで、

ようやく諦めたように見えた。

……少なくとも、その時は、そう思った。

だが、俺たちはまた間違っていた。

最後に姿を見せてから一ヶ月ほど経った頃、

今度は明慎本人ではなく、父親が現れた。

明家当主――明翰。

彼が持ってきたのは、

「縁談」という名の取引だった。

しかも、その条件は、あまりにも破格だった。

――中品の修練丹。

修練丹とは、服用するだけで修行者の修為を高める、

錬丹師によって精製された特別な丹薬だ。

小さな粒の中に濃縮された気が封じ込められており、

体内に取り込むことで、次の小境界への突破を助けてくれる。

修練丹には三つの等級がある。

下品・中品・上品。

下品は主に飢餓境や魂境の修行者が使い、

中品は阿修羅境や人限境の修行者向けだ。

もし下位境界の修行者が中品を服用すれば、

一気に複数の小境界を突破することさえあり得る。

明翰が差し出したのは、その中品修練丹を――十二粒。

一族の誰か一人を、

阿修羅境へと容易に押し上げるには十分すぎる量だった。

それが、美影の「嫁入り道具」だという。

……正直に言って、

その時、俺の中で何かがはっきりと音を立てて壊れた。

これが、

俺にとって――

決して忘れられない、

最大の屈辱の、続きだった。

父は、その申し出をきっぱりと断った。

その頃にはすでに、美影の力は父や一族の長老たちにも広く知られていた。

彼女が時折見せる未来の断片は、牙市――ザーン市の相場を読むために使われ、

一族の財政を潤し、さらには強力な霊薬草の在処を見つけることにも役立っていた。

その恩恵を受けて、

呉仁長老と呉金粛長老は阿修羅境へと突破した。

もっとも、まだ第一小境界ではあったが、それでも十分すぎる成果だ。

俺の目から見ても、美影の価値は――

中品修練丹十二粒など、比べものにならない。

当然、明翰は激怒した。

だが、それでも諦めなかった。

それからというもの、

明翰と明慎は、時折こうしてやって来ては、

美影を嫁に欲しいと口にするようになった。

……もはや、半ば慣例のようなものだ。

そんな話をしている間、

侯静姝は静かに烏龍茶を口に運び、

皇女らしい気品ある所作で耳を傾けていた。

彼女は白と淡い桃色の絹で仕立てられた美しい漢服に着替えており、

美影の淡い青と白の漢服と並ぶと、実に見事な対比を成している。

柔らかな編み込みに整えられた髪が輪を描くように垂れ、

その佇まいは、まさに王族のそれだった。

一方で、美影は髪を下ろしていた。

背中を流れ落ちる長い髪は、

俺に言わせれば――上品な乱れ、だ。

波のように揺れるその黒髪は、

夜そのものが形を持ったかのようで、

玉のような肌と、澄み切った空の色をした瞳を際立たせている。

彼女が団子を取ろうと手を伸ばした瞬間、

ふと視線が合った。

……見ていたのが、ばれたらしい。

美影は、すべてお見通しだと言わんばかりに、

にやりと笑った。

俺はそれに、

ただ静かに、笑い返した。

「……どうやらお二人とも、その明慎という人物に、相当な恨みを持っているようですね」

静姝がようやく口を開いた。

俺と美影のやり取りには気づいていない様子だ。

「当たり前だろ。あんな奴、反吐が出るほど嫌いだ」

俺はそう言って、左の拳を右の掌に打ち付けた。

「大会はあと数か月後だ。始まったら、俺は必ずあいつを地面に這いつくばらせて、命乞いさせてやる。最後には“ご先祖様”って呼ばせてやるさ」

俺は基本的に、かなり我慢強い人間だ。

多少の無礼や侮辱なら、今でも笑って流せる。

――だが、例外はある。

美影を侮る者。

美影を奪おうとする者。

そういう輩だけは、絶対に許さない。

世界中の前で、笑顔のまま叩き潰してやる。

それが、俺の流儀だ。

「ふん。それは、あなたが先に当たれたらの話でしょう?」

美影は獰猛な笑みを浮かべ、瞳を妖しく光らせた。

「もし私が先に戦うことになったら――あの下劣な小男に、“女を敬うとはどういうことか”を、一生忘れられない形で教えてあげるわ」

「どっちが先に叩き潰すか、見ものだな」

「ええ。そうね」

「へへへへ……」

「うふふふふ……」

……その様子を見ていた静姝は、

ぞわりと肌を粟立たせながら、

何も言わずに、そっと俺たちから距離を取った。

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