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戦闘の基礎

俺は濡らした布で身体の汗を拭い、新しい修練着に着替えてから、美影と合流するため食堂へ向かった。

周囲の喧騒には構わず、俺たちは手早く食事を済ませながら、新しく加わった仲間――侯静姝の話をした。

正直なところ、俺は彼女の頑固さに感心していた。

どう見ても、これまで一度もまともに運動をしたことがない身体だったのに、それでも彼女は歯を食いしばって修練についてきた。

終わった後は動けなくなっていたし、やっていたのも俺たちが四年前に始めた頃の初歩中の初歩だ。

それでも――あそこまでやり切るとは思っていなかった。

甘やかされて育った皇女だと思っていたが、違う。

あの子には、確かな根性がある。

「彼女は、将来あなたにとってとても大切な存在になるわ」

美影がそう言った。

「そうなのか?」

俺は少し間の抜けた声を出してしまった。

「いや、まあ……妻になるんだから大切なのは当然だけどさ」

だが、美影は首を横に振った。

「そういう意味じゃないわ。

 彼女は将来、あなたにとって代えのきかない盟友になる。

 私がそばにいられないとき、あなたを支える存在よ。

 だから――優しさと、愛情と、敬意をもって接しなさい」

「……また未来を見たのか?」

「さあ、どうかしら」

「……そうか」

美影がこういう言い方をする時は、たいてい“確定した未来”を見たわけじゃない。

それでも彼女の勘は鋭いし、これまでの観察から導き出した結論なのだろう。

たとえ予知じゃなかったとしても、

俺は彼女の言葉を軽く扱うつもりはなかった。

――侯静姝。

俺にとって、彼女はまだ分からないことだらけの存在だ。

けれど、美影がそこまで言うのなら……

きっと、これからの時間が答えを教えてくれるんだろう。

「心配するな。俺は、彼女のこともお前と同じように大切にする」

そう言うと、美影は少し安心したようにうなずいたが、すぐに言葉を切ってから、ちらりと俺を見た。

「それならいいわ。でも……彼女に取って代わられたりしないわよね?

 私が一番、でしょ?」

「それは当然だろ。お前は俺の第一夫人なんだから」

最後は冗談めかして言ったが、俺の気持ちは本気だった。

侯静姝のことも、できる限り大切にし、敬意をもって接するつもりだ。

それでも――この大陸のどこを探しても、呉美影の代わりになれる存在なんていない。

俺たちは物心ついた頃から、ずっと一緒だった。

彼女がいなければ、俺は俺でいられない。

――美影は、俺のすべてだ。

だからこそ、少しだけ不安もあった。

本当に、俺は侯静姝のことを約束した通りに愛せるのだろうか、と。

それでも、少なくとも全力は尽くす。

誰かの想いを踏みにじるような男にだけは、なりたくなかった。

やがて朝食が終わり、全員が武闘殿へ向かう時間になった。

俺と美影も他の者たちと合流する。

そこにはいつものように呉嵐がいた。

武闘殿の中央に立ち、両手を背に回し、広い肩をまっすぐに伸ばしたその姿は、まるで一本の大樹のようだ。

「――全員、整列!」

呉嵐の号令が、武闘殿に響き渡った。

年長者から年少者の順に、全員が素早く整列した。

武闘殿に通う弟子たちは六歳から十五歳までなので、俺と美影はちょうど真ん中あたりになる。

「いつもの通りだ」

呉嵐が口を開く。

「まずは基本のストレッチから始めろ」

「はい、老師ラオ・シー!」

老師ラオ・シー――

古語において「教師」を意味する言葉だ。

使われている文字は「ラオ」と「シー」で、直訳すれば「老いた教師」になる。

だが、ここでの「老」は年齢を指すものではない。

年長者を敬うという意味合いを含んだ尊称であり、

教師を自分より上位の存在として敬う表現だ。

年齢がそのまま地位や経験を示すと考えられていた時代の名残でもある。

俺と美影も他の連中に混ざってストレッチを始めた。

今日はすでに朝の自主鍛錬で一通りやっているが、

身体をほぐしすぎて困ることはない。

ほどなくして準備運動が終わり、

俺たちは再び一列に並ぶ。

「今日は昨日と同じく、二人一組で組手を行う」

呉嵐――いや、嵐老師ラン・ラオシーが言う。

「昨日と同じ相手と組むなよ」

「はい、老師ラオ・シー!」

弟子たちの声が揃った。

全員が組を探そうと動き出した、その時だった。

武闘殿の扉が開き、誰かが中へ入ってくる。

その瞬間、弟子たちも嵐老師ラン・ラオシーも、

一斉に扉の方を振り向いた。

――侯静姝だ。

視線が集中したことに気づいた瞬間、

彼女はぴたりと動きを止めた。

どうやら、こっそり入ってくるつもりだったらしい。

だが完全に見つかってしまい、

その頬はみるみるうちに真っ赤に染まった。

「侯静姝殿下、武闘殿へようこそ。見学に来られたのかな? 弟子たちの組手を観るつもりで?」

嵐老師ラン・ラオシーが、穏やかな声でそう尋ねた。

「えっと……いえ……あの……参加、したくて……。もし、よろしければ……」

途切れ途切れの声だった。

断られる覚悟をしているのが、俺には分かった。

座って見ているだけにしろ――そう言われると思っていたんだろう。

だが、嵐老師ラン・ラオシーは違った。

「なるほど……」

少し考えるように間を置いてから、彼は言った。

「ただ、今は通常の組手に混ざるのは難しいだろう。戦い方を知らないはずだからね。

 誰か、侯静姝殿下に“戦闘の基礎”を教えてくれる者はいないか?」

嵐老師ラン・ラオシーが弟子たちへ視線を向ける。

しばし、沈黙。

何人かは戸惑ったように互いを見合い、

別の何人かは肘で友人をつつき、殿下を教える役をけしかけていた。

俺の耳にも、ひそひそ声が届く。

――胸糞が悪くなるやつだ。

「ほら、お前が教えてやれよ。口実にして……まあ、触れるだろ?」

「ばか言え。俺の“射程”はそんな低くねえよ。

 でもさ、カーン、お前の好みだろ?」

「ははっ、いい冗談だな。まあ、確かに綺麗だよな。

 将来は立派な花になるだろうけど、今はまだ蕾ってとこだ」

……吐き気がした。

俺は一歩、前に出ようとした。

彼女の婚約者になる身だ。助けるのは当然だ。

――その瞬間。

俺より先に、美影が前へ出た。

柔らかな微笑みを浮かべ、侯静姝の方をまっすぐに見つめながら。

「もしよろしければ、老師。

 侯静姝に“基礎”を教える役は、私が引き受けたいです」

そう言って名乗り出たのは、美影だった。

正直に言えば、教えるのは俺の役目だと思っていた。

彼女は俺の――将来の――婚約者なのだから。

だが、すぐに考え直す。

美影のほうが、ずっと適任だ。

同じ女の子同士という点だけでも、静姝にとっては心強いだろう。

それに……俺は、教えるのが得意かと言われると、正直自信がない。

その点、美影は違う。

何をやらせても、あいつは器用に、そして的確にこなす。

嵐老師ラン・ラオシーは一度頷いた。

「いいだろう。

 お前はこの中でも特に優秀な弟子だ。きっと良い指導ができる」

美影は小さく頷き、静姝のもとへ歩いていった。

二人が話し始めたのを確認してから、嵐老師ラン・ラオシーは俺たち全員へ視線を向ける。

「では、その件は解決だ。

 残りの者は、各自ペアを組んで組手を始めろ」

「はい、老師!」

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