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ウー・ウェイ長老(チャンラオ)

「宗主の命に背くとは、極めて重大な罪だ。」

ウー・ウェイ――**ウー大長老ウー・ダー・ジャンラオ**の低い声が、

重く、冷たく、会議殿に響いた。

その眼差しはまるで、俺とメイインという存在そのものが

ご先祖への侮辱であるかのようだった。

その視線を受けた瞬間、俺の血の気が一気に引いた。

「三十回の鞭打ち、そして一ヶ月の幽閉――

 それが相応しい罰だと私は思う。」

鞭打ち――。

その言葉を聞いただけで、全身が震えた。

一族の中で、あの刑が行われるのを見たのは一度きりだ。

嫉妬から稽古中に仲間を殺してしまった男――

確か、ウー・チン? それともクアンだったか……。

もう小さかった俺の記憶は曖昧だ。

彼は全裸にされ、杭に縛り付けられ、

一族全員の前で鞭を振るわれた。

背中の皮が裂ける音を、今でも覚えている。

あの時の悲鳴が、耳にこびりついて離れない。

もし俺たちも、同じ罰を受けることになったら……。

想像しただけで、胃が締めつけられた。

そんな中、ウー・ジンス――**三長老サン・ジャンラオ**が腕組みをして口を開いた。

「ウー大長老の処罰は、あまりに厳しすぎますな。」

指先で肘掛けをとんとんと叩きながら、

どこか愉快そうな笑みすら浮かべていた。

「確かに、宗主の命に背くのは重罪だが……

 この程度のこと、若い頃の我々だってやらかしたではないか。

 ――先代宗主に『ムーランの部屋に忍び込むな』と禁じられたのに、

 私は結局こっそり入りましたよ。

 それこそ、この二人のしたことよりよほど悪質だろう?

 だが、その時、私は三十回も鞭を受けなかったし、幽閉もされなかった。

 なぜ、この子らだけがそのような罰を受けねばならぬのですかな?」

ジンスの軽薄な声が響く中、

俺はただ、膝の上で震える拳を握りしめていた。

ウー・ウェイは、ウー・ジンスが俺たちを庇うとは思ってもいなかったのだろう。

一瞬、目を見開いたが――すぐに怒りでその瞳が細められた。

「ふざけるなッ!」

彼は肘掛けを叩きつけ、鋭い音が会議殿に響いた。

「お前が父親の命に背いたのは、女にうつつを抜かしていただけだ!

 だがこやつらは違う! 山へ登り、己の命だけでなく――

 一族全体を危険に晒したのだぞ!

 それが重罪でなくて何だ!」

その怒号に空気が震えた。

俺は思わず肩をすくめる。

怒りの熱が部屋を満たしていく。

だが、ウー・ジンスはまったく動じなかった。

彼は肘掛けを指で軽く叩きながら、穏やかな口調で言った。

「彼らは、あの山に何があるのか知らなかったのです。

 無知を罪とするのは酷というものでは?

 そもそも我々がその知識を与えてこなかったからこそ、

 彼らは知らずに足を踏み入れたのでしょう。」

「私はウー・ウェイに賛成だ。」

今度はウー・ニン――**二長老アー・ジャンラオ**が口を開いた。

彼は周囲を見回し、全員の注目を集めてから言葉を続けた。

「確かに、彼らが無知であることは否定しない。

 だが、それでも宗主の命に背いた事実は消えぬ。

 そして彼らの行動が、我々全員を危険に晒したのも事実だ。」

……“危険に晒した”?

その言葉が、俺の胸の奥に引っかかった。

まるで、あの西牙山ウェスト・ファング・マウンテン

何か恐ろしいものが潜んでいるような言い方だ。

だが、俺もメイインも、もちろん他の一族の者も、

そんな話は一度も聞いたことがない。

――一体、山には何がある?

そう思ったが、すぐに頭を振った。

今はそれを考えている場合じゃない。

まずは、この場を無事に切り抜ける方が先だ。

……いや、正直なところ、

“無事に切り抜ける”なんてできる気もしないけどな。

きっと、その“山の何か”ってやつも、

俺なんか一瞬で殺せるほどの存在に違いない。

俺は頭を下げたまま、

長老たちの議論に耳を傾けていた。

「……本当に、それがあんたがそこまで罰にこだわる理由かね?」

ウー・ジンスの落ち着いた声が、沈黙を破った。

「何が言いたい?」

ウー・ウェイが目を細め、低く唸るように問い返す。

ジンスは両手を広げ、あくまで穏やかな笑みを浮かべた。

「いやいや、深い意味はありませんよ。

 ただね、過去にも似たような“規律違反”を犯した者はいましたが、

 そこまで厳しい罰を受けた例はなかったはずでしょう?

 ――思い出した。

 あなた自身、若い頃に命令を無視して外へ出たことがありましたね?

 父上から“街には出るな”と禁じられていたのに、

 それでも抜け出した。

 その時の罰は……確か、三十回の鞭打ちではありませんでしたよね?

 だから、つい気になりまして。

 ――今回の件、純粋に罪の重さだけでなく、

 他に何か理由があるのではないかと。」

「貴様、私が私情で裁きを下していると言うのか?!」

ウー・ウェイが怒声を上げた。

空気が一瞬で凍りつく。

だが、ジンスは飄々とした態度を崩さなかった。

「私はそんなこと、一言も言っていませんよ。

 言ったのは、あなたです。」

ウー・ウェイの眉間がさらに険しくなる。

一触即発――そんな言葉が頭に浮かんだ。

俺は息を潜めながら、ただ二人のやり取りを見守った。

正直、三長老のウー・ジンスがここまで俺たちを庇ってくれるとは思ってもみなかった。

今まで、長老たちのことなんて――

“古臭くて偉そうな老人たち”としか思っていなかった。

いつも威張って、現実を見ようとしない、

力と地位にしがみつく人たち。

……まあ、そう思っていたのは、メイインの影響も大きい。

彼女は昔から、長老という存在そのものが嫌いだった。

どの一族の人間であろうと、

“老い”と“権威”を持つ者を信用していなかった。

けれど今、俺は少しだけ――考えを改め始めていた。

ウー・ウェイの顔は真っ赤に染まり、

今にも血管が弾けそうなほど怒りで膨れ上がっていた。

――やばい。

見ているだけで胃が痛くなる。

この一族では、罪を犯した者への処罰を決めるとき、

まず三人の長老の全員が意見を一致させ、

最後に宗主がその判断を承認しなければならない。

一人でも反対すれば、再度協議のやり直しになる。

けれど……今のウー・ウェイとウー・ニンの態度、

どうにも普通じゃない気がした。

特にウー・ウェイ――あの怒り方は、ただの“規律違反”に対してではない。

俺は確かに命令を破った。

それは間違いない。

あの山へ行くと決めたことも、

今となっては後悔しかない。

でも、それで「裏切り者」扱いされるほどのことをしただろうか?

どうも違う。

まるで――別の理由で、俺を罰したいように見えた。

「三十回の鞭打ちと一ヶ月の幽閉――」

ウー・ジンスが言葉を継いだ。

その声は穏やかだが、芯が通っていた。

「そんな罰、本来は成人した一族員に対して行うものです。

 まだ子供の彼らに与えるなど、あってはならない。

 三十回も鞭を受ければ、体が壊れる可能性だってある。

 しかも、その一人は次期宗主候補ですよ?

 それでもあなたは、“たった一度の過ち”で

 将来に後遺症を残すかもしれない罰を与えると?」

……後遺症セクエラ

あの言葉を聞いた瞬間、

俺の背中を冷たい汗が流れた。

(鍛錬書に書かれていた“後遺症”――修練や気脈に支障をきたすほどのダメージ。

 それが残れば、二度と強くなれない。)

追い詰められたウー・ウェイは、

舌打ちをしてから黙り込み、

じろりと父へと視線を向けた。

……そういえば、父上――ウー・ヨウシは、

この場で一言も発していない。

椅子に深く腰を下ろし、腕を組んだまま、

ただ鋭い眼光で全てを見据えている。

あの表情……何を考えているのかまったく読めない。

俺は思わず視線を逸らした。

そして、ウー・ウェイが静かに口を開いた。

「どう思われますか、ウー・ヨウシ?

 あれはあなたの息子だが――

 まさか、身内びいきで甘い裁きを下すおつもりではありますまいな?

 ……“あの娘”のことも含めて、ね。」

“あの娘”。

ウー・ウェイの視線が、俺の隣に座るメイインに突き刺さる。

その一言で、場の空気がさらに重くなった。

ウー・ウェイが「友人ともだち」という言葉を、

まるで呪いのように吐き捨てた瞬間、

俺の眉がピクリと動いた。

だが、何も言わなかった。

口を開けば、きっと余計に事態を悪化させるだけだ。

俺はただ、頭を下げたまま静かに息を殺し、

進行を見守ることにした。

……そのとき、ふと横目に見えた。

母上――ムーチンが、

唇を固く結んでウー・ウェイを睨みつけていた。

まるで、獲物を狙う鷹のような鋭い眼差しだった。

(母上……何を考えているんだろう?)

場を支配する静寂を破ったのは、父上だった。

深く息を吸い込み、しばしの間を置いてから吐き出す。

そして、静かに口を開いた。

「……年齢を考慮すれば、鞭打ちは不適切だ。

 それに、すでに前例もある。

 五年前――お前の孫が同じように

 命令を破って外へ出たときのことを覚えているな?」

父上の低い声が、静まり返った会議殿に響く。

ウー・ウェイの顔がピクリと引きつった。

「その時の罰は、一ヶ月の幽閉だけだったはずだ。

 ならば今回も、それと同じ処分が妥当だろう。」

ウー・ウェイは明らかに納得していなかった。

だが、宗主である父上の言葉を覆すことはできない。

彼は大きく息を吸い込み、背もたれに体を預け、

盛大なため息をついた。

「……宗主の決定とあらば、従うしかありますまい。

 もっとも、私はこの判断に強く異議を唱えますが。」

「異議として記録しておこう。」

父上は短くそう言ってから、隣のウー・ニンへと視線を向けた。

「お前はどうだ、ニン。異論はあるか?」

「いえ、ヨウシ宗主。

 あなたのご判断が正しいと存じます。」

ウー・ニンは首を振り、あからさまに同意を示した。

父上は頷き、ゆっくりと椅子から身を起こす。

その鋭い眼差しが、俺とメイインをまっすぐ射抜いた。

「では、決定だ。」

その一言で、胸の奥が冷たくなる。

「ジエン、メイイン。

 お前たち二人には三十日の幽閉を命ずる。

 期間中、食事と風呂の用意は召使いが一日一度行う。

 ただし――話しかけることは禁ずる。

 召使いにも、他の誰にもだ。

 いいな?」

「……はい、フーチン。」

「はい、シュウシュ。」

俺とメイインの声が重なった。

沈んだ静寂の中で、その返事だけがやけに響いた。

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