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盗賊の待ち伏せ

俺はできるだけ冷静でいようとした。

呼吸法を使って心拍を落ち着かせながら、少しずつ梅英と静淑の方へ寄り、自然な動きで二人の前に立つ。

――こいつら、どうしてここにいる?

森の中まで尾行してきたのか、それとも単なる不運か。

「私たちに用がある、と言ったわね?」

呉桃華の声は、溶岩ですら凍りつきそうなほど冷たかった。

「どんな用件かしら。今すぐ話しなさい」

「おおぉ、気の強い女だな。そういうの、嫌いじゃねぇ」

大男がいやらしく舌なめずりをする。

「名は李狼リ・ラン。この傭兵団の頭だ。

雇い主からなぁ……お前は目障りだから、見かけたら始末しろって言われててよ」

そして、顎で俺を指した。

「全員殺せ、ただし――そのガキだけは生かして連れて来い、ってな」

……やっぱり、俺か。

「傭兵にしては、ずいぶんと計画を喋ってくれるのね」

桃華さんはそう言いながら、俺たち三人の前に立つ。

まるで、盾になるかのように。

「この李狼様はな、平和的に物事を解決したいだけなんだよ」

そう言って、両腕を大げさに広げる。

だが、最初から“女子供を殺す依頼”を受けている時点で、平和も何もあったもんじゃない。

その言葉を聞いて、梅英と静淑が俺の近くに寄ってくるのを感じた。

……怖いのか?

正直、静淑はもっと動揺すると思っていた。

だが、彼女は驚くほど落ち着いている。

――そうか。

この子は、尚国の姫だ。

命を狙われることなど、初めてじゃないんだろう。

そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ、ざわついた。

――きっと、これまでに何度も命を狙われてきたんだろう。

静淑の精神的な強さは、本当に尊敬に値する。

……でも、その強さを身につける理由を思うと、胸が痛む。

そのとき、梅英が俺の手に、つるりとした丸いものを押し込んできた。

言葉はない。

俺も何も言わず、拳を握りしめたまま、事の成り行きを見守る。

――桃華さんは、どう出る?

まさか、ここで戦うつもりじゃないよな。

それは自殺行為だ。

数で向こうが上だし、相手の実力は正確には分からないが、少なくとも頭の男は桃華さんと同等の修為を持っていても不思議じゃない。

「私に嘘をつくつもり?」

桃華さんが、冷ややかに言い放った。

「本気で穏便に済ませたいなら、『呉建を差し出せば命は助けてやる』と言うべきだったわね。結果は変わらなかったでしょうけど、その方が賢いやり方だったはずよ」

「ははっ、そりゃ失敗したな」

李狼が肩をすくめ、楽しそうに笑う。

その口元が、獣のように歪んだ。

「だがな、戦うと思っただけで血が騒ぐんだ。敵の血が地面を染める光景ほど、最高のもんはねぇ。俺はそれのために生きてるんでね」

空気が、今にも破裂しそうなほど張り詰めた。

その瞬間――

俺は反射的に、手にしていたそれを地面へ投げつけた。

同時に、梅英と静淑も同じ動きをする。

――ドンッ!

白い煙が爆発するように広がり、森の一角を一瞬で覆い尽くした。

視界はゼロ。

だが、それでいい。向こうも同じ条件だ。

「くそっ、煙幕だ!」

「ちっ! フェン! この煙を何とかしろ!」

怒号が、煙の向こうから響いてきた。

「任せろ、ボス!」

――今だ。

そう直感した瞬間、俺は動いた。

残された時間はほんのわずか。

俺は桃華さんの服を掴んで強く引き、進む方向を示すと、そのまま前へ駆け出した。

まずやるべきことは、敵が煙を払う前に、この煙幕から抜け出すことだ。

……だが、そう簡単にはいかなかった。

数歩も進まないうちに、目の前に影が現れる。

でかい。

鎧に身を包んだ、脂肪の塊みたいな大男。

錆びついた斧を手にしていた。

――邪魔だ!

男は俺に気づいて目を見開いた。

その一瞬の遅れが命取りだった。

俺は地面を蹴り、跳び上がると、そのまま膝を男の顔面に叩き込んだ。

――ゴキッ!

嫌な音が、森に響く。

「ぐあぁっ!!」

血と一緒に歯が飛び散ったが、そんなものに構っている余裕はない。

着地した瞬間、膝に衝撃が走ったが、すぐに膝を曲げて衝撃を逃がす。

大男は「ドスン」と鈍い音を立てて地面に倒れ伏した。

振り返ると、梅英、桃華さん、静淑がしっかり俺の後ろについてきている。

――よし。

梅英は心配していなかった。

俺の考えくらい、言わなくても分かっている。

ただ、他の二人がちゃんとついてきてくれるかだけが不安だった。

だが、その心配は無用だった。

数秒後――

突如、強烈な突風が森を駆け抜けた。

――風系の術か!

煙幕が一気に吹き払われたが、その頃には俺たちはすでに木々の間を全力で駆けていた。

「ぐああああっ! くそが!!

待ちやがれ、このクソガキ!!」

背後から、怒鳴り声が追いかけてくる。

「ウルフギャング傭兵団を敵に回したこと、後悔させてやる!!

戻ってこい!!

終わる頃には、俺のことを“ご尊父様”って呼ばせてやるからな!!」

――ふざけるな。

俺は歯を食いしばり、さらに速度を上げた。

――あのバカ、本気で「戻ってこい」って言えば、俺たちが戻るとでも思ってるのか?

救いようのない阿呆だ。

俺たちは誰一人として足を止めなかった。

四人とも、脚がもげるほどの勢いで森の中を駆け抜ける。

しかも直線ではない。急に方向を変え、わざと不規則な動きで進路を攪乱する。

それでも――

これで傭兵たちを完全に撒けるわけじゃない。

俺たちは確実に痕跡を残している。

ただ、それでも追いつかれるまでの時間を稼ぐことはできるはずだ。

……そう願いたかった。

「このまま逃げ続けるわけにはいかない。対処するための策が必要だ」

走りながら、俺はそう口にした。

「その通りね。このまま走り続けたら、いずれ体力が尽きる。そうなったら、ただの的よ」

梅英が冷静に言う。

「でも……どうすればいいの?」

静淑の声には、不安が滲んでいた。

――どうする?

それこそが問題だった。

数でも、戦力でも、こちらは圧倒的に不利だ。

さっき逃げられたのは、相手が俺たちを甘く見ていたからにすぎない。

ほとんどが子供だと思われていたからだ。

同じ手が、二度も通じるとは思えない。

「まずは安全な場所を見つけるべきね。あなたたちは先に行って。私は後ろに残って、追跡を断つ」

桃華さんがそう言った。

その瞬間、俺の頭の中にいくつもの言葉が浮かんだ。

一人で大丈夫なのか、と聞きたかった。

無茶はしないでくれ、と止めたかった。

あるいは――本気で、あの傭兵たちと一人で戦うつもりなのか、と。

考えは一瞬で駆け巡った。

俺は、どれも口にしなかった。

「……気をつけて」

それだけを言った。

桃華さんは、丁寧な微笑みを俺に向ける。

「ええ。任せて」

そう言って、彼女は地を蹴り、木々の中へと跳び込んだ。

次の瞬間には、もうその姿は見えなくなっていた。

残された俺、梅英、静淑の三人は、そのまま森の中を走り続ける。

気づけば、完全に森の奥へ入り込んでいた。

もう、どこをどう走っているのか分からない。

それでも、やがて視界の先に岩壁が現れた。

断崖だ。

どうやら、山の縁に沿って走っていたらしい。

俺は立ち止まり、上を見上げる。

数十尺はあろうかという高さの岩棚があった。

よく見ると、ところどころに手がかりになりそうな凹凸がある。

「……登るつもり?」

梅英が尋ねた。

「ああ。上に隠れられるかもしれない」

俺はそう言ってうなずくと、岩壁に近づいた。

石肌は温かく、ざらついている。

指を凹みにかけ、身体を引き上げる。

右足を別の足場に乗せ、ゆっくりと登り始めた。

背後で、梅英と静淑が一瞬だけ視線を交わす気配がした。

それから二人も、俺の動きを真似るように登り始める。

二人とも、問題なくついてきた。

俺ほど無茶な鍛錬はしていないが、日々の修行は伊達じゃない。

やがて、俺たちは岩棚の上に辿り着いた。

思っていたより広い。

とはいえ、三人が身を隠すには心許ない広さだ。

だが――

さらに奥、岩壁に沿うようにして、上へと続く小さな洞穴が口を開けていた。

俺は、その暗がりをじっと見つめた。

「……ここ、隠れるにはちょうどいいと思う」

俺がそう言うと、静淑は洞穴を見て、少し眉をひそめた。

「でも、ちょっと狭くない? 三人入れるかな……」

梅英がにやりと笑う。

「大丈夫よ。ぎゅーってくっつけば入るでしょ」

「ぎゅ、ぎゅーって……?!」

「ほら、二人とも。中に入って、桃華さんが戻ってくるのを待とう」

俺は先に洞穴へ入った。

中は思った以上に低く、腰をかがめないと進めない。

梅英と静淑も続いて入り、結局――梅英の言った通りになった。

三人で、ぴったりと身を寄せ合う形だ。

俺は脚を前に伸ばして座ることになり、

左右から梅英と静淑が座り、二人の脚が俺の脚の上に重なる。

……近い。

というか、近すぎる。

太もも越しに伝わってくる体温に、思わず身じろぎしてしまった。

さっきまでは必死で気づかなかったけど、

興奮と緊張が落ち着いてきたせいか、

この距離、この密着は……正直、まずい。

頭のどこかで、

――掴みたい、とか、揉みたい、とか、

そんな余計な考えが浮かんでくる。

俺は小さく首を振った。

……くそ。

ホルモンのせいだ。

今は、生きるか死ぬかの状況だろ。

何を考えてるんだ、俺は。

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