修炼功法
周家の屋敷での夕食から、すでにひと月近くが経っていた。
あれ以来、周麗華とは顔を合わせてもいないし、言葉を交わすこともなかったから、彼女が今どうしているのかは分からない。だが、周家と我が呉家の関係は、確実に以前よりも近いものになっていた。
俺は父上と一緒に何度か競売場へ足を運んだが、そこで受けたのは、これまでとは比べものにならない待遇だった。
競売場全体を見下ろせる特別な貴賓席に通されるだけでなく、周家の取り計らいで修炼丹を割引価格で購入することまで許されたのだ。
どんなに低品質な修炼丹であっても、精錬には錬丹師が必要になる。
だが、優れた錬丹師は極端に少なく、その技術は常に高値で取引される。彼らは数十年という歳月を費やして技を磨き上げ、ようやく一人前になった頃には、わざわざ辺境の小都市に腰を落ち着けようとは思わない。
需要は常に高く、供給は常に不足している――修炼丹が貴重品であり続ける理由だ。
だからこそ、割引価格で丹薬を購入できるというのは、呉家にとってまさに天恵だった。
もっとも、日々が飛ぶように過ぎていったかといえば、そうではない。
修炼に明け暮れる生活であっても、時間は一定の歩調で、着実に前へと進んでいくだけだった。
春は終わりを告げ、季節は夏へと移ろいつつある。
空気は日に日に暖かさを増し、夜明けも早くなってきた。以前は太陽が昇る前に目を覚ましていたはずなのに、今では同じ時刻に起きても、すでに朝日が空に顔を出している。
尚国は比較的温暖な気候に恵まれているとはいえ、ここ湛市のある地域は、夏は酷暑、冬は厳寒になりやすい。
あと少しもすれば、うだるような暑さのせいで、誰もが屋内に引きこもりたくなる季節がやって来るだろう。
……そんなことを考えながら、俺は今日も静かに一日を迎えていた。
「修炼功法って、どうやって決めればいいの?」
そう問いかけられて、俺は本から顔を上げ、静淑を見た。
彼女の前には一冊の書物が広げられており、一定の速度で頁をめくりながら、視線を左右に動かしている。修炼について書かれた本だ。美英と俺が、静淑が来るよりもずっと前に読み尽くしたものでもある。
俺たちは書庫にいた。
本館の中にある広い図書室で、床から天井まで届く背の高い木製の書架が壁一面に並んでいる。棚は丁寧に磨き上げられており、代々使われてきたことを示す艶があった。古い紙と墨、そして年季の入った木材の香りが空間に満ち、自然と背筋が伸びるような学問的な雰囲気を醸し出している。
俺たちが座っている位置からは、手入れの行き届いた小さな中庭を望む縁側も見えていた。
「決め方はいろいろあるけどな。基本的には、自分の体質、属性、もしくは戦い方に合った功法を選ぶのが一番いい」
そう答えると、静淑は本を軽く掲げるようにして首を傾げた。
「もう少し詳しく教えて。ここ、あまりよく分からなくて」
今日の鍛錬と講義はすでに終わっており、今は皆でくつろいでいる時間だった。
美英は物語本を読んでいる。ちらりと見えた内容から察するに、修炼者と凡人の恋を描いた話らしい。ああいう話が好きなのは、昔から変わらない。
一方で、静淑が読んでいる巻物は、明らかに修炼功法についてのものだった。
「いいよ。ええと……そうだな。じゃあまず、体質から話そうか」
俺は軽く喉を整え、小さな講義を始めることにした。
「これは全員に当てはまるわけじゃないけど、生まれ持った体が、特定の修炼功法と相性がいい人間もいる。分かりやすい例だと、純陰体や純陽体だな。
気が陰と陽、二つの力の調和で成り立っているってことは、もう知ってるよな?」
「もちろんよ。陰と陽は天地の気とも呼ばれるもので、互いに相反する力。それが合わさって気になるの。そんなこと、誰でも知ってるでしょ?」と、侯静淑が言った。
「そうだな。で――純陰の体や純陽の体を持つ者は、片方の性質の力しか生み出せない。
純陰の体を持つ者は、氷や闇、影みたいな陰の属性を持つ功法と相性がいい。逆に純陽の体なら、火や光の属性が向いている。
それと、体を強化する系統の功法は純陽の体のほうが適しているとも読んだことがある。陽は肉体の力で、陰は精神の力だからな」
静淑は何も言わず、ただ俺の説明に耳を傾けていた。
その明るい瞳は完全に俺に向けられていて、瞬き一つしていない。どれだけ真剣に聞いているかが、嫌というほど伝わってくる。
「でもね、ほとんどの人は陰か陽のどちらかに偏ってるものよ」
今度は美影が口を挟んだ。
「完全な均衡を保てる人なんて、まずいないわ。静淑は……絶対に陽寄りね」
「そ、そうかな?」と、静淑が首を傾げる。
「だって、すごく活動的だし、すぐ他人のことに首を突っ込むでしょ。陽の性質そのものよ。
陰寄りの人は、もっと静かで内省的なタイプが多いもの」
「わ、私は他人のことに首を突っ込んだりなんてしないわよ!」
静淑は顔を赤くして、勢いよく言い返した。
「いや、実際かなり首を突っ込んでると思うぞ。ほら、三族大会の前に明申があの男の商売を邪魔してたときのこと、覚えてるだろ? お前、ほとんど反射的に割って入って助けようとしてたじゃないか。それに、牙城に来たばかりの頃、子猫を守ろうとしてたのも美影と一緒に見た。あの子たちが動物をいじめてるのを見て、深く考える前に飛び出したんだろ?」
そういう場面は、それだけじゃなかった。
静淑が牙城に来てからというもの、困っている人を見るたびに、後先を考えずに関わってきた。
道を渡れないお婆さんを助けたり、町の書庫で本の整理を手伝ったり、いじめっ子を追い払ったり……挙げ出したらきりがない。
「で、でも……私が飛び込まなかったら、あの人たちが何をされていたか分からないじゃない!」
静淑が食い下がる。
「別に、間違ったことをしたって言ってるわけじゃない。落ち着けって」
俺は両手をひらひら振って、宥める仕草をした。
「じゃあ、何が言いたいのよ?」
静淑は頬をぷくっと膨らませ、腕を組んで反抗的な態度を取った。
……正直、かなり可愛い。でも、それを口にしたら確実に恥ずかしがるだろうから言わない。
「そういう姿勢そのものが、陽の気に傾いているって話だ」
「なるほどね。じゃあ……あなたたちは、どっちに傾いてると思う?」
身を乗り出して、興味津々といった様子でこちらを見つめてくる。
「私は間違いなく、陰寄りよ」
美影が迷いなくそう答えた。
「俺は……自分では、どちらかと言えば陽寄りだと思う」
そう口にすると、美影が首を横に振った。
「いいえ、違うわ、剣。あなたはきっと、私たちの中で一番“均衡が取れている”タイプよ」
「そうか?」
「ええ、間違いないわ。あなたはとても冷静で分析的だもの。私みたいに、明らかに良くないと分かっている状況に自分から飛び込んだりはしない。でもその一方で、感情的になるときもあるでしょう? たとえば、あれだけひどくいじめられていたのに呉勇に挑んだときとか、まだ互いをよく知らなかった頃に静淑を守ろうとしたときとか。それに、修行を始めると決めた理由だって、理屈より感情が先だった」
美影はそこで一度言葉を切り、俺をまっすぐ見つめた。
「でもね。あなたは、感情を動機にして行動しても、必ず状況を冷静に見極めて、最善の選択をすることができる。その点が、陰と陽の両方を併せ持っている証拠よ」
俺は背もたれに身を預け、腕を組んだ。
目の前に開かれていた本の存在など、すっかり忘れてしまっていた。
……美影の言うことは、的を射ている。
自分でも、その評価には納得できた。
ただ、一つだけ引っかかることがある。
これまで読んできた巻物のほとんどは、修炼法の多くが陰か陽のどちらかに大きく偏っていると記していた。
もし俺が本当に両者の均衡を持っているのだとしたら、相性の良い修炼法を選ぶのは、かえって難しくなるのではないだろうか。
……まあ、その時が来たら考えればいい。
まだ、この問題に直面するまでには、何年もあるのだから。




