表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/161

ウー家の長老たち

帰り道は、息が詰まるほどの沈黙に包まれていた。

誰も口を開かない。

メイインは何度か何かを言いかけたが、そのたびに母上の顔を見て、

結局、そっと唇を閉ざした。

たぶん、今この空気で喋る勇気がなかったのだ。

正直、俺も同じだ。

父上は何も言わず、背後で斑雪獅子の死骸を引きずっていた。

雪の上に血の筋が長く伸びていく。

魔獣は、それ自体が“生きた宝”と呼ばれる存在だ。

身体のあらゆる部位が錬丹術の材料になり、

中心には翡翠よりも貴重な魔核モンスターコアが宿っている。

その巨体を無造作に引きずる父上の姿が、

妙に恐ろしく見えた。

あの怒りがまだ鎮まっていないのだと、

言葉にしなくても分かった。

城門に辿り着くと、

門番をしていた二人の護衛がこちらに気づいた。

「お帰りなさいませ、ヨウシ宗主、アーリェン夫人、タオファ夫人。

……おや、行方不明になっていたご子息と……お連れ様もご一緒で。」

二人の護衛の目が、俺とメイインに向けられる。

その視線が痛い。

まるで、何かとんでもない罪を犯したかのように感じた。

二人の門番――同じウー家の男たちは、なぜかメイインをじっと見つめていた。

その視線の意味は分からない。けれど、胸の奥がざわついた。

嫌な感じだった。

俺は無意識に彼女の前へ一歩出る。

二人の視線を遮るように立ちはだかった。

彼女を、そんな目で見てほしくなかった。

二人の護衛は、俺の動きに気づいたかもしれないが、

何も言わず、ただ口をつぐんだままだった。

「……ああ。だが、楽な道のりではなかった。」

父上はそう言いながら、肩に担いでいた巨大な獣――

斑雪獅子の死骸をぐいと持ち上げて見せた。

四肢は地面を引きずり、雪を汚している。

「他の者たちに伝えろ。捜索は終わりだ。全員、家に戻ってよい。」

「はっ、ヨウシ宗主!」

二人の護衛は左拳を右の掌に当て、

武人の礼をとってから走り去っていった。

これでまた、俺たちの一行だけになった。

門をくぐり、屋敷の中へ。

そのとき、タオファ夫人が鼻で笑った。

「まったく……なんとも不愉快な夜ね。」

その冷たい視線が、俺とメイインに向けられる。

思わず目を逸らした俺を見て、彼女は小さく鼻を鳴らした。

老公ラオゴン、もう用はないでしょう? 私は自分の屋敷へ戻りますわ。」

「好きにしろ。それと――この死骸を持って行け。」

父上はそう言うと、無造作に斑雪獅子の死体を雪の上へ放り投げた。

「承知しました。」

タオファ夫人は軽く礼をしてから、

もう一度だけ俺を一瞥し、

獣の前脚を掴んでそのまま引きずっていった。

雪の上に赤い筋が伸びていく。

その光景を見たくなくて、俺は顔を背けた。

タオファ夫人が去っていく背中を見ながら、

俺はふと気づいた。

――足音が、まったくしない。

そういえば、彼女が歩くときの音を

一度も聞いたことがなかった。

あれが暗殺者の歩き方なのか。

父上は、いったいどうやってあんな人を味方につけたんだろう。

「アーリェン、長老たちを会議殿へ呼んでくれ。

ウージェンとメイインへの処罰を決めねばならん。」

父上の声は氷のように冷たかった。

母上は唇を噛み、ちらりと俺を見る。

俺も目を逸らさずに見返した。

数秒の沈黙のあと、母上は深く息を吸い込み、

そっと父上の頬に口づけをした。

父上は眉を上げたが、

彼女は穏やかな笑みを浮かべたままだった。

「長老たちを呼んできます。……どうか、あの子たちをあまり叱らないでくださいね。まだ子供なのですから。」

父上は何も返さなかった。

母上が立ち去るのを見届けると、

その視線が俺とメイインに向けられた。

冷たい――まるで刃のような眼差し。

それでも俺は、できる限りメイインを庇おうと一歩前に出た。

その瞬間、父上の口元がほんの少しだけ動いたように見えた。

笑った……?

いや、そんなはずはない。

父上が笑うなんて――きっと見間違いだ。

「来い。二人とも。」

「はい、父上。」

「はい、叔父様。」

俺とメイインは同時に返事をして、父上の後に続いた。

ウー家の屋敷には二つの大広間がある。

一つは他の一族や宗門、王族との会談に使われる迎客殿。

もう一つは、褒賞や処罰、そして家の決定を行う会議殿。

父上と長老会が一族の運命を決めるのは、いつもその場所だった。

俺は、会議殿の屋根を見上げながら、胸の奥に重く冷たい不安を感じていた。

屋根の両端に鎮座する二体の龍の彫像が、まるで俺を睨みつけているように見えた。

――お前は罪を犯した。

そんな声が聞こえてくる気がした。

息が浅くなり、胸が苦しくなる。

このままでは過呼吸になりそうだった。

そのとき、温かい手がそっと俺の手に触れた。

細い指が絡む。

顔を向けると、メイインが微笑んでいた。

「大丈夫だよ」――そう言っているような笑みだった。

その笑顔のおかげで、胸の奥に渦巻いていた恐怖が少しずつ和らいでいく。

俺は深呼吸をして、彼女の手を握り返した。

やがて、俺たちは会議殿の中へ入った。

広々とした空間――

全一族が集まってもまだ余裕があるほどの広さだ。

奥の壇上には、赤檀で作られた椅子がいくつも並び、

一番奥の中央に、父上専用の大椅子が置かれていた。

革のクッションが張られたその椅子は、王座のように見える。

父上は無言でその席に歩み寄り、腰を下ろすと、

俺たちに鋭い視線を向けた。

「――跪け。」

その一言に、俺もメイインも逆らえなかった。

静かに膝をつき、頭を下げる。

音ひとつしない。

父上は目を閉じ、椅子にもたれかかる。

その沈黙の中、俺とメイインは、どんな罰を受けるのか想像するしかなかった。

時間が経つほどに、胸の鼓動が早まっていく。

想像の中で、ありとあらゆる恐ろしい罰が浮かんでは消えた。

――針の床の上に座らされるかもしれない。

――鞭で打たれるかもしれない。

昔、一度だけ鞭打ちを見たことがある。

罪を犯した一族の男が背を裂かれ、

皮膚が剥がれ落ちる音を今も忘れられない。

その記憶が甦り、息が詰まる。

頭の中が真っ白になりかけた、そのとき――

背後から、何かの音が聞こえた。

ギィ――

扉が開く音が響いた。

一人、また一人と、長老たちが会議殿に入ってくる。

最初に入ってきたのは、ウー家の大長老・ウー・ウェイだった。

雪のように白い髪。深く刻まれた皺。

だが、その背筋はまっすぐで、杖すら必要としない。

年齢を感じさせぬ気迫に満ちている。

彼は一族の法と規律を何よりも重んじ、

いかなる甘えも許さぬ厳格な男だった。

そして、父上に意見できる唯一の人物でもある。

次に入ってきたのは、ウー・ニンとウー・ジンス。

二人の髪はまだ黒々としており、父上とそう年は変わらない。

彼らの母親は先代宗主の側室であり、

つまり、先代の息子であるウー・ウェイとは異母兄弟だ。

……実のところ、今の宗主である父上こそが異質な存在だった。

先代の血を継いでいない唯一の人間。

実力と戦功だけで宗主の座を勝ち取った人なのだ。

ニンとジンスは、いつも力のある方につく。

「棒の太い方に従え」――

そんな考えの持ち主で、俺は昔から苦手だった。

三人の長老が椅子に腰を下ろすと、

母上――アーリェンも部屋に入ってきた。

彼女は静かに父上の隣まで歩き、左側に立つ。

「……アーリェン。」

父上が低い声で呼びかけた。

母上は片眉を上げて、穏やかに尋ねた。

「出て行け、とおっしゃるのですか?」

父上は、しばらく沈黙したまま眉間に皺を寄せていた。

「……お前も知っているだろう。我が家の規律を。

 ――一族の女は、宗主の決定に口を出してはならぬ。」

「もちろん承知していますわ。」

母上は一歩も引かず、まっすぐに父上を見つめ返した。

「けれど、私はあなたの妻であり――その子は、私の息子です。

 その罰を受ける瞬間に、母親が立ち会ってはならない理由がありますか?」

「チッ。」

ウー・ウェイ――**ウー大長老ウー・ダー・ジャンラオ**が舌打ちをした。

「アーリェン、お前も随分と勝気になったな。

 一族の法を平然と無視するとは。」

「特別な状況には、特別な対応が必要だと思うだけです。」

母上は穏やかな声でそう返した。

その表情には一片の怯えもない。

俺は思わず、握っていた袋――あの銀蓮の入った袋を強く握りしめた。

母上がこうして長老と渡り合う姿を見るのは初めてだった。

――みんな、母上のことを「自由すぎる人」だと言う。

ウー家の女性らしくないと。

だが、今こうして自分の目で見ると、

自由というより、強い人だと思った。

ウー大長老にここまで堂々と反論できる人間なんて、

他に誰もいない。

父上が静かに息を吐いた。

「……不毛な口論で悪い前例を作るのはやめよう。

 今回だけは特例として、アーリェンの同席を許す。

 ただし――口を挟むことは許さん。」

母上は軽く頭を下げ、柔らかく微笑んだ。

「ええ、沈黙を守ります。」

父上の視線が彼女から離れ、再び俺たちに向けられた。

ウー・ウェイ――**ウー大長老ダー・ジャンラオ**は舌打ちをしたが、

それ以上は何も言わず、代わりに鋭い視線を俺とメイインへ向けた。

大人たちのやり取りの間、俺たちは一言も発していなかった。

息をひそめ、ただ地面を見つめていた。

ちらりと横を見ると、メイインは頭を下げたまま、まるで水面のように静かだった。

俺とは違い、彼女の心には一切の乱れがないように見えた。

……彼女の手の温もりが恋しい。

さっきまで握っていた手が、もうそこにはない。

皆が見ているこの場で手を伸ばすことなどできるはずもなく、

俺はただ拳を握りしめ、胸の奥の寂しさを押し殺した。

父上の低く重い声が、会議殿に響いた。

「これより、ウー・ジェンとウー・メイインの処罰を決定する。

 ――私の命に背き、夜に一族の敷地を抜け出し、

 西牙山ウェスト・ファング・マウンテンへ向かった罪について、だ。」

その言葉を合図に、俺たちの運命を決める裁定が始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ