新しい友達(パート1/武艶・一人称)
まず俺とメイエンがやったことは――
静姝に何か食べさせることだった。
大通りに出た瞬間、彼女のお腹が「ぐぅ~……」と鳴ったのだ。
ほんの一秒前まで、あの乱暴者どもに立ち向かっていた気迫はどこへやら。
頬を真っ赤にして俯く姿に、思わず俺たちは顔を見合わせて笑ってしまった。
通りの屋台で、甘い饅頭を売っている店があったので、
俺はいくつか種類の違う饅頭を頼んだ。
静姝は、まるで珍しい武具でも見るように、
息を呑んだ目で俺の注文の様子を凝視してくる。
(そんなに珍しいか? 食べ物を買うだけだぞ……?)
饅頭を渡したときの彼女はもっと面白かった。
両手で受け取ったものの、まるで未知の生き物でも扱うように
じっと見つめ――
「どうすれば……いいのでしょう?」
と言いたげな顔。
「そのまま齧ればいいんだよ」と教えてやると、
不思議そうにしながらも、ようやく口をつけた。
「……私の知っている食べ物と、ずいぶん違いますね」
一口噛んで咀嚼しながら、静姝はふわっと笑った。
どうやら気に入ったようだ。
「普段食べているご飯は、席に運ばれるころには冷めてしまっていて……」
「どうして食べる前に冷めるんだ?」
思わず聞き返すと、
「えっ……えっと、その……理由は……その……ひ、秘密です……」
頬を赤くして視線を逸らす。
(まぁ、何か事情があるんだろう。
そのうち分かることだ。今は気にしなくていいか)
余計な詮索よりも――
せっかくできた新しい友達との時間を大事にしたほうがいい。
「さ、食べたことだし、静姝にザーン市を案内しようよ!」
メイエンが言って、俺の手を自然に取る。
その様子を、静姝はじぃっと見つめていた。
少し……いや、かなり羨ましそうに。
俺がメイエンを見ると、
彼女はいつもの無邪気な笑顔で頷き返し、
俺のもう片方の手を軽く押し出すように促した。
そこで俺は静姝へ手を差し出した。
「ほら。離れると迷うから、手をつないでおこう」
静姝は、差し出された俺の手を――
よく分からないものを見るような顔でぽかんと見つめた。
「えっ……あ、その……」
静姝の頬はもともと少し赤かったが、今や真っ赤になっていた。
「その……て、手をつなぐのは……ちょっと……不適切というか……その……」
どうやら“男女が手をつなぐ=不適切”という感覚らしい。
貴族のお嬢様なら、まぁ分からなくはない。
「じゃあ……小指だけならどう?」
俺は小指だけを残して、他の指を折り、ひらひらと揺らして見せた。
「小指同士なら……大丈夫だろ?」
「……こ、小指だけなら……その……た、多分……平気です……」
静姝はおそるおそる手を伸ばして、俺の小指に自分の小指を絡めた。
その瞬間――
(……柔らかい)
彼女の指先は驚くほど繊細で、指に力仕事の跡はまったくない。
間違いなく“温室育ち”のご令嬢の手。
少し強く握れば壊れてしまいそうなほど華奢だが、
それでいて、ほんのわずかに芯の強さを感じる。
(身体鍛錬の丹薬でも服用しているのか?
十八歳になれば鍛体境から飢餓境へ上がる準備をするはずだし……)
そんなことを考えながら、俺たちは――
“手をつなぎ”ではなく、“小指をつないだ”まま
ザーン市の街並みを歩き始めた。
メイエンは俺の手を当然のように握り、
静姝は俺の反対側で小指を絡める。
なんだか妙な構図だ。
最初に案内したのは、街で最も目立つ施設――
競売場。
続いて薬舗、賭場、修練場、闘技場……
そして最後に辿り着いたのが――
「ここが、私たちが一番好きな場所だよ」
メイエンは胸を張ってそう言った。
図書館。
武家である俺たちの一族は大きな蔵書庫を持っているが、
ザーン市の図書館には、うちの蔵書庫にはない書籍がいくつもある。
だから時々、こうして二人で読み漁りに来るのだ。
建物は一階建てだが横に長く、
まるで菱形をそのまま建物にしたような形をしている。
赤い瓦屋根の両端には、
知識の源として語られる幻獣・**麒麟**の像が飾られていた。
龍の頭、鹿の身体、牛の尾を持ち、
生まれながらにして天相境に達していると噂される
最強格の魔獣。
(本物はまず拝めないが……像でも迫力あるな)
静姝は目を丸くしながら、
その麒麟を食い入るように見上げていた。
図書館へ足を踏み入れた瞬間――
メイエンは入口の麒麟像を睨みつけた。
(……やっぱり嫌いなんだな、麒麟)
以前理由を聞いたとき、
“なんとなく気に食わないから”
と笑って答えただけだったが……
本当に意味が分からない。
とはいえ、像を睨んだのは一瞬だけ。
すぐに彼女の視線は、大きな本棚の列へと移っていった。
静姝が目を輝かせながら尋ねてくる。
「お二人は、どんな本を読むのですか?」
「いろんな本を読むよ」
メイエンが嬉しそうに答える。
「修行とか鍛錬の本が多いけど、この図書館にはあまり置いてないの。ここでは、若い修行者が冒険する物語をよく読むかな」
「では……《愛と苦難の物語》は読みました?」
静姝の声が一段高くなる。
「お? あれを読んだのか?」
俺が言うと、静姝は胸を張った。
「もちろんです! あの作品は、私の人生で一番大好きな本なんです! 主人公が……もう、とにかく格好良くて……愛する人を守るためなら何でもする姿が……胸に、こう……ぐっときます!」
静姝は両手を胸の前でぎゅっと握り、
頬を染めたままうっとりと目を細めた。
(……完全に夢見てるな)
「いつか……あんなふうに、私を迎えに来てくれる人が現れたらいいなって……ずっと思っていました」
「うんうん。そんな人、きっとそのうち現れるよ」
メイエンはなぜか俺のほうを見る。
「――思っているより、ずっと早くね」
「ん?」
彼女の視線の意味が分からず首をかしげると、
メイエンはにっこり笑って、話題を切った。
「さ、何か新しい本が入ってるか見てみよう!」
そのまま、俺たちは本棚の間へと連れていかれた。




