縁の切れ目が金の切れ目です!
「アナベル・グーランド子爵令嬢! お前とは婚約破棄だ!」
王立学園の卒業パーティーに、グレアム・ブルーム伯爵令息の声が響きました。
私、アナベルはできるだけ軽食を食べておかねばと忙しかったのですが、グレアム様とそのご友人たちに囲まれては、ゆっくり食べている場合では無さそうです。ちぇっ、軽食の費用も私たちの支払った安くは無い学費から出ているのですもの、できるだけ食べたかったのに。
諦めてテーブルから離れて、グレアム様に向き合います。
「グレアム様、何事でございますか?」
「みすぼらしいお前とはやっていけない。ここで婚約を破棄する!」
みすぼらしい……? 確かに着ているドレスは三年前に姉がここの卒業パーティーで着た物ですが、それを見た人はもう学校に居ないし、今年の流行のビーズの刺繍を裾にしといたので、そんなにみすぼらしくは無いと思うのですけど……。
パタパタとドレスを叩く私を、グレアム様の腕に絡みついているリンダ様がクスクスと笑います。
「お前には華やかさが無い! 私の隣には、このリンダのような女性がふさわしいのだ」
はぁ、確かに私のドレスとは違って、リンダ様のドレスはこれでもかと言う量のドレープの布とレースとフリルで飾られています。あれは私には着こなせませんね。それ以前にあんなのを買いませんけど。
我がグーランド領は、台風の通り道になりやすい場所にあります。毎年のようにどこかに台風の被害があり、10~20年に一度くらいで大きな台風の被害があります。
その時は川が氾濫し、建物が壊れ、山が崩れ、畑が水の底になります。
そのため、グーランド家の家訓は質素倹約・節倹力行。いつか来る被害に備えて無駄な事にお金を使わず、復興のために貯蓄し、食料難にならぬよう備蓄しています。
貴族らしからぬ家だと笑う人もいます。グレアム様も私の質素さを不満に思っているのは気付いていました。
「分かりました。婚約破棄を了承いたします。……でも、その前に」
私はポケットから封のしていない封筒を取り出し、中の四つ折りにされた紙を広げました。
「貸していたお金を返してくださいな。先日貸した1万ルーペですわ」
それはグレアム様のサインの入った借用書です。
「そ、それは! ……返すのはいつでもいいと言っていたではないか!」
「書面をよく読んでください。『両名が婚約・婚姻中は、返済期限を設けないものとする』です。グレアム様が婚約破棄してもう他人になったんですから、さっさと返してくださいな」
「いや……」
「まさか、もうお小遣いを全部使ってしまったとか? 婚約者交遊費も? 私、お茶の一杯もご馳走されていませんわ。一体何に使いましたの?」
皆の目がリンダ様のドレスに注がれる。目を逸らした何人かは、何の予算か知らずにグレアム様に奢られたのでしょうね。好きな人にはとても気前がいい人ですから。
そう、グレアム様の金遣いは「奢侈」のレベル。
普通、貴族の買い物はサインによる後払いだが、グレアム様は浪費が酷くてお小遣い制にされた。遣える金額の上限を見えるようにしたのだ。
でも、欲しい物を我慢するという事が出来ないグレアム様は、欲しい物を見つけるとご自分の持ち物や上着を売ってでもお金を得て手に入れずにはいられない。
困り果てたブルーム伯爵は、彼の王立学園入学前に、質素をモットーとしたグーランド家の私と婚約させることにしたのだ。私の影響を受けてグレアム様が変わることを期待して……。無駄でしたが。
私は、借用書を封筒に入れてグレアム様に渡した。
「これは差し上げますわ。婚約のお祝いです」
ほっとした顔のグレアム様が、封筒を握り潰して上着のポケットの突っ込む。
もったいない。クシャクシャにしなかったら、その封筒は何度も使えますのに。
「まだまだ沢山ありますわ」
私は再びポケットから沢山の封筒を取り出し、カードのように両手で目の前に並べた。皆が驚愕の顔になる。
皆がグレアム様と遊び回った時、グレアム様が支払うお金が誰から出ていたのか気付いたようですね。
「しめて70万ルーペですわ。私は明日領地に帰りますので、今日中に支払ってくださいね」
「今日中なんて無理だ!」
「ご自分が婚約破棄をしたからでしょう? まさか、私に借金してる事を忘れてたのですか?」
「う……」
忘れてたのでしょうね。私が子供の頃からこつこつと貯めたお金ですのに。
何も言えなくなったグレアム様と対照的に、リンダ様が怒りました。
「アナベル様ひどいです! 婚約者なのに、お金の貸し借りなんて!」
「……ふう。婚約者 だ か ら、お金を貸したんです。もし私がお金を貸さなかったら、グレアム様はもっと危ない所から借用書もろくに読まずにお金を借りてますわ。今ごろは、利息が膨らんで払いきれなくなり、変わり果てた姿になっていたかも……」
ブルーム伯爵が恐れたのは、その事だった。婚約時にお願いされたのは、グレアムが他から借金しないように目を光らせて欲しいという事。
『いくらでも用立てますわ。返済の心配はなさらないで、婚約者ですもの。けじめとして、借用書にサインをしてくださいね』
私の甘い言葉に、グレアム様は市中の金貸しには行かず、私からお金を借りまくってくれた。
顔色を無くした二人に
「なぜ私が婚約者に選ばれたのか、分かっていただけたと思います。では、私はこれで失礼いたしますね」
と、笑って告げる。そして、親切に忠告してあげた。
「リンダ様。グレアム様はこれから金利の高い金貸しから70万ルーペを借ります。グレアム様と婚約するという事は、その借金を背負うという事ですよ」
はっとして考え込んだリンダ様。後ろのご友人たちも思うところがあるようだ。彼の金離れの良さは、学園にいる間によく見ていたのだから。
70万ルーペは、決して返済できない金額ではない。だが、グレアム様はきっと借金が無くなる前にまた借金をするだろう。そして、それが膨れ上がり……。
皆が想像に没頭している間に、私はパーティー会場を出た。
「任務完了ーーーーーー!」
外に出て、私は握りしめた両手を空に突きあげた。
これで、婚約破棄の慰謝料と、必要経費の70万ルーペと、成功報酬をブルーム伯爵からもらえるー!
グレアム様との婚約時にブルーム伯爵から頼まれたのは、グレアム様に他から借金をさせない事ともう一つ、出来るだけ派手に婚約破棄する事。
ブルーム伯爵は、王立学園での三年間にグレアム様の浪費癖が治らなかったら彼の廃嫡と伯爵家からの除籍を考えていた。
だが、グレアム様は信望を集めていて友人知人が多い。グレアム様を除籍しても、親切な誰かがグレアム様を世話し、結果グレアム様に迷惑をかけさせられるのが目に見えていた。その事でその家とブルーム家が険悪になっては困るのだ。
「グレアム様に問題がある事を周知させて婚約破棄」
かなり難しい依頼だったが、報酬金額はとても魅力的だった。
婚約破棄された私はキズモノと言われるだろうが、元々私が好きな人は平民のレンガ職人だ。台風が過ぎると町でちょくちょく見かける彼の魔法のような仕事っぷりは、幼い頃から私の憧れだった。
もちろん彼は八歳も年下の貴族の娘の私の思いなど本気にせず、私が王都に行けば気が変わるだろうと考えていたのだが、帰るたびにグレアム様について愚痴る私の話を聞いて「貴族と結婚するのがいいとは限らないんだ」と、私との結婚を考えるようになってくれた。
今回の婚約で貴族令嬢としての義務も果たしたので、家族も彼との結婚を認めている。
そして、トータルでは橋を架けられるほどの金額がブルーム伯爵から入って来る。これで災害対策もかなり安心だ。
ブルーム伯爵には、きっと卒業パーティーで婚約破棄されるだろうとあらかじめ知らせを出しておいた。
私は、食べ損ねた軽食への未練を振り切って、報告を待っているであろうブルーム伯爵のもとへ歩き出した。
2024年11月3日 日間総合ランキング 6位
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