【教団拡大】スケープゴート
兵隊あがりの刑事こと諸県は、自分の机の天板をゲンコツで殴りつけた。
灰皿が跳ね、灰が飛び散る。
「いったいどうなってるんだ!」
大黒顔の相棒で、諸県の先輩である櫻井が、まあまあ、といって彼の肩を叩いた。
「とりあえず、新しい火種は抑え込んだんだ。いまはそれでよしとしよう」
諸県はマッチをすって、苛立たしげに安タバコに火をつけた。
側頭部の古傷がじくじく傷んだ。
周りの同僚たちが、何事かとこちらを見ている。
役人肌の上司の机は空だ。
諸県の怒りを恐れて、どこかにふけてしまった。
「櫻井さん。なんで俺たちが署を出て、帰ってきたら、Xのやつが消えてるんですか」
「上の連中がそうしちまったんだよ」
櫻井は鷹揚としたものだ。刑事という職業についているとは思えないほどに、怒気が少ない。いつでも大黒様のようにニコニコ顔で、敵を作らない。
一方の諸県は署内でも指折りの短気だ。
「なぜです!やつが女たちを食い物にしてるのは明らかじゃなですか!なんで上はそんなことを」
「Yだよ。さっきハンチョウに聞いたところによると、凄腕の弁護士を連れてやってきたらしい。自分を拷問した件でお国に訴える。そうされたくなきゃ、Xをただちに釈放しろと。上の連中は火の粉をかぶるのはごめんなんだろうよ。おまけに、Yは手土産までもってきた」
「それが、さっき放り込まれてた色男ですか」
「ああ、連中の教団から独立した宗教団体の教祖様なんだと。Yが連れてきた女が証言したよ。そいつに誘拐監禁されたんだそうだ。すべてはその新しい教祖様の仕業で、Xの教団はそっちがやらかしたことの責任を誤って問われてたわけだな。建前としてはそうなったんだ」
「くそ。署内にさえいれば、どうにでもできたのに」
櫻井が諸県の肩を叩く。
「少し落ち着け。今回、こうなったのはお前がYをやりすぎたのも原因の一つなんだから。お前さんは忍耐力ってもんを学ばないかん」
「あの連中はいますぐなんとかしないといけないんですよ。断言します。連中はじきにもっと大きなことをやらかします」
「どうしてそこまで言い切れるんだ? たしかにわたしも上もあいつらのろくでもなさには同感だけどねえ」
諸県は側頭部の縦断の跡を指した。
「こいつは悪党の前に出ると痒くなるんですよ。あのXを見た瞬間、火をつけられたかと思うほど酷くなった。櫻井さん、俺は断言します。あいつはこの先、もっととんでもないことをやらかしますよ」
彼の懸念はすぐに現実のものとなった。




