新たな問題
北市場での一件から数時間後、
俺は父上の応接の間で、美影と景珠と並んで座っていた。
母上と呉桃花も同席しており、さらに二長老・金蘇もいた。
空気は重く、息苦しいほどだった。
何も言われていないのに、肩に見えない重圧がのしかかってくる。まるで水の中に沈められているような感覚だ。
もう何分このままなのか分からない。
沈黙が長引くほど、胸の奥に不安が積み重なっていく。
俺は……何か、間違ったことをしたのだろうか?
そうは思えなかった。
けれど、この沈黙と圧力が、次第に自信を削っていく。
――この沈黙、正直きつい。
父上は玉座のような椅子に腰掛け、
母上と呉桃花はその背後、左右に控えて立っている。
二長老・金蘇は少し離れた位置に座していた。
正座に近い姿勢で、背筋を伸ばし、太ももの上に手を置いて静かに成り行きを見守っている。
父上以外の長老たちは、必ず父上より低い位置に座る。
それが、呉家の規律だった。
父上の視線が俺に突き刺さる。
厳しい表情はいつものことだが……今日は、いつも以上に鋭く感じられた。
「なぜ私がお前に失望しているのか、分かるか?」
低く、重い声。
「もし我々が間に合わなければ、あの女はお前を連れ去っていた。
お前は年齢の割に強い。だが――錬丹師には敵わん」
俺は視線を落とした。
……反論できなかった。
その時、美影が口を開いた。
「それは剣のせいではありません、伯父上」
父上は眉をひそめたが、美影は怯まない。
「私たちは、丹薬を売っている人がいると聞いて、様子を見に行っただけです。
あの老女が剣に興味を持つなんて、誰にも予測できませんでした」
父上は、美影をじっと見つめた。
長い沈黙。
……美影は、引かない。
この一族で、父上にここまで正面から異を唱えられるのは、母上たちを除けば、彼女くらいだ。
そして――
父上から譲歩を引き出せる数少ない存在でもある。
やがて父上は、小さく息を吐いた。
……譲った。
いつも思う。
美影が父上を相手に、ああして真正面から言葉を返せることが、俺にはただただすごい。
俺には、とてもじゃないがあんな度胸はない――と、心の中でそう思った。
「とはいえ……今回の件で、我々が問題を抱えたのは事実だ」
父上が、ようやく口を開いた。
二長老・金蘇が静かにうなずく。
「件の錬丹師は、我々の基本的な治療用の膏薬や薬草では太刀打ちできないほどの低価格で丹薬を売り始めています。
その影響で、文聚堂――つまり、ウォン・ジュの店も、廃業の危機に立たされております」
ウォン・ジュは、呉家の重要な取引相手だった。
俺たちは彼に素材を卸し、安定した利益を得てきた。
この業種で多少の損失が出たところで、即座に一族が傾くわけではない。
だが、年間収益に与える打撃は決して小さくない。
一族が繁栄するには、莫大な資金が必要だ。
住居、食料、修練、教育――それらすべてを支え、さらに一族の者たちが力を蓄え、外へと還元していく循環がなければならない。
資本を欠いた一族は、いずれ力を失い、地位も失う。
それに……年ごとの税の問題もある。
「では、どうなさいますか?」
母上が問いかけた。
「周家に連絡を入れた。
この“天豪”という女について、何か情報を掴めないかとな」
父上の言葉に、俺は内心でうなずいた。
大陸中に拠点を持つ周家なら、調べられないことなどほとんどない。
情報網も、人脈も、比べものにならないほど広い。
……もっとも。
彼らが本当に呉家のために動いてくれるかどうかは、別の話だ。
俺が三家大会で勝ったからといって、周家と友好関係になったわけじゃない。
助けを得るには、相応の対価――金か、借りか、あるいはその両方を差し出す必要があるだろう。
それでも――
今は、それに賭けるしかなかった。
「――あ、そうだ!」
俺は、今になって思い出して口を開いた。
「美影。今日“視えた”ことを、父上に話してくれないか?」
「視えた、だと?」
父上は膝に肘をつき、身を乗り出してきた。さっきまでの沈黙とは違い、その瞳には明確な関心が宿っている。
「何かを見たのか?」
「……見ました」
美影は一度、大きく息を吸い込んだ。
それから、俺と景舒に話してくれたのと同じ内容を、静かに語り始める。
話が進むにつれ、父上の表情は深く沈み込み、
二長老・金蘇、桃華叔母、そして母上までもが、目に見えて血の気を失っていった。
すべてを語り終えたあと、父上は低く息を吐いた。
「……実に不穏な未来だな」
そう呟いてから、椅子の背にもたれ、顎を撫でる。
「件の錬丹師が剣に興味を示した以上、報復として傭兵を雇い、剣を攫い、我が呉家を滅ぼす可能性は否定できん。
さらに厄介なのは、そこに明家と聚石家も関わっているという点だ」
その言葉に、背筋が冷えた。
「では……どうなさいますか?」
母上が、静かに問いかける。
「まずは情報だ。行動を起こす前に、確かな情報が必要だ」
父上は即答した。
「周家が力を貸してくれれば助かるが、彼らだけに頼るのは得策ではない。
桃華――お前に任せる」
「はい」
「その錬丹師を監視しろ。
何をしているのか、誰と会っているのか、どこに滞在しているのか……些細なことでも構わん。
ただし、決して姿を見られるな」
父上の声音には、一切の迷いがなかった。
桃華叔母は静かに頭を下げる。
「承知しました、呉老右使様。
情報収集は、私にお任せください」




