自分自身を知らない少女
数日後、呉美英は修炼法のことを考えずにはいられなかった。
彼女は縁側に腰を下ろし、目の前に広がる庭園を眺めていた。そこには、見る者の目を楽しませるために計算され尽くした、色とりどりの花々が咲き誇っている。しかし――彼女の視線はどこか虚ろで、焦点は合っていなかった。
周囲の者から見れば、ただ庭を愛でているように見えただろう。だが、その心は遠く離れた場所にあった。
呉剣や侯静淑とは違い、いずれ自分に合った修炼法を探さねばならない、という段階に彼女はいなかった。
呉美英は、最初から自分が使うべき修炼法を知っていたからだ。
それは、物心がついたその瞬間――彼女が最初に「自分」という存在を認識した時から、すでにそこにあった。
九天時空連続操縦法。
それは、体内で時間そのものを圧縮し、天道――時間の天道をより深く理解し、操るための修炼法だった。
もちろん、気を築き、陰陽を集め、感知能力を高めることも重要ではある。だが、それらはすべて副次的な要素に過ぎない。
この修炼法の本質は、時間の圧縮にあった。
呉美英自身、この修炼法を「どこで」知ったのかは分からない。
誰に教わったわけでもなく、書物で学んだ記憶もない。
なぜその知識が自分の中に封じ込められているのか――その理由も分からなかった。
ただ一つ確かなのは、
彼女はその修炼法を知っていて、そして――ずっと前から知っていた、ということだけだった。
それで十分なはずだった。
……本来なら。
正直に言えば、それは彼女を恐怖させていた。
これほど強大なものを持ちながら、その理由も由来も分からない――それは、静かで底知れぬ不安を伴う。
それでも、彼女の心のどこかで理解していた。
自分は、他の修炼法を学ぶことはできない。
単に「すでに一つ持っている」からではない。
彼女の身体そのものが、この修炼法以外を拒絶しているのだ。
呉美英は、庭園を眺めながら、そっと胸に手を当てた。
――自分は、いったい何者なのだろうか。
――私は、誰?
――どうして、こんなことを知っているの?
――この修炼法が、未来を視る力の理由なの?
呉美英は、ずっと以前から自分自身について知りたいと思っていた。
自分は何者なのか。なぜ、生まれながらにしてこのような力を持っているのか。
だが、残念なことに――彼女はその力を自在に制御することができなかった。
そのせいで、自分のことについて、ほんのわずかな手がかりすら掴めずにいた。
それは、常に心の奥底に居座り続ける不安だった。
決して消えることはなく、静かに、しかし確実に彼女を苛み続ける疑問。
いつか、自分の起源を知る日が来るのだろうか――そんなことを、何度も考えてきた。
何も映っていない景色を見つめながら、ぼんやりと座っていると、不意に声がかかった。
「美英!」
若く、澄んだ、快活な声。
その生き生きとした響きが、呉美英を一瞬で現実へと引き戻した。
彼女は一度だけ瞬きをし、そして柔らかく微笑んでから、近づいてくる少女へと視線を向けた。
相手が隣に腰を下ろし、縁側から素足をぶらりと垂らすまで、何も言わなかった。
「……静淑」
侯静淑は、足首まで届く淡い桃色の衣を身にまとっていた。
薄手の生地で仕立てられたそれは、日が長くなり、気温も上がってきた今の季節にぴったりだった。
最近は皆、通気性の良い服装を好むようになっている。
呉美英自身も、裾をまくったズボンに半袖の上衣、そして裸足という格好だった。
彼女は無意識に、縁側から垂れたつま先をくい、と動かす。
一瞬だけ、静淑のように衣を着てみようか、と考えた。
――呉剣なら、きっと喜ぶだろう。
彼に感心してもらうことは、いつだって彼女の喜びだった。
だが、その考えはすぐに胸の内から消えた。
今は、その時ではない。
本当に大切な瞬間にこそ、彼を驚かせたい。
言葉を失うほど、心を奪うその一瞬のために――
呉美英は、最高の機会を選ぶつもりだった。
それは、少し楽しい考えだった。
「ここで何をしているの? 剣が父上と一緒だから、暇を持て余してるの?」と静淑が尋ねた。
「うーん……そうかもしれないわね」
呉美英は再び庭へと視線を戻し、わずかに眉を寄せた。
「剣がそばにいないと、考えなくてもいいことまで考えてしまうことが多いの。なぜか彼が隣にいると、余計なことを考えずに、ただ“私”でいられるのに……最近は、父上に呼び出されることがどんどん増えてきているでしょう?」
「まあ、次期・呉家当主として育てられているんだもの。三家大会での優勝後、満場一致で決まったって聞いたわ」と静淑は言った。
「そうよ。それに、剣を導くことが大切なのも分かってる。家のために最善を尽くしている以上、伯伯を恨んだりはしないわ」
「いつか、その呼び方で本当に怒られるわよ。『大人・祐世』を伯伯なんて」
静淑はため息をついたが、美英が肩をすくめただけなのを見て、続けた。
「……本当は、剣が父上と一緒じゃなくて、ここにいてほしいんでしょう?」
「ええ」
剣のことを思うだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
呉美英はそのぬくもりを逃がさぬように胸元へ手を当て、そっと目を閉じた。
「私は、いつだって剣のそばにいたいの。決して離れたくない……たとえ、別れが避けられない時があると分かっていても」
そう。どれほど必死に一緒にいようとしても、最後には引き裂かれてしまうことがある――。
ほんの一瞬、恐怖が稲妻のように背筋を駆け抜けた。
理由の分からない不安、言葉にできない嫌な予感。
それは、かつて呉飛が剣を殺そうとした光景を見た時とよく似ていた。けれど今回は、何の“視え”も訪れなかった。ただ、いつか自分と剣が引き離されてしまうのではないかという、正体不明の恐怖だけが胸に残った。




