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無能と蔑まれた私の魔力が覚醒したとき、氷血公爵様だけがその価値に気づいてくれたので、国ごと私を溺愛していただくことにしました  作者: 九葉


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第一話

シャンデリアの光が宝石のように降り注ぎ、着飾った貴族たちの楽しげな笑い声が、優雅なワルツの調べに溶けていく。


国王陛下主催の建国祭を祝う夜会。

その華やかな輪の中心で、わたくし――ミア・フォン・アルテミス公爵令嬢は、人生最大の屈辱に晒されていた。


「ミア・フォン・アルテミス! この場をもって、貴様との婚約を破棄する!」


金色の髪を輝かせ、美しい顔を憎悪に歪ませて叫んだのは、わたくしの婚約者であるこの国の第一王子、エドワード殿下。


(キタキタキタ……! ついに来たわね、このテンプレ展開!)


あまりに予想通りすぎて、内心で冷静にツッコミを入れてしまう自分を誰か褒めてほしい。

けれど、心の奥が氷の刃で抉られるような痛みを感じているのも、また事実だった。


殿下の隣には、潤んだ瞳でこちらを見つめる可憐な少女が、庇われるように寄り添っている。

新進の男爵家の令嬢、リリアナ様。

淡いピンクのドレスがよくお似合いで、小動物のような愛らしさが庇護欲をそそる、今をときめく殿下のお気に入りだ。


「まあ、当然ですわよね」

「魔力なしの『置物令嬢』が、エドワード殿下の隣にいること自体、不敬だったのよ」

「それに比べてリリアナ様は、強力な光の魔力をお持ちだとか」


周囲から聞こえてくる、ひそひそとした嘲笑の声。

『置物令嬢』。

それが、社交界におけるわたくしのあだ名だ。


この世界では、魔力の有無がその人間の価値を決めると言っても過言ではない。

名門アルテミス公爵家に生まれながら、わたくしは生まれつき魔力を一切持たなかった。

いや、正確に言えば、魔力測定の儀式で、計測の魔道具が一度も光を放たなかったのだ。


「出来損ないめ」


それが、厳格な父がわたくしに投げかけた、最初の言葉だった。

母は、わたくしが存在しないかのように、いつも悲しげな顔で目を逸らした。

両親にとって、わたくしは輝かしいアルテミス家の歴史に刻まれた、唯一の汚点だったのだろう。


それでもエドワード殿下との婚約が決まったのは、アルテミス公爵家が持つ強大な権力と領地が、王家にとって必要だったから。

ただそれだけの、政略結婚。

わたくしは、アルテミス家が王家へ差し出す、美しいだけの生贄。


だから、分かっていた。

いつかこうなる日が来ることは。


エドワード殿下は、勝ち誇ったように続ける。


「貴様は、その嫉妬心から! か弱く心優しいリリアナに対し、夜な夜な呪いをかけ、庭の階段から突き落とそうとした! その罪、万死に値する!」


「まあ、なんて恐ろしい……!」


殿下の言葉に、リリアナ様がわざとらしく口元を覆い、震えてみせる。


(やってないんですけど!?)


思わず叫び出しそうになるのを、奥歯を噛み締めて必死にこらえる。

そもそも、ここ半年で殿下にお会いしたのは、公的な場で三回だけ。

リリアナ様とは、今日この夜会で初めて言葉を交わしたというのに。


階段から突き落とす?

呪いをかける?

ああ、もう……頭が痛くなってきた。

こんな雑な脚本で、よくもまあ、これだけの大観衆の前で堂々と演じられるものだわ。


(ああ、そうか。観客は、初めからわたくしを『悪役令嬢』だと信じて疑っていないのね)


魔力のない、出来損ないの公爵令嬢。

未来の王妃にふさわしくない、ただの置物。

そんな女が、魔力豊かで愛らしい男爵令嬢に嫉妬し、陥れようとする。

その方が、よほど物語として分かりやすく、面白いのだろう。


わたくしは最後の望みをかけて、会場の隅に立つ父の姿を探した。

銀縁の眼鏡の奥の冷たい瞳と、視線がかち合う。


――父様!


心の中で、必死に叫ぶ。

助けて、と。

わたくしは無実です、と。

けれど、父は……わたくしの実の父親であるアルテミス公爵は、すい、と静かに目を逸らした。

まるで、道端の石ころでも見るかのように。

その隣で、母は扇で顔を隠し、関わり合いになることを拒絶している。


ああ、終わった。


その瞬間、ぷつり、と心の中で何かが切れる音がした。

希望も、期待も、何もかも。


この世界に、この場所に、わたくしの味方など、一人もいやしないのだ。


悔しさと、悲しさと、どうしようもない虚しさが、マグマのように体の奥底からせり上がってくる。

視界がぐにゃりと歪み、全身の血が沸騰するような、不快な感覚。


(ダメ……ここで感情的になったら、また……)


幼い頃、一度だけ。

父に「出来損ない」と罵られ、あまりの悔しさに泣き叫んだことがある。

その時も、今日と同じような奇妙な感覚に襲われた。

次の瞬間、わたくしは気を失い……気づいた時には、書斎の窓ガラスが全て粉々に砕け散っていた。


「やはりお前は呪われている」


父の冷え切った声と、地下室の冷たい床の感触を、今でもはっきりと覚えている。


あれは、なんだったのだろう。

わからない。

けれど、今ここで同じことを繰り返せば、今度こそわたくしは狂人として、塔に幽閉されるかもしれない。


それだけは、嫌。


わたくしは、ゆっくりと息を吸い、そして、吐いた。

心の奥底で暴れる熱い何かを、分厚い氷の蓋で無理やり押さえつけるように。

背筋を伸ばし、首筋をまっすぐに保ち、完璧な淑女の仮面を貼り付ける。


「……エドワード殿下」


震えそうになる声を、意思の力でねじ伏せる。


「わたくしに、弁解の機会は与えられないのでしょうか」


「黙れ、悪女め! 貴様の言葉など、誰が信じるものか!」


ですよねー。


もはや、心の中のわたくしは完全に諦めの境地に達していた。

茶番はもういい。早く終わらせてほしい。


「……かしこまりました」


わたくしは、アルテミス公爵令嬢として教え込まれた、最も優雅なカーテシーをしてみせた。

床に広がる純白のドレスが、まるで断頭台に散る花のようだ、とどこか他人事のように思う。


「エドワード殿下、及び、リリアナ様。この度のわたくしの非礼、心よりお詫び申し上げます。殿下とのお立場、身の程をわきまえず、大変失礼いたしました。このミア・フォン・アルテミス、謹んで婚約の破棄を、お受けいたします」


これで、いいでしょう?

あなたたちが望んだ通りの、惨めで哀れな悪役令嬢。

さあ、存分に嘲笑いなさい。


わたくしが顔を上げた、その時だった。


ふと、突き刺すような視線を感じたのは。


それは、同情でも、侮蔑でも、好奇でもない。

まるで、分厚いベールの奥に隠された真実を、いとも簡単に見透かすかのような……鋭く、そしてどこか熱を帯びた、力強い視線。


自然と、視線はその主を探していた。


会場の壁際に、その人はいた。

闇を切り取って仕立てたような、漆黒の軍服。

磨き上げられた黒髪に、血のように赤い瞳。

周囲の喧騒などまるで意に介さず、ただ一人、異質なほどの静寂と冷気を纏って佇んでいる。


(あの方は、たしか……)


隣国、ガルニア帝国の――カイザー・フォン・エーデルシュタイン公爵。


戦場では鬼神と恐れられ、まつりごとでは血も涙もない采配を振るうことから、『氷血公爵』の異名を持つ人物。

近寄りがたいほどの美貌と、全てを凍てつかせるような絶対零度の眼差しは、噂に違わぬものだった。


なぜ、あのような方が、わたくしを……?


わたくしたちの視線が、刹那、絡み合う。

その瞬間、彼の赤い瞳が、ほんのわずかに興味深そうに細められたのを、わたくしは見逃さなかった。


それは、まるで。


誰もが見向きもしなかった道端の石ころの中から、たった一人、磨けば光る極上の宝石を見つけ出してしまったかのような――そんな、瞳だった。

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