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49  作者: ヒツジ
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三ヶ月前に弟が死んだ。

大雨で増水した川に流された。

幼い頃に両親を亡くした俺にとって、弟は唯一の家族だった。

弟が死んでから、俺はまるで屍のように生きている。



「ミズカ村ぁ?随分遠くまで行くんだなぁ」


夕焼けに染まる家路の途中。知り合いの声が聞こえて俺は足を止めた。

サトさん……と、誰だろう?知らない子だな。

近所の世話焼きおじさんの隣に見慣れない少年がいた。15歳くらいだろうか?背丈が同じくらいだったので、一瞬その子に弟の姿を重ねてしまった。


「どうしたんですか?」


気づくと声をかけていた。


「おう、サカドか。いや、この坊主がミズカ村に行きたいっつってるんだがな。こないだの大雨で橋が流されちまったろ」


言いながらサトさんは「あっ」と言う顔をした。……見なかったことにしよう。


「東のほうから迂回するしかないですね。川沿いや山の近くは避けたほうがいいですし。イダタ村に行く道はわかるか?」


少年のほうを向けば、えらく驚いた顔をしている。知らない人が急に話しかけてきたからだろうか。


「あ……知らない。この村から行く道しか見てこなかった」


道を一つしか調べてこなかったのか?

この辺の子でも無さそうだし、随分と無茶な旅をしているな。


「今は通れなくなってる所も多いしな。最近は物騒だから野宿も危険だし……」


う〜ん。どうしたものか。こんな子供を危ない目にあわせるわけには……


「じゃあ、お前が連れてってやったらどうだ?」


………は?


「うん。そうだ。それがいい。ミズカ村のあたりなら仕事で何度も行ってるし、多少通れない道があってもお前なら行けるだろ」

「いや、そうですけど。え?いや、見ず知らずの人間の道案内なんて彼がイヤでしょう」

「俺は村に行けるなら何でもいい」

「!いや、仕事もあるし!」

「お前この3ヶ月働きっぱなしだろ。こないだおやっさんがぼやいてたぞ。なんとか休ませないとって。ちょうどいい。休め。」

「う……と、旅費!そう!旅費!俺金ないし!」

「案内してくれるなら旅費は出す」

「は?あ、え〜と…」

「よ〜し、決まりだな!サカドは今からおやっさんに休むこと伝えてこい!坊主は宿はとってんのか?」

「いえ、何も」

「なら、今夜は俺ん家泊まりな。サカド、明日準備できたら坊主を迎えにこい」


いや〜良かった良かった。と言いながらサトさんは少年を引きずりながら去っていった。

いや、何も良くないだろう。なぜ俺が数分前に会ったばかりの少年と旅にでなければならないんだ。名前も知らない相手と。そういえば名前聞いてないな。明日会ったらすぐ聞こう。………いや、そうじゃなくて。

1人であーだこーだ考えてたが、今更行きませんなんてできそうにない。俺は観念して仕事を休む話をしに行くことにした。



いったいどう説明したものやらと要領を得ない話をする俺に対して、おやっさんは快く休みをくれた。むしろ物凄く喜んでいた。いつまで休むかは決めなくていい、戻ってきたら教えてくれればいい、と。本気で俺を心配してくれてたんだろう。いい人だ。

家に帰って荷物の支度をする。仕事で遠方に行くことが多いので手慣れたものだ。服をカバンに詰めながら、ふと弟の言葉が頭をよぎった。


「兄さんばっかり色んなトコ行けていいよなぁ」


寂しさと羨ましさとが混ざった目を思い出す。


「遊びに行くんじゃないぞ。仕事だ」

「そうだけどさぁ」


不満がうまく伝わらなかった弟はフィッと視線をそらしてしまった。


「今回は1週間くらい家をあけてしまうからな。土産でも買ってくるよ。そう拗るな」


そう言って宥めると、「スネてねぇし。子供扱いすんな」とブツブツ文句が始まった。その姿はまごうことなく子供だった。


そういえばあの時の土産は何を買ったっけ。

思い出そうとした瞬間、あの雨の日がフラッシュバックして一瞬で頭が真っ白になった。

グラリと倒れそうになる体を支えて、それ以上考えるのをやめる。

弟が死んでから度々こんなことが起こる。決まって1人でいる時だ。

弟を産んで母が亡くなった時は、生まれたばかりの弟の世話に追われていたし父もいた。

15歳で父が亡くなった時は、まだ9歳だった弟と生きていくのに必死だった。

でも今は……死を共に悼む相手も、必死に守べき存在もない。

何かしていないと気が狂いそうでひたすら働いた。家に帰っても食事と風呂が終わればベットに倒れ込んで夢すら見ないようにした。余計なことは考えないように。

そうだ。余計なことは考えず、さっさと荷物を詰めて寝てしまおう。明日は早く出発したほうがいい。ミズカ村までどう行くかだけを考えるんだ。あの少年を送り届けることだけに集中するんだ。

そう決めて、その日は早々に眠りについた。



「おう!随分と早いな!やる気満々じゃないか!」


翌朝、少年を迎えに行くとやたらと上機嫌なサトさんがいた。


「今日中にイダタまでは行きたいので」


確実に宿に泊まれる日程で行くには、今日はかなり歩かなければならない。少年の体力がどれほどかもわからないので、出発はできるだけ早いほうが良かった。


「ああ、そうだな。お〜い、ナズ。準備はできたか。今日はかなり歩くから覚悟したほうがいいぞ」


奥に昨日の少年が見えた。そうか。ナズというのか。


「準備はできてる」


抑揚のない返事と共にナズがこちらにやってきた。

弟と同じくらいかと思ったが、もう少し年上だろうか。背も少し高いようだ。ただ、なんとなく存在が希薄な印象を受けるヤツだった。幽霊みたいだなと失礼なことを考えていたら、急にこちらを向いたのでビクッとしてしまった。


「よろしく」


無表情で頭を下げられる。


「いや、こちらこそ。とりあえず早く出たほうがいいし、行こうか」


そして、ナズがサトさんにお礼を言うのを待って出発した。

今日の予定を簡単に説明し、水や食料の確認だけ済ませて村の出口に向かう。サトさんが必要なものは持たせてくれたようで、店に寄ったりせずすんなり村を出れた。

あとはひたすら歩くだけだ。


「自己紹介もまだだったな。俺はサカドだ」

「ナズだ」

「なんでナズはミズカ村に行きたいんだ」

「姉が生前お世話になった人に会いたくて」

「……お姉さん亡くなってるのか。すまない」

「構わない。数回しか会ったことのない人だ。たいした思い入れもない」


素っ気ない態度だった。


「でもお世話になった人に会いに行きたいってんなら、それなりに関わりもあったんだろ?」

「……亡くなる前に姉が言った言葉が少し気になるだけだ」


あまり表情に変化はないが、なんとなくこの話題はやめたほうが良さそうだ。色々事情があるのだろう。案内人の旅費までポンと出せるくらいだから、ナズはそれなりの家の子なのかもしれない。複雑な家庭なのかもしれないな。


「まあ道案内は任せてくれれば大丈夫だから。順調に行けば3日もあれば着くよ」


そう。たった3日間だけの同行者だ。深い話などしなくてもいい。俺が考えるのは無事にナズを送り届けることだけだ。



「ここは秋になると紅葉がすごく綺麗なんだ」

「あの山には妖怪が出るという噂があってな」

「この道は右に行ったらマムシがよく出るから、遠回りだけど左から行こう」


道中無言なのも気が重いので、歩きながら色々とナズに話しかけてみる。うんうんと頷いてはくれるが、イマイチ反応は薄い。


「あ、この先にはひまわりがたくさん咲いてる場所があるんだ。ちょうど満開なんじゃないかな」


少し早足で進む。道が開けた先にひまわりの絨毯が広がった。


「相変わらず見事だなぁ」


見とれながら横を向くと、ナズが目を輝かせていた。出会ってから初めてなんじゃないだろうか。こんなに表情が変わったのは。


「……いつか弟に見せてやりたいと思ってたんだよなぁ」


思わずでた呟きだった。


「サトさんから弟が亡くなったと聞いた」


予想外の言葉をかけられ、驚いて横を見る。ナズが変わらず無表情でこちらを見ていた。

何と返したらいいかわからないくて、そうかとだけ答える。


「サトさんはすごく心配していた」

「そうだな。あの村の人たちはみんないい人だから」

「……あまり嬉しくなさそうだな」


ナズが少しだけ不思議そうな顔をした。


「いや、ありがたいとは思う。心配してくれて。でも不必要に触れようとはしないで。見守ってくれてる。でもその優しさが少しだけ息苦しい」


何を言ってるんだろうか。昨日知り合ったばかりの人間に。


「いっそ誰も何も知らない所に行きたいと思う時もある。それか、どこにも逃げ場がなくなって壊れてしまうか」


ああ、もう無茶苦茶だな。


「俺には亡くなった事を悲しむ相手がいない。だからサカドの気持ちはわからない。でも俺が亡くなった時に悲しんでくれる相手もいないから、そこまで想ってもらえる弟が羨ましい」


羨ましい。そんな風に言われたのは初めてだ。最愛の弟を亡くして可哀想にという目ばかり向けられてきたのに。

驚いてナズを見ると、なぜかナズも驚いた顔をしていた。


「……なんて顔してんだよ」


思わず笑ってしまう。


「……いや、なぜこんな事を言ってしまったのか、自分でもわからなくて」


心底不思議そうな顔をしている。なんだ。無表情なヤツだと思ってたけど、そんな顔もできるんじゃないか。


「さて、あまり長居すると日が暮れてしまうな。そろそろ行こうか」


もう少し話していたい気もするが、野宿になったら大変だ。俺が歩き出すとナズもいつもの無表情に戻ってついてきた。

ただ、先ほどまでよりも少し、お互いの空気が穏やかになっている気がした。

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