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謎の少年

侯静姝こう・せいしゅは細めた瞳の奥に、冷たい光を宿した。

少年が吐いた最後の侮辱――それを実際に聞くのは初めてだ。だが、その意味は知っている。

幼いころ、兄たちが教えてくれた。

“相手に自分を父と呼ばせる”というのは、武門の弟子同士で行われる最も下劣なマウントの取り方。

相手を自分より下だと示すための、侮辱の極み。

つまり――。

(……私を見下してるってことね。)

「……今の、脅しのつもり?」静姝は低く問いかけた。

少年の口元は、嫌悪感を催すほど意地悪く吊り上がる。

「その通りだよ。で? どうすんだ、チビ?」

静姝は一瞬、言葉を失った。

生まれてこのかた、宮城きゅうじょうで暮らしてきた彼女は、父に甘やかされ、兄たちに守られ――

誰かに“脅される”という経験などほとんどなかった。

もちろん命を狙う敵は過去にもいた。

だが、それらはすべて護衛たちが排除してくれた後に耳に入るだけの、遠い話だった。

だが今、目の前の汚れた少年は――。

「“おとなしくしろ、さもないと痛い目にあわせる”……って顔してるわね。」

人生で初めて、“自分を下に見て押さえつけようとする”相手が、真正面に立っていた。

静姝の胸が、怒りで熱くなる。

(……いい度胸してるじゃない。)

「よくもそんな口がきけるわね。あなたたち、私が誰か分かって言ってるの?」

侯静姝こう・せいしゅは背筋を伸ばし、ぐっと胸を張って睨みつけた。

だが、リーダー格の少年――リンは鼻で笑うだけだった。

「さあ? 知らねーし、知る必要もねーよ。」

恐れの欠片もない返事。

その無礼さに、静姝の怒りはさらに燃え上がった。

(この無知な下民が……! 本来なら今ごろ土下座して許しを乞う立場なのよ!

私が誰か分かっていれば、膝をついて地面に額を擦りつけて――)

そう言い放とうとして、静姝ははっと口をつぐんだ。

そうだった。

今、父と自分は“身分を隠して”旅をしている最中だ。

ここで「自分は帝女」などと言えば、父に多大な迷惑をかける。

それに、この辺鄙な町に皇女がいるなど、誰も信じるはずがない。

つまり――彼らが自分を恐れる理由など、表向きには存在しない。

「う、うぅ……」

静姝はぎゅっと下唇を噛んだ。

(どうしよう……全然考えてなかった!

とにかく止めなきゃと思って飛び出したけど、その後のこと……なにも考えてない!

でも、この子を見捨てるなんて絶対できないし……

ああもう、どうすればいいのよ!!)

彼女の動揺を見て、少年たちはにやりと笑う。

理由など分かっていなかったが、“今が好機”だと感じ取ったのだろう。

じりじりと距離を詰めてくる。

静姝は思わず後ずさった――

だが、背後の木の根元で震える猫だけは絶対に背中に隠したまま。

追い詰められた彼女は、ついに髪飾りを引き抜いた。

それは父から譲られた、護身用の暗器。

細い金属製の簪だが、刺されば十分な武器になる。

しかし――。

「こ、来ないで……!」

必死に振りかざしたものの、少年たちはまったく怯んでいない。

(う、うそでしょ……!?

これ、本当に刺すの……? そんなの……そんなのできない!!

どうしよう……どうすれば……っ)

あせるほど、頭の中は真っ白になっていく。

逃げ道もない。助けもない。

どれだけ考えても、状況を打開する方法がひとつも浮かばなかった。

そして少年たちの影は、じりじりと――確実に迫ってきた。

「大丈夫。ここからは私たちが相手よ。」

少女はニッと笑って言った。

「“私たち”…?」

侯静姝こう・せいしゅは思わず聞き返す。

その瞬間、少年たちがざわついた。

「なんだよ、あいつ!?」

「どっから湧いてきたんだ!?」

「関係ねぇ! まとめてぶっ飛ばして――うぎゃあああああっ!!」

リーダー格の少年が飛びかかろうとした、その刹那。

ふっと影が走った。

気づけば、黒髪の少年が少女の前に立っていた。

白い肌に端正な顔立ち。

袖の長い漢服が弧を描き――

パシン!

軽い音とともに、少年の手を軽々とはたき落とす。

次の瞬間には相手の袖をつかみ、体重のない羽のようにひょいと持ち上げ――

ドンッ!!

少年は地面へ真っ逆さまに叩きつけられていた。

侯静姝は目をまん丸にし、口をぽかんと開けた。

(は……速い……!?

同じくらいの年なのに、なんでこんなに強いの!?)

いつの間にか、少女と少年の二人が自分の前に立ちふさがり、

“ここを通りたければ私たちを倒してみなさい”――

そんなふうに言わんばかりの守りの構えを取っていた。

胸の奥が、ドクンと弾ける。

自分をかばって前に立つ姿が、眩しすぎた。

(な、なにこれ……心臓が……はやい……?)

思わず胸に手を当てて押さえ込む。

そんな侯静姝の動揺など知らず、少女は鼻で笑った。

「アンタたち、ほんっと情けないわね。」

少年も冷ややかにうなずく。

「五対一でしか勝負できないなんて、弱い証拠だ。」

「それに、女の子相手に偉そうにすんな。男なら誇りを持ちなさいよ?」

二人はまるで息の合った兄妹のように、ぴたりと同じタイミングで侮蔑の視線を投げつけた。

侯静姝は、その背中が――なぜかとても大きく見えた。

「ガキ同士ってのは、本当に名誉ってもんがないわね。」

二人が少年たちを容赦なくこき下ろすと、

侯静姝こう・せいしゅは慌てて口元を押さえた。

笑い声がこぼれないように――のつもりだったが、

「……ぷっ。」

小さく漏れてしまったらしい。

すぐに、助けてくれた二人が振り返った。

「ひゃっ…!」

思わず変な声が出たが、

二人はただやさしく微笑み、それからまた前へ向き直った。

一方その頃、地面に転がっていた五人の少年たちは立ち上がり、

怒りに燃えた顔で侯静姝たち――そして震える猫を取り囲むように広がっていく。

その目には、先ほどまでにはなかった敵意が宿っていた。

だが、突然そのうちの一人が青ざめ、声を張り上げた。

「り、リン! あ、あいつらの服! 服見ろよ!!」

「はぁ? 服がどうし――」

「家紋だよ! ウー族 の家紋がついてる!!」

「……!」

リーダー格のリンの首が、折れそうな勢いで侯静姝の救い主へ向いた。

そして――

彼の顔から血の気が一瞬で引いた。


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