第30話 ウー・ジエンの匂い
ひと月の謹慎期間は、思っていたよりも早く過ぎた。
朝、部屋の扉が叩かれ、召使いが「宗主がお呼びです」と告げたとき、俺は嬉しすぎて袍を着忘れたまま飛び出しそうになった。
慌てて服を着て帯を結び、外へ出る。
建物の前に立った瞬間、俺はしばらくのあいだ動けなかった。
ただ、空気を吸い込みたかったのだ。
朝日が木々の上から昇り、蝉の声があちこちで響き、溶けた雪の匂い、木の匂い、湿った土の匂い――。
自由の匂いがした。
しばらく深呼吸してから、ようやく歩き出す。
冬は終わり、春が訪れていた。
庭では分家の人々が種をまき、小川も凍結が解けて水の音を響かせていた。
そのとき――
「ジエェェェェェン!!」
「え? メイ――ぐほっ!?」
声が聞こえたと思った瞬間、俺の腹に強烈な衝撃が走った。
息が全部抜けて、俺は後ろへ吹っ飛び、頭を石畳にぶつけた。
視界に星が散る。
「ウー・ジエン! ウー・ジエンでしょ!? 本物でしょ!? 夢じゃないよね!? えっと……ふむふむ……」
……鼻、近いって。
というか――匂い嗅いでないか!?
「うんっ! この匂い! やっぱりウー・ジエンの匂いだよ!」
「……メイ。再会は嬉しいけど……息できない……」
目の焦点がようやく戻り、俺は苦笑しながらメイの髪を撫でた。
この絹みたいな手触り……ひと月ぶりだ。
俺が髪を撫でるあいだ、メイは胸に顔を埋めてすり寄ってきた。
しばらくすると、彼女は俺の胸に顎を乗せ、にやりといたずらっぽく笑った。
「いま、キスしたい」
「やめといたほうがいい。みんな見てるし」
メイはむぅ〜っと頬をふくらませてすねた。
「分かってるもん。ただ言ってみただけだよ」
「それならいいけど」
ずっとこうしているわけにもいかず、俺はメイにどいてもらい、二人で並んで会議堂へ向かった。
父上はすでに来ていて、母上とタオフア叔母上も一緒だった。
母上は穏やかに微笑んでいたが、父上は相変わらず表情が固く、タオフア叔母上はいつもどおり俺に冷たい視線を向けていた。
……一ヶ月会わなくても性格は変わらないんだな。
俺は跪き、頭を下げて言った。
「お呼びにより参りました、父上」
メイも俺の隣に跪き、
「叔父さまのお言いつけどおり参りました」
と頭を垂れる。
父上は腕を組んだまま、低い声で告げた。
「お前たちの謹慎は今日で終わりだ。好きに動いてよい。
だが――今回の件を肝に銘じておけ。
私の命に背けば、どうなるかをな」
俺とメイは顔を見合わせ、つい笑ってしまったが、ここで無礼はできない。
俺たちはそのまま跪いた姿勢で、右手を左手の掌に重ね、深く頭を下げた。
主君に対する正式な礼だ。
「はい、父上」
「承知しました、叔父さま」
「では、二人とも行ってよい」
父上はため息のようにそう言った。
俺とメイはもう一度だけ深く頭を下げ、そそくさと会議堂を出た。
外に出ると、朝日が降りそそぎ、その光を全身で浴びながら自由の味をかみしめた。
周囲では、皆がそれぞれの一日を始めていた。
庭の手入れをしている者、どこかへ向かって歩いていく者、そしていくつかの中庭では年上の一族が朝稽古をしていた。
「これからどうする?」
俺がそう聞くと、
「ん〜……」
メイは首を傾げて少し考え、それからぱっと笑った。
「朝ごはん?」
「朝ごはんだな」
俺は手を差し出し、メイは迷わずその手を取った。
指を絡めて、俺たちは並んで食堂へ向かった。




