囚われの『ゆきちゃん』
夜遅くまで暴れ回っていたからだろう。朝日が上り明るくなったというのに、ゆきちゃんは檻の中で布団に包まって眠っていた。
いつもは同じ部屋で過ごすのだけど、昨日の事があって血が上り檻に入れてしまった。姿を目にして短絡的な行動に罪悪感を抱いた。
起こさないよう静かに戸を閉めて、洗面所に向かう。鏡に写る私の頬には血の滲んだ絆創膏が貼られている。ゆきちゃんを捕まえた時に引っ掛れてしまった傷た。
あの可愛さに見惚れて、凶暴さを忘れてしまった私のミスだ。
僅かな痛みを感じながら絆創膏を剥がし、洗顔と歯磨きをする。傷に水が染みたが出血は止まっていた。
顔をタオルで軽く押さえたあと、念の為に新たな絆創膏を頬に貼っておく。
今日明日と休日で助かった。
この顔で出勤したら、口の悪いお局から何と言われるか分かったもんじゃない。
キッチンに移動して食パンを一枚トースターに入れ、タイマーを2分に設定しスイッチを入れた。カリカリに焼くと食べた時に細かなカスが飛び散ってしまうから、少し温める程度に。
冷蔵庫から昨夜スーパーで買った割引のサラダに飲み残しのパック入りオレンジジュース取り出し、寝室兼リビングに置いたテーブルに置く。
焼き上がったパンを皿に載せ、冷蔵庫から取り出したイチゴジャムと共にテーブルに置くと、ベッドとテーブルの間に置いたクッションに腰を下ろした。
ずぼらだと言われるけど、テーブルに置きっぱなしのマグカップを手に取って載せてあるシリコン製の蓋を取り、オレンジジュースを注ぐ。
サラダの蓋を開け、パンには薄くジャムを塗った。
ゆきちゃんが目覚めないように、隣室に聞こえない程度に音量を下げたテレビを点ける。
画面を見ながら、これも置きっぱなしのプラスチック製フォークを片手にサラダとトーストを交互に口に運ぶ。
土曜の朝はどの局も似た情報番組を放送している。平日もだけど、土曜は少しほんわかとした雰囲気。
コーナーが変わると、猫カフェからのレポートが始まった。若い女性レポーターが真っ白な毛並みの猫を撫でている。
ふわふわした艶やかな毛並み。きっと気持ちいいんだろうな。ゆきちゃんの艶やかで柔らかな黒髪の感触が蘇る。
私も早く気持ちよい毛を感じたいな。
マグカップを手にオレンジジュースを飲み干しながら、そんなことを思う。
朝食の後片付けを終えると、ゆきちゃん用の朝食を準備する。加熱する必要は無い。水と栄養バランスの取れた乾燥したモノだ。
手を使って食べる事はないから、これでいい。
再び隣室の戸を静かに開いて覗くと、ゆきちゃんは布団に包まったまま眠たそうな目でこちらを見つめていた。
悪い事をしちゃってごめんなさい、と言っているように見えちゃったのは愛するがゆえかな?
「ご飯食べる?」
準備した皿を両手に持って室内に入り、台の上に静かに置いた。
檻の鍵を外して扉を開けてあげると、出ても大丈夫?と心配するようにゆっくりと出てきた。
「大丈夫だよ。安心していいんだよ」と声を掛けて上げると安心してくれたのか、そっと食べ始めた。
その姿に安心した私は、檻の中に置いたトイレや布団の片付けを行なった。
キッチンに置いたゴミバケツに捨てて戻ると、ゆきちゃんは舌を使って水を懸命に飲んでいた。
こんなに渇きを覚えていただなんて。こんな可愛い子になんて酷い仕打ちをしたのかと、罪悪感が増すばかりだった。
そっと手を伸ばして頭から背中に向かって延びる黒い毛を撫でる。
この感触と柔らかさ。やっぱりこの子が一番。
「酷いことして、ごめんね」
何度も撫でながら声を掛けると、ゆきちゃんは顔を上げて私を見つめると、気にしないでと言うかのように「ニャー」と一言鳴いてくれた。
遊んでいる時に興奮して飛びかかってきたゆきちゃんに、頬をちょっと引っ掛れただけで大袈裟な対応をしてしまった。
「ごめんね。いっぱい遊んで、夜も一緒に寝ようね」
ゆきちゃんは許してくれてはいなかったのか、返事をしてくれなかった。
いっぱい撫でていっぱい遊んで御機嫌をとらなきゃ!