武剣の贈り物を先に開ける
「本当に、見事な天井ですね」
静淑が微笑みながらそう言った。
「……ああ」
――今のは、やっぱり見間違いだったのか?
あんな表情の美影を、俺は今まで一度も見たことがない。
一瞬だけとはいえ……あれは明らかに、殺気だった。
まさか……麒麟に、何か思うところがあるのか?
「父上から聞いたことがあります。周家は麒麟を信仰しているそうです」
静淑が続ける。
「麒麟の出現は、大賢者の誕生を告げる前兆だと言われていますし、幸運や吉兆、繁栄の象徴ともされています」
「……繁栄、ね。ふん……」
美影が小さく呟いた。
静淑には聞こえないほど小さな声だったが、俺の耳には、はっきりと届いた。
――今は、聞くべき時じゃないな。
そう判断して、俺はあえて何も言わなかった。
すでに宴会場の中には、数百人もの人間が集まっていた。
皆、大陸各地の様式を取り入れた豪奢な衣装に身を包んでいる。
見覚えのある顔は、ほとんどない。
それもそのはずだ。
この宴に招かれるのは、名の知れた一族の者か、相応の実力を持つ者だけ。
ここにいる多くは、斬市の人間ではないのだろう。
「ほら、あそこを見てください」
静淑が指を差した。
「銀色の法衣を着ている人たち……あれは錬丹師協会の方々です。大華城から来たのか、それとも都に近い、もっと栄えた都市からかもしれませんね」
彼女の示した先には、四人の男女がいた。
銀の法衣に身を包んだ一団だ。
そのうち二人――男女一人ずつ――は、衣の縁に金の装飾が施されている。
残る二人は少年で、こちらは赤の縁取りだった。
……縁の色で、地位を示しているのだろう。
金の縁を持つ者が、どれほどの立場なのかは分からないが、
赤の縁を着けた二人が見習いであることは、ほぼ間違いない。
「……錬丹師協会の人間を見るのは、初めてだな」
俺は正直な感想を口にした。
「ここに錬丹師協会の人たちがいるのは、少し意外ですね。でも……たとえ分家の後継でも、周家の人間であることに変わりはありませんから」
静淑がそう言った。
「……今、見ないで」
美影が小声で割り込んでくる。
「ミン・シェンとミン・ハンも、来てるわ」
できるだけそちらを見ないようにしようとした――
……のに、無理だった。
明らかな敵意が、肌を刺すように伝わってきたからだ。
俺はゆっくりと視線を向けた。
ミン・シェンは、父親とジュイシ・メイリンの隣に立ち、こちらを睨みつけている。
着ている衣装も立派ではあるが……正直、母上に無理やり着せられた俺の礼服には及ばない。
同様に、ジュイシ・メイリンの漢服も、美影や静淑のチャイナドレスと比べると、どうしても見劣りする。
それを自覚しているのか、彼女は二人を睨みつけるように見ていた。
……あれはもう、怨念と言っていい。
本当に、執念深い女だ。
俺は強引に視線を引き剥がし、一行が列の先頭へと辿り着くのを待った。
――そして。
ついに、誕生日の主役の前に立つ。
周莉華は、まさに――息を呑むほどの美しさだった。
……認めたくはないが、
この瞬間だけは、美影や静淑ですら霞んで見えた。
もちろん、それは彼女たちが劣っているという意味じゃない。
周莉華は年上だ。その分、成熟した艶と色気を備えている――ただ、それだけのことだ。
彼女もまた、俺たちと同じくチャイナドレスを身にまとっていた。
だが、その仕立ては実に大胆で、細い腰の曲線も、豊かな胸元も、余すところなく強調されている。
前の開きから覗く胸の谷間。
そして、脚に沿って深く入ったスリット。
……正直、あまりにも刺激が強い。
多くの男が、視線を逸らせずにいる理由も分かる。
細められた妖艶な眼差しと、余裕のある微笑みが加われば――
俺は思わず、彼女を「狐」に喩えてしまった。
……いや、本当に。
あれは反則だろ。
「莉児、ほら。誰が来てくれたか、分かるかな」
周祖の声に促され、周莉華は振り返った。
彼女は先ほどまで、同年代と思しき女性たち――大華城、あるいはさらに遠方から来たのだろう――と談笑していた。
けれど、その視線が俺に向けられた瞬間、まるで周囲の存在が消えたかのように見えた。
……いや、さすがにそれは言い過ぎか。
彼女はきちんと礼儀をわきまえ、まずは呉家当主である父上に向き直る。
もし父上がいなかったら、真っ先に俺のところへ来ていたんじゃないか――
そんな考えが頭をよぎり、俺は内心で首を振った。
……自惚れすぎだな。
「呉大人、武家当主様。本日はご多忙の中、私の誕生日に足をお運びいただき、誠にありがとうございます。この周莉華、身に余る光栄に存じます」
そう言って、彼女は優雅に一礼した。
父上も同じく礼を返す。
「この日を逃すわけにはいかない。誕生日ということで、ささやかながら贈り物も用意してきた」
――その言葉が、合図だった。
俺はずっと、小さな箱を手にしていた。
銀と金で包まれた、控えめながらも目を引く贈答箱だ。
左右にいた美影と静淑が、静かに俺の腕から手を離す。
俺は一歩前へ出て、その箱を周莉華に差し出した。
「……建哥哥。こうしてまた会えて、嬉しいです。これは……私への贈り物、ですよね?」
その呼び方――
あまりにも自然で、あまりにも親しげだった。
「哥哥」という愛称が場に落ちた瞬間、周囲がざわめく。
父上ですら、思わず手で口を押さえて何度か咳き込んだほどだ。
周祖はというと、娘を見て目を見開いている。
まるで「今のは失言だろう」とでも言いたげな表情だった。
だが――
周莉華は、そんなことなど一切気にしていない。
彼女は微笑みながら贈り物を受け取り、まっすぐに俺の目を見つめてきた。
……吸い込まれそうな視線だ。
正直、分かる。
周家の若い男たちが、彼女に夢中になる理由が。
この眼差しを向けられて、平静でいられる男なんて――
そう多くはないだろう。
最初にこの屋敷を訪れた時のことを、俺は思い出していた。
あの時も、通り過ぎるたびに、若い男たちが揃って彼女を目で追っていた。
中には――
彼女が俺にやけに親しげに接していたせいで、露骨に敵意を向けてきた少年もいたっけ。
……名前、なんだったかな。
まあいい。
覚えておく価値もない。あいつは、その程度の存在だった。
「……今、開けてもいいですか?」
周莉華が、少しだけ首を傾げて尋ねてくる。
本来なら――
十八の誕生日の贈り物は、宴が終わってから開けるのが習わしだ。
……けれど。
そんな考えは、俺の頭をかすめることすらなかった。
「どうぞ」
そう答えると、
周囲が一斉にざわめき始める。
父上は思わず、自分の額をぺしりと叩いた。
母上はというと、扇子の陰でくすくすと笑っている。
桃華阿姨は相変わらず無表情だが……
それでも、右目の端がぴくりと引きつっていた。
「では――開けますね」
周莉華がはっきりと宣言する。
「……娘よ……」
周祖が苦々しげに呟いたが、
当の本人は、まったく気にしていない様子だった。
「……あの子、私に勝った相手だけど、結構好きかも」
美影がぽつりと言う。
「でしょうね。性格、あなたとそっくりですもの。きっと気が合うと思いますよ」
静淑が鼻を鳴らす。
「もう、そんな言い方しないで、静淑。私はあの子と仲良くなれると思ってるけど――
あなたは私の妹なんだから。ちゃんと愛してるわ。誰もあなたの代わりになんてならないんだから、安心して?」
「だ、誰がそんな心配してるんですかっ!?」
背後で始まったやり取りを、俺は完全に無視した。
それどころじゃない。
俺は息を詰め、周莉華の手元に視線を集中させる。
彼女の指が、丁寧に包み紙を解いていく。
銀と金の包装が外れ、中から現れたのは――
装飾のない、質素な小箱だった。
いつの間にか、周囲のざわめきは完全に消えている。
誰もが息を潜め、呉家が何を贈ったのかを見守っていた。
そして――
周莉華が、ゆっくりと箱を開ける。
その瞬間。
彼女の瞳が、はっとするほど鮮やかな輝きを帯びた。




