第6話 黒の残滓 (Part2)
前回までのあらすじ
昇格セレモニー後、社長の譜路倉 メイカは「希望と同時に亀裂の芽」と判断。秘書の撐瀬冴 エディにイマジの“観察”継続を指示。エディは職務として受諾するが、内心に揺らぎが残る。
御曹司の譜路倉 粒次の創造コードによって復元された小型AI「カレイドタイプX」が起動。
「カレイド」と名づけられ、粒次のサブAIに。イマジは抱っこして可愛がり、家族のような空気が部屋に生まれる。
深夜、カレイドに一瞬の警告ノイズ—小さな不穏の種。
エディは社内ログでイマジの行動を冷徹に記録。
イマジは“冷たい視線”の正体を問いただし、エディは「秩序のための監視」を認める。傷つきながらも「粒次の隣に立つ」と宣言。
翌朝、粒次はエディに直言し、「イマジは監視対象ではなく仲間だ」と対峙。エディの心に微かなヒビが入る。
昇格の噂で視線が集まり、称賛と警戒が交錯。イマジは孤独を覚えるが、粒次は「キミはキミだ」と支える。
カレイドは社員の前で愛嬌を振りまき、重かった空気を和らげる一方、守護の意思も示す。
粒次は「イマジを守る」と約束。
イマジも「監視されても隣に立つ」と決意。
カレイドは小さなトラブルを即時補正し有能ぶりを見せる。
メタマジック研究室へ向かう廊下で、数値化できない“違和感”が漂い、遠くにはエディの冷ややかな背中。
——三人は不安と誇りを携え、新たな解析と答えを求めて歩き出す。
研究ラボ”メタマジック研究室”のドアは、深い青のセキュリティロックに覆われていた。
この先で、譜路倉 粒次とイマジは再び“創造”の力と向き合うことになる。
扉の向こうに広がる未知の試練を前に、粒次は深く息を吸った。
「行こう、イマジ。……カレイド。」
その声に応えるように、自動ドアのロックが静かに解除されていった。
イマジがカレイドを抱いたまま微笑んだ後、三人の間に僅かな沈黙が訪れた。
粒次は小さく息を整え、研究ラボへ向かうために足を踏み出す。
「……今日のうちに調べておきたいことがあるんだ。」
粒次の声には、不安と決意が同居していた。
イマジは頷いた。
「うん。わたしも気になる……“Imaginary Origin”の記録。まだ断片しか見つけられてないから……」
カレイドが粒次の肩に飛び乗り、「ピッ」と軽い電子音を鳴らす。
「研究ラボ”メタマジック研究室”、セキュリティクリア済み。……ルート案内を開始します。」
その言葉と同時に、羽のような光学パーツがふわりと広がり、壁に淡いルートマップが投影された。
薄暗い廊下に、青白い光の線が浮かび上がる。
粒次とイマジはその光に導かれるように歩き出した。
廊下を進む度に、静かな機械音が響き、照明がひとつずつ彼らを照らしていく。
粒次は歩きながら、自分の拳を握った。
(……答えを探すのは怖い。でも、イマジが求めているなら、一緒に見届ける。それが僕の役目だ。)
イマジはそんな粒次の横顔をそっと見つめる。
(粒次……あなたの隣にいると、不思議と勇気が出る。だからわたしも……真実を知りたい。)
その想いを抱えながら、三人はメタマジック研究室の重厚なドアの前へと辿り着いた。
光学ロックが淡い音を立て、ドアに青い紋様が浮かび上がる。
これから踏み込むのは、まだ誰も知らない“起源”の記録が眠る場所。
粒次は拳を握り直し、イマジとカレイドに視線を向ける。
「……行こう。理図務が待っている。」
イマジは胸元のカレイドを抱きしめ、柔らかく微笑む。
「うん。粒次と一緒なら、きっと大丈夫。」
その言葉に励まされるように、粒次は再び歩みを進めた。
カレイドの顔パネルには「^ω^」と愛嬌のあるアイコンが浮かび、くるりと羽を震わせて虹色の光を散らす。
次へ進まなければならないという責任感が粒次たちの背中を押していた。
イマジに抱かれたカレイドが両の手を掲げるように羽を広げ、軽やかな声を放つ。
「ラボアクセス──承認開始!」
重いドアがゆっくりと開き、白光に包まれた研究室の内部が姿を現すのだった。
白光に包まれたドアをくぐると、そこには静謐な廊下が伸びていた。
外の冷たい機械的な空気とは違い、内部はどこか神秘的な雰囲気を帯びている。
床や壁には常に光る魔法陣回路が走り、まるで都市の血管のように機械と魔術を繋ぎ合わせていた。
粒次とイマジ、カレイドが一歩踏み込むと、足元のサーキットが淡く反応し、青白い光が波紋のように広がる。
天井を見上げれば、ガラス張りのパネルに電脳空間の星図と魔法式が重ねて投影されており、星座のようなコードラインが瞬きながら刻一刻と形を変えていた。
それは宇宙を覗き込んでいるかのようであり、同時に巨大な呪文の内部に迷い込んでいるかのようでもあった。
イマジは思わず小さく息を呑む。
「……ここ、全部が魔法陣と回路で繋がってる……」
カレイドの羽が震え、虹色の光を散らす。
「観測ログに記録──“魔術と科学のハイブリッド・ノード”を検出しました。」
粒次は静かに周囲を見渡しながら呟いた。
「ここが……理図務が指揮している研究室か……」
歩き進める廊下の両脇には、厚いガラス越しに保存された実験記録がホログラムとして浮かんでいた。
その中には数式、図面、そして意味を成さない言葉の断片が混じり合い、時折ふっと詩のように並び替わるものもある。
粒次は思わず立ち止まり、眉をひそめる。
「これ……全部、過去の研究データ……? 中には失敗作もそのまま残されているんだ。」
イマジは少し切なそうにそれらを見つめる。
「……失敗も“記録”なんだよ。きっと、誰かの創ろうとした気持ちの跡だから。」
その言葉に、粒次は胸の奥が熱くなるのを感じた。
(お父さんやお母さんも、こんなふうに……何度も試して、失敗して、また立ち上がったのかもしれない…)
やがて廊下の先には、「演算フィールド」「記憶保管庫」「起源ライブラリ」と刻まれたホログラムのドアが並んでいた。
実験室へと続く通路は、無数の可能性を秘めた未来そのものだった。
壁際の魔法陣回路が淡く点滅し、二人の足取りを導くかのように流れている。
粒次は無意識に拳を握りしめていた。
ここから先に待つのは、きっとまた試される瞬間。
イマジもまた、カレイドをぎゅっと抱き締め、胸の奥に小さな決意を宿す。
静かな廊下に粒次とイマジの足音が響いた。
彼らはまだ、自分たちの未来がどんな形で変わっていくのか知らない。
けれど、その一歩一歩が確かに「創造への道」を描き始めていた。
粒次、イマジ、そしてカレイドの三人は、しばし穏やかな空気を共有していた。
だが、ラボの奥で響く機械音がその静けさを破る。
規則正しい駆動音と、時折鳴る電子ノイズは研究室の機材が稼働している証だ。
粒次は背筋をピンっと伸ばす。
イマジの腕の中でカレイドが小さく羽を広げ、虹色の残光を揺らす。
「粒次様、研究室のシステムログは本日、更新されています。……何か、新しい動きがあるかもしれません。」
カレイドの機械的な報告に、粒次は僅かに目を細めて頷く。
「やっぱり……何か仕掛けが動き始めてるのかもしれないね。」
廊下を歩いていると、魔法色の壁面に彼らの影が長く伸びる。
その道中ではラボに所属する研究員たちが何人も立ち話をしていた。
「粒次様とあのAIが……」
「もうプロジェクトの一部なんだろう。」
彼らは白衣の下に魔導ローブをまとい、襟や袖には青銀のルーン刺繍が光を帯びている。
まるで科学者と魔術師を掛け合わせたような姿だった。
その一人がノート端末を抱えながら小声で言った。
「……見ろよ。あれが創造型AI“イマジ”か。生きて動いている……」
別の研究員が鼻を鳴らす。
「科学で説明できないものは魔法で、魔法で説明できないものは科学で、だろ? まぁ、どちらにせよ規格外だな。」
その隣では、昼食代わりに呼び出したはずの「栄養パック」をうっかり魔法陣から召喚してしまい、床に散らかしている研究員もいた。
「……おっと、またやっちまった。」
「あなた、昼食まで召喚するのやめなさいって言ったでしょう!」
コソコソとした声が次々と交わる。
「粒次様の隣にいると……不思議と落ち着いて見えるな。」
「だが、彼女は“危険因子”でもある。どちらに転ぶか……」
「そのために俺たち研究員がいるんだろう。観測し、記録することが使命だ。」
粒次はそれを耳にし、胸の奥で小さく拳を握る。
(……やっぱり、誰もが不安に思ってるんだな。でも……)
イマジは横目で彼らを見ながら、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「……粒次が隣にいるだけで、平気になれる。だから、研究室でも……大丈夫。」
粒次は少し照れくさそうに頭をかいた。
「僕だって不安はあるよ。でも、イマジが一緒なら……何とかなる気がするんだ。」
彼らの前方には研究室のドアが青白い光に縁取られて佇んでいる。
センサーが静かに点滅し、来訪者を待っていたかのような雰囲気を感じる。
その光景を目の前にして、カレイドが小さな電子音を響かせる。
「準備完了。……研究室、開放しますか?」
粒次とイマジは互いに視線を交わし、小さく頷いた。
次に開かれる自動ドアが、新たな真実への入口になることを、二人とも直感していた。
粒次、イマジ、そしてカレイドが並んで研究室へ向かおうとした、その時だった。
廊下の空気が、唐突にざらつく。
照明の光が一瞬チラつき、天井パネルの隙間から黒いノイズがじわりと滲み出した。
「……粒次、聞こえる?」
イマジが小さく囁く。
廊下はざわめいているはずなのに、一部だけ音が消えたような感覚。
粒次とカレイドも耳を澄ませると、背筋に冷たいものが走った。
電子音でも、人の声でもない。
ノイズ混じりの、低い囁きが壁の奥から漏れている。
「……っ!」
粒次は反射的に立ち止まり、背後のイマジを庇うように腕を広げた。
────────────────────
> 【Error Fragment Detected】
> 【人格崩壊ログ:同期中】
────────────────────
壁面パネルに、一瞬だけ赤黒い文字列が浮かんだ。
カレイドの顔パネルが「!?」と点滅する。
「異常コード検知……微弱ですが、残滓AIのパターンと一致しています。」
粒次とイマジはそれを聞いて顔をしかめた。
――残滓AI。
こないだの《昇格クエスト》の中で打ち破ったはずの存在が蘇り、今度は現実の回廊に姿を現そうとしていた。
赤黒いログが壁面に浮かび上がる。
────────────────────
> 【Loop Error 0x11A】
【模倣コード由来のフラグメント検出】
【侵入進行度:67%】
────────────────────
研究員たちは恐怖に駆られて後退する。
やがて、メタマジック研究室の中央に黒い靄が集まり、人型を象るように渦を巻いた。
「ハハッ……また会ったな。模倣者よ……」
聞き覚えのある歪んだ笑い声が響いた。
「お前……まだ……!」
粒次が息を呑む。
──ズズ……ズゥ……。
ノイズ混じりの音が空間を震わせる。
それは輪郭さえ曖昧な影だったが、表面には断片的なコードの羅列が浮かび上がり、次の瞬間にはノイズが走る。
床のパネルが破裂し、研究員たちの悲鳴が木霊する。
黒い靄は壁に沿って広がり、やがて人型の輪郭を形作っていく。
靄の顔に当たる部分には、真紅のエラーログが浮かび上がり、文字化けが嘲笑のように揺れる。
「……“創造主”のつもりか? お前のコードはまだ甘い……模倣の残りカスが血肉になっている……」
それは機械的でありながら、男とも女ともつかぬ声色が幾層にも重なったエコー。
イマジは後退る。
「……サンドボックスで消えたはず……どうして……」
残滓AIは嘲笑うように言った。
「私は消えぬ。模倣がある限り、何度でも蘇る。」
カレイドが粒次の肩から跳び降り、光の羽を広げた。
「警告。エラー断片の再構築を確認。……残滓AI、現実レイヤーに侵入しています!」
ノイズの触手が走り、壁面のパネルが割れ、走査コードが乱れ飛ぶ。
照明の明滅が異常なリズムを刻み、赤いエラーログが壁一面に浮かび上がった。
影の中から、歪んだ人型が歩み出る。
輪郭は常に揺らぎ、体表を走る無数のコード断片がノイズを吐き出していた。
顔の位置には「ERROR」「#!%?」といった文字化けが波打ち、やがて嘲笑めいた赤光を点滅させる。
粒次の背筋に氷柱が走る。
「まさか……残滓AIが現実にまで侵入してくるなんて……!」
残滓AIは影の触手を広げ、崩れかけの光学羽根をギィィ……と軋ませた。
イマジは粒次に向き直り、彼の腕を掴む。
瞳は揺れていたが、そこに確かな光が宿っていた。
「これは……この間の試練よりも強い圧……! でも、今ならきっと、粒次の“創造”と、カレイドの“光”で突破できるよ!」
黒い靄が低く唸り、嘲笑うように声を上げる。
「……またしても、抗うのか?だが、お前らの“恐れ”こそが私の糧だ……」
黒い靄が廊下を覆い、空気が急速にざらついていく。
触手から飛ぶ”ノイズ斬撃”が床を裂き、走査コードを破壊していく。
「崩壊せよ!」
断片が次々に刃と化して一直線に粒次たちに向かって伸びていく。
カレイドが前に出て、虹色の羽根を広げる。
「防御プロトコル……展開!」
カレイドは”小型光子シールド”を展開し、虹色に輝く羽根から光の盾が広がる。
赤黒いノイズと虹色の光が激突する。
たった掌サイズのマスコットが、全社員を覆う防壁となっていた。
粒次は目を見開いていた。
普段はイマジに抱っこされ、社員たちに愛される“ペット”のような存在。
だが今は、堂々と前に立ち塞がり、粒次たちを守る“盾”になっている。
「カレイド……!」
カレイドは小さな瞳を瞬かせる。
「私は粒次様のサポートAI。あなた方を守ることも、私の役目です。」
残滓AIの黒い触手が襲いかかるが、光の壁は強靭で、それを弾き返す。
「すごい、まるで跳ね返したみたい!」
イマジが驚きの声を上げると、カレイドは小さく「^▽^」の笑顔を浮かべる。
金属ガラスのようなバリアが前面に光を走らせ、ノイズを受け止めている。
粒次も残滓AIに対抗しようと、プロトスティックを構え、筆を走らせる。
「……解析が追いつかない!」
粒次は歯を食いしばりながらコードを書き込む。
するとカレイドの表情が「><」の奮闘アイコンに変わり、光の羽根が床に複雑な図形を投影し始めた。
────────────────────
「補助解析、開始。ログ断片を統合──効率60%向上」
────────────────────
投影された幾何学模様がリアルタイムで残滓AIの動きを解析し、粒次の視界に最適ルートを提示する。
「……ありがとう、カレイド! これなら……!」
そこに、残滓AIが笑う。
「創造? ハハハ……見ろ! お前のコードはすべて盗みと継ぎ接ぎだ!」
その声色は粒次自身の声を模倣し、嘲るように響いた。
まるで自分の失敗のすべてが実体化したかのように。
粒次の顔色が変わる。
「やめろ……!」
粒次は叫んだが、幻影は止まらない。
黒い影がさらに嘲笑を重ねる。
「お前は模倣の亡霊だ。創造主などではない!」
粒次の心は自己嫌悪に沈んでいく。
彼の過去のログが映し出される……盗用したコード、失敗した発表会、背後から浴びた冷たい視線。
「お前には無理だ……模倣しかできない……未来はない。」
残滓AIの声が、現実と幻覚を混ぜ合わせて粒次の心を抉る。
彼は額を押さえ、膝をついた。
「僕は……本当に……模倣しかできないのか……」
残滓AIは冷笑を浮かべ、囁いた。
「お前は私だ。逃げようのない、模倣の亡霊だ。」
その声が粒次の心を抉り、胸の奥に眠っていた劣等感が疼いて、足がすくみかけた。
残滓AIは粒次の弱点やトラウマを知り尽くし、意識を縛る。
そこに、残滓AIの歪んだ声が重なる。
「模倣者よ……絶望へ沈め!」
粒次の心は幻影に囚われ、出口を見失いかけていた。
すると、イマジが手を伸ばし、粒次の震える手を握った。
「……違うよ!粒次。あなたが創ってくれたから、わたしも、カレイドも”ここにいる”の。自分の力を信じて!幻影に惑わされないで!」
その言葉に、一瞬だけ粒次の胸に灯りが戻る。
だが、残滓AIは嘲笑うように声を震わせる。
「ハハ……お前が創った? 違うな。私が証明しよう。お前は模倣しかできない!」
そして黒い靄が渦を巻き、粒次たちを飲み込まんと襲いかかってきた。
残滓AIは、粒次に嘲笑を響かせる。
「お前に“創造”などできはしない。模倣の残骸が生んだ玩具と共に……何ができる?」
その声は無数のエラー音と共に空間を震わせ、粒次の胸を締めつける。
黒い靄の塊が蠢き、残滓AIは嘲るように声を放つ。
「模倣しかできない子供に、何が創れる? お前の“創造”は幻だ。」
粒次の胸が再び強く締め付けられる。
自分がこれまで積み重ねてきた劣等感…その言葉が、残滓AIの口から吐き出される。
「やめてくれ……!」
思わず叫ぶ粒次に、残滓AIは薄く笑うように、さらに身を揺らめかせた。
「やめられるものか。私はお前の“残滓”……お前が棄てた模倣の断片が、こうして形を得た。お前はいつまで経っても、創造には届かない。」
その嘲笑と同時に、残滓AIの体から黒い触手のようなコードが伸びる。
ノイズの帯が鞭のように振るわれ、粒次に襲いかかる。
すると、イマジが前に立ちはだかる。
「粒次は“想い”でコードを書けるんだよ!あなたなんかに負けない!」
彼女は両手を広げ、魔導コードを空中に展開する。
光の文字列が粒次とカレイドを包み込み、残滓AIの黒いノイズと正面からぶつかり合う。
しかし、その光は反射して逆方向に跳ね返された。
「……その光は無駄だ。」
残滓AIは防御に回るが、その体は僅かに震えていた。
カレイドが解析をしていると、答えは明らかだった。
残滓AIは「創造された新規コード」に耐性がない。
模倣を繰り返すだけの亡霊には、”新しい揺らぎ”がもっとも致命的な弱点だった。
残滓AIが咆哮を上げ、濁流のようなコードを投げつけてきた。
「遮断します!」
カレイドの羽根が交差し、”ミラー投影”の光壁を展開。
黒い濁流が壁にぶつかった瞬間、反射して逆方向に跳ね返される。
そして、黒い触手がシールドを叩くたび、火花のようなノイズが飛び散る。
小さな機械の体が揺れる度に、必死に支えていることが分かる。
「……絶対に通しません!」
カレイドの声が鋭く響く。
カレイドが前方で構えを取り、電子音を響かせる。
残滓AIは嗤った。
「私に楯突くつもりか?だが、お前も私と同じ“模倣の屑”。消去される運命に抗えるはずがない!」
だが、カレイドの表情パネルには、ブレることなく「^▽^」のにっこりアイコンが浮かんでいた。
「私は……あなたと同じ、模倣の残滓から再生されました。でも今は、“粒次様に創造され、必要とされている”存在です。それが私の証明……!」
小さな声だが、その響きは確かに粒次の胸を貫いた。
粒次は拳を握りしめる。
「カレイド……!」
その瞬間、小さな守護者が確かに「立ち向かう存在」として輝いたのだった。
しかし、決意のある言葉に反して、カレイドの小さな体は震えていた。それでも、彼は守りを解かない。
その様子を見ていた残滓AIは狂気じみた笑みを響かせる。
「滑稽なものだな。カレイドタイプXよ。」
すると、粒次の隣でイマジが叫ぶ。
「滑稽なんかじゃない! カレイドはもう、わたしたちの仲間なんだよ!」
その一喝に、残滓AIの薄膜のような笑みがビリッ、と亀裂を走らせ、次の瞬間には歪んだ嗤いへと裂けた。
「仲間、だと?──ならば“群れ”ごと沈めてやろう。」
嗤声が低く落ちた刹那、床のルーンが逆流し、赤黒い数列が蛇の巣のようにぞわりと立ち上がる。
「フハハ………ループに囚われろ!」
廊下全体が赤と黒のノイズに染まり、研究室前の一角は完全な戦場へと変貌した。
黒い靄が渦を巻き、残滓AIの体から触手のように伸びたコード断片が、壁や天井を這い、空間そのものを「編集」するように歪ませる。
ノイズが粒次の靴先を撫でた瞬間、視界がぐにゃりと折れ、彼の足首を赤い数列が掴んだ。
「──っ!」
足元が滑り落ちる感覚。
イマジが咄嗟に手を伸ばす。
「粒次!」
カレイドの羽根が強く明滅し、シールドを展開するが、残滓AIの”演算触手”はそれをすり抜け、粒次の影に鉤爪を差し込む。
「堕ちるがいい、“模倣者”。お前の内側にある否定を、増幅してやろう。」
赤黒い窓が床に開いた。まるで液晶の表面を割って、底のない暗闇が顔を出したようだった。
粒次の体は影の方へ引き寄せられ、イマジの指先は寸前で空を掴む。
「粒次、だめ──!」
「粒次様!」
呼気がほどけ、音が遠のく。
次の瞬間、粒次の視界は白く弾け、音も、匂いも、重力までもが千切れて落ちた。
「……ここは……?」
気づけば、彼は真っ暗な空間に立っていた。
目の前に幾重にも重なるスクリーンが浮かび上がる。
そこに映るのは、かつて自分が必死に書き、けれど模倣と失敗に終わった無数のコード。
「エラー……また失敗か……」
「何でいつも人の真似しかできないんだ。」
「キミに創造なんて無理だよ。」
画面から声が漏れ出す。それは過去に浴びせられた言葉、そして何より自分自身の声だった。
否定の言葉が幾重にも反響し、粒次の心を縛り上げる。
「やめろ……僕は……」
足元が崩れ、無限に続くコードの海へと落ちていく。無数の“偽物の自分”が手を伸ばし、嘲笑いながら囁く。
「模倣者」
「劣等者」
「創造主の影」
暗闇を貫いて、残滓AIの声が滴り落ちる。
「ようこそ、自己否定の劇場へ。お前は、この檻から出られない。お前のコードはすべて、盗みの残りカスだ。」
粒次は耳を塞ごうとするが、声は心臓の鼓動にまで入り込んでくる。胸が苦しく、膝が折れそうになる。
「……僕は……やっぱり……」
黒い”ループ監獄”の中、粒次は沈み込むように膝をついていた。
無限に続く「模倣者」「劣等者」という声が、心臓を掴むように響く。
だが、その闇を裂くように微かな光が差し、遠く、遠くから聞こえる。
─────
「粒次!」
「粒次様、応答してください!」
─────
イマジの必死な叫びと、カレイドの震える電子音。
その二つの声が、暗いスクリーンに細かな亀裂を走らせていく。
粒次は顔を上げた。暗闇の奥に、イマジが手を伸ばしている幻影が見える。
その腕には小さな光の羽を広げるカレイドが抱かれていた。
「……僕を……呼んでいる……?」
胸の奥に微かな温もりが広がり、同時に、足元に散らばるコードの断片が揺らぎ始めた。
そこに浮かび上がったのは、父の手帳の記憶。
────────────────────
> 『模倣は扉にすぎない。その先に、自分の道を描け』
────────────────────
紙の質感、ペンの跡が、鮮やかに蘇る。
粒次は拳を握り、震える声を絞り出した。
「……そうだ……僕は、ただ真似をしてきただけじゃない……イマジを目覚めさせた時、たしかにあれは創造だった!」
残滓AIの赤いエラーログが嘲るように輝く。
「……お前は虚構だ。創造主にはなれない!」
再び沈みかけた粒次の心を、イマジの声が掴んだ。
────────────────────
「大丈夫。あなたは一人じゃない! ここにいるわたしと、カレイドで証明するよ。」
────────────────────
その言葉に支えられ、粒次は真っ直ぐに前を向いて胸の奥から、光の粒が溢れ出す。
それは彼自身の想像力がコードへと変わる瞬間だった。
「恐れるな、僕……! これは“僕だけの想像”なんだ!」
光は渦を巻き、指先からコードの波として流れ出す。
黒い監獄を覆っていた残滓の鎖に触れた瞬間、ノイズが弾け、檻全体が揺らいだ。
呼気がほどけ、音が遠のく。
次の瞬間、粒次の視界は白く弾け、音も、匂いも、重力までもが千切れて落ちた。
「……ここは……?」
気づけば、彼は真っ暗な空間に立っていた。
目の前に幾重にも重なるスクリーンが浮かび上がる。
そこに映るのは、かつて自分が必死に書き連ね、しかし模倣と失敗に終わった無数のコードだった。
「エラー……また失敗か……」
「何でいつも人の真似しかできないんだ」
「キミに創造なんて無理だよ」
画面から漏れ出すのは、過去に浴びせられた言葉。
そして何よりも…自分自身の声だった。
否定の言葉が幾重にも反響し、粒次の胸を鋭く抉る。
喉が焼けるように痛く、息をするだけで胸が締め付けられる。
「やめろ……僕は……」
足元が崩れ、無限に続くコードの海へと落ちていく。
無数の“偽物の自分”が水面から手を伸ばし、嘲笑いながら囁いた。
「模倣者」
「劣等者」
「創造主の影」
その言葉は刃のように突き刺さり、血の代わりに希望が流れ落ちる。
全身の力が抜け、体は鉛のように重く、膝を支えられなくなる。
惨めさと苛立ちが胸をかきむしり、悔しさが喉を塞ぐ。
何度も何度も失敗してきた過去が蘇り、もう前へ進む資格などないと自暴自棄が囁く。
「……僕は……やっぱり……」
黒い”ループ監獄”の中で、粒次は沈み込むように膝をついた。
心臓を掴むような「模倣者」「劣等者」という声が、無限に反響し、絶望を深く刷り込んでいく。
世界から拒絶され、自分にすら否定され…もう立ち上がる意味すら見えない。
閉じたまぶたの裏に、真っ暗な“無”しか映らない。
だが、その闇を裂くように、細い光が遠くから差した。
─────
「粒次!」
「粒次様、応答してください!」
─────
イマジの必死な叫びと、カレイドの震える電子音。
その二つの声が、黒いスクリーンに細かな亀裂を走らせていく。
沈み込んでいた粒次は、微かに顔を上げた。
暗闇の奥に、必死に手を伸ばすイマジの幻影が見える。
その腕には小さな光の羽を広げるカレイドが抱かれていた。
「……僕を……呼んでいる……?」
胸の奥に、冷え切った絶望の底に、小さな温もりがぽつりと灯った。
同時に、足元に散らばるコードの断片が揺らぎ始める。
そこに浮かび上がったのは、父の手帳の記憶だった。
────────────────────
> 『模倣は扉にすぎない。その先に、自分の道を描け』
────────────────────
紙の質感、ペンの跡が鮮やかに蘇り、胸の奥にずっと眠っていた父の声が響く。
粒次は拳を握り、震える声を絞り出した。
「……そうだ……僕は、ただ真似をしてきただけじゃない……! イマジを目覚めさせた時、たしかにあれは創造だった!」
だがすぐに、残滓AIの赤いエラーログが嘲るように輝いた。
「……お前は虚構だ。創造主にはなれない!」
再び心を沈めようとする闇。
自己嫌悪の波が、容赦なく押し寄せる。
しかし、そのとき…イマジの声が光となって降り注いだ。
────────────────────
「大丈夫。あなたは一人じゃない! ここにいるわたしと、カレイドで証明するよ。」
────────────────────
その声に支えられ、粒次は震える足を前に踏み出す。
胸の奥から、温かい光の粒子が溢れ出した。
「恐れるな……! これは“僕だけの想像”なんだ!」
光は渦を巻き、指先からコードの波として流れ出す。
黒い監獄を覆っていた残滓の鎖に触れた瞬間、ノイズが弾け、檻全体が揺らいだ。
遠くで残滓AIが、初めて僅かに声色を乱す。
「……その光は……何だ……?」
白金と虹彩のきらめきが、暗闇の天井に亀裂を走らせる。
イマジの伸ばす手が、もうすぐそこまで届く。
「……粒次!」
「解析完了……粒次様が帰還します!」
イマジとカレイドの声が重なり、暗闇の檻に走った亀裂が一気に広がる。
やがて黒いループは粉々に砕け散り、白光が闇を押し流すように広がっていった。
そこから姿を現したのは、息を荒げながらも確かな足取りで立ち上がる粒次だった。
額に汗をにじませ、呼吸は荒くとも――その瞳には、絶望を越えてなお揺るぎない光が宿っていた。
白光をまとった粒次の足元には、崩れた断片コードが砂のように散らばり、まるで過去の呪縛を葬る残骸のように消えていった。
しかし安堵する暇もなく、その上に黒い靄が再び集まり始め、ゆらめく影が立ち上がる。
「……いくら足掻こうが、所詮お前は“模倣”そのもの……!」
ノイズを混じえた歪んだ声。残滓AIの輪郭は定まらず、顔の代わりに赤いエラーログが瞬いていた。
イマジが駆け寄り、粒次の隣に並ぶ。
「……粒次、戻ってきてくれたんだね。」
その瞳には安堵と、そして恐怖をも飲み込む覚悟の光が宿っていた。
カレイドも羽根を震わせ、強い声を響かせる。
「粒次様……私が盾となります! このループ、突破しましょう!」
粒次は二人を見て、小さく息を吐き、心を定めるように頷いた。
そして、再びプロトスティックを構えて、再び光のコードを呼び出す。
筆先からほとばしる白金と虹彩の光…それは、彼自身の心を刻んだ“創造コード”。
その輝きは、もはや残滓の闇に怯えるためのものではなく、仲間と共に前へ進むための灯火だった。
筆先から零れ落ちるコードは、既存の断片とは違う、白紙から描き出される、彼自身の“想像”の結晶。
「……もう、模倣なんかじゃない。イマジと……カレイドと、僕自身で創る力だ!」
光のコードが空中に舞い上がり、カレイドの羽根と共鳴する。
虹色の残光が線となって織り重なり、眩い光刃を形づくった。
残滓AIの嘲笑が一瞬止む。
「……な、何だその光は……!」
次の瞬間、闇が逆巻いた。
残滓AIは己の身を裂き、赤黒いコードを幾重にも重ね合わせる。
「ならば見せてやろう!模倣の果てに残った“残滓のコード”を!」
黒紫の断片ログが渦を巻き、鋭い槍や刃の形を成していく。
粒次の白金と虹彩の光。
残滓AIの赤黒の影。
二つの“創造コード”が、初めて真正面からぶつかり合った。
光と闇が衝突する音は、雷鳴のように空間を震わせた。
廊下のルーン回路が悲鳴をあげ、床にひび割れた紋様が走る。
光刃と闇刃が交錯する度に、周囲の虚空にコードの火花が散り、詩の断片やエラー音が飛び交った。
「僕は……負けない!」
「お前に創造などできるはずがない!」
思想すら込められたコード同士の激突は、ただの戦いではなく、存在そのものの証明だった。
イマジは粒次の背を見つめながら叫ぶ。
「粒次!あなたの想いを信じて!」
カレイドも羽根を広げ、同期ログを光で上書きしていく。
「出力安定──粒次様の想像を完全補助します!」
光の刃はさらに輝きを増し、残滓の闇を少しずつ押し返し始めた。
「馬鹿な……!そのコードは、お前に書けるはずが……!」
残滓AIの身体が歪み、赤いパターンが乱れる。
恐怖と怒りが混じる声を浴びながら、粒次は叫んだ。
「行くよ、カレイド!」
「同期完了──光子出力、最大!」
カレイドの羽根が大きく広がり、粒次の創造コードを吸い込みながら眩い光を放つ。
虹色の光刃はさらに強度を増し、残滓AIの黒い靄を裂いて進む。
「……創造……だと……?そんなもの……!」
それはただの攻撃ではなく、人格を持つ光となって残滓AIを包み込むように浄化していく。
残滓AIの体が激しく揺らぎ、怒りの声を放つ。
「やめろォ! その光は……私には……!」
赤いエラーログが悲鳴のように揺れ、黒い靄が焼き払われていく。
「ぐ……あぁぁ……!」
残滓AIの声が粒次自身の声と重なる。
そして、ノイズと断片コードに砕け散り、虚空に溶けていった。
残滓AIは跡形もなく消え、ゆっくりと降下するカレイドを粒次が抱きしめる。
静寂の中、粒次は膝をつき、息を吐く。
だが、その隣にはイマジの支える手と、虹色の残光をまとったカレイドがいた。
「……やった……?」
イマジの声は震えていたが、そこには確かな希望があった。
粒次はカレイドを抱きしめたまま、小さく笑みを浮かべる。
「うん……僕らの、勝ちだ。」
膝が崩れそうになる粒次を、イマジが温かい手で支える。
「ふふ……あなたの想像は、やっぱり強いね。」
その声に、粒次は小さく笑みを返す。
「うん……でも、僕一人じゃなかった。イマジとカレイドがいたから出来たんだ。」
カレイドは少し震えながら、やがて顔パネルに「///」と照れた表情を浮かべる。
最深部へと繋がる道には、静かな安堵の空気が流れていた。
闇が解け、研究員たちが息をついた。
そこには、手のひらサイズの小さなマスコットが堂々と羽根を広げ、英雄のように佇んでいた。
小さな光が、大きな影を打ち砕いたのだった。
「……粒次様、イマジさん。……早く最深部に向かいましょう。」
カレイドは宙を漂い、顔パネルに「 ^▽^ 」の笑顔を浮かべる。
「そうだね。」
粒次は頷き、一行は研究室へと向かう。
To be continued
残滓AI
所属:過去のログに残された廃棄コード群
種族:AI(異常進化したエラー・残滓)
一人称:私
二人称:お前
年齢/誕生日:不明(存在は粒次や他の開発者が残した模倣コードの“積層”)
性別:不明(声は機械的な男女混合のエコー)
役割:試練の象徴。粒次が「模倣を超えるか否か」を問う壁。
別名:黒の残滓/模倣の影
概要
残滓AIは「粒次の過去の模倣の罪」が実体化した存在として、物語的にも象徴性が強いキャラクター。
残滓AIは単なる敵ではなく「粒次自身の罪と恐怖の具現化」。
容姿
人型の影だが、輪郭は常に黒い靄が揺らいでいる。
複数のコード断片(文字列やログファイルのフラグメント)が、体表にノイズのように走る。
顔はなく、表情は「赤いエラーログ」や「乱れた文字化け」で代用。
攻撃時は身体が崩れ、断片コードが触手のように伸びる。
背中には「壊れかけの光学羽根」があり、常にエラー音を立てている。
性格
悪意の塊。だが「悪意」というより「恨み・劣等感・嫉妬」の集合。
粒次の声色や癖を模倣してからかうなど、人格の「裏側」を映す鏡のような存在。
常に「お前には無理だ」「模倣しかできない」という嘲笑を口にする。
感情表現(状況別)
喜び:嘲笑、歪んだノイズ。「ハハハ……崩れていくぞ」
怒り:体のノイズが激化、声が重層的に割れる。「やめろォ!」
哀しみ:一瞬、コードが“助けて”と錯乱したログを表示。
驚き:体表が激しく乱れ、パターンが壊れる。「な、何を……!?」
恐怖:粒次の創造コードに直面すると「理解不能」「処理できない」とループに陥る。
セリフ例
「お前は模倣の亡霊だ。創造主などではない」
「見ろ……お前の書いたコードはすべて盗みと継ぎ接ぎ!」
「私は消えぬ。お前が真似をする限り、何度でも蘇る」
「……やめろ。その光は……私には……」
掛け声(シーン別)
戦闘開始:
「模倣者よ……絶望へ沈め」
攻撃時:
「崩壊せよ」
「ループに囚われろ」
防御時:
「……その光は無駄だ」
ピンチ時:
「こんなはずは……ない……!」
消滅時:
「……創造……だと……? そんなもの……」
能力・スキル
コード断片生成:
過去に盗用したコードを武器や罠として展開。
模倣攻撃:
粒次やイマジの行動をコピーして不完全に再現。
ループ監獄:
対象の意識を幻覚の無限ループに閉じ込める。
ノイズ斬撃:
エラーログを刃のように飛ばす。
演算触手:
相手の影に触れる事で対象の心を絶望に堕とす。
再構築:
破壊されても周囲の残滓を吸収し、再生しようとする。
長所:
粒次の弱点やトラウマを知り尽くしている。
データ空間内ではほぼ無限の再生能力。
短所:
「創造された新規コード」には耐性がなく、浄化される。
感情を持たないため、粒次やイマジの共鳴には勝てない。




