表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰獣X  作者: 白色矮星
第一部 悟りへの道
4/39

【Xの生い立ち】二等兵X

朝5時、○○練兵場に起床ラッパの音が響いた。


訓練兵たちが大慌てで安普請の寝床から飛び出し、軍服を身につけ、毛布を角が揃うよう整える。


「おい!X!」同じ小隊の仲間に頭をはたかれて、Xはようやく起き出した。


おざなりに毛布を畳み、もたもたと服を着て、運動場へ向かう。すでにほかの訓練生たちは勢揃いし、馬に乗った部隊長による訓示が始まっている。


部隊長はXに怒鳴りつけた。Xが遅れた罰則として、Xの小隊は運動場三周を命ぜられる。


Xにとって、三週などというのは何の苦労にもならない距離だ。先日の行軍訓練でも、彼は三十キロの背嚢に加えて小隊全員分の米を抱え、息を切らすこともなく八十キロを踏破したのだ。


「わしのせいで、みんなすまねえなあ」


Xが詫びると、みな走りながら彼の背中や腹を軽くこづいた。


「次の柔道教練のときに、あのバカ軍曹をぶん投げてやれや」


Xは朝が苦手だ。

細かな作業も遅い。

銃の整備も下手くそで、君が代の歌唱もたどたどしい。

それでも、小隊の仲間たちはXのことを気に入っていた。


Xが師団対抗の柔道大会で、にっくき第○師団の○○館五段の猛者を破って優勝したからとか、そのさいの賞金を気前よくみなに振舞ったからだけではない。


Xが仲間思いで、常に率先して苦しい力仕事をこなし、訓練中に動けなくなったものがいれば、自分も懲罰を喰らうのを覚悟で助けてやるからでもない。


Xは人に好かれる性質の人間なのだ。

ただ、そこにいるだけで、誰もが自然とXに目をやり、世話をしてやりたくなる。

そういう男なのだ。


彼の人生で、彼を露骨に嫌ったのは彼の妻くらいのものだ。


このXの性質は、彼が〝目覚めた〟あとも受け継がれた。


のちのXは冷徹かつ論理的で、己の欲望を満たすことしか考えていないようでありながら、同時に、果てしない博愛精神を持ち、心の底から弱者を救済せんとする聖人でもあった。


彼がこの奇妙な二面性を備えるに至った「悲劇」は、高崎訓練所をどうにか卒業し、大陸に送られて一ヶ月ほどしたころに起きた。


Xの部隊は○○という内陸の小さな街を根城に、周辺地域の共産党軍に睨みを利かせていた。


当時、国共はまだ手を結んでおらず、毛沢東率いる共産党軍が手にしているのは、ソ連から運び込まれた第一次世界大戦時の貧弱な銃器でしかなかった。のちには、国民党軍を経由してアメリカ製の最新兵器を手に、皇軍を苦しめる彼らも、この頃は農民や馬賊に毛が生えた程度しかなかったのだ。


夏である。照りつける太陽がXと仲間たちにジリジリと照り付けていた。


舗装されていない道はすっかり乾ききり、風が吹くたびに薄汚い泥と羽虫の死骸が巻き上がった。


死骸のひとつが銃を担いで、小隊の仲間と共に歩いていたXの口に入った。


Xは口内に飛び込んできたものが何かを確認もせずに、歯ですりつぶし、のみ下した。かすかにイナゴのような味がしたので、Xの単純な脳はイナゴを食べたと認識した。


仲間の一人は砂が目に入ったのか、右手で瞼を擦っている。左手は九九式小銃の引き金にかかったままだ。


「あぶないぞー」Xがそういう前に、仲間の指が引き金を引いた。


銃弾が飛び出し、路地に入ろうとしていた○○族らしき農民の少女の腕に命中した。


悲鳴があがる。


小隊長が「しまった」と呟いた。


他の中国人たちは難を避けようと素早く家々のなかに引っ込んだが、Xには、彼らが扉や窓の隙間からじっとこちらを見ているのが感じられた。


Xは見張り役を命じられた。

路地に入ってくるものがいないよう、誰もいない通りをにらみつける。


背後で話す仲間たちの声がやけに大きく聞こえる。


「これはまずいですね。骨がくだけている」


「馬鹿者!なぜ安全装置を外していたんだ!」


「いつ共産主義者共が襲ってくるか知れんのですよ」


「ともかく病院へ運ばないと」


「いや待て。少佐殿にどう説明する気だ?」


「そりゃあ、間違って撃っちまいましたって」


「そんなことをしてみろ。少佐殿の経歴に傷が付く。忘れたのか?少佐殿はやんごとないお血筋の方なのだ。なんの問題もなく任期を務め上げていただくよう計らわねばならんのだ」


「じゃあ、どうすりゃいいんです?」


「ようは、この女が民間人だからいかんのだ。敵兵ならば貴様は正当な戦闘行為をしたに過ぎん。おい!X二等兵、この女は何者だ?」


Xは振り向いていった。

「ええと、山菜売りです」


少女は撃たれた腕を押さえてうずくまっている。歳の頃は十三か十四か。ボロ布のような衣類から出ている肌の色は、陶磁器のように白く、流れ出た血は鮮やかに紅い。


手にしていた籠はすぐ横にひっくり返り、中身のぜんまいのような草が散らばっている。


小隊長が怒鳴る。

「馬鹿者!お前は何を聞いていたんだ。○○二等兵お前はどうか!」


「は、こやつは共産党員、便衣兵であります!」


Xは咳払いした。

「違うなあ。この子は山菜を売ってるだけの女の子だ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ