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取り乱した父

図書館は一階建てとはいえ、横に広く、

本棚が迷路のように並んでいる。

入口の受付に座る老婦人が、俺たちを見るなり

ほほ笑んで手を振ってきた。

俺とメイエンは軽く会釈して、

興味津々といった様子の静姝を奥へと案内する。

静姝はすぐに本棚の前で立ち止まり、

背表紙を一冊ずつ指でなぞりながら呟いた。

「うーん……蔵書はちょっと少なめですね」

「そうか?」

俺が聞くと、静姝は肩を跳ねさせた。

「あっ、いえっ……その……わ、私の街にある図書館のほうが少し大きいだけで……でも、ここは田舎のわりに……あっ違います! 田舎とか言うつもりじゃなくて……えっと、その……!」

どんどん墓穴を掘っていく静姝を見て、

メイエンと俺は思わず吹き出してしまった。

「静姝って、考えるより先に口が動くタイプなんだな」

顔を真っ赤にして縮こまる姿が、

なんというか……見ていて飽きない。

しばらく図書館内を歩き回ったが、

新しい本は一冊も見つからなかった。

静姝はすでに、この図書館にある物語の多くを読んでいたようだ。

まあ、大きな街で暮らしていたなら当然かもしれない。

図書館を出たとき、メイエンが空を見上げて言った。

「そろそろ戻ったほうがいいわ。静姝のお父さん、きっと心配してるもの」

「えっ? どうして私が、ウー家に戻るんですか?」

静姝が首をかしげる。

メイエンは、まるで当たり前のことを言うように答えた。

「だって、あなたのお父さんは今、武家に来てるんだもの。他に理由がある?」

静姝はぽかんと口を開け、

俺はその横顔を見て――

(……やっぱり、メイエンは全部見えていたんだな)

と密かにため息をついた。

静姝はまだ事情を完全には理解していないようだったが、

メイエンに押される形で俺たちについてきた。

ザーン市を抜けると、周囲の景色は一気に木々の多い郊外へと変わる。

この街を支える三つの一族――武家・銘家・聚石家――は、

誰一人として市内には住まず、皆この外縁部に巨大な屋敷を構えていた。

石畳の道の両脇には濃い緑が生い茂り、

静姝はきょろきょろと落ち着きなく周囲を見回していた。

まるで森そのものが珍しいと言わんばかりだ。

(やっぱり、大都会の育ちなんだろうな……

 ザーン市なんて比べ物にならないくらいの)

そんなことを考えていると、

前方に俺たちの Clan――武家の屋敷が見えてきた。

南側の角に位置する大門は、

周囲の森に埋もれぬよう鮮やかな朱色に塗られている。

普段なら門番は二人だけなのだが、

今日は十五人以上が警備に立っていた。

しかも、彼らの視線の先には

飾り気はないが、一目で高貴さがわかる馬車が停まっている。

「あっ……! あれ、父上の馬車です! 本当に来ているんですね!」

静姝は目を丸くし、次いで声を弾ませた。

メイエンは胸を張り、どこか得意げに笑った。

「ふふん。だから言ったでしょう?

 今朝の時点で、あなたが来ることは分かっていたのよ。

 だからこそ、今日は街に出たの。あなたに会うためにね」

静姝はくるりとメイエンのほうへ振り返り、

驚きと感嘆が入り混じった表情で叫んだ。

「す、すごいです! 未来が分かるんですか!? そんなことが……!」

「さあ、どうかしら」

メイエンは普段、自分の能力を誇示するような性格ではない。

だが、静姝にだけは少し得意になって見せる。

それが彼女にとっても嬉しいのかもしれない。

門前に近づくと、

武家の護衛たちが一斉にこちらへ視線を向けた。

「おおっ! 若様がお戻りだぞ!」

ジエン公子! 美瑩小姐! お帰りなさいませ!」

「……ん? 今日はお連れ様がいるのですか?」

門の周囲にいた護衛たちが一斉に駆け寄ってきた。

俺は手を上げて落ち着くよう促す。

「父上は屋敷にいるか? 話があるんだ」

「え、ええ……いらっしゃいますが……」

護衛たちは顔を見合わせ、不安げに沈黙した。

しばらくして、一人の勇気ある護衛が前に出る。

陽士ヨウシ宗主はご在宅です……が、今はあまりタイミングが良くありません」

「なぜだ?」俺は眉をひそめた。

「それが……宗主は“重要なお客様”を応対しておりまして……」

「心配はいらないわ」

美瑩がきっぱりと声を上げた。

「そのお客様は、この子のお父様よ。陽士叔父シュウシュに通してちょうだい」

護衛たちは困惑の色を隠せなかったが、

美瑩の言葉を否定する者はいなかった。

彼女が武家の中でどれほど信頼を得ているのかがよく分かる。

二人の護衛が門を開け、

残りの護衛が隊列を組んで俺たち三人を案内する。

やがて応接間へと到着した。

中へ足を踏み入れた瞬間、

俺の視線は父上と、そしてその横で今にも倒れそうなほど動揺している初老の男へ向かった。

その男の顔は蒼白で、落ち着きなく歩き回っている。

そのとき――

「父上っ!」

静姝が俺たちから離れ、護衛を押しのけて駆け出した。

男の頭が勢いよく上がり、

次の瞬間、安堵の色が一気に広がった。

「おおお……静姝! わが娘よ!」

「父上、わたし、その……ごめ――」

静姝が謝ろうとした瞬間、

彼女の父親は娘を力いっぱい抱きしめ、言葉を封じた。

「静姝……静姝……!

 本当に……本当に無事でよかった……!

 心臓が止まるかと思ったのだぞ……二度と、二度とあんな真似は……!」

男は泣き出しそうなほど取り乱し、

娘を抱きしめて離そうとしない。

まるで世界から失われる寸前に取り戻した宝物のように。

俺は二人の様子を見つめながら考えた。

――これが静姝の父上?

 見覚えはないけれど……父上と親しい関係のようだ。

 一体、何者なんだ?

父上、母上、桃花姑姑も少し距離を置いて見守っている。

皆、どう振る舞っていいのか分からないらしい。

正直、俺もどうすべきか迷った。

本来なら父娘に静かな時間を与えるべきだろう。

だが当の本人――父親のほうが、俺たちの存在にまるで気づいていない。

これでは下がるにも下がれない。

そんな気まずさが漂う中、

俺はふと美瑩と目が合った。

彼女は、まるで「やっぱりね」と言わんばかりに、

悪戯っぽい笑みを浮かべた。

俺は小さく首を振る。

――本当にすごい奴だ。

今日起こることを全部、最初から分かっていた。

その不思議な力に驚きつつ、

俺は改めて心に誓う。

美瑩の隣に立ち続けられるよう、もっと強くならなければ。


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