迫り来る大会(続き・その一)
呉家には、娯楽と呼べるものがほとんどない。
都には、いろいろな楽しみがあるらしい。
友人と連れ立って甘味処や茶館に入り、美味い料理を味わったり、洒落た店や工房を巡って買い物をしたり。
闘技場で修行者たちが名声と財を賭けて戦うのを観戦したり、由緒ある史跡や建造物を訪れたり――。
だが、呉家にも、ザーン市にも、そういったものは何一つなかった。
「……都って、すごそうだな」
俺は、静姝が語る都での暮らしに耳を傾けながら、思わずそう口にしていた。
話を聞けば聞くほど、別世界のように思えてくる。
正直、同じ人間が住む場所とは思えないほどだ。
「この辺で一番の娯楽といえば、年二回の呉家力比べと、四年に一度の三家大会くらいね」
そう言ってから、呉美影は少し間を置き、くすりと笑った。
「まあ、図書館もあるけど……小説を読む人は、私たちくらいしかいないし」
俺たちは三人で、俺の私有の中庭に腰を下ろしていた。
縁側に並んで座り、裸足のまま足をぶら下げている。
地面には届かず、宙に揺れる感覚が妙に落ち着いた。
目の前には、手入れの行き届いた枯山水の庭が広がっている。
白砂には同心円と静かな模様が描かれ、その合間に青々とした草と、白砂を突き破るようにそびえる岩が点在していた。
その岩は自然と一本の道を形作っており、俺と美影が時々、体幹を鍛えるために組手をする場所でもある。
足場が不安定だからこそ、いい訓練になる。
庭の中心には、小さな島があり、その上に盆栽が一本。
水に囲まれたその姿は、静かで、どこか孤高だった。
――こうして見ると、俺たちの暮らしは本当に質素だ。
けれど、不思議と不満はなかった。
美影がいて、静姝がいて、修練がある。
それだけで、今の俺には十分だった。
そして――
もうすぐ始まる“あの大会”が、頭の片隅で静かに存在感を主張していた。
呉剣はうなずいた。
多くの者は力や権勢を得ることにばかり心を奪われ、小説を読む余裕などない――少なくとも、呉家ではそうだ。
物語を“物語として”楽しんでいるのは、俺と美影くらいのものだった。
「三家大会って、何ですか?」
静姝が首をかしげて尋ねる。
「ザーン市を治める三つの家が主催する大会だよ」
俺はそう説明した。
「呉家はもちろんだけど、ザーン市には明家と、聚石家もある。四年に一度、三家が集まって、どの家が一番強いかを競うんだ」
「大会には二つの段階があるの」
美影が言葉を継ぐ。
「予選と、本戦。予選は、外部から三家に入りたい人たちのためのものよ。彼らが戦って、勝ち残った者だけが本戦に進めるの」
「で、本戦は若い世代限定だ」
俺も続けた。
「すでに飢餓境に突破している者は参加できない。だから、純粋に次代を担う若者同士の戦いになる」
静姝の目が、ぱっと輝いた。
「……二人とも、その大会に出たことがあるんですか?」
「あるわ」
美影は迷いなく答えた。
「いろんな相手と戦えるからね」
俺も同意するように言った。
四年前の力比べを経て得た自信と、強くなりたいという執念のおかげで、俺は常に新しい試練を求めるようになった。
自分の限界がどこにあるのかを知りたい。
そうすれば、そこを越えるために、何をすべきかが見えてくるからだ。
「……最後に開催されたのは、いつだったんですか?」
静姝が、少し身を乗り出して尋ねた。
そのとき、使用人がやってきて、軽食を運んできた。
縁側に、烏龍茶と抹茶味の団子が並べられた盆が置かれる。
彼女はにこやかに微笑み、髪を耳に掛けてから立ち去ったが、二、三度だけ、名残惜しそうにこちらを振り返っていた。
「前回の大会は……二年前だったわね」
美影は懐かしそうに微笑みながら言った。
「私が二位で、剣が三位だった」
「今でも思うよ。あの時、手加減しただろ」
俺はため息交じりに言う。
「失礼ね。私はあなたに、わざと負けたりしないわ」
「負けたって言ってない。手加減したって言ったんだ」
「それ、違いあるの?」
「あると思うけどな」
そんなやり取りを、静姝は少し困ったような、それでいて懐かしむような笑みを浮かべて見ていた。
俺と美影は、そこでようやく彼女を会話に入れていないことに気づき、同時に軽く咳払いをした。頬に、わずかな照れが広がる。
「ごめん。置いてきぼりにするつもりはなかったんだ」
俺が謝ると、静姝は首を振った。
「いいえ、大丈夫です。二人がとても仲がいいの、すぐ分かりますから。……昔の、私の家族みたいで」
そう言って、彼女は縁側に足を揃え、膝を抱えるように腕を回し、庭を見つめた。
ただ――その視線は、庭そのものを見ているようには見えなかった。
どこか遠く、俺たちには見えない何かを眺めているような、そんな目をしていた。
俺は美影に視線を向け、どうするべきかと目で問いかけた。
だが彼女は小さく肩をすくめるだけで、彼女自身も分からないと言わんばかりだった。
幸いなことに、俺たちが何かする前に、静姝は自分から気持ちを切り替えたようだった。
彼女は顔を上げ、微笑みを浮かべてこちらを見る。
「二人が二位と三位だったって言ってましたよね。……じゃあ、一位は誰だったんですか?」
その問いを聞いた瞬間、俺の顔が引きつるのを自覚した。
ちらりと美影を見ると、彼女もまったく同じ表情をしている。
いや、もしかすると――彼女の方が、俺よりも酷い顔をしていたかもしれない。
前回の大会で、より屈辱を味わったのは、間違いなく彼女だったのだから。
俺は頭を掻きながら、ゆっくりと口を開いた。
「……名前は明慎。
明家の長男で、俺たちより三つ年上だ。
前の大会のとき、俺と美影は十歳で、あいつは十三歳だった」
そう言って、俺は続ける。
「次の大会では、あいつは十七歳になる。
つまり……次が、あいつにとって最後の大会だ」
前回の大会で、俺と美影はほとんど無双状態だった。
数歳年上の連中を相手にしても、全勝を重ね、会場中を驚かせた。
誰もが――どちらかが優勝すると信じて疑わなかった。
だが。
最後に現れた明慎は、まるで黒馬のように現れ、
そのまま優勝をかっさらっていった。
……今思い出しても、胸の奥がちくりと痛む。
正直に言えば――今でも、かなり悔しい。




