表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/159

水底の洞窟

泉の中をぐるぐると周回するように泳ぎ始めた。

広さはそれほどでもない。端から端までせいぜい二十丈ほどだろう。それでも、軽く体を動かすには十分だった。

――はずだった。

美瑩たちから一番離れた側を泳いでいたとき、突然、強い流れのようなものに引きずり込まれた。下へ、下へと引っ張られる感覚。

俺は咄嗟に抗い、少しの間その吸い込む力と拮抗したが――

……なんだ?

好奇心が勝った。

大きく息を吸い込み、身体を沈めて、そのまま水中へ潜る。

水は決して澄んでいるとは言えず、潜れば潜るほど周囲は暗くなっていく。

どうやら、この泉は俺が思っていたよりもずっと深いらしい。

どこまで続いてるんだ……?

もう一時間近く潜っている気がする。

もちろん、それは錯覚だ。俺が一時間も息を止められるわけがない。

左右を見渡しても、見えるのはほんの数尺先まで。深層の水は濁り切っていた。

頭上の太陽の光が、かろうじて届いていなければ、完全な暗闇の中を泳いでいたことだろう。

……冷たいな。

太陽の熱が届かないせいだろうか。

確か、本で読んだことがある。水は深くなればなるほど冷たくなる、と。

まあ、この程度ならまだ耐えられる。

――そう思った矢先、肺が焼けるように苦しくなり始めた。

息が……。

そのとき、湖壁の一部に“何か”があるのが見えた。

洞窟……? いや、はっきりとは分からない。ただ、そこだけが淡く光っている。

眉をひそめ、近づこうとした瞬間――

肺の奥が強く悲鳴を上げ、俺ははっきりと理解した。

……まずい。息をしないと。

大きな水音とともに水面を突き破り、俺は荒く息を吐いた。

このまま、もう一度すぐ潜り直そうかとも思ったが――考えを改め、皆のいる方へ泳いで戻る。

二人は、俺が離れたときと同じ場所にいた。

縁に腰掛け、小石の上に足を乗せ、水がつま先を撫でている。どうやら――俺のことを話題にしていたらしい。こちらを見て、くすくすと笑っている。無視して、俺は呉桃花のところへ向かった。

「どうかしましたか、剣公子?」

「いや、別に問題はない。ただ、泳いでいる途中で面白そうなものを見つけた。湖の底に洞窟があるみたいなんだ。調べてみたい」

そう説明すると、呉桃花は一瞬考え込み、美瑩と景舒も会話を止めてこちらに注意を向けた。

「なるほど……。確かに、そこには天然の宝がある可能性があります。周麗華への贈り物としても相応しいものが見つかるかもしれません。ただし、私も同行します。何がいるか分かりませんから。天然の宝には、ほぼ例外なく魔獣が守りについています」

「そう言うと思ったよ」

だからこそ、真っ先に彼女へ話を持ってきたのだ。

呉桃花はそう言うと、ためらいなく服を脱ぎ始めた。

現れたのは、引き締まった均整の取れた身体だった。無駄な肉のない、鍛え抜かれた肢体。胸は晒し布で巻かれており、決して小さくはない。だが、俺の視線を最も引きつけたのは腹筋だった。脂肪など一切なく、想像以上にくっきりと刻まれている。

腕も脚も同様に無駄がなく、長年の鍛錬で作られた筋肉が浮かび上がっていた。

そして、その肌にはいくつもの傷跡が残っている――それらすべてが、彼女が歩んできた戦いの年月を物語っていた。

彼女がこんなにも引き締まった体をしているなんて、今まで気づかなかった。

一体どんな鍛錬を積めば、あんなに無駄のない、力のこもった体になるんだろう。

そんなことを考えてしまった俺は、慌てて首を振った。いけない。今は感心している場合じゃない。

「……準備はいいか?」

俺がそう尋ねると、呉桃華は短くうなずいた。

「ええ」

すると今度は、横から声が上がった。

「待って。あなたたちが行くなら、私たちも行くわ」

そう言って、呉梅英が立ち上がり、侯静淑もそれに続く。

「お前たちも来るのか? 本気かよ。さっきまでサボる気満々だっただろ」

俺が半分冗談で言うと、

「そのつもりだったけどさ。でも、面白いものを見つけたって聞いたから」

と、梅英がすぐに言い返してきた。

「わ、私は……何を見つけたのか、ちょっと気になっただけ」

静淑はそう言って視線を逸らす。耳が赤い。

……なんでだよ。

「深く詮索しないでね」

「まあ、来たいなら止めないけどさ。人数が多い方が心強いし」

俺は肩をすくめてそう言った。

それから二人は服を脱ぎ、下着と胸当てだけの姿になる。

俺は――本当に、必死に見ないようにした。

本気だ。

でも、正直に言うと……無理だった。

俺はまだ若い。自制心がないわけじゃないけど、年上の大人みたいに完璧に抑えられるほどでもない。

二人とも同い年で、呉桃華みたいに鍛え抜かれた体ってわけじゃない。

それなのに、どうしてか目を離せなかった。

……たぶん、それだけだ。

深い意味はない。

たぶん。

「見ないで!」

侯静淑がきつく言い放つ。

俺は慌てて視線を逸らした。

「いいよ、建。私なら見ても」

呉梅英が楽しそうに、からかうような声を出す。

「梅英!! それははしたないでしょ!」

「気にしないもん」

……はぁ。

俺は小さく溜息をついた。

やがて俺、梅英、桃華、そして静淑の四人は、泉の底へと泳ぎ始めた。

前に見つけた通り、小さな入口はそこにあった。今回は心構えができていたおかげで、息にも余裕がある。俺が先頭に立って泳ぎ、三人がその後に続いた。

そのときだった。

――ごぼっ。

かすかな異音が聞こえ、嫌な予感がして振り返る。

そこには、もがく静淑の姿があった。顔色が悪く、唇が青い。

まずい。

俺はすぐに彼女の体を抱き寄せ、足を思いきり蹴った。

狭い水路を抜けるように、必死に進む。

胸が焼けるように痛い。

息が……足りない。

頭がふわふわして、視界が狭まっていく。

今すぐ息を吸いたい衝動を必死にこらえながら、俺は最後の力を振り絞った。

次の瞬間――

水面を突き破り、俺は大きく息を吸い込んだ。

「げほっ……! ごほっ、ごほっ……!」

隣では、静淑も激しく咳き込み、誤って吸い込んでしまった水を吐き出している。

間一髪だったが、飲み込んだ量は少なく、命に別状はなさそうだ。

ほどなくして、梅英と桃華も水面に姿を現した。

梅英は肩で息をしていたが、桃華だけは涼しい顔をしている。

……さすがだな。

「……どうして、そんなに……長く、息を止めていられるの……?」

息を整えながら、静淑が尋ねた。

「私のような暗殺者は、気配を消すための呼吸法を学ぶの。肺活量を広げる訓練もするから、あなたたちより多くの酸素を取り込めるのよ」

桃華が淡々と説明する。

「そ、そういうものなのか……?」

「ええ。――それにしても、あの水路が地下の洞窟につながっているなんて思わなかったわ。興味深いわね。自然に形成された洞窟には、天然宝物が眠っていることが多いのよ」

「本当か?」

思わず声が弾んだ。もしここに天然宝物があるなら、周麗華に渡す贈り物になるかもしれない。

桃華はうなずいた。

「ええ。天然宝物は非常に希少で、独自の意識や自己保存本能を持つものも多い。人が思いつきにくい場所、あるいは簡単には辿り着けない場所で育つのが普通よ」

「ってことは……ここには、すごいものがある可能性が高いってことだよね」

梅英が目を輝かせる。

「泳がないと入れない地下洞窟に隠された天然宝物なんて、絶対ただものじゃないよ」

「岸まで泳いで、周囲を調べよう」

俺はそう言って動いた。

俺は静淑の体を支えながら、岸まで連れていく。もう咳はしていなかったが、長時間息を止めていたせいで、まだ呼吸が苦しそうだった。

背中をさすってやると、少しずつ呼吸が落ち着いてくる。

その間に、梅英と桃華も水から上がってきた。

胸当てや下着が丈夫な魔獣の革製で本当に助かったな、と場違いなことを考える。普通の布だったら、今頃びしょ濡れだっただろう。

「……大丈夫か?」

俺は静淑の顔を覗き込み、そう声をかけた。

「……だ、大丈夫……」

静淑はそう言って、もう何度か深く息を吸った。

「ふぅ……うん。もう平気。ありがとう、呉建」

「……ああ。どういたしまして」

俺は立ち上がり、静淑に手を差し出す。彼女は少し迷ってからその手を取り、俺は彼女を引き起こした。

俺たちが辿り着いた場所は、幅の狭い通路だった。壁面はでこぼこしており、自然にできた洞窟特有の、歪んでうねるような形をしている。床も平らではなく、傾斜や曲がりが続いている。

周囲は暗く、遠くまでは見通せない。

だが、壁や天井には淡く光る苔が、塊になって張り付いていた。その柔らかな光のおかげで、最低限の視界は確保できている。

「ランプモスね」

桃華が説明する。

「珍しいものではないけれど、生える場所は限られているわ」

「尚帝都では、下水道の照明にランプモスを使っているわ」

静淑が言った。

「清掃員の人たちが作業しやすいように、って聞いたことがある」

「合理的ね。ランプモスは湿っていて暗い場所を好むし、下水道は最適だもの。作業員の安全確保にもなる」

……下水道掃除の話は、あまり想像したくない。

俺は余計なことを考えないように、前方に意識を集中させ、耳を澄ませた。

今のところ、危険な気配はない。

やがて通路は途切れ、視界が一気に開けた。

洞窟は、まるで巨大な部屋のような空間へとつながっていた。

地面一面には、先ほどよりもずっと強く光る苔が広がっている。

その光に照らされ、俺たちは巨大な地下湖の存在に気づいた。

湖面には、いくつもの花が浮かび、静かな水の上でゆっくりと揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ