周莉華の成人式
馬車に乗り込んでから数時間後、俺たちは周家の屋敷に到着した。
夕暮れの太陽が外壁を赤や橙、紫に染め上げ、そこには横断幕や精巧な紙灯籠が飾られている。大きな門の前では、すでに何人もの者が出迎えのために整列していた。皆、両手を胸の前で重ね、華やかな礼服に身を包んでいる。
その中にいたのは――周祖その人だった。
彼は一行の前に進み出ると、丁寧な抱拳礼を取る。
「ようこそお越しくださいました。皆様にお会いできて光栄です。この周某、足を運んでいただけたこと、心より感謝いたします」
「こちらこそ。お招きいただき、誠に光栄に存じます」
父上もまた、同じように礼を返した。
周祖が父上と母上、桃華阿姨に挨拶をしている間、俺の左右に立つ二人の少女へと、周囲の視線が集まっているのをはっきりと感じた。
あちこちで指を差し、ひそひそと囁き合う声が聞こえてくる。
美影と静淑は、貴族の基準で見ても――いや、はっきり言って、異常なくらいに目を引く存在だった。
神秘的で静かな美を湛える少女と、活気に満ちた王女。
その容姿も性格も、まるで夜と昼、月と太陽のようだ。
……正直、見とれてしまう気持ちは分からなくもない。
俺だって、毎日見慣れているはずなのに、ふとした瞬間に心臓を掴まれることがあるくらいだ。
周家の長老や若い者たちが視線を向けるのも無理はない。
周祖でさえ、会話の合間にちらちらと二人へ目を向けていた。
「どうやら、十国同盟の流行を取り入れているようですな」
周祖はそう言って、意味ありげに微笑む。
「我が本家は、あの地に拠点を置いております。私自身、人生で二度しか訪れたことはありませんが……いずれは、我が家の莉児もあちらへ移ることになるでしょう」
彼は胸を張り、誇らしげに続けた。
「才能に恵まれた娘ですからな。それに――あの美しさ。間違いなく、一族の大きな力となるはずです」
その声に滲む誇りは、どれほど鈍い者でも聞き逃すことはないだろう。
父上は微笑んだが、その表情はどこか引きつって見えた。
「きっとそうなるでしょう。実際、私もすでに、戦場の内外を問わず彼女の力量には感嘆させられています」
周祖は喉を鳴らして笑う。
「それを聞いて安心しました。ただ……時折、あの子の向上心と競争心の強さが心配になることもありましてな。あの気性では、男どもを全員怖がらせてしまうのではないかと」
周祖と父上がそんな会話を交わしながら歩き出すと、他の者たちも自然とその後に続いた。
父上たちのすぐ後ろに母上と桃華阿姨、そのさらに後ろ――二歩ほど距離を空けて、俺、美影、静淑が並ぶ。
出迎えの長老や若者たちは、さらに数歩後ろに控えていた。
それでも――
若者たちの会話は、はっきりと耳に届いてくる。
……別に、隠そうとしているわけでもないらしい。
はぁ……殴り飛ばしてやりたい気分だけど、ここでそれをやったら確実に無礼だ。
「……あれが呉美影と侯静淑か? くそっ、綺麗だとは聞いてたけど、ここまでとはな……」
「太陽と月を同時に拝んでいる気分だ。こんな眼福に恵まれるとは、今日はなんて良い日なんだ」
「……あのガキさえいなければな」
「若くして、両腕に花とは……正直、羨ましすぎる」
背後から聞こえてくるそんな言葉に、俺は顔をしかめるしかなかった。
一方で、美影はというと――
「ふふっ」
楽しそうに笑いながら、俺の腕にそっと手を絡めてくる。
……まったく。
この状況を、面白がっているのは彼女だけだろう。
「建って、本当に幸運よね。こんな晴れの日に、両腕に花を抱えていられるんだから」
美影がからかうように囁いてくる。
俺は肩をすくめて笑い返した。
「何を言ってるんだ? 俺はいつだって両腕に花を抱えてるだろ。今日が特別なのは、場所くらいじゃないか?」
「二人とも……そんな言い方、やめてください……」
頬を真っ赤にした静淑が、周囲を気にするようにきょろきょろと視線を走らせる。誰かに聞かれていないか、必死に確認している様子だった。
「そんなに気にすることか? こういう場には慣れているんじゃないのか?」
俺が首を傾げると、
「な、慣れては……います。都では、こういう催しにはよく出ていましたし……」
言葉を詰まらせながらも、静淑はそう答える。
「じゃあ、何が違うんだ?」
「そ、それは……その……い、今は……その……わ、私……その……婚約者と……一緒だから……」
「要するに――」
美影がにやりと笑い、茶色の髪の少女を横目で見る。
「結婚する予定の男性と一緒に、公の場に出るのが恥ずかしいってことね」
静淑は何も言わず、ぷいっと顔を背けるだけだった。その様子に、美影はくすくすと笑う。
「でも安心して。私はね、もしできるなら、あの塔のてっぺんで『この人と結婚します』って叫んでもいいくらいよ。建って、本当に運がいいわね?」
「間違いなく、俺は世界一の幸運者だな」
俺が即答すると、
「……二人とも、恥というものを知らないんですか」
静淑は呆れたように睨んでくる。
「力があれば、恥なんていらないでしょ?」と美影。
俺も頷く。
「恥は、弱者のものだからな」
……ああ、もう少しだけ静淑をからかえたら楽しいのに。
公の場じゃなければ、もっと面白かっただろうにな。
「よし、そのくらいにしておこう。ここでは問題を起こせないからな」
俺がそう言うと、
「はーい、分かってるわよ、建」
美影はそう答えて、ぺろっと舌を出した。
「心配しなくても大丈夫です。こういう場での振る舞いくらい、心得ていますから」
静淑はふん、と小さく鼻を鳴らす。
「それより、心配なのはあなたの方です。からかいすぎて、私たちに恥をかかせるんじゃないかって」
「手厳しいな……少しは自重した方がいいか」
俺が小声で呟くと、
「“少し”じゃなくて、“完全に”お願いします」
……はいはい。
そうして俺たちは中庭を抜け、階段を上って、巨大な宴会場へと足を踏み入れた。
そこは呉家で使われている広間よりも、はるかに大きい。
暗紅色に塗られた支柱が並び、格天井には――
麒麟の絵が描かれていた。
龍のような姿に、割れた蹄、鹿の角、長い睫毛、そして逆立つように流れるたてがみ。
伝説の霊獣――麒麟。
俺は書物で、その存在について読んだことがある。
宝玉にも劣らぬ輝きを放ち、あまりにも温厚で、草一本を傷つけるのを恐れて芝生の上すら歩かない――そんな存在だと。
……本当に、そこまでの聖獣なのだろうか。
もっとも、俺が麒麟に出会うことなど、まずないだろう。
龍や鳳凰よりも、さらに希少な存在なのだから。
「……すごい天井だな」
そう呟きながら、俺は美影の方を振り返った。
「美影も、そう思――」
言葉が途中で止まる。
天井を見上げる美影の瞳に、一瞬だけ――
ぞっとするほど、深く、暗い色が宿っていた。
だが、それは瞬き一つの間に消え去り、
次の瞬間には、いつもの穏やかな彼女の表情に戻っていた。
……今のは、なんだったんだ?
俺は首を傾げた。
もしかすると、見間違いだったのかもしれない。




