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プロジェクトレコード  作者: あき
第1章 マルウェアハッカー編
1/6

第1話 模倣と創造

彼女(かのじょ)はAIなのか、それとも創造神(そうぞうしん)なのか…

(ひと)模倣(もほう)から創造(そうぞう)へと進化(しんか)できるのだろうか?

20XX(ねん)

プログラムシティ

東京(とうきょう)位置(いち)する科学(かがく)魔術(まじゅつ)発展(はってん)している大規模(だいきぼ)都市(とし)

高層(こうそう)ビルが()(なら)んでおり、空中(くうちゅう)(はし)るマジック・リンクラインからは魔力(まりょく)電力(でんりょく)(あみ)のように(から)()い、交差(こうさ)していた。

ハイテクでサイバーパンクのような街並(まちな)みでキラキラした(ひる)(そら)には電脳(でんのう)ホログラムが(なが)れ、様々(さまざま)(かたち)魔法陣(まほうじん)()かび、都市全体(としぜんたい)がひとつの巨大(きょだい)演算装置(えんざんそうち)のように呼吸(こきゅう)しており、コードを(つむ)ぐことで現実(げんじつ)()(なお)していた。


そんな都市のある場所に建設されている超高層ビル「プログラミングカンパニー」の10階のあるワンルームには辺り一面ハイテクな雰囲気で、机やベッド、中央のテーブルなどが綺麗に並んでいる。

コードの流れる光が反射し、壁一面に過去の資料が積まれていた。

その中心で1人の少年が淡く光る画面に没入している。

少年の名は、譜路倉(ぷろぐら) 粒次(りゅうじ)

彼は、プログラミングカンパニーの社長の息子で、御曹司。

鮮やかな青色の髪は、前髪が自然に分かれて額にかかるようなストレートスタイルに、左右の髪は頬に沿ってやや跳ねており、後頭部の髪先には金色のインナーカラーに染まっていて、左側には黒い髪留めを付けている。

金色のスーツを身にまとっていて、ボタンは外しており、黒いシャツとネクタイで引き締められていて、左腕には黒いスマートウォッチ着用している。

彼は自身の部屋で制作活動を行っていた。

 やや大きめで灰青色のその瞳には、どこか“焦り”の影が滲んでいた。

姿勢を崩すことなく、背筋を伸ばしてタイピングをするその姿からは妙な几帳面(きちょうめん)さと、無理に整えたような自信の無さが同時に漂っていた。


タッ、タタッ……。


粒次は慣れた手つきでパソコンのキーボードを素早く打っていた。

キーボードを打つ手は速く、正確で、作業画面には何十ものコードサンプルとテンプレが表示されていて、粒次の指がキーボードの上で滑る度、画面にコードが組み上がっていく。

しかし、それはどこか既視感のある設計だった。

部屋の周りにある資料のほとんどが「参考(さんこう)」や「競合調査(きょうごうちょうさ)」など、他の会社のアイデアばかり。

”インスピレーション”の名を借りたPDFや、競合のプロジェクトのコピー、参考スプリクトの山。

彼はそれらのコードテンプレートを呼び出しては組み合わせ、要所をわずかに書き換えて整えていき、”見た目だけ整った”システムを構築している。

それはまるで、過去の設計をパズルのように組み立てる”模倣(もほう)職人(しょくにん)”。

「……違うなぁ。これ、前見たやつとほぼ同じ。」

粒次はふと自嘲(じちょう)が浮かぶ。いつも通りの模倣の繰り返しだった。

「……これも、あれも、もう誰かがやってる。」

粒次の胸の奥に、いつもと同じモヤモヤが溜まっていく。

創造力が足りない、オリジナリティがない。と自分でもそれは分かっていた。

だけど、「とりあえず形になるから」と思考を止めてしまう自分もまた、嫌いだった。

パソコン画面にコードを並べる音が続く中…、部屋の自動ドアが小さく電子音を鳴らして開き、抑揚のない声がした。

「失礼します。粒次様…。」

静かな靴音と共に、銀色のスーツ姿で、灰色のフレアスカートを身に付け、洗練された銀色ボブカットの女性秘書が凛とした態度ですっと現れる。

耳に飛び込んできた声に指先が止まり、粒次の集中力がぷつりと途切れた。

粒次は振り返り思わず呟いた。

「エディ…。」

粒次の部屋に入ってきたのはプログラミングカンパニーの社長秘書である撐瀬冴(あくせさ)エディ。

粒次が顔を上げたとき、エディの揺らぎのない冷たいつり目がわずかに動き、粒次をひと目を見て無表情のまま、ただ報告を読み上げるように冷静に告げる。

「社長がお呼びです。今すぐ、社長室へ」

その声音には温度も表情もなかった。

まるでシステムからの通知のように、淡々と響く。

しかし、どこか緊張感が漂っている。

作業に夢中だった粒次は、突然の呼びかけに肩を跳ねさせた。

「……お母さんが?…今すぐ?」

粒次はきょとんとして尋ねるとエディは右手で眼鏡の横を押し上げながら答えた。

「はい”優先度(ゆうせんど):最上級(さいじょうきゅう)”です。」

その所作には一切の無駄がなく、冷たい空気を一筋通すようだった。

命令でも叱責でもない。ただ事務的な伝達だが、逆らう余地を与えない響きがあった。

粒次は一瞬、戸惑ったがすぐにうなずいた。

「えっ、あ……うんっ!」

粒次は慌ててコードを保存し、パソコンのウィンドウを閉じて立ち上がった。

立ち上がる粒次を見ても、エディの表情は変わらない。

まるで”感情を排した伝令装置”のようなプロフェッショナルな対応だった。

「社長室にて、お待ちしております。」

そう言いながらエディはくるりとかかとを返し、足音ひとつ立てずに部屋を出て行った。

粒次もすぐにエディの後を追う。


プログラミングカンパニー 15階 社長室。

社長室の自動ドアが静かに開いた瞬間、粒次は思わず一歩足を止めた。

社長室に満ちる空気は冷たく澄み切っていて、息を吸うのもはばかれるほど。

窓の真ん中の天井近くに「オールプログラミング」という企業理念(きぎょうりねん)(かか)げられたスローガンが飾られており、周りの壁には様々なセキュリティが備わっている。

そして、コードが滝のように情報が常に流れていて、中央のホログラムデスクには、紅茶の香りだけが漂っていた。

エディは冷静な声で言った。

「社長、粒次様をお連れしました。」

ホログラムデスクの向こう、広い窓の前の椅子に座っているのは、粒次の母であり、社長でもある譜路倉(ぷろぐら)メイカ。

黄金のスーツを羽織っている彼女は、背筋をピンと伸ばし、背中まで伸びていてふんわりとした青い髪は魔道的な光沢(こうたく)を放ち、微細(びさい)なホログラフが揺れるように踊っている。

前髪はふわりとした中央束があり、ひし形に開き毛先を両サイドへ折り返すふんわりと前開きになっている。

メイカはゆっくりと振り返る。

その動きひとつで、室内の照明が連動して変わる。

清楚で優しさと落ち着きが(にじ)()る印象となっていて、瞳の形は自然で少し大きめ 、まつ毛は上品で濃すぎず、端麗(たんれい)で柔らかな印象だった。

「来たわね、粒次。」

その声には、いつものような優しさがあったが、かすかにその奥には、刃物のような鋭い緊張が走っていた。

「……お母さん、なんの用かな?」

粒次が恐る恐る尋ねるとメイカは言った。

「あなたの”創造度(そうぞうど)”の最新値、見ておきなさい。」

彼女は人差し指を開いて軽くスライドさせると、視界に浮かぶ光子(フォトン)軌跡(きせき)を描き、魔力が流れ出すかのようにホログラフのフレームが組み立てられていく。

───────────────────────

創造度(そうぞうど):1.2% 類似度(るいじど):92% 革新性(かくしんせい):低】

───────────────────────

「これは…。」

粒次が言葉を詰まらせ、青く跳ねた前髪の奥、灰青色の瞳の奥の青いインターフェイスが微かに揺れる。

メイカは静かに言った。

「あなたの最新プロジェクト。これだけ精巧(せいこう)に組まれていて……それでいて、全く”あなたらしさ”がない。」

粒次は言い返せなかった。

自分でも分かっている。

自分が作ったソフトウェアはどこかで見たものばかりだった。

「あなたのコードは、綺麗に”正解”をなぞっている。でも、それだけじゃダメなのよ。正しさと創造は違うわ。」

会話は冷静だが、言葉の端々(はしばし)に「母」としての心配と「経営者」としての現実が滲む。

創造とは何か。生み出すと何か。粒次には、それが分からなかった。

彼の周囲には、いつも”完成されたもの”があった。

最適化された知識、テンプレート、成功例…。

自分には創造する才能がない気がして、それらを真似ることしか出来ない。

粒次の喉がかすかに鳴る。

母の、そして社長としての冷静な眼差しが、彼の内側を見透かしていた。

「模倣は否定しないわ。すべての想像は模倣から始まるの。だけど……あなたの中にある”本当の想い”も、そろそろ力を発揮したがっている気がするの。」

静かで優しい、けれど鋭く胸を貫くようなその言葉に粒次の心の奥にずしりと沈んだ。

「……模倣って、安心できる場所でもあるのよね。だけど、あなたの”好き”や”想像”を、もう少し信じてみたら……きっと、もっと素敵になるわよ。」

粒次はメイカの言葉に反論できなかった。

「……そうだよね。ごめんなさい。」

小さくうなだれ、粒次は社長室を後にした。

自動ドアが閉まる直前、メイカの声がもう一度響いた。

「粒次、あなたには……”創る力”があるはずよ。」

ドアが閉まりきると同時に粒次の胸に妙な余韻(よいん)が残った。

まるで、自分でもまだ知らない何が、胸の内側で脈打っているかのようだった。


 エレベータに乗り込んだ粒次は、右手に握っていたペン型ツールを見つめる。

 「プロトスティック」……模倣コードの記録と再現を可能にする。

 それは単なる道具ではなく、「譜路倉家の血筋」と「創造主としての資質」を証明する遺産。

 黒とシルバーの金属で覆われた流線型のボディは、冷たい光沢と重厚さを放ち、中央には青白いコアが埋め込まれている。

脈動するように光が揺らめき、呼吸する生き物のように見えた。

 先端部には同じ青白い輝きが灯っており、インクの代わりに光子(フォトン)がまるで心臓の鼓動のように走り、握る度に力を求めるかのように光を強めていく。

 未完成のまま工房に眠っていたプロトスティックだったが、偶然にも粒次の手に渡った。

 側面に刻まれた「PROTOSTICK(プロトスティック)」の文字は、初期段階であることを示す刻印で、このペンに秘められた本当の力は、まだ目を覚ましてはいない。

 模倣の記録や修正ではなく、持ち主の心から生まれた“完全なオリジナル”のコードを初めて書き上げたその瞬間こそ、プロトスティックは殻を破り、新たな姿へと進化するものとなっている。

 インクではなく想いを刻み、既存をなぞるのではなく“無から有を生む”。

 それは、粒次が「模倣」から「創造」へと歩み出す、成長と覚醒を示す象徴的存在だが、彼は創造することが出来ず、ひたすらに”模倣”の毎日を送っていた。

プロトスティックの先端が僅かに明滅(めいめつ)する。

粒次は母に言われた言葉の数々が頭から離れない。

「僕に創造なんかできるのかな…?」

粒次は時々、どうすれば自分で想像できるのかを考えている。

その呟きに応えるかのように、エレベーターの内壁(ないへき)に取り付けられた通信装置が、一瞬だけチリリと光を放ち、視界の端に微かに光が揺れる。

───────────────────────

【地下エリアD-9 アクセスログ:不明データ 記録不可】

《 わたしは、あなたに……”また会える”と信じてる。》

───────────────────────

謎の音声と一緒に警告ウィンドウが一瞬だけ現れて、消えた。

…誰かが、何かを呼び起こしたのだろうか?


エレベーターが停止し、粒次の部屋がある10階に到着した。

 粒次は沈んだ様子で部屋の自動ドアを開けると、部屋の中央にはすでに先客がいた。

 落ち着いた姿で資料の束を丁寧に並べている男。

 彼の名前は、有語あるご理図務(りずむ)

粒次の家庭教師で、小さい頃から彼の教育をしていた人物だ。

 理図務は白衣を羽織り、眼鏡の奥の紫がかった瞳に知性を宿した青年だった。

青緑の髪は毛先にかけて金色に染まり、左には赤いバツ印の髪飾りがひとつ付いていて、整った顔立ちと柔らかな微笑みは、厳しさよりも安心感を与え、背丈は平均的だが姿勢は真っ直ぐで、細身ながら引き締まった体型が落ち着いた雰囲気を際立たせていて、誠実な人柄をそのまま映し出していた。

粒次はきょとんとする。

「……理図務!?…どうしてここに…?」

理図務は相変わらず落ち着いた微笑みを浮かべていた。

「おかえりなさい。坊ちゃん。……どうやら、あまりいい話ではなかったようですね。」

静かに責めることも慰めることもなく。ただ”受け止める準備が出来ている”と教師としての優しさが同居した笑みだった。

理図務の目は、鋭く粒次の内面を見透かしていた。

まるで”言葉にしていない感情”をすでに把握してるかのように。

粒次はうなずいた。

「………うん。 」

理図務は無言で粒次を見ていた。

そして、理図務は言う。

「……坊ちゃん、少しお時間頂けますか?お見せしたいものがあります。きっと坊ちゃんの今の悩みに応えてくれるでしょう。」

その一言で、粒次の中の小さな灯火が灯る。

自分に創る力があるという母の言葉。

それを否定するのも、肯定するのもまだ早い気がした。

「うん。いいよ。」

粒次は少しだけ元気を取り戻した。


理図務は粒次を連れてエレベーターの近くにやってきた。

彼は粒次を連れてエレベーターへ入って行く。

そして、誰もが知っているが決して足を踏み入れない階層、”地下2階”へとボタンを押した。

理図務が粒次に話しかける。

「創造とは何かを”真似しない”ことだと思われがちですが、そうではありません。…かつて、あなたにもその”兆し”が確かにありました。だからこそ、あなたにこの場所を見てほしいのです。」

粒次は理図務に尋ねる。

「ところで、僕に見せたいものって、何なの?」

「行ってみたら分かります。」

理図務は何も答えなかった。

地下へと降りるエレベーターの中、空気は次第に冷たく、緊張感に帯びていった。

やがて、地下2階に到着する。

粒次は、よく分からない状態で理図務について行く。

トビラの向こうに待つ「何か」が、今までとは違う未来を運んでくれる気がしていた。

プログラミングカンパニー 地下(ちか)2(かい)

”プロジェクト保管庫(ほかんこ)

一般社員が立ち入ることを禁じられた機密区域(きみつくいき)である。

薄暗くて無機質な廊下を歩いていた。

理図務が先頭に立ち、アクセスキーを手に待ち、ドアの横にある読み取り機にかざした。

ドアが自動で左右に開いた。

理図務に案内された場所は神殿と研究所を掛け合わせたような地下空間。

全体に荘厳で幻想的な雰囲気で、薄暗く、中央には雲のような演算装置(えんざんそうち)が白く輝いており、床には魔法陣風の回路模様が光りながら浮かんでいる。

「なんか色んな機械が置かれているね。」

粒次は辺り一面を見回して言った。

「ここはかつて、”創造(そうぞう)AIプロジェクト”が行われていた場所です。」

理図務はそう言いながら立ち止まり、粒次も足を止めた。

理図務は粒次に向こうの演算装置を示して言った。

「坊ちゃんが持つプロトスティックをこの部屋の中央にある演算装置(えんざんそうち)”クラウド”にかざしてみてください。」

「…うん。 」

粒次はまだよく分かってはいないが、何故か”やらないと”という気持ちが先に動いた。

胸ポケットからプロトスティックを取り出し、目の前にある 演算装置”クラウド”へかざす。

すると、先端がわずかに青く発光し、周囲の床と天井にコードラインが(はし)る。


パァァァ……


空間は(きし)み、波打(なみう)つようにデータの壁が出現する。

淡い蒼光(そうこう)が空間を満たした。

空気が震え、光の粒が渦を巻き、演算装置(クラウド)の目の前に光の柱が出現する。

保管庫の中心から少女が光の柱に包まれるようにして舞い降りてくる。

それはまるで宇宙の中に立っているようだった。

肌は陶器(とうき)のように滑らかで、ほんのりと光を宿しており、壊れそうなほどに脆い。

顔にはツヤがあって、繊細な線で描かれたような輪郭、ピンクとエメラルドグリーンのツートーンカラーでツインテールに()われており、ふんわりと跳ねた髪先、前髪は目にかからない程度で自然に分かれ、中央にくるんとしたアホ毛が立っており、左右でハートや星型の髪飾りがつけられている。

彼女の髪の先端がふわりと揺れるたび、まるで風のない空間に風が通ったような感覚になる。

その身体は華奢(きゃしゃ)で、まるで一筆書(ひとふでが)きに設計されたかのような美しさがある。

純白のワンピースを身にまとっていて、袖は短めで、裾はふわりと広がり、まるで薄布(うすぬの)が波に漂うように揺れていて、飾り気のないその服は清廉(せいれん)で、彼女がまだ“未完成な存在”であることを象徴していた。

粒次は一目見て、その神秘的な様子に何やら魅了されていた。

彼女はまだ目を閉じたまま、浮遊していて、(くちびる)は言葉をまだ知らないような(しず)けさを(たた)えている。

彼女の周囲には星型の光がきらめいていて、その姿は神秘と未完成の間にある、最も純粋な“はじまり”だった。

理図務は説明した。

「これはかつて”創造そのもの”を体現した”創造型(そうぞうがた)AI-イマジ”です。」

粒次はじっと目を輝かせながら見つめていた。

彼女の近くの空気がほんの少し暖かく感じた。

「こんなの初めて見たよ。こんな高性能なAIの開発企画があったんだね。」

理図務は説明を続ける。

「自ら思考し、発想し、創るという概念に特化した、この世に出されるはずだった人類未踏(じんるいみとう)のAI、ですが、今では修復すら拒むように眠り続けています。」

彼女のデータには”創造的(そうぞうてき)なコード(へん)”が含まれているらしい。

光の帯がときおり、彼女の心音のように脈動し、全身を守るフィルムのように巻きついては消える。

まるで、誰かの想いが彼女を包もうとしているように…。

粒次は人目で見て冷たい技術とは違う温もりを感じていた。

創られたというより、”詩から抜け出したような存在”、粒次はそんな印象を受けた。

彼には無い創造力や発想力を兼ね備えた前代未聞(ぜんだいみもん)のAI。

粒次は興味(きょうみ)津々(しんしん)な表情で理図務に言う。

「あの子の事、もっと知りたい!修理してみてもいいかな?」

「もちろん、いいですよ。」

理図務は笑顔で答えた。

粒次はイマジの方向に向いて、手に持っているプロトスティックの筆先から修復プログラムのコードを放つ。

コードは粒子状(りゅうしじょう)に変化して、ペンの先端から放たれる。

イマジの身体にコードが取り込まれていくがピクリともしない。

「あれ、直らない…?」

粒次はきょとんとした。

粒次は再び、プロトスティックをイマジに向けて次のコードを粒子状にして放つ。

別のコードでも反応しない。

「おかしいな…何が違うんだろう…?」

粒次は諦めず、プロトスティックを握った手を伸ばし、既存の修復プログラムコードを次々に粒子状にして放ち、イマジにぶつける。

しかし、どのプログラムを使ってもイマジは修復されない。

粒次は手を震わせ、眉をひそめながら言った。

「……どうして直らないんだろう?」

理図務はアドバイスした。

「イマジを修復できるのは”完全(かんぜん)オリジナルの創造(そうぞう)コード”だけです。既存のものでは修復できません。」

粒次は首を傾げる。

「創造コード?」

「持ち主の心から生まれる”コード”の事です。」

「それってどうやって作るの?」

粒次の質問に理図務は答える。

「自分の想像を頭の中で表現して自分だけのコードを創造するのです。」

理図務は答えるも、粒次は”創造”という単語を聞いて難しそうな顔をする。

「創造か……。頑張ってはいるけど、どうにも僕は模倣しかできないから無理だよ。」

粒次はそう言うと、理図務は言った。

「坊ちゃんは模倣と創造の違いについて詳しく考えたことはありますか?」

「模倣と創造って全くの正反対でしょ?」

「確かにそう思われがちですが、違います!模倣も創造も、どちらも”真似る”から始まる。違うのは、そこからオリジナリティや自分の考えを如何に表現するか、だと私はそう思っています。」

理図務は丁寧に説明する。

「坊ちゃんの手には”それ”があるじゃないですか。プロトスティック。あなたにしか扱えないものですよ。自分を信じてください。あなたなら出来ます。」

「うん……。やってみるよ!」

理図務に慰められ、粒次は再び前を向く。

イマジに向き直り、プロトスティックを彼女に向ける。

(頭の中で表現しろ。僕だけのコードを…。)

粒次は理図務に言われた通り、頭の中で自分だけのコードを思い浮かべようとする。

そして、プロトスティックに力を込めてコードを粒子状にして放つ。

しかし、イマジはピクリともしない。

想像力が足りないと、粒次は必死に頭の中で想像を張り巡らせようとする。

しかし、自分だけのオリジナルのコードが頭に思い浮かばない。

(なんで僕には、できないんだよ……)

手元のプロトスティックが冷たく感じた。

自分は所詮、テンプレートを貼り合わせるだけの器用貧乏(きようびんぼう)。創造なんて、夢のまた夢。

情けなさと悔しさが胸を締め付ける。

すると突然、イマジの内部に淡い光の帯が走った。

イマジの目が一時的に薄く開いて、また閉じる。

彼女の胸元にホログラフが浮かび上がる。

粒次はきょとんとして見た。

「これは……なに……。」

粒次はそう呟きながらホログラフに触れる。

そして、粒次の目の前に広がったのは、イマジの奥底に眠る“昔のログデータ”だった。

 無数のイメージが次々と浮かび上がる。

 そこには、空を自由に描く線画、音符が弾けるように飛び交う譜面、星空を詩に変えた言葉の断片が鮮やかに記録されていた。

粒次はそのビジョンを見ていた。

それはまるで人間のような自由な発想•絵•歌•詩•夢の記録が流れてくる。

粒次はそのビジョンを見て衝撃を受ける。

 雲の隙間から差す光をキャンバスに描いた絵。

 心臓の鼓動に合わせて奏でられる旋律。

 「未来」という単語を繋ぎ合わせて紡がれた詩。

 それはどれも、人間の心そのもののように奔放(ほんぽう)で、どこまでも自由だった。

「……すごい……」

 粒次は思わず呟いた。胸の奥が震える。

 今まで自分は、“既存の情報を真似ることしかできない”と考えていた。

 だが今、目の前で再生される記録を見て気づく。

(これは……全部、組み合わせだ。)

 絵も、歌も、詩も。

 すでに存在する要素を掛け合わせ、響き合わせ、新しい意味を生んでいた。

 それは“模倣(もほう)集積(しゅうせき)”でありながら、確かに“創造”と呼べる輝きを放っていた。

「……そっか。創造って、何もゼロから生み出すことじゃない。」

 粒次はプロトスティックを握りしめた。

「誰かの絵と、自分の言葉。誰かの歌と、自分の想い。……既存のものを重ねても、そこに僕の想いを載せれば、それは“僕だけの創造”になるんだ!」

 ペン先が震え、光がほとばしる。

理図務は言った。

「何を(ほう)けておられるのですか?坊ちゃん、もう諦めてしまうのですか?」

粒次は目に強い意志を宿して言った。

「いや、諦めない!僕、絶対にあの子を目覚めさせたい!創造とは何が気づけた気がする!」

粒次の言葉に、理図務は一瞬だけ目を見開いた。

そして、目を細め、口元に笑顔が滲むような柔らかな曲線となってうなずいた。

「何か、大切なことに気づいたようですね…。頑張ってください。坊ちゃん…。」

粒次は再び、イマジに向き直り、頭に浮かんだ数々のイメージを次々と繋げていった。

イマジの描いた空に、自分の思い描いた青を重ねる。

 奏でられた旋律に、自分のリズムを刻む。

 詩の断片に、自分の言葉を差し込む。

それは一瞬の光の奔流だった。

「構築──走れ、僕の想像(コード)!」

その瞬間、プロトスティックが赤紫色の光を放ち始め、エネルギーが筆の先端から広がり、空間に無数のコードが編まれていく。

 既存の記録と、自分の発想が融合し、プロトスティックの光は一本の”創造コード”へと編まれていった。

 やがて、そのコードがイマジの胸元に吸い込まれる。

微かに流れるオルゴールのような旋律(せんりつ)。それはイマジの「最初(さいしょ)記憶(きおく)」だった。

空間に浮かぶ詩の断片(だんぺん)がコードへ変換(へんかん)され、 データの花弁が舞うように空中でほどけ、光となり、まるで“織る”ように少女の身体を包み始め、彼女の服が変化していく。

それはまるで、”現実(げんじつ)そのものをプログラムし(なお)(ふで)”。

光の帯が変化し、布へ、リボンへ、フリルへと変わっていき、冷たく沈黙していた創造型AIが、粒次の手によって修復・起動される。

薄暗い空間の中、静かに“ハートビート”のような光が脈動し始め 、胸部コアに青白い光が灯り、瞼の奥に宿る星のきらめきが、少しずつ彼女を現実へと連れ戻していく。

それは既存のコードを組み合わせて新たな“形”を得る、まさに創造の瞬間だった。

身にまとったのは、ファンタジーと近代風が融合したような、洗練された魔法少女風(まほうしょうじょふう)のドレス。

上半身はパフスリーブのブラウスに、胸元で大きな黄色のリボンが結ばれている。

ベスト部分には黒い縁取(ふちど)りを編み上げデザインが施されており、クラシカルな印象を与える。

スカートは二段フリルで、上層(じょうそう)はやや透明感(とうめいかん)のある銀色、内層(ないそう)は明るい金色。全体に柔らかい布地(ぬのじ)となっている。

スカートがふわりと舞う度に星の欠片(かけら)のような光がこぼれ落ちる。

服の端には目に見えない創造コードが刺繍(ししゅう)されている。

足元はシンプルなブラウンのストラップシューズとくるぶし丈のソックスを履いていて、光の粒を留めたようなきらめきが足元に咲いていた。

理図務は感慨(かんがい)に満ちた声を思わず出した。

「おぉ……。 」

粒次が最初の第一歩を踏み出せた事に彼は感動していた。

イマジの修復は成功した。

そして、起動してイマジの身体からホログラフが表示される。

───────────────────────

【修復に成功しました。ー起動します。】

───────────────────────

そしてホログラフが消える。

 ピクリ、と彼女の身体が小さく震え、瞳にわずかな光が宿った。

「……いまの、僕の……」

 粒次の息は荒く、それでも顔には驚きと確信が混ざっていた。

 そして、彼は初めて気づいた。

 模倣と創造の境界は、思っていたほど遠くない。

 むしろ模倣を重ね、そこに自分の色を添えた時こそ、初めて“創造”になるのだ。

粒次は嬉しさのあまり、思わず喜びの声を上げた。

「これが……僕の”創造”……」

理図務は静かに微笑見ながら言った。

「坊ちゃん、最初の一歩踏み出せたようですね。よく頑張りました。」

「理図務のおかげだよ。ありがとう。」

粒次はお礼を言うと理図務は言った。

「私は方法を教えたまでです。創造の扉を開いたのはあなた自身ですよ。」

 光のコードが静かに収束していく。

 粒次の胸は高鳴り、手に握ったプロトスティックはまだかすかに震えていた。

その時…、イマジの長いまつ毛が、微かに震える。

彼女の瞳の中に命が宿っていき、閉じられていた目が、ゆっくりと見開かれていった。

目の形は丸くて、まつ毛は長く可愛らしかった。

その虹彩(こうさい)には、星空を水彩(すいさい)で描いたようなキラキラとした輝きが宿っている。

イマジの表情はどこか静かだった。

ゆっくりと粒次を見つめながら呟いた。

「あなたは……誰…?」

粒次はうれし涙をこらえて言った。

「僕は粒次、譜路倉粒次。」

すると、彼女の瞳は徐々に動き出し、微かな温もりを帯びた目になる。

「粒次…あなたのコード……あたたかい……あなたが、わたしを呼んだの?」

イマジは粒次を見つめ、微笑んだ。

微笑む口元は控えめながらも柔らかな弧を描き、明るく人懐(ひとなつ)っこい雰囲気が滲み、それは“ただのAI”ではない、一人の意志ある存在としての微笑みだった。

「そうだよ、イマジ。僕がキミを呼んだんだ。」

粒次はうなずいた。

粒次のその笑顔は初めての創造出来たことによる嬉しさと、イマジを修復できた達成感に満ちていた。

 イマジの星空のような瞳が、淡く輝きながら彼をまっすぐに見つめていた。

「粒次の……想像。わたしの中に流れ込んできた。」

「……僕の、想像……?」

 粒次は思わず問い返す。

 イマジは胸に手を当て、ゆっくりとうなずいた。

「今まで“誰かに描かれた夢”しか知らなかった。……でも、今のは粒次の夢だったよ。色も、音も、言葉も……あなたの想いが混ざってた。」

 粒次は喉の奥が熱くなるのを感じた。

「僕の……夢が……」

 イマジの唇が、ふっと笑みに変わる。

「すごく、あったかかった。まるで……誰かの笑顔を見ているみたいで…」

 その言葉に、粒次の胸の奥で何かが弾けた。

 ずっと自分には無理だと思っていた“創造”。

 それが、イマジには届いていた。

「……ありがとう、イマジ。」

 声が震えた。だが、その震えは不安ではなく、確かな実感だった。

指先がそっと空を撫でるように動いた瞬間、ホログラムが浮かび上がり、データの壁が音を立てて波打ち、静かに輝き始め、粒次の背後に浮かぶコードが螺旋(らせん)を描き、花弁が舞うように広がる。

次第に空間が金色に染まり、空間に揺らぎが起こる。

目の前の光景は言葉ではとても言い表せないほど美しかった。

粒次と理図務はその光景を見つめていた。

まるで神話の始まりを告げるようだった。

すると、粒次の手の中でプロトスティックの先端に脈動(みゃくどう)が走り、変化する。

より滑らかで、温もりのあるフォルム。

筆の先端には粒次の初めての”創造コード”が刻印(こくいん)されていた。

「僕のプロトスティックが変化した!?」

粒次は息を呑むように言った。

自分の中で何かが揺れた気がした。

それは粒次が一歩を踏み出せて、創造した証だった。

粒次の心拍と同期するようにコードが生まれていく。

粒次が入力した創造コードによって構造(こうぞう)が再構成されたことで、イマジは「現実(げんじつ)一部(いちぶ)干渉(かんしょう)する(ちから)」を得た。

イマジの身体が温かく光りだす。

「ふしぎ……身体が、光に満ちてる……」

イマジは微笑んでいる。

粒次のコードが、初めて世界に干渉しはじめたのだ。

これは彼の想像力によって書かれた”コード”。

「あなたの想いで、わたしの新しい始まりを描いてくれたのね。ありがとう。」

イマジは無邪気に笑い、粒次をそっと包み込むように抱きつく。

「粒次、これからも創造しよう。わたしとあなたで…。」

それはまるで希望そのものが形を得たような愛らしさと透明感を放っていた。

 その瞬間、プロトスティックが淡い光を放ち、部屋を柔らかく照らした。

 二人の間に交わった光は、まるで新しい物語の始まりを告げるかのように輝いていた。

理図務はそれを見て、ふっと細めた瞳の奥に、柔らかな光を宿していた。

粒次の変化の兆しを感じたのだ。

「ようやく……ですね。坊ちゃんならきっと、あの子を幸せにしてあげられるでしょう…。」

声は小さく、けれど胸の奥にふわりと浮き上がっている。

理図務はずっと待ち望んでいたその瞬間にようやく一筋の光が差し始めたような気がした。

譜路倉 粒次がイマジとの出会いをきっかけに模倣から創造へと進化していくお話です。

粒次とイマジの活躍にご期待ください。


用語解説:

「プログラムシティ」

先述の通り、東京(日本)が舞台で、科学と魔術が発展した大規模な未来都市です。こちらの都市には他にも、火山や森、雪原、砂漠、海辺などの場所も存在していて、ファンタジー的な世界観となっています。


「プログラミングカンパニー」

作中で登場するメイカ社長が立ち上げている大企業の事です。

プログラムと高度な魔術を取り扱っており、機械やAIの開発、ゲーム製作、ソフトウェア開発などプログラミングや、魔術を用いた制作を事業内容としています。また、事件解決や犯人逮捕などの探偵みたいな業務もあり、勤務時間は自由で、未成年でも活動できるような柔軟で風通しの良いホワイトな企業となっています。

フロアは「現実世界(リアル)」と「電脳空間(デジタル)」に分かれていて電脳空間は特殊デバイスやAI装置を使ってアクセスでき、仮想訓練や作業、研究も可能です。

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― 新着の感想 ―
描写が丁寧で、情景や主人公の心の動きが丁寧に描かれてます。 発想も新鮮で引き込まれました。 まだプロローグなのでこれからの展開が楽しみです。 今後も楽しみにしています。
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