第14話 丹薬と届かない夢
その後、俺はメイインと合流した。
二人で図書館へ行き、ウー・イエイェに挨拶してから、錬丹術の本をいくつか頼んだ。
最初、彼は少し驚いたような顔をしていたが、最終的には首を振りながらも本を持ってきてくれた。
「授業、どうだった?」
「退屈~! ほんっとうに退屈で死ぬかと思ったわ!」
メイインは頬をふくらませ、足をぶらぶらさせる。
「お化粧の仕方とか、どうやったら男の人を惹きつけられるかとか……そんなことばっかり!
でも、私にはもうジエンがいるし、あんな話、聞く意味ないでしょ?」
思わず笑ってしまった。
「確かに。あれはメイインには必要ないな。
それに、うちの一族で一番きれいなのは、もう決まってるし」
「でしょ? ふふっ……ジエンって、いつもそうやって嬉しいこと言ってくれるんだから」
メイインの頬がほんのり桜色に染まり、照れくさそうに笑った。
その笑顔を見ていると、胸の痛みも、授業の退屈さも、すべてがどうでもよくなってしまう。
俺たちは図書館の一角の机に座っていた。
椅子は大人用だから、足が床に届かず、ぶらぶらと宙を揺れている。
目の前には三冊の本。
――これが、一族にある錬丹術関連の唯一の書物だった。
父上からもらった丹薬がどんな効果を持っているのか、それを知るために俺はページをめくっていく。
知識は力。まずは“知ること”が第一歩だ。
「……それでも、私、ジエンの授業の方がよかったなぁ」
メイインがぽつりと呟く。
「いや、絶対後悔するよ。あっちも退屈だった」
俺は苦笑しながらページをめくった――その瞬間、胸の奥で痛みが走り、思わず顔をしかめる。
「大丈夫? まだ痛むの?」
「平気。ちょっと痛いだけ」
「……ほんと?」
「ほんとだって」
痛みは嘘じゃない。けど、心配かけたくなかった。
「それでも、私だったら歴史とか風習とか、そういう授業のほうがいいわ。
お化粧の練習なんて、つまらなすぎるもの」
「うん……確かに。化粧の授業なんて、楽しいとは思えない」
「でしょ?」
二人で小さく笑い合う。
その笑い声が、図書館の静けさの中に柔らかく溶けていった。
本の中身は、今の時代に流通しているさまざまな丹薬の記録だった。
もっとも――ザン市ではほとんど手に入らないものばかりだろう。
この本は、父上が商用で旅に出た時に手に入れたものらしい。
ページには、丹薬ごとの詳細な説明と、それぞれの形や色を描いた絵が丁寧に載っていた。
真珠のように光るもの。
黒曜石のように艶を放つもの。
金の粉を混ぜ込んだような粒――
眺めているだけでも、どこか神秘的な気持ちになる。
「叔父上にもらった丹薬、見つかった?」
「まだ……いや、待って。これかもしれない」
ページをめくった瞬間、目に飛び込んできたのは――ガラスのように滑らかで、淡く輝く緑色の丹薬の絵だった。
「これね……ふむふむ」
メイインが身を乗り出し、俺の肩にぴたりと触れる距離で文字を追う。
「“骨鍛丹”。第一階位の丹薬で、修練者の骨を強化する効果がある……って書いてあるわ」
メイインは辺りを見回し、声を落として俺の耳元に囁いた。
「叔父上、ジエンの肋骨が訓練中に折れたことを聞いて、それでこの薬をくれたのね。
これで骨を丈夫にして、次は簡単に折れないように――って」
「……なるほど。たぶんそうだな」
胸の奥が少しだけ温かくなる。
「第一階位ってことは、もっと上の階位もあるってことだよね?」
「ええ。ちょっと調べてみましょう」
二人は丹薬の図鑑を閉じ、代わりに『錬丹学入門』を手に取った。
古びた紙の音が、静かな図書館にかすかに響く。
何年も棚に置かれていたのだろう。
黄ばんだ紙は、少し触れただけで破れてしまいそうだった。
メイインがページをめくりながら、声に出して読む。
「この本によると――丹薬には十の階位があるみたい。
第一階位が最も低く、初心者の錬丹師でも精製できる。
第十階位が最も高位で、世界に数人しか作れないほど難しいそうよ。
それから、錬丹師の位階も十段階。
“インジウム”、“シルバー”、“レニウム”、
“パラジウム”、“オスミウム”、“イリジウム”、
“ルテニウム”、“ゴールド”、“プラチナ”、
そして最高位が“ロジウム”――だそうよ」
彼女は顎に指を当て、ふむと唸った。
「つまり、“インジウム級”の錬丹師は第一階位の丹薬を作れるけど、
“シルバー級”に昇格するには、第二階位の丹薬を精製できなきゃいけない――そういう仕組みね」
「……なるほど。階位を上げるのも簡単じゃなさそうだな」
ページを見つめながら、俺は息を吐いた。
この世界で“力を持つ”というのは、本当にどんな分野でも難しい。
「俺でも……錬丹師になれると思う?」
そう尋ねると、メイインはあっさり首を横に振った。
「ううん。錬丹師になるには、“木”と“火”の属性に強い親和性が必要なの。
でも、ジエンには――たぶん、それはないわ」
彼女の言葉には、迷いがまったくなかった。
いつも通りの、確信に満ちた声。
どこからその自信が来るのか分からないけれど、今までメイインがこうして言ったことは一度も外れたことがない。
だから、きっと今回も正しいのだろう。
……でも、ちょっとだけ残念だった。
錬丹師は、修練者よりもさらに尊敬される存在だ。
それほど希少で、価値が高い。
百万の修練者の中に、一人いるかどうか――
もし俺がその一人になれたら、それだけでウー一族に大きな名誉をもたらせただろう。
そんな空想を胸の中で苦笑いと一緒に押し込め、俺たちは再びページをめくった。
文字の色が薄れた古紙の匂い。
静まり返った図書館。
外では、夕暮れの鐘が遠くで鳴っている。
気づけば――もう、夕食の時間だった。




