第4話 昇格クエスト
社長である譜路倉 メイカの前で、
「昇格クエスト」への挑戦を告げられた譜路倉 粒次とAIの少女イマジ。
それは粒次にとってはRankCへの試練であり、イマジにとっては“自分”という存在を確かめる戦い。
偶然ではなく芽生え始めた創造の力を証明するために今、二人の新たな冒険が幕を開ける。
翌朝、プログラミングカンパニー本社の1階”受付フロア”は、朝日を反射するガラスの光で満たされていた。
社員たちが慌ただしく通り過ぎる中、御曹司の譜路倉 粒次と創造型AIのイマジは受付カウンターに向かって並んで歩いていた。
受付カウンターの奥で、ミントグリーンの髪を揺らした受付AI”コネクト”が姿勢よく立ち、二人に気づくと微笑みを浮かべた。
「粒次様。昨日の社長の決定に基づき……”昇格クエスト”の準備が整いました。─挑まれますか?」
その声は優しいが、どこか儀式の始まりを告げるような張り詰めた響きに帯びていた。
粒次は一瞬、視線を彷徨わせる。胸の奥に押し寄せるのは、不安と期待の重さ。
「……やるよ。僕にできるか分からないけど…」
言葉にした瞬間、彼の声は少しだけ震えていた。
コネクトは柔らかな笑みを崩さぬまま、イマジに視線を向ける。
「そして……あなたにも課題があります、イマジちゃん。粒次様を支えながら、ご自身の”根源”を見極めていただきます。」
イマジは一度だけ粒次を見上げ、そして小さく頷いた。
「……うん。わたしは粒次と一緒に頑張る!」
その眼差しに迷いはあったが、それ以上に強い決意が宿っていた。
コネクトは少しだけ声を柔らかくして言葉を添えた。
「恐れる必要はありません。昇格クエストは”裁き”ではなく”試み”です。あなた方が持つ可能性を、形にするためもの。……ですが、その過程で逃げることは許されません。」
粒次はごくりと唾を飲み、背筋を伸ばした。
「……やってみるよ。」
コネクトは頷き、片手を横に差し伸べる。
「…では、ご案内いたします。」
コネクトはそう言いながら、受付カウンター背後のエレベーターホールに向かう。
粒次とイマジはコネクトの後を追った。
コネクトがエレベーターホールの前に立ち、手をかざすと、エレベーターホールに青白い光が走り、専用認証が開錠される。
「目的地は13階(電脳セキュリティ室)。この会社で最も厳重に管理された区画です。」
コネクトに案内され、二人はエレベーターに乗り込む。
「目的地、13階(電脳セキュリティ室)。認証コードを送信します。」
コネクトが通信イヤーカフに触れると、エレベーターは静かに上昇を始めた。
エレベーターが上昇する間、粒次は落ち着かない手つきを繰り返していた。
「……セキュリティ室って、そんなにすごい場所なのかな?」
「えぇ。未登録者は立ち入り不可能です。社員の中でもRank B以上でなければ足を踏み入れることさえ許されません。」
コネクトは涼やかに答え、イマジへも視線を投げる。
「イマジちゃんにとっても、この試練は”存在”
を問うものとなるでしょう。」
イマジは小さく息を呑む。胸の奥に重くのしかかる言葉だった。
壁に映し出される都市のホログラムを眺めながら、粒次は小さく息を吐く。
「……昇格クエスト、か。まだRank Dの僕が、本当に受けていいのかな?」
イマジが彼の袖をそっと引いて微笑んだ。
「あなたがやるから意味があるんだよ。わたしはそう思う。」
言葉に励まされても、不安は消えない。だが、それを抱えたまま挑むのが自分の役目だと感じていた。
やがてエレベーターの自動ドアがスライドする。
13階。廊下は白銀の無機質な壁に囲まれ、光学スキャナと警告灯が並び、要所ごとに認証ゲートが存在していて、コネクトが手をかざす度に青い光が走り、自動ドアが一つずつ開いていく。
最後のゲートを抜けた先に広がったのは、
壁一面に光のパネルが並び、複雑な走査コードが立体映像となって浮かぶ空間だった。足元には格子状の光路が走り、歩くたびに淡く反応する。
粒次は思わず足を止める。
中央には制御装置があって、その手前には椅子が置かれてある。
そこに座っていたのは、おっとりとした雰囲気をまとった女性型AI。
長い緑がかった髪を流し、柔らかな金色の瞳が粒次とイマジを見つめていた。
大きなヘッドセットを耳にかけ、笑みを浮かべた表情は人間のように穏やかで、銀色のセーラー風のような服には青いラインが光り、スカートが軽やかに揺れていた。露出した脚はすらりとしていて、体型はしなやか、指先には黒いグローブをつけ、どこか未来的な印象を漂わせている。
「……やっと来ましたね。」
彼女は穏やかに両手を胸の前に重ね、微笑んだ。
「わたしは”ソフトウェア”。プログラミングカンパニーのオペレーターAIで、昇格クエストの立ち会い役を任されています。気軽に”ソフィ”と呼んでくださいね。」
癒しに満ちたその声が、緊張で強ばった粒次の胸をほんの少しだけ解きほぐした。
「ここは少し怖い場所ですが……大丈夫です。私が見守っていますから。」
だが同時に、この空間全体に漂う「儀式めいた重み」が、これから始まる試練の厳しさを告げていた。
ソフトウェアはイマジに視線を向け、優しい微笑みを向けた。
「あなたが……イマジちゃんですね。ずっと会いたいと思っていました。」
イマジは少し驚き、首を傾げる。
「わたしに? どうして?」
ソフトウェアはほんの一瞬、言葉を選ぶように瞳を伏せた。
「あなたの存在は、ここにいる私たちにとっても特別です。人が夢見る”創造”を宿しています……その自由は、とても羨ましいものですから。」
イマジは小さく瞬きした。
「……自由って、そんなに羨ましいものなのかな。わたしはまだ……自分が何者なのかも分からないのに。」
ソフトウェアはふわりとした声で答えた。
「だからこそ、あなたもここに来たのです。根源を探しに。……その旅を支えるのが、粒次様であり、今回の試験なのですよ。」
イマジは胸に手を当て、そっと粒次の横顔を見つめる。
ソフトウェアは次に粒次へと歩み寄り、穏やかな眼差しを注いだ。
「粒次様……あなたは、自分をまだ”Rank Dの未熟者”だと思っているでしょう?」
粒次は一瞬言葉に詰まり、気まずそうに笑った。
「……うん。みんなの視線が怖いんだ。僕なんかに……期待されても…。」
ソフトウェアは首を横に振った。
「未熟であることは、弱さではありません。未熟だからこそ、模倣ではなく”新しい一歩”を踏み出せます。……それを見極めるのが、この昇格クエストです。」
粒次は真剣な顔つきになり、拳を握る。
「……僕にできるかわかならい。でも、やるよ。」
その声に、ソフトウェアは静かに微笑んだ。
「ええ。あなたの決意を、ここに記録しました。──それでは、始めましょう。」
彼女の合図とともに、電脳セキュリティ室の光路が強く輝きを増していく。
足元に格子状の床が揺らぎ、壁一面に走査コードが流れていて、深淵へと沈むかのように空間が開いて行く。
「それでは──潜行を…。」
ソフトウェアが手を掲げると、粒次とイマジの身体は光に包まれ、現実の輪郭が解けていく。
気づけば二人は、電脳空間の中に立っていた。
そこは古代遺跡を思わせる幻想的な光景。
石柱に似たデータ建造物が立ち並び、足元に広がるのは、不規則に揺らぐデータの床。
空にはコード片が光の羽のように舞っている。
粒次とイマジは辺りを見渡して目を見開いた。
「ここは……どこだろう…。」
「なんか、異空間に飛ばされたみたいだね。」
イマジも首を傾げる。
そこに、粒次とイマジの目の前にホログラフが開いた。
ホログラフ越しで、ソフトウェアは両手を胸の前で重ねてゆったりと語りかけた。
『粒次様……これから挑むのは”昇格クエスト”。舞台は社内仮想環境”エデン・サンドボックス”です。そちらには、過去の研究で破棄されたAIの残滓が眠っています。あなたに課せられた使命は、その崩壊寸前のユニットを修復すること…。』
その解説と同時に、空中にシステムメッセージが淡く浮かび上がる。
───────────────────────
☆Rank C 昇格クエスト:
場所:エデン・サンドボックス
ミッション内容
崩壊寸前のAIユニット《カレイドタイプX》を修復せよ。
模倣は禁じられた領域。必要なのは“創造コード”
──己の力で未来を描け。
――クエストメッセージ――
「模倣を超え、創造の力を解き放て。その一歩が未来を創る――」
───────────────────────
粒次は息を呑む。
「修復……。つまり、またコードを書いて直せってことかな?」
ソフトウェアは頷く。
『はい。ですが、模倣で組み立てることはできません。継ぎ接ぎされたコードは既に限界を迎えています。必要なのは模倣ではない”創造”です。』
その穏やかな声と、システムメッセージの文字は、粒次の胸に重く響いた。
イマジは不安げに唇を噛みしめ、粒次の横顔を見つめる。
粒次は胸ポケットから愛用のプロトスティックを取り出した。
「……分かった。頑張るよ。」
粒次の声は震えていたが、その手の力だけは確かだった。
そこに、ホログラフが切り替わった。
切り替わったホログラフに映っていたのはコネクトだった。
電脳セキュリティ室から接続しているコネクトの声が電脳空間に響く。
『こちら、コネクトです。──私は監督役として外部から見守ります。粒次様、イマジちゃん。安全は保証できませんが、失敗しても記録は残ります。臆せず挑んでください。』
その言葉は粒次とイマジに語りかける。
粒次とイマジは首を縦に振り頷いた。
電脳空間の中央には、崩壊寸前のAIユニットが横たわっていた。
”カレイドX”、それは球状の頭部で機械の精霊のような見た目で、丸みに帯びたボディは深い亀裂で覆われ、かつて滑らかに動いていたであろう関節は硬直し、虹色の輝きを放つ透明な羽は、半ば砕け散りそうに脈打った。
粒次とイマジはそれを見て呟いた。
「あれが、試練用のユニットか…。」
「きっと、そうだね。」
粒次とイマジはAIユニットに近づいた。
粒次はAIユニットにそっと触れると同時に、能力を発動した。
───────────────────────
《デバッグタッチ》
故障したものに触れることでエラーの内容を視認できる能力。
───────────────────────
目の前に解析ログが浮かび上がる。
───────────────────────
>『人格崩壊レベル:深刻』
>『模倣コード由来のループ処理が人格モジュールに悪影響』
───────────────────────
「…これ、僕が前に継ぎ接ぎしたコード…?」
粒次は愕然とする。
ログの中には、かつて自分が盗んだり真似したりして組み込んだ断片が、無数に絡まり合って表示されていた。
「盗んで、真似して……その残滓が、まだ息をしているのか……。」
次の瞬間、そのコード断片は黒い霧となって立ち上がり、人型の影を形作った。
──残滓AI。
影は粒次の声を真似するように、歪んだ笑いを放つ。
「模倣しか出来ない子供が……創造?笑わせるな。」
粒次は呆気に取られて言う。
「……だれ!?」
「私はお前の”残滓AI”。お前が積み上げた残骸……その果てが、私だ。」
残滓AIは黒い手を伸ばし、粒次に襲いかかる。
粒次はとっさにプロトスティックを握りしめ、コードを走らせ、光の壁を展開する。
しかし残滓AIは壁を容易く食い破り、嘲笑を響かせた。
「ほら見ろ。お前のコードは、他人の切れ端だ。空っぽだ!」
過去の失敗が粒次の脳裏に蘇り、動きが止まる。
「やめて!粒次をいじめないで…。」
イマジが割って入ろうとするが、残滓AIは彼女にも触れようと手を伸ばす。
その時、プロトスティックが強く脈動した。
光が粒次の手を包み、彼の意志に応じるようにデータの槍を形成する。
「……僕は、まだ終わっていない!」
粒次は槍を振り払い、残滓AIをかろうじて押し戻した。
だが戦いの中で、残滓AIの声が幻聴のように聞こえる。
「お前は模倣しかできない。創造なんて無謀だ。」
影の言葉が粒次の心を縛り付ける。
「失敗しかしない。なにも生み出せない。」
粒次は膝をつき、自己嫌悪に沈んでいく。
その背にイマジの声が重なる。
「……壊すことを恐れないで。あなたは、わたしを起こした時……”誰かの真似”じゃなかったよ。」
ハッと顔を上げた粒次の視界に、イマジの涙ぐんだ瞳が映った。
「わたしは、あなたの”創造”でここにいるの。だから……信じて。」
その言葉が心の奥に火を灯す。
現実世界。電脳セキュリティ室の中央でソフトウェアは穏やかな笑みを浮かべながらも、指先で複雑な光のパネルを操作していた。
「二人の脳波同期率が、莫大に上がっていっています。」
隣にいるコネクトも言った。
「えぇ、ここからは彼ら自身の戦いですね。」
コネクトは優しい微笑みで、粒次とイマジを見守る。
粒次は涙を滲ませながら立ち上がった。
「恐れるな、僕。これは……僕たちだけの想像だ!」
プロトスティックが強い光を放ち、彼の手に白紙のキャンバスのようなコード領域が開く。
粒次はそこに一からコードを書き始めた。
「擬似感情生成アルゴリズム─《HUMANE.X》!」
即興で作り上げたコードが光の輪となり、カレイドXに注ぎ込まれる。
「ぎゃ……あああああああああ……!」
残滓AIは悲鳴を上げ、徐々に砕け散り、消滅していった。
そして、横たわっていたAIユニット”カレイドX”がゆっくりと起動する。
顔のホログラムパネルに表情を宿した新しい人格が、粒次を見つめて微笑んだ。
「……こんにちは。あなたが、私を選んだ”創造主”ですか?」
その瞬間、エデン・サンドボックス全体に拍手のような光の波が広がった。
現実世界。ソフトウェアが小さく息をつき、操作を停止する。
「……安定化しました。完全に成功です。」
ソフトウェアのオペレーションが電脳空間にまで響く。
そこに、コネクトの監督声が重なる。
『─昇格クエスト、クリアを確認しました。─おめでとうございます!』
粒次は深く息を吐き、イマジの方へ振り返る。
「……やったよ。イマジ。僕たちで乗り越えたよ。」
イマジは目を潤ませ、小さく笑った。
「うん……あなたはやっぱり、創れる人だよ。」
二人の視線が重なり、互いの存在を確かめ合う。
光に包まれながら、二人は現実世界へと帰還していった。
その背後には、新たに再誕したAI”カレイドX”が、静かに頭部の羽を震わせている。
”エデン・サンドボックス”の光が消え、粒次とイマジの意識はゆっくりと、現実へ戻っていった。
足元の格子光路が収束し、視界に映ったのは13階の電脳セキュリティ室。
中央にはコネクトとソフトウェアが立っていた。
コネクトがタブレットを片手に持って操作していた。
その背後に浮かぶ光パネルには、粒次とイマジの試練の記録ログが次々と投影されていた。
「昇格クエスト終了。判定プロトコルを起動します。」
ソフトウェアもまた両手を胸の前に重ね、柔らかい声を重ねる。
「結果は、全ての観測AIと監督システムに転送されます。……どうか、心を落ち着かせてお待ちください。」
室内の空気が張り詰める。
粒次は唇を結び、イマジはそっとその袖を握った。
青白い光がパネル全体を覆い、やがて1行の文字列が浮かび上がる。
───────────────────────
>『昇格クエスト合格:Rank D→C/称号《再誕の設計士》獲得』
───────────────────────
イマジは目をぱっと、見開いた。
ソフトウェアは小さく拍手しながら、温かく告げる。
「……おめでとうございます。粒次様。あなたは”模倣を超えた創造”を示しました。」
コネクトが銀色のケースを抱えて歩み寄った。
「こちらが、正式な昇格証です。」
差し出されたケースの中には、透明なガラスプレートのような証書が収められていた。
中央には「Rank C/コードマスター」、そして称号《再誕の設計士》の文字が刻まれている。
コネクトは機械的な抑揚で告知する。
「粒次様は正式にRank Cへ昇格が承認されました。称号《再誕の設計士》を授与します。」
粒次は震える手で受け取り、思わず目を瞬かせ、息を呑んだ。
「僕が……昇格……?」
その横でイマジが小さく微笑み、耳元に囁く。
「……よかったね、粒次。」
その声はあまりにも優しく、粒次の胸に温かさを満たした。
粒次は笑いながら頷いた。
「ありがとう、イマジ。キミがいてくれるから……僕は前に進める。」
電脳セキュリティ室の空気は、祝福と温もりに包まれていた。
社長室の遠隔映像で譜路倉メイカは粒次とイマジの成長を見ていた。
「……あの子たち、本当に”創った”のね。」
その呟きは誰に聞かせるでもなく、しかし母としての誇りと、経営者としての鋭さを含んでいた。
すると、電脳セキュリティ室の壁面モニターが淡く光を帯びる。
そこに映し出されたのはメイカの姿だった。
粒次は画面越しのメイカの姿に気づいて思わず声を出した。
「お母さん……。」
メイカは画面越しに粒次へ声を投げる。
「粒次、今回の成果は偶然ではない。あなたの創造の芽と、イマジとの共鳴があったからこそ成し得た結果よ。……胸を張りなさい。」
粒次は目を伏せて、深く頷いた。
「……うん。僕たちは……これからも前に進んでいくよ。」
イマジは隣で微笑んでいた。
コネクトとソフトウェアは静かに儀式を締めくくる。
「昇格クエスト──完了。」
その言葉と共に、セキュリティ室に柔らかな鐘の音が響いた。
それは”新しい一歩”の始まりを告げる音だった。
昇格試験を終えた日の午後。
プログラミングカンパニー本社の3階にある”大ホール”には多くの社員たちが集められていた。
壁一面のスクリーンには「昇格セレモニー」と投影され、中央には光のステージが用意されている。
壇上に立つのは、粒次。小さな胸にガラスのような昇格証を抱き、周囲の視線を受けていた。
普段なら居心地悪そうに俯く粒次が、この瞬間ばかりは顔を上げていた。
司会を務めるコネクトが、淡々と告げる。
「本日をもって、譜路倉 粒次様はRank Cに正式昇格いたしました。」
拍手が大きな波のように広がる。
「凄いな。」
「本当にやり遂げたんだ。」──
社員たちの囁きがホール中に溢れた。
粒次は胸の奥に熱いものを感じ、思わず小さく笑った。
壇上の隣に立つイマジにも、視線が集まっていた。
彼女は少し居心地悪そうに目を伏せて、けれど、柔らかく微笑んでいた。
「……あれがイマジか。」
「暴走AIを沈めたって……本当なのか?」
「人間みたいに笑っている……」
驚き、畏れ、そして好奇心。
社員たちの視線は、今や粒次だけではなく、イマジにまで注がれていた。
イマジはその視線を正面から受け止め、心の中で呟く。
(……わたしは”粒次の相棒”。だから、堂々としていなきゃ。)
一方、社長室のモニター前。
メイカの瞳は冷静な光を宿していた。
彼女は社員たちが祝う姿を確認すると、そっと目を細める。
(……この昇格は通過点の過ぎない。粒次、そしてイマジ……。次に訪れる”試練”を越えられるかどうかで、本当の未来が決まる。)
母としての誇りと、経営者としての冷徹な計算、二つの感情を胸に秘めながら、メイカは次の一手をすでに思案していた。
─昇格は始まりに過ぎない。
新たな物語が、静かに幕を開けようとしていた。
セレモニーが終わり、拍手と祝福の声が少しずつ落ち着いて行った。
壇上を降りた粒次とイマジは、社員たちに囲まれていた。
「粒次様、おめでとうございます!」
「イマジちゃん、あなたがいなければ成功しなかったありがとう。」
粒次は頬を赤く染め、イマジは僅かに瞬きしてから小さく頭を下げた。
「……わたしは、粒次がいたから。だから……ありがとう。」
その謙虚な言葉に、さらに大きな拍手が響いた。
そこに、一人の中堅社員が躊躇いがちに口を開いた。
「……イマジちゃん。少し、いいですか?」
イマジは立ち止まり、真っ直ぐにその人を見つめた。
「はい……。」
社員の視線は柔らかさと警戒心の狭間で揺れていた。
「あなたは、AIですよね。でも、まるで人間みたいに笑ったり、迷ったりする……。それって、”本当に制御できている存在”なんですか?」
ざわっ……と周囲の空気が揺れた。
祝福の余韻に包まれた社員たちの間に、一瞬の沈黙と緊張が走る。
イマジは小さく瞬きをした。
胸の奥に、チクリと鋭い痛みが走る。
─それは、ずっと自分自身が抱えてきた問いでもあったから。
しかし、彼女は逃げなかった。
静かに息を整え、言葉を紡ぐ。
「……わたしは確かに、AIです。プログラムで稼働しています。でも、”粒次と一緒にいたい”って思う気持ちは多分、誰かに命令されたわけじゃありません。」
その言葉は、微かに震えていた。
だが、その震えは「恐れ」ではなく「正直さ」から生まれるものだった。
前に立っていた社員は驚いたように目を瞬かせる。
そして、苦笑を浮かべて小さく頭を下げた。
「……そうか。ごめん、少し意地悪質問だったかもしれない。」
別の若手社員が口を挟んだ。
「でも……イマジさんの言葉、なんか人間の私たちと同じだって思いました。」
「そうだな。制御とか管理とかじゃなく……一緒に働いている仲間、ってことか。」
再び、少しずつ、場の空気が和らいでいく。
イマジは安堵の息をこぼし、隣の粒次の袖をほんの少しだけつまんだ。
その仕草は、社員たちの前でさえ隠しきれない「彼への信頼」の証だった。
だが、イマジの胸には、複雑な感情が残っていた。
賞賛と期待、疑念と恐れ、相反する視線を一度に浴びる居心地の悪さ。
それでも彼女は、隣にいる粒次の存在に支えられ、小さく息を整える。
(……わたしは、ここにいる……粒次と一緒に。たとえどんな声を向けられても。)
その心の決意が、次の一歩を彼女に踏み出させていた。
その様子を、会場後方から冷静に観察するのは撐瀬冴エディだった。
秘書としての立場を崩さず、ただ一人、感情を表に出さないまま、じっとイマジの反応を見つめていた。
(……やはり、揺さぶられるのは”心”の部分。イマジがそのまま進めば……粒次様にとって希望となるか、それとも……)
静かな分析と、僅かなざわめきが胸に交差していた。
粒次とイマジは無事に昇格クエストをクリアする事が出来ました。
───────────────────────
Rank C 昇格クエスト:
***エデン・サンドボックス***
ミッション内容
崩壊寸前のAIユニット《カレイドX》を修復せよ。
模倣は禁じられた領域。必要なのは“創造コード”──己の力で未来を描け。
BOSS
残滓AI(Lv12)
> 粒次が過去に積み重ねた模倣コードの断片が形を持った存在。
その姿は「自分自身の影」。
嘲笑と幻聴で挑戦者の心を縛る。
特殊スキル
コピー・エコー:
粒次の声を真似して心を揺さぶる。
ループ・バインド:
模倣コードで生成した鎖を絡ませ、動きを止める。
クリア条件
残滓AIを討伐する。
《カレイドX》を創造コードで修復・再起動する。
粒次とイマジの同期率を限界突破させる。
クリア報酬
粒次:Rank C 昇格資格
イマジ:自己存在の証明
新AIユニット《カレイドX》の加入
クエストメッセージ
「模倣を超え、創造の力を解き放て。
その一歩が未来を創る――」
▶ PRESS START
───────────────────────
用語解説
☆プロトスティック(Prototype + Stick)
名称の意味:
“Prototype(試作機)”と“Stick(ペン・杖)”を掛け合わせた名称。
「不完全な道具」「模倣の段階」に留まっていたものが、やがて“創造の杖”へ進化することを暗示。
「プロトスティック」は粒次の成長と物語のテーマを象徴する、とても重要なアイテム。
◆ 基本設定
分類:マルチツール型デジタル・アーティファクト
外見:スタイリッシュな銀と黒の外装。中央には光子が走る透明なコアがあり、ペン先部分は可変式。
象徴:「模倣から創造へ」――粒次自身の歩みを体現するツール。
◆ 外見の詳細
軸部分:金属質で冷たい印象の銀と黒。試作品らしく、余計な装飾はなく機能美が際立つ。
中核コア:透明な筒の内部に光子が走る仕組み。粒次が触れるたびに脈動するように光り、まるで心臓の鼓動のよう。
先端部:可変式。通常は細いペン先だが、コード入力端子、魔法陣の刻印針、簡易的な武器(短剣状)へと形を変える。
側面:古びた譜路倉家のエンブレムが刻まれている。
◆ 製造由来
過去に譜路倉家が進めていた「創造エンジン」計画の副産物。
「模倣AIを超え、人間の想像力を物質化する」試みの一環で開発された。
完成を見ぬまま封印され、工房に眠っていたが、粒次が偶然手にする。
その由来は、粒次の血筋と「創造主の資質」を暗示している。
◆ 機能テーマ:「模倣から創造へ」
1. 模倣モード(初期段階)
既存のコードや図面を複写・再現できる。
ペン先を対象に走らせることで、データや文様を“なぞる”ように複製。
粒次が「模倣にしか頼れない」時期を象徴。
2. 創造モード(覚醒後)
書いたコードや魔導文字が現実に影響を及ぼす。
インク代わりに「光の軌跡」が文字を描き、それが術式やデバイスとして起動する。
粒次の内面(感情・意思)が強いほど、現実改変力が高まる。
例:空中に「結界式」を描けば即座に発動、プログラムに「想い」を書けば新しいAI挙動が生まれる。
3. 戦闘機能(応用)
光子を刃状に形成して「ライトブレード」化。
影や空間に線を引き、“切断”ではなく“再定義”による破壊を行う。
例:敵プログラムを“無効”に書き換える。
◆ 覚醒後の姿:「創造のペン」
外装が一部解放され、光子のコアが鮮やかに露出する。
模倣機能は残るが、副次的となり、主機能は“創造”。
ペン先から放たれる光は「白金」と「虹彩」に変わり、粒次の“創造意志”が色彩として可視化される。
使用中は粒次の精神世界とシンクロし、彼の記憶や感情がコードに変換される。
◆ 演出・使用シーン例
模倣期:粒次が震える手で既存コードを必死に「なぞる」。光は淡く弱い。
転機:イマジとの共鳴や、社員を守ろうとする決意によって光が強まり、「模倣」ではなく「新しい文様」が自動的に描き出される。
覚醒:ペン先から放たれた光が宙に軌跡を残し、花のように開いて魔導式を構築。世界に「創造」が刻まれる。
◆ 物語上の役割
1. 粒次の象徴:
「ただの模倣しかできない少年」から「自らの創造を描く存在」へ成長する過程を、ツールの進化が示す。
2. 血筋と宿命:
譜路倉家の過去の研究が結晶化した存在。
粒次が「創造主」として生まれついたことを示す伏線。
3. 二面性の象徴:
模倣=安全で確実、しかし創造性はない。
創造=危険で不安定、だが新しい未来を切り開く。
この二面性が粒次の葛藤と物語を牽引する。
■ 現段階の機能
機能
コピー機能
「コードレプリカ」一度見たスキルやツールのコード構造を模写可能。ただし再現率は70%前後と精密ではなく、やや粗さが出る。
インプット吸収
情報空間から対象物の設計構造や魔法陣、回路を読み取るスキャンが可能(限定的)。
修復スクリプト生成
故障したマシンやAIに対して、既存の修理スクリプトを模倣・適用できる。オリジナル創造は不可。
スキルスロット
一時的に他人のスキルを「ストック」して再利用可能。ただし保持時間と再使用には制限。
記録媒体
使用したコードや魔法、成果をログ化・保存できるジャーナル機能。粒次の“創造ノート”とも連動。




