第11話 守るために強くなる
ウー・ヨンに挑戦状を叩きつけてから、まだ一時間も経っていなかった。
……なのに、もう後悔していた。
――俺はいったい何を考えていたんだ?
何であんなことを口にした?
年上で、実力も何倍も上の相手に?
頭でもどこかに置いてきたのか?
馬鹿すぎる。
その考えが頭を離れず、体の震えも止まらなかった。
「ほんと、無謀だったわね」
ため息混じりの声が聞こえた。
メイインが黒髪の前髪をかき上げ、じっと俺を見ている。
「やっぱり、そう思う?」
俺は情けない笑みを浮かべた。
手を見ると、まだ震えている。
止めようと拳を握ってみたけれど、今度は腕ごと震えた。
「分かってる。俺がしたことがどれだけ馬鹿だったかなんて……言われなくても、分かってるよ」
今、俺たちはまた医療棟にいた。
ただし今日は母上の姿はなく、代わりに禿げ頭の年配の男性が診てくれている。
長い顎髭を蓄えていながらも、顔には皺一つなく、見た目は実年齢より若く見えた。
純白の漢服は一切の汚れがなく、まるで雪のように清らかだった。
彼の名は――ウー・シャオリン。
一族の治癒師であり、母上と共に医務を担当する人物だ。
飢境の修練者であり、噂ではもうすぐ次の段階――魂境に到達するらしい。
……ということは、今は第九小境界にいるってことか。
ウー一族の中で飢境に到達している者は多い。
だが、それより上の境界へ進んでいるのは――父上と母上、そして第二夫人のタオフアだけだった。
田舎の一族にとって、修練のための資源は極めて貴重だ。
錬丹に使う丹薬や天然の霊薬などは、麒麟の角や鳳凰の羽のようなものだ。
見つけることすら奇跡に近い。
そして、そうした宝が見つかった場合、まず優先されるのは族長と長老たちだった。
一族の防衛と繁栄を担う立場なのだから、それは当然でもある。
だがその分、下の者には滅多に回ってこない。
それがウー一族の現実だった。
金も、資源も、少ない。
だからこそ――俺たちの一族には錬丹師がいない。
木と火の属性に親和性を持ち、二つの力を融合させて丹薬を精製する錬丹師は、この世でもごく限られた存在だ。
商王国のような小国では、なおさら珍しい。
まして俺たちのような田舎に住む者の中には、ほとんどいない。
俺は授業で錬丹師協会の話を聞いたことがある。
協会は商王国内にもいくつか支部を構えているが、そのほとんどは下位等級の錬丹師ばかりらしい。
資源が乏しいせいで、高位の錬丹師は大都市や豊かな国に集中しているという。
ザン市のような小さな地方都市は、地図にすら載らないこともある。
そんな辺境に、わざわざ錬丹師が来るはずもない。
利益にならない場所に留まる者など、どこにもいないのだ。
だから俺たちは――ウー・シャオリンのような治療師に頼るしかなかった。
彼は丹薬こそ作れないが、針や薬草、気の流し方で傷や病を癒やしてくれる。
俺たちにとって、それが唯一の医術だった。
ウー・シャオリンは、俺の胸に薬草を塗った包帯を巻き終えたところだった。
薬草をすり潰して作ったその軟膏は濃い緑色をしていて、匂いも強烈だった。
塗られた部分がむずむずして落ち着かないけれど、治癒効果は確かだと母上からも聞いている。
……痛みの理由も、もう分かっていた。
肋骨が折れていたのだ。
だから、息をするたびに胸が軋むように痛かった。
俺は医療棟のベッドに腰を下ろし、その隣の椅子には心配そうな顔をしたメイインが座っている。
「ジエンがウー・ヨンにあんなふうに立ち向かうなんて、珍しいわね」
彼女は静かに言った。
言葉を選ぶような、慎重な口調だった。
「この前、私が言ったことがきっかけ……なの?」
「うん。メイインが言ってただろ? 強くならなきゃ――って」
息を吸うたびに胸が痛む。
けれど、伝えたい気持ちだけは抑えられなかった。
俺は震える唇で、それでも笑おうとした。
「もし強くならなかったら……たぶん、俺は長く生きられないと思う。
でも、俺は死にたくない。
それに――メイインが誰かに連れて行かれるなんて、絶対に嫌だ。
あの日、メイインが見た“未来”が本当に来るとしても、その時、俺は君を守れるくらい強くなりたいんだ」
「……ジエン」
メイインの声が、かすかに震えた。
彼女は俺の手の上に、自分の手を重ねる。
涙こそこぼさなかったが、その瞳には光がにじんでいた。
「ありがとう」
その微笑みには、確かな喜びがあった。
そして、彼女の手のぬくもりが胸の奥まで広がっていく。
――ああ、間違ってなかった。
ウー・ヨンに立ち向かってよかった。
この笑顔を見るためなら、俺は何度でも立ち上がる。
たとえ相手が兄上でも。
……たとえ、父上であっても。
俺は、メイインの言葉を疑ったことがなかった。
ほとんどの一族は、彼女の“予知”をただの偶然だと思っていた。
「不思議なことを言う子供だ」と笑って済ませる者も多かった。
けれど、俺だけは違った。
最初のうちは、正直、信じきれていたわけじゃない。
でも、たとえ信じきれなくても――俺はみんなの前でメイインを庇った。
「彼女は間違ってない」って、そう言い続けた。
それだけで、彼女はすごく嬉しそうに笑ってくれた。
あの笑顔が見られるなら、俺は何度だって信じてやろうと思った。
「いやぁ、若いっていいねぇ。恋の季節ってやつかな?」
ウー・シャオリンが目を細めて笑った。
その言葉に、俺とメイインはそろって顔を輝かせる。
「もちろん! 俺たち、大きくなったら結婚するんだ!」
「うんっ! 私、早くお嫁さんになりたいな!」
ウー・シャオリンはくすくすと笑いながら、
「ははは、まったく、幸せそうなこと」と肩をすくめた。
治療はすでに終わっていた。
薬草の軟膏を塗ったあとは、安静にしていれば自然と治るらしい。
ウー・シャオリンから「数日は無理をするな」と言われ、重い物を持ったり、走ったりするのは禁止になった。
せっかく鍛錬を始めたばかりなのに――
けれど、今の俺には、それくらいの罰がちょうどいいのかもしれない。
愚かだった自分への報いだ。
医療棟を出て、メイインと並んで屋敷の敷地を歩く。
木製の渡り廊下を渡るたびに、あちこちで人の気配がした。
通り過ぎる一族の者たちは、俺を見ると足を止め、軽く頭を下げる。
だが、その目には敬意よりも義務的な色が濃かった。
――俺は、いつかこの人たちに認めてもらえるのだろうか?




