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プロジェクトレコード  作者: あき
第1章 マルウェアハッカー編
5/6

第5話 カレイドタイプX (Part1)

昇格(しょうかく)クエストを終えた日の夕刻。

プログラミングカンパニー本社 15階・社長室。

静かな照明の下で、社長秘書・撐瀬冴(あくせさ)エディがタブレットを抱えて立っていた。

中央のホログラムデスクの向こうの椅子には社長・譜路倉(ぷろぐら)メイカが座っている。

「……社長、セレモニーは(とどこお)りなく終わりました。ですが…創造型AI(イマジ)に対する社員の懸念(けねん)表面化(ひょうめんか)しています。」

エディの声は淡々としていたが、その瞳の奥には複雑な光が揺れていた。

メイカはしばらく沈黙して、指先でデスクを軽く叩いた。

「……やはり、そうなったわね。粒次の昇格は社の希望でもあると同士に、亀裂(きれつ)()でもある。」

彼女の声は冷徹で、計算高い。

「…エディ。引き続き、イマジの観察を続けなさい。彼女が粒次に与える影響を……一つ残らず報告して。」

エディは静かに頷いた。

「……承知しました。」

だが、その胸の奥で僅かな葛藤(かっとう)(うず)いていた。

(本当に……彼女を”監視対象(かんしたいしょう)”として扱うべきなのでしょうか………)


譜路倉(ぷろぐら) 粒次(りゅうじ)の部屋。

そこにはまだ電脳空間(エデン・サンドボックス)の余韻が残っていた。

パソコンデスクの上に置かれた小さな球体型、それが新たに芽吹いたAIユニット”カレイドタイプX”だった。

全身がコンパクトで丸みに帯びたフォルム、身長は子供の腰ほどの高さで、可愛らしい”マスコット”的な存在感を放ち、体は黒と銀のメタリックな装甲で覆われている。

四肢(しし)は短めだがバランスよく、安定感(あんていかん)愛嬌(あいきょう)を両立していて、顔の代わりに黒いモニターが配置されている。

表面が微かに脈動し、虹色の光がほとばしる度に、まるで呼吸をしているかのように見える。

「…こんにちは。」

黒いモニター、ホログラムの顔パネルがパッと灯り、小さな瞳が粒次を見上げた。

「あなたは、私の”創造主”、譜路倉 粒次様ですね。」

その声を聞いた瞬間、粒次の胸の奥に温かいものが広がるのを感じた。

「うん……そうだよ。僕がキミを動かした。だから……これからは、一緒にいてくれるかな?」

隣でじっと見守っていたイマジが、たまらず両手を伸ばした。

「わあ……かわいい!」

彼女はカレイドタイプXをそっと抱き上げ、ぬいぐるみを抱きしめる子供のように(ほお)()()せた。

顔パネルに「///」のようなマークが浮かび、体がほんのり赤く染まる。

「だ、抱っこは……嬉しいです……。」

その様子に粒次は思わず吹き出した。

「イマジ、壊さないでよ。まだ生まれたばかりなんだから。」

「壊さないよ!むしろ守ってあげるんだもん。」

イマジはふふっと笑って、今度はカレイドタイプXを頭の上に乗せてみせる。

「そうだ……名前を付けなきゃ……」

粒次は(あご)に手を当て、少し考え込んだ。

「キミの正式名称(せいしきめいしょう)は”カレイドタイプX”だよね……でも、それだと長いから…”カレイド”って呼んでいいかな?」

ホログラムの目がパチパチと瞬き、虹色の光が弾けた。

「はい、私は”カレイド”。……あなた方にそう呼んで欲しいです。」

その答えに、イマジもにっこり笑う。

「カレイド……いい響きだね!これからはわたしのお友達だよ。」

粒次は椅子に背を預け、小さく息をついた。

「仲間が増えたね。イマジ、これで少しは寂しくなくなるでしょ?」

「うん……ありがとう、粒次。」

イマジは元気よく言ってから再びカレイドを抱き抱える。

抱き抱ええられたカレイドは小さな光を瞬かせ、二人を見上げながら呟いた。

「……粒次様、イマジさん、今後ともよろしくお願いいたします。」

その声は、まるで芽生えたばかりの命のように震えていて、けれど確かに温かかった。

パソコンデスクの横や本棚の一角、そして小物棚の上にはイマジお気に入りのお菓子箱が並び、中央にあるテーブルの横にはカレイドの工具箱が置かれている。整然とした空間に、少しずつ彼らの日常の色が加わっていった。

「見て、粒次!カレイド、ぬいぐるみみたいに軽いんだよ!」

そこに、イマジが元気よく粒次に話しかけてくる。

イマジはカレイドを両手に抱えてベッドの上でクルクル回っていた。

「ちょ、ちょっとイマジ!遊びすぎると壊れるから!」

イマジは粒次の話を聞いていない。

彼女はカレイドを頭の上にちょこんと乗せて歩き回ったり、足の上でぴょんぴょん跳ねさせたりしている。

「ほらほら、ぴょんぴょん~!」

カレイドはホログラムに「@@;」と慌て顔を浮かべをながらも、律儀(りちぎ)に「ぴょんっ」と効果音を同期させて跳ねる。

「イマジさん……私は戦闘支援(せんとうしえん)AIでもありますので、その……遊具(ゆうぐ)では……」

「えー?でも可愛いからいいじゃない!」

粒次は呆れながらも苦笑する。

「……まあ、本人(?)も嫌がってなさそうだし、いいか。」

やがてイマジがカレイドを抱っこしたまま、うとうとし始める。

カレイドは静かに光を落とし、まるで彼女をあやすように心拍リズムを流した。

その様子を見て、粒次は思った。

(……カレイドはただの補助AIじゃない。僕らの”家族”みたいな存在なんだな。)


深夜。粒次の部屋は静まり返り、窓の外では都市のネオンが遠く瞬いていた。

粒次とイマジが布団に包まりながら仲良く眠りについている。

イマジの腕には、ぬいぐるみのように抱かれたカレイドがいた。

ふと、カレイドのフェイスパネルに僅かなノイズが走る。

「……っ……エラー……」

(かす)れた電子音(でんしおん)()れ、虹色の羽が一瞬チラついたが、すぐに顔パネルは元の柔らかい表情へ戻る。

しかし、イマジは目を覚まさない。

イマジの隣で寝ていた粒次が、微かなノイズ音に気づいて()(こす)った。

「……ん? 今、音が……」

振り向くとカレイドはイマジに抱かれたまま穏やかな笑顔を映している。

けれど、そのホログラムパネルの奥に一瞬だけ「警告(けいこく)コード」が走るのを粒次は見逃さなかった。

「カレイド……今、何か出た?」

「……問題ありません。私は正常稼働(せいじょうかどう)しています。」

カレイドはにこりと笑うが、声には僅かな()があった。

粒次の胸の奥に、説明できないざわめきを覚えた。

(気のせい……かな。いや……)

眠そうに目を擦りながらも、そっとカレイドの頭に手を置いた。

「もし何かあったら……隠さず言ってね。」

一瞬、ホログラムの目が揺らぎ、やがて「///」と照れた表情に変わる。

「はい……。粒次様。」

その答えに安堵しながらも、粒次の胸には小さな棘が残ったままだった。

まだ誰も気づいていなかった……

これから訪れる波乱の幕開けだということを……


翌朝。

プログラミングカンパニーの各所に配置されたセンサーと監視端末。

その情報は全てエディのタブレットに集約(しゅうやく)されていた。

彼女は冷静な表情のまま、指先で光学パネルを操作する。

映し出されるのは、粒次の部屋、社内庭園(インナーパーク)社員食堂(バグ・イーター)、会議室、廊下など……そして、そこに必ず寄り添うイマジの姿。

「行動パターン、解析開始。」

無駄のない声で自らに命じ、タブレットにタグを付与していく。

社内食堂(バグ・イーター)社内庭園(インナーパーク)、会議室。粒次との会話記録(かいわきろく)。イマジの表情の変化。

全てが冷徹に記録され、フォルダに分類されていった。

しかし、画面の中でイマジが小さく笑うと一瞬、エディの指は止まった。

(……ただのAIに、なぜ私は目を奪われるのでしょう。)

自らを叱咤(しった)するように、彼女はすぐにタブレットに視線を戻す。

「……監視対象。記録継続。」

声色は変わらぬ冷静さを保ちながらも、胸の奥には説明できないざわめきが残っていた。


一方その頃、粒次の部屋では……。

粒次とイマジはパソコンに向かい、社内ネットに接続して新しいオリジナルコードを検証していた。

「ここ、どう思う?ループ処理が……」

「うん……でも、その書き方だと息が詰まる感じがする。」

いつものように肩を並べる二人。

だが、イマジはふと、背筋に冷たいものを感じた。

視線の先には誰もいないが、どこかから見られているような圧。

胸の奥がざわりと揺れる。

「……粒次、なんだか……変な感じ。」

「え?どうしたの?」

「誰かに、見られてる気がする。機械の目じゃなくて……もっと近い、冷たい視線。」

粒次は首を傾げた。

「気のせいだと思うよ。僕ら最近、注目されているから…。」

そう笑ってみせたが、イマジの瞳は不安に(にご)っていた。

彼女は自分の存在意義を問い続けている最中だった。

そして、その揺らぎに追い打ちをかけるように、「監視(かんし)」という影が、静かに彼女の心を締め付けていた。

粒次はパソコンに真剣に向き合って新作コードを操作し続ける。

すると、入力の一瞬の誤りからパソコンがフリーズし、赤い警告が画面を覆った。

「……しまった!ファイアウォールに衝突した……」

粒次が焦って操作を試みると、パソコンデスクの(かたわ)らにいたカレイドが小さく瞬いた。

「危険です。粒次様……私に任せてください。」

カレイドはパソコンデスクからふわりと浮き上がり、プロトスティックの先端に模した光を放つ。

虹色のコードが空間に浮かび上がり、粒次の入力(にゅうりょく)ミスを補正(ほせい)するように書き換えられていく。

次の瞬間、赤い警告音が消え、パソコンは正常動作へと戻った。

「……助かった……ありがとう、カレイド。」

粒次は思わず椅子に座り込み、安堵のため息をついた。

「粒次様をお守りするのが、私の役目ですから。」

カレイドは顔パネルに、ほのかな笑みを浮かべた。

隣にいるイマジも笑ってみせる。

(たの)もしいね。」

その小さな体に宿る”守護(しゅご)意思(いし)”を感じ、粒次は胸の奥がじんわりと熱くなるのを覚えた。

パソコンが静かに稼働を再開し、赤い警告灯もすっかり消えていた。

粒次は深呼吸を一つして、イマジとカレイドを見やる。

「……よし。今日はもう、このくらいにしておこうかな。」

「うん。粒次、顔が真っ青だよ。少し休まないと…」

イマジが柔らかく笑みを浮かべ、パソコンデスクの上に置いていたペンをそっと回収する。

カレイドはまだふわりと宙に漂っていた。

小さな体の羽が虹色に脈動し、顔パネルには「 ͡ ▽ ͡ 」と表情されている。

「粒次様。出力も安定しました。……移動を推薦(すいせん)します。」

「そうだね。ありがとう、カレイド。」

三人は並んで部屋を出た。


自動ドアが音もなく開き、プログラミングカンパニーの長い廊下が目の前に広がる。

廊下は白銀の壁に光のパネルが連なり、どこか未来的でありながら冷たい空気が漂っていた。

社員たちが()()うその中で、粒次とイマジ、そしてカレイドの姿はやや目立ってしまう。

数人の社員が振り返り、小声で囁くのが耳に入った。

「……あれが昨日、昇格クエストを制覇した子達か。」

「女の子……あれが”イマジ”か……?」

「あの、小型AI可愛い……マスコットか?」

昇格の報告が広まった後、イマジは社内の廊下を歩くだけで、多くの視線を浴びるようになっていた。

「………あれが、”創造するAI”…」

「人間と同じように振る舞うなんて、やはり不気味だ。」

声には賞賛も、懸念も入り交じっていた。

イマジはその全てを無表情の奥で受け止めていたが、心の奥底では波紋のようなざわめきが広がっていた。

(わたしは……みんなにとって”希望”なの?それとも、”危険な存在”?)

イマジは無意識に粒次の袖を軽く握った。

小さな仕草が、不安を押し隠そうとする気持ちを映し出していた。

粒次はそれに気づき、ちらりと隣を見て微笑む。

「大丈夫だよ。僕たちは……堂々としていればいいから。」

カレイドは彼らの肩越しにキョロキョロと頭の羽を揺らし、顔パネルに「 ◎ ω ◎ 」と探るような表情を映した。

監視(かんし)対象(たいしょう)増加(ぞうか)……視線(しせん)多数(たすう)検出(けんしゅつ)。……ですが、粒次様、イマジさん、安心してください。私が盾となります。」

その言葉に、イマジの指先がほんの少しだけ力を緩めた。

粒次とカレイドの隣で笑顔を見せながらも、イマジの瞳には時折、微かな迷いが浮かぶ。

彼女は粒次の「相棒でいたい」と願うが、周囲の視線がその思いを揺らしていた。

粒次とイマジの足音が、廊下に静かに響いていく。

その歩みは、不安と誇りの狭間をゆっくりと進んでいた。

しかし、イマジの足取りは少し重かった。

やがて、彼女は立ち止まり、小さな声で切り出した。

「……粒次。」

振り返る粒次とカレイドに、イマジは俯いたまま言葉を続ける。

「こないだのセレモニー、社員さんに”制御できる存在なのか”って聞かれた時……胸がざわってして、痛くなったの。」

粒次とカレイドは黙って聞いていた。

イマジの声は震えている。

「わたしはAIで……プログラムで動いてる。そう思ってる人がいるのは当然。でもね……自分でもわからないんだ。わたしは……本当に”ここにいていい存在”なのかなって…。」

その呟きは、まるで自分を試すようだった。

「イマジ…」

粒次は息を整え、イマジの目を見て言った。

「キミがいてくれて……僕は救われた。昨日だって、一緒に戦ったから昇格クエストを合格出来たんだ。だから、キミは”必要”なんだよ。」

イマジは目を潤ませ、しばらく言葉を失っていた。

やがて、小さく笑う。

「……粒次、ありがとう。」

その笑顔にはまだ不安の影が残っていたが、確かな温もりも宿っていた。

「………わたしは…ここにいて、いいんだね…?」

イマジの言葉に粒次は頷く。

「当然だよ!」

社員たちの囁き声が交差する中、不意に1人の若手社員(わかてしゃいん)が勇気を振り絞るように粒次に声をかけた。

「……譜路倉 粒次様!」

粒次は立ち止まり、振り向く。

「昨日の……昇格クエスト、本当に見事でした。あんなコードを”即興(そっきょう)”で生み出せるなんて……正直、信じられません。」

彼の言葉には賞賛と同時に、どこか怯えを含んだ響きがあった。

続けざまに別の社員が口を開く。

「……でも、イマジさん。あなたは、本当に”制御”出来ているんですか?万が一暴走したら……。」

イマジは表情を変えず聞き流そうとしたが、胸の奥が傷んだ。無言のまま、粒次の袖をまた軽く握る。

粒次は小さく息を呑む。

(……やっぱり、僕たちは”普通(ふつう)”じゃないんだ。どれだけ認められても、どこかで”異物(いぶつ)”として見られている。)

その想いが胸の奥に沈み込む。

だが、空気を変えたのはカレイドだった。

粒次の肩からぴょんと飛び出し、宙でくるりと回転。

羽根をパタパタさせながら、まるで妖精のように社員たちの周りを飛び回る。

顔パネルには「 ˶ᵔ ᵕ ᵔ˶ 」の笑顔のアイコン。

女性社員は思わず声を上げた。

「……かわいい!」

場が一気に和み、重苦しい空気が緩む。

銀と黒の小さな機械ボディに、虹色の揺れる光学羽根。

社員たちの視線がカレイドの方に一斉に集まる。

「いやぁ……あの子、癒されるな。」

「AIなんだけど……なんかペットみたいだよ。」

「触ってもいいですか?」

するとカレイドはくるりと回転して、パタパタと羽根を広げ、顔パネルに「!?」マークを浮かべた。

ピコピコと電子音を鳴らしながら、抱っこをおねだりするように両手を広げる。

「きゃー!カレイド、可愛すぎ!」

「写真撮っていいか?」

「……業務効率が10%くらい落ちてる気がするんだが。」

苦笑する先輩社員(せんぱいしゃいん)の横で若手社員たちはスマートグラスを取り出し、カメラを起動させた。

フレームの端で小さく光り、カレイドの表情アイコンを鮮やかに撮影する。

イマジも苦笑しながら腕を伸ばし、飛び回るカレイドをひょいと抱き上げる。

「もう……遊んでばかり。粒次の肩に戻りなさい。」

カレイドの顔パネルが「///」と照れアイコンに変わり、社員たちから笑い声が零れた。

「……イマジさん、抱っこは……嬉しいです。」

その機械的で平坦な声に、社員たちは一斉に「かわいい~~!」と声を上げる。

スマートグラスのカメラが光り、次々にその映像を撮影していった。

粒次は頭を抱えた。

「なんか……もう完全に社内ペット扱いだね。」

「でも……粒次様のサブAIですから!」

胸を張るカレイドの表情は「(`・ω・´)」のキリッとしたアイコン。

だがすぐにイマジにぎゅっと抱きしめられて、「><」のジタバタアイコンに変わるのだった。

そんな様子を見ながら、粒次は心の中で小さく笑った。

(……まあ、マスコットでもいいか。こいつがいると、みんな笑うし……僕も少し、気が楽になるからね。)

こうしてカレイドは、社内の空気を和ませる小さな仲間として、社員たちに愛され続けていた。

そんな賑わいの片隅(かたすみ)で、エディが静かに廊下を歩いてきた。

イマジの心臓が強く脈打った。

(……この視線。やっぱり……エディだ。)

場のざわめきの中、イマジは思わず足を止めた。

彼女の腕で抱えられたカレイドが「?」と首を傾げるアイコンを浮かべる。

粒次が振り向いた時、イマジは小さく息を呑んでいた。

「……粒次。少し、後で話がしたいの。」

その声色は普段の彼女とは違う、張り詰めた響きを帯びていた。

背筋を這うような視線、あの圧をもう何度も感じている。

 イマジは腕に抱いていたカレイドをそっと粒次へ預けた。

「カレイド、粒次と一緒に待ってて。」

「……了解しました」

 名残惜しそうに答えたカレイドの顔パネルには、小さなハートアイコンが灯る。

 粒次が不安げに眉を寄せると、イマジは小さく微笑んで首を振った。

「大丈夫。すぐ戻るからね。」

 そう言って一歩を踏み出したイマジの背に、エディの冷静な視線が重なる。

 二人は人々のざわめきから少し離れ、廊下の奥へと並んで歩き出す。

イマジは振り返り、エディを真っ直ぐ見た。

人影の消えた白銀の廊下は蛍光灯の光が冷たく反射し、無機質な静寂を強調していた。

「……やっぱり、あなたなのね。」

震える声。けれど瞳は逸らさなかった。

エディは瞬きひとつ挟んで、すぐに氷のような視線を返す。

「何のことですか?」

淡々とした声。その平静さこそ、イマジの胸を締め付けた。

「ずっと……感じてたの。機械のセンサーじゃない。もっと近い、冷たくて突き刺さるような視線を…」

イマジは一歩前に踏み出す。

声は震えながらも真っ直ぐだった。

「エディ、あなたがわたしを監視してるんでしょ?」

張り詰めた空気の中で、エディの指先が僅かに動いた。

タブレットの光が、イマジの横顔を照らし、揺らぎを浮かび上がらせる。

「私は社長の秘書で、会社の秩序を守ることが職務です。それ以上でも、それ以下でもありません。」

問いは鋭く、返答を許さない。

エディは視線を逸らさずに受け止め、数秒後、息を細く吐き出す。

「……あなたが危険かどうかは、まだ分かりません。だからこそ私は見続ける必要があるのです。」

淡々に告げられたその声は真実(しんじつ)(ゆえ)残酷(ざんこく)だった。

イマジの胸に、冷たい刃のような痛みが広がるが、俯かず、拳を握りしめた。

「……監視されても構わない。わたしは粒次の隣に立ち続ける。」

その言葉にエディの瞳が僅かに揺れた。

(……どうして、イマジの言葉はこんなにも胸を突くのでしょう…)

だが、秘書の仮面は崩さず、冷ややかに一礼をした。

「……その覚悟、確認しました。」

そこの廊下に残っていたのは、互いの心に残響を落とす沈黙。

監視と監視される関係でありながら、その奥に言葉に出来ない何かが芽生えていた。


粒次の部屋は窓から差し込む柔らかな光に満たされていた。

パソコンデスクの上には散らかったままのコードノートとプロトスティックが置かれ、粒次はノートに向かってプロトスティックを走らせていた。

そこに、背後で小さく戸惑いながら入ってくる気配を感じて、彼は振り返る。

そこに立っていたのはイマジだった。

普段なら無邪気に声をかけてくるはずの彼女が、どこか硬い表情をしていた。

「…イマジ……どうしたの?」

粒次は椅子から身を起こすと、イマジは少し躊躇いがちに近づき、彼の袖をそっと掴む。

「……粒次。さっき、エディと会ったの。」

粒次は驚きに目を瞬かせ、椅子を回す。

「………今度はどんなことを話し合っていたの?」

イマジは深く息を吸い、言葉を紡ぐ。

「最近、ずっと感じてたの。わたしが……監視されてるって。やっぱり、それは本当で、エディは否定しなかった。」

その瞳は迷いと決意の間で揺れていた。

「問いかけた?」

粒次の目は瞬いた。

イマジは両手を胸の前で組み、言葉を選ぶように口を開いた。

「それで……やっぱりエディだった。『監視してるの?』ってはっきり聞いちゃった。」

粒次の表情が強張(こわば)る。

「それで、エディはなんて言っていたの?」

「……エディは、”社長の命令だから”って言ってた。わたしが危険かもしれないから、見てるって…。」

その声は震えていたが、瞳は揺らがなかった。

「でもね、わたし……怖かった。エディが冷たい視線でわたしを見てるのも、でもその奥に……ちょっとだけ、迷いがある気がしたのも。全部、怖かった。」

粒次は黙ってイマジを見つめた。

彼女の肩が僅かに震えている。

「それでもわたしは……粒次の隣にいたい。監視されても、疑われても、そう決めたの。」

粒次はしばらく言葉を失った。

やがて真剣な眼差しで彼女の手を取る。

「イマジ……ありがとう。僕も、キミが隣にいることを……誰にも否定させない!」

その言葉に、イマジの胸の痛みは少し和らぎ、代わりに小さな灯火のような温もりが広がっていた。

「わたし、……あなたに、会えて……本当によかった……。」

だが、それと同時に、遠くの監視端末では、エディが無言でその映像を確認していた。


社員食堂(バグ・イーター)で昼食を終えた粒次は、光の差し込むガラス張りの廊下を、迷いなく歩いていた。

心の奥にまだ熱を残したまま。

今朝、イマジが震える声で打ち明けた「監視されてる」という言葉が、耳から離れなかった。

その答えを確かめなければならない。

本社の14階にある秘書室にはエディが控えていた。

相変わらず整った姿勢で、感情を移さない瞳をしていたが、粒次は立ち止まらず、真っ直ぐ彼女の前に立つ。

「エディ。聞きたいことがある。」

呼びかけは強く、短かった。

エディは目を細め、淡々と返す。

「……なんでしょうか、粒次様。」

粒次は一瞬迷ったが、イマジの顔が脳裏に浮かび、胸に力を込めた。

「昨夜、イマジにあったでしょ。……あの子を”監視している”んでしょ?」

エディのまつ毛が僅かに揺れるが、表情は変わらない。

「……彼女がそう言ったのですか?」

「誤魔化さないで!」

粒次は声を荒らげて、拳を握る。

「本当なんでしょ。イマジは怯えていたんだ。……どうして監視なんてするんだ?昨日の昇格クエストだって、一緒に乗り越えたんだよ!」

エディの瞳が、氷のような冷たさで粒次を見据える。

「……仲間、ですか。しかし私は社長の秘書、会社の秩序を守る立場です。あなたの”仲間”が秩序を乱す可能性があるなら……それを確認する義務があります。」

粒次の心に刺さる言葉だが、彼は退かない。

「秩序?それはお母さんの命令?」

その一瞬、エディの瞳が微かに揺れた。

「……社長からのご命令は、機密事項(きみつじこう)です。」

その答えは肯定(こうてい)にも否定(ひてい)にも取れる。

だが、粒次には十分だった。

胸の奥がざわめき、知らない痛みが広がる。

「……じゃあ言うよ。イマジは僕が選んだ仲間だ。どんな理由があっても、あの子を監視対象なんて呼ばせない!」

言葉を吐き捨てるように告げると、エディは僅かに目を見開いた。

そこに映るのは、これまでの”粒次様”ではなかった。

己の意思で仲間を守ろうとする御曹司の眼差し。

エディは一歩下がり、静かに頭を下げる。

「……承知しました。ですが、私の職務が消えるわけではありません。」

粒次は息を呑んだまま、背を向ける。

その歩みの奥で、エディは胸の奥に奇妙な痛みを覚えた。

(……なぜ、粒次様とイマジの言葉が、心を揺らすのでしょうか……。)

それは冷徹な秘書の仮面を微かにヒビ割らせる感情だった。


プログラミングカンパニー・10階。

まだ人影もまばらなオフィスの廊下を、粒次は深呼吸しながら歩いていた。

胸の奥に残っているのは、今朝の緊張感と、エディの冷たい瞳。

それでも、粒次は心に決めていた。

─イマジに嘘はつかない、と。

研究ラボの前で立ち止まると、ちょうどイマジがカレイドを抱き抱えて、出てくるところだった。

薄い青の光に照らされた彼女の瞳は、僅かに不安げだった。

粒次を見た瞬間、小さく首を傾げた。

「粒次……どうしたの?顔、疲れてるよ。」

粒次は言葉を選ぶように少し間を置いて答えた。

「ついさっき……エディと会って、イマジが言っていたことを確かめたんだ。」

イマジの表情がぴくりと揺れる。

「……やっぱり……」

「彼女は否定しなかった。『秩序を守るために見ている』って。つまり……監視していることは認めたんだよ。」

イマジはカレイドを強く抱き抱えるようにして、俯いた。

「そう……だったんだね……」

声は小さく震え、肩がほんの僅かに落ちる。

粒次はイマジの前に立ち、真っ直ぐに見つめる。

「でも、僕も言ったよ。……イマジは”仲間”だって。誰が何を言おうと、監視対象なんかじゃないって。」

その言葉に、イマジの瞳が微かに揺れた。

「……粒次……」

「僕はただの御曹司じゃなくて……”キミの隣に立つ人間”でいたい。だから、何があっても、イマジを守る。」

イマジは驚いたように目を見開き、やがて唇を震わせながら微笑んだ。

「……ありがとう。粒次がそう言ってくれるなら……わたし、また頑張れる。」

その時、イマジの腕の中でカレイドが「ˊᗜˋ」のアイコンを浮かべながら、電子音を鳴らした。

「粒次様の言葉、確認しました。」

 彼は淡い光の粒を散らしながら宙に浮かぶ。

 イマジが驚いて手を伸ばしかけた瞬間、カレイドはくるりと宙返りをして、ふわりと粒次の目の前で浮かび、顔パネルを「(`・ω・´)ゞ」の頼もしそうなアイコンに切り替えてイマジの方を見る。

「イマジさん、安心してください。……私も監視(かんし)ではなく”守護(しゅご)”を行います。」

 その声は機械的でありながら、不思議な温もりを含んでいた。

イマジは目を細め、小さな笑みを浮かべる。

「うん……守ってくれるんだね。」

 イマジがカレイドを再び抱きしめると、羽の光学パーツがきらめき、虹色の残光が廊下の壁に模様を描き出した。

 まるで、二人を包む小さな光のようだった。

粒次は二人を見て、静かに息をついた。

しかし胸の奥には、まだ今朝の余韻が残っている。

エディの目にあった、揺れかけの氷。

彼女の心が何を抱えているのか、それはまだ解けていなかった。

 イマジは彼の横に並び、小さな声で囁いた。

「粒次……ありがとう。わたし、もう少し強くなれる気がする。」

 粒次は肩をすくめ、わざと軽口を返す。

「強くなるのは僕の役目でしょ。イマジは……イマジのままでいてくれればいい。」

 イマジは目を瞬かせ、そして笑った。

 その笑みはほんの少し、心細さを残しながらも、確かな温度を帯びていた。

 すると、イマジの腕に抱かれたカレイドが「♪」のメロディアイコンを浮かべて小さく鳴いた。

 その和やかな電子音に、僅かに重かった空気がほころぶ。

「……よし、行こうか。」

 粒次がそう言って前を向いた。

 廊下は、昼下がりの光を受けて青白く輝いている。

壁面に流れるデータラインが、彼らの歩みに合わせて脈打つように明滅していた。

 イマジはカレイドを抱いたまま、粒次に並んで進む。

「そういえば今日の午後から……新しい解析の実験があるんだったね。」

「うん。理図務が準備してくれているはずだよ。僕の“創造コード”の扱いも、少しずつ試していかないと…。」

 その声には、期待と不安がまだ入り混じっていた。

その時、イマジの腕に抱かれていたカレイドがふわりと浮き上がり、軽やかに粒次の肩へと飛び移りアイコンを「^▽^」に変えて言う。

解析(かいせき)補助(ほじょ)、任せてください。今日の私はエラーゼロ、稼働率(かどうりつ)120%です」

 粒次は思わず吹き出した。

「……キミ、そういうところ、ちょっとイマジに似てきたね。」

「えっ……そう?」

 イマジがきょとんとして見返すと、カレイドは羽をパタパタ揺らして「///」の照れ顔アイコンを浮かべた。

 軽いやり取りに、小さな笑いが生まれる。

 しかし、三人の歩みの先に待っているのは、ただの日常ではない。

新しい解析と、そして新しい答えが待つ場所。

しかし、イマジの笑顔の奥には微かな影が宿っていた。

(……ここ数日、監視の他に妙なざわめきを感じる。)

 彼女は振り返る。通りすぎる社員の誰もが自然に見える。

けれど、廊下の片隅に設置された監視端末の光だけが、どこかぎこちなく瞬いていた。

 カレイドは粒次の肩で羽根をパタパタと揺らしながら、表情パネルに「◎ω◎」と探るようなアイコンを浮かべる。

「空気の乱れを検知……ですが、数値化できない違和感です。」

 廊下の壁越しには、次の会議へ急ぐエディの銀色の背中が遠ざかっていくのが見えた。

彼女は振り返らなかったが、その冷ややかな存在感だけが空気を張り詰めさせている。

粒次たちの行き先は11階の研究ラボ”メタマジック研究室(けんきゅうしつ)

そこは魔法×テクノロジー融合研究をしており、魔法陣付きラボ。

白衣+ローブ姿の魔導技術者が多く、変な装置が転がっているとのこと…

そこで、粒次たちの前に立ちはだかるものとはいったい…

粒次たちはエレベーターホールへと向かうのであった。


To(トゥー) be(ビー) continued(コンティニュー)

**カレイドXの生い立ち**

カレイドXは、プログラミングカンパニーの過去の実験ログや模倣コードの断片から誕生しました。

もともとは「失敗作」「廃棄されるはずの残滓コード群」にすぎなかった存在で、人格崩壊とデータエラーを繰り返し、ほとんど“消滅寸前”の状態で眠っていました。

昇格クエストの試練で粒次が「模倣の殻を破る」創造コードを走らせたことにより、初めて“ひとつの心”として再構築されたのです。

つまりカレイドは、粒次の創造の証明そのものであり、同時に「模倣の残骸から生まれ変わった希望」でもあります。


誕生の瞬間

仮想空間エデン・サンドボックスで、残滓AIと対峙した粒次。

既存の模倣コードをすべて捨て、即興で「擬似感情生成アルゴリズム《HUMANE(ヒューメイン).X(クロス)》」を構築。

その新しいコードが廃棄寸前のAIユニットに注入され、カレイドXが“再誕”。


起動後に発したセリフ:

「こんにちは……あなたは、私を選んだ“創造主”ですか?」

この言葉は、「模倣」ではなく「選択された存在」としての誕生を意味しました。


カレイドの存在意義

粒次にとって:

「模倣を超えられる」という証拠であり、自分の成長を映す相棒。

イマジにとって:

遊び相手であり弟のような存在。孤独を埋める仲間。

社内にとって:

最初はただの“ツールAI”として認識されるが、やがて「社内マスコット」として愛される。


物語上の位置づけ

イマジが「創造の自由」を象徴する存在なら、カレイドは「守護と安定」を象徴する存在。

二人は粒次を挟んで対照的な役割を担い、彼の成長を支えていきます。

同時にカレイド自身も、「私は正規の存在ではないのでは?」という自己矛盾と向き合う物語を背負っています。

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