5 ボスコム谷の惨劇
雨の日の日曜日。
今日の真司はホームズノートを書くために麻子を誘ったが、用事があると言って断られた。
時刻は午後2時過ぎ。
ボスコム谷の惨劇。ボスコム谷にはチャールズ・マッカーシー父子とジョン・ターナー父娘が住んでいた。マッカーシーはボスコム谷のほとりで誰かに撲殺され、彼の息子のジェイムズに疑いがかかる。
『シャーロック・ホームズ入門百科』より。
そこまで書くと真司はまどろみの中に誘われていった。
(僕はやっていない。でも、誰も信じてくれない。)
夢の中でジェイムズになりきっていた真司が呟く。
(アリス、きみはわかっくれるかい?…アリス?麻子?)
真司はびっくりして目を覚ました。額に汗をかいていた。
(何だ、夢か…でも)
真司は別の不安がよぎり、自室を出て、階段を下り、玄関の扉を開けて、小雨の中を走りだした。
(何だ、俺、何やってんだ?)
真司が家に引き返そうとしたら、道の向こうから、見覚えのあるブルーの傘をさした、短い三つ編みをした女の子が現れた。
よく見ると麻子だ。
「真司、こんなところでどうしたの?」
「どうって別に」
「別にじゃないわ。傘もささないで、ぬれてるじゃない」
真司はうたた寝をしていた時に見た夢のことを言うわけにもいかず、
「麻子こそ。今日は用事って言っていたじゃないか」と切り返した。
「用事って、はい、これ!」
麻子は、持っていた紙袋を差し出した。
「今日は甘党じゃない真司のために、コロッケ作ってたの。不器用だから、時間がかかっちゃった」
「俺に?」
真司は思ってもみない展開に戸惑い、でも、何事もなくホッとした。
(夢のことは黙っていよう)
真司が紙袋を開けると、コロッケの何ともいえない良い匂いがした。
中には不格好なコロッケが6つ入っていた。
真司は微笑むと、
「ありがとな、麻子」
と言って、麻子のブルーの傘に入り、どこへ行くともなく一緒に歩いた。
近所の庭の水色とピンク色のあじさいが雨にぬれてあざやかだった。