夜が更けるにつれて
ほどなくして、父と母、桃花、残る二人の長老、そして状況が飲み込めていない様子の林教官が食堂へ入ってきた。
俺、美英、静淑の隣――主賓の席に並んで腰を下ろす。
少し遅れて、他の族人たちも次々と入場してきた。
食堂は賑わい始めたが……正直なところ、俺が想像していたほど人は多くなかった。
(……本来なら、もっと集まっていてもいいはずだが)
一瞬、眉をひそめたが――
すぐに、その考えを脇へ追いやる。
今は祝いの席だ。
頭上の豪奢な燭台よりも確かに、この場を照らしている祝祭の空気を、素直に楽しむことにした。
やがて、父が立ち上がった。
それだけで、ざわついていた呉家の族人たちの声が、すっと静まる。
(……立ち上がっただけで、これか)
改めて思う。
これこそが、一族長にふさわしい威厳と存在感なのだろう。
俺は、いつか父の後を継ぐことになる。
だが――自分に、こんなカリスマ性が備わるのだろうか。
本当に、父と同じように一族を導けるのか?
権威と知恵をもって、皆を納得させられるのか?
そんな考えが頭を巡った、その時――
「できるよ」
美英が、耳元で小さく囁いた。
「……え?」
思わず彼女を見ると、美英はただ微笑んでいるだけだった。
父は咳払いを一つして、口を開いた。
「本日は、我が息子・呉剣が三族大会で優勝したことを祝う席だ。
この勝利により、呉家は大きな名誉と威信を得た」
場の空気が、さらに引き締まる。
「今回の優勝によって得られた褒賞は以下の通りだ。
周家から二年間の優遇取引。
希少品の競売における優先権。
競売場での特別来賓席」
その時点ですでに、場内がざわめき始めていたが――父は続けた。
「さらに、鍛体丹二千粒。
中級修行丹百粒。
そして――鳳凰玉石、一つ」
一斉に、どよめきが広がった。
(……すごいな)
正直、俺自身も驚いていた。
周家からの優遇だけでも破格だというのに、丹薬の数と質、そして鳳凰玉石。
特に、鳳凰玉石は別格だ。
ただその近くで瞑想するだけで、体内に気を集めやすくなるという、極めて貴重な霊物。
(こんなものまで……)
改めて、この大会が、そしてこの勝利が、どれほど大きな意味を持つのかを実感させられた。
「それでは――堅苦しい挨拶はここまでにして、
明家と聚石家を下した呉剣の勝利を祝う宴を楽しもう!」
父はそう宣言し、黄酒の杯を高く掲げた。
その瞬間、数人の使用人たちが次々と広間へ入り、料理を山のように積んだ台車を押してくる。
どの台車にも、目を見張るほど豪華な料理が並んでいた。
白米や麺、餃子といった定番の料理はもちろん、
北京ダック、燕の巣、徳州風の煮込み鶏、
そして――濃厚な出汁で野菜や肉を煮込む**神炉**まである。
(……これは、さすがに豪華すぎるだろ)
最上の料理はすべて、主卓へと運ばれた。
燕の巣と神炉は、俺、美英、そして静淑の前に置かれ、
それに添える形で、白米と麺も供される。
その麺は、普段食べているものとは明らかに違っていた。
太く、艶があり、どこか出汁の色を帯びている。
一口すすった瞬間――
(……っ)
舌に広がったのは、複雑で奥行きのある旨味だった。
どこか一か所が強いわけではなく、麺全体に均等に染み渡っている。
「……うまい!」
思わず、声が漏れた。
「んんっ! 本当だね! すごく美味しい!」
美英は燕の巣を口に運び、頬に手を当てながら嬉しそうに目を細める。
「静淑のお父様がいらした時の食事より、こっちのほうが美味しい気がするよ」
(それ、比べる対象としてどうなんだ……)
そう思いながらも、俺はもう一口、麺をすすった。
「この料理、前に食べた時よりも、味にずっと奥行きがありますね」
静淑がそう言い、燕の巣を少しだけ口に含んでから、箸で神炉の肉をつまみ、ゆっくりと口へ運ぶ。
次の瞬間、彼女の頬がほんのり赤く染まり、恍惚とした表情になった。
「……父は、こういう複雑な味付けの料理を好まないんです。
どちらかというと、もっと素朴な味を好みますから。
たぶん、養志様が、父の舌に合わせて普段よりも味を抑えるよう、料理人に指示されたんでしょうね」
「かもしれないな。……どちらにしても、すごく美味い」
俺がそう言うと、二人も同意するように頷いた。
俺たち三人は、大人たちの視線を浴びながら、腹がいっぱいになるまで食べ続けた。
だが――食事をしている最中、どこかで視線を感じた気がした。
(……?)
周囲を見回してみるが、特におかしな様子はない。
確かに、俺を見ている人間は多いが……それは今に始まったことじゃない。
(気のせい、か)
肩をすくめ、俺は再び料理に意識を戻した。
「ねえ……気のせいかな? この宴、人数が少なくない?」
静淑の言葉に、俺は箸を止める。
少し考えてから、麺を一本すすり、ゆっくりと頷いた。
「俺も思ってた。俺だけかと思ってたけど」
「やっぱり、そうよね」
「……あら?」
美英が、俺の母のほうを見る。
「はぁぁ……本当に、あなたたち三人は鋭いわね」
母はどこか諦めたように微笑んだ。
「もう知っているでしょう? 大長老が一族を裏切っていたこと。
でも――彼は一人じゃなかったの」
その声は、穏やかだが重い。
「あなたのお父さんのやり方に反対する者たちを、
彼は……かなりの数、集めていたわ」
一瞬の間。
「その人たちは――“排除”されたのよ」
母の話によれば、桃花は父に忠誠を誓う呉家の者たちを集め、大会の最中に裏切り者たちへ奇襲を仕掛け、一気に粛清したらしい。
だが――殺されたのは、裏切り者本人だけではなかった。
その者たちの直系の家族も、例外なく処分されたという。
小大陸には、多くの共通した慣習がある。
その中でも根強いのが、連座責任という考え方だ。
一族の一人の行いは、一族全体の責任。
もし誰かが裏切り者だと判明すれば、その近親者――子や妻なども、
「止められなかった罪」を負うとされる。
家族ごと処刑するのは、見せしめであると同時に、将来の裏切りを防ぐためでもあった。
「……じゃあ、裏切り者は全員、殺されたのか?」
俺がそう尋ねると、母は唇を噛んだ。
「いいえ……全員じゃないわ。
呉飛だけは、逃げ延びたそうよ。どうやってかは分からないけれど」
その瞬間、背筋に寒気が走った。
宴の最中、誰かに見られているような感覚――
あれを思い出したからだ。
(……まさか、ここにいた、なんてことは……)
だが、呉飛はすでに処刑対象のはずだ。
わざわざここに来て、自分から命を差し出すような真似をするだろうか?
……考えすぎだろう。
夜が更けるにつれ、父は様々な酒を持ち出してきた。
俺たちも味見程度なら許されたが、量は厳しく制限された。
酒は修行に良い影響を与えることもあるが、若いうちに飲み過ぎるのは良くない。
やがて宴は終わり、皆それぞれ帰路についた。
飲み過ぎた何人かの大人たちは、互いの肩を借りながら、
大声で笑い合い、ふらふらと食堂を後にしていった。
勝利の夜は、そうして静かに幕を閉じた。
「ここでおやすみ、かな」
そう言ったのは美影だった。
俺、美影、静淑の三人は、屋敷群の西側――それぞれの住まいへ向かう分かれ道の中間地点に立っていた。
「ああ。おやすみ、メイ、ジンアー」
俺はそう答えた。
美影が何か言う前に、俺は彼女の手を掴み、そのまま身をかがめて唇を重ねた。
ほのかに、梅酒の味がする。
数秒そうしてから身を離すと、彼女の瞳が夜空の星よりも鮮やかに輝いているのが目に入った。
そして俺は、顔を真っ赤にした静淑のほうを向く。
「静淑も、おやすみのキスが欲しいか?」
そう言って、俺はにやりと笑った。
「えっ……えっと……あ、いえ……その……もう少し大人になってからがいいと思います」
静淑は俺を見ず、あらぬ方向へ視線を泳がせながら答えた。
少しだけ、残念に思ったのは否定できない。
だが、静淑はそういう子だ。
恋や触れ合いのことになると、すぐに恥ずかしがるし、礼節をとても大切にする。
彼女には彼女なりの「順序」があるらしい。
……正直、その順序がよく分からない。
それでも――
俺は、彼女の選択を尊重した。
「分かった。じゃあ、また明日な」
そう言って、俺は二人に手を振った。
美影と静淑が去っていくのを見届けてから、俺は自分の居所へと向かった。
だが、入口の前で足を止める。
……警備の者がいない?
普段なら、入口や窓の近くに何人か立っているはずだ。
外敵から守るためでもあり、美影が忍び込まないようにするためでもある。
だが、今は誰一人として見当たらない。
俺は眉をひそめた。
(全員、宴に呼ばれていたし……まだ戻っていないのか?
それとも、飲み過ぎて戻るのを忘れたか)
きっと、それだろう。
そう自分に言い聞かせ、軽く頷いてから、俺は屋敷の中へ足を踏み入れた。
胸の奥が、ざわりと波立つ。
……何かがおかしい。
理由は分からない。
確かな根拠があるわけでもない。
それでも――
(嫌な予感がする)
背中を這うような寒気。
空気が、妙に重い。
……不吉だ。




